家族に疎まれて、醜穢令嬢として名を馳せましたが、信用出来る執事がいるので大丈夫です

花野拓海

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3章 逆境は真実へと至る最初の道筋である。

明日の君さへ、いればいい

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 コポコポコポ、と。コップの中にお茶を入れる音だけが部屋の中に響く。

 用意した三つのコップにお茶を入れ終わると、それをお盆に乗せて丁度来た来客の元へとお盆を持ちながら迎え入れる。

「いらっしゃい」

 入ってきた来客二人にそう挨拶する。二人ともお盆に乗っていた三つのコップに視線を向けたが、それには触れずに入ってきた。

「お久しぶりです」

 入ってきた二人、レベッカはそう言いながら入ってき、アイトはその後ろから静かに入ってくる。
 ここはルーズ領の中にある調味料専門店。いつかまた来るという約束を守るために、今日二人は訪れたのだ。

「彼女さんは挨拶をしてくれたのに、アイトは挨拶してくれないんだね?」

 その言葉にアイトは無表情でそっぽを向き、店長はその様子を見てクスクスと笑っている。

「随分と変わったものだね。あのアイト・カイトが。そんなにボコボコにされたのが悔しかったの?」

「さあな。あと、変にお節介なおばさんみたいな口調はやめろ。あんたまだ24だろ?」

「もう24なんだけどね。まあお茶も用意してるし、少し話でもしましょうか」

 そう言って、お店の人はテーブルの上にお茶を三人分配膳した。

「あれ?このお茶って私たちのなの?」

 じゃあなんで事前に用意できていたのかというレベッカの質問に対して。

「そこは、気にしないで」

「………えぇ~?」

 どうしても気になるレベッカだが、

「無駄だレベッカ。この人はずっとこうだ」

 何一つ変わることのなかった貴重な人だと語る。
 そもそも、アイトとレベッカの喧嘩のことを知ってる人物は少ない。そしてお店の人は知らない人物のはずなのに知っている。

「相変わらず気色悪いな、その見通すような目は」

「レディーに対して気持ち悪いはなくない?泣いちゃうよ?」

 だが、放っておいたら面倒なのは事実なので、二人とも席に座ってカップに口をつける。

「あ、美味しい………」

 レベッカが思わずそう口に出してしまうくらいには、そのお茶は美味しかった。

「でしょ?一番美味しいお茶の入れ方を見たからね」

 そう言いながらお店の人は微笑んでくれる。

「それにしても、大変だったんじゃないの?何回もやり直して、なにも見えなくなったアイトを止めるのは」

「えっと、そうですね。すごく大変で………」

 と、落ち着いた雰囲気でそう言い出すものだから、レベッカはつい答えてしまったが、途中で違和感に気付いた。

「あ、やっぱり。間違ってなかったね………」

 そういった店の人にレベッカは少しだけ恐怖を覚えて、アイトは警戒態勢をとった。

「まあまあ、落ち着いてよ。私も別に、とって喰いたいわけじゃない。それに、私程度じゃあなたたちには勝てないしね」

 お店の人はそう言うと、どこからともなく水晶を取り出した。

「私の力は占うこと。ありとあらゆる可能性、世界線を占うことが出来るの。だから、あなたたちのことはわかってる」

 全てわかられるのは恐怖でしかないが、落ち着いた雰囲気で言う目の前の人を見ていると、レベッカとアイトも矛を下ろした。

「で、お前はなにがしたいんだ?」

「別に、なにも。私は素敵なものも見れたし、十分かな」

 それだけ言うと、立ち上がり、レベッカとアイトのコップを回収した。

「もう、行くんでしょ?大事にしなよ?今の一瞬、一秒を」

「分かりました。ありがとう、ございます」

 レベッカとアイトはそう返してお店を出て行った。


■■■


 ルーズ領から出発したレベッカとアイトは、今度はチノの元に訪れていた。

「フィアラ!心配したんだからね!」

 久しぶりにあったチノは、レベッカに抱きつくと、レベッカの胸の中でそう言った。

「うん。ごめんね、心配かけて。次は気を付けるから………」

「次なんて作らないでよ!」

 泣き声でそう叫ぶチノの頭をレベッカは優しく撫でる。

「レベッカ、そろそろ紹介してほしいんだが?」

 と、その空気に耐えかねたアイトがレベッカの後ろから声をかける。
 チノは、その声でようやくアイトの存在に気がついたのか、アイトに視線を向ける。

「あ、あなたは………」

「一応、はじめましてだな。チノ・リリルナ」

 アイトはそう言って右手を差し出す。

「あなたは確か、自分の死を自演した後、徹底的にフィアラを追い込んだ外道さんですね。はじめまして」

 と、毒舌を吐きながらもチノもその手を受け取る。

「俺、そんなに嫌われることしたか?初対面だよな?」

「そうですね。私がただ、フィアラの夢の中で出てきたあなたにボコボコにされただけなので気にしないでください」

「気にするわ」

 なんだその夢、とアイトがレベッカを見ると、レベッカは明後日の方向を向いて誤魔化す。

 これはもう、話さないだろうなと判断したアイトは、レベッカから視線を移す。

「それで?俺に文句でも言いたいんじゃないのか?」

「………フィアラの夢の中とは全然違うのに、そこは話しと変わらないんですね」

 チノは少しだけ俯くと、しっかりとアイトを睨みつけながら言った。

「私は、大切な友達が、あなたみたいな人と一緒にいることに反対です」

「チ、チノ………?」

 突然の告白に、レベッカは動揺するが、アイトは予想していたのか、黙って聞いていた。

「ただ、あなたにも事情があったことは聞いてきます。追い詰められて、そうするしか思いつかなくなるほどには。だからこそ、あなたの事をなにも知らない私があれこれ文句を言うことは筋違いだとわかってます。ただ、一言言わせてください」
「フィアラを、大切にしてあげてください」


■■■


 調味料専門店の人と話し、チノと話して、二人は手を繋ぎながら一緒に街を歩いていた。

「静か、だね………」

 ポツリと、レベッカが言葉を零す。
 アイトも、沈みゆく夕日を見ながら同じことを思っていた。

「ねえ、これからどうする?」

「そう、だな………」

 アイトもレベッカも、やるべきことは終わった。もう、することがないのだ。

「なにをしよっかな………」

 なにもすることが思いつかない。ただ広い地平線を見ることしか思いつかなかった。

「ねえ、アイト………」
「チノは、私に酷いこといっぱいしたって言ってたけど、私はそうは思わなかったよ………」
「あの過酷な環境は、私がしぶとく生き残るための場所だったって思うし、あのよく分からない手紙の条件も、私が社会に出た時に困らないように考えられたものだったって………」

「………レベッカは、好意的に考えすぎだ………」

 だが、レベッカはそう思ってる。
 過酷な環境は、辛い時になにがあっても動じない精神力を。ヴァインヒルトの殺害は、突破口を探す思考力を。指名手配の解除は、自分一人ではできないことを、他者と協力する協調性を。遊びに誘うことは、コミュニケーション能力を。それぞれを試すための試練のようなものだったから。

「でも、今の私は満たされてるよ?」
「私は、明日の君さえいてくれれば、それでいいから」

 そう言って微笑んだレベッカの顔に、アイトは見惚れてしまう。

「そう、だな………」
「俺も、レベッカさえいてくれれば、それでいい」

 二人は再度手を強く握り締め、夕日を見続ける。

「ねえ、旅行に行かない?」

「旅行?」

「そう!前に約束したよね!旅行に行こって!折角だから他の国に行ってみたいな」

 二人はまだまだ他の世界を知らない。でも、これだけは言えた。

「きっと、忙しくなるぞ?大変なことだってあるかもだし………」

「大丈夫だよ。きっと………」

 二人一緒ならば、どんな困難でも乗り越えられるって信じてるから。

 レベッカとアイトは、手を繋ぎながら新しい明日への一歩を一緒に進み出して行った。
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