俺に嫌がらせをしていた女が異世界転生したらしく、助けを求めてきた

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 自室に戻り、ベッドに横たわってスマホを起動する。
 メールアプリを開いてアスカのトークルームへ。

 蓮太ル彼氏 : 戻った
 アスカ : 今さら来たってもう遅い

 なんだこいつ。よく見るテンプレみたいな言葉使いやがって。
 しかしどういう意味だ? 俺がエレンドールと話している間に何かあったのだろうか。
 すぐにビデオ通話の申請が来た。応答すると、画面に映ったのは川。森の中で優雅に流れる風景。

「川に到着したのか」
『そうよ!』

 ずいっと横からアスカの顔が湧いてくる。掃けろ、鬱陶しい。

『この川の水、すっごく美味しいのよ! 天然水って感じ!』

 自然に流れている水なんだから、天然水に決まっている。
 それにしても綺麗な川だ。日光に照らされた水面が煌めいている。
 彼女の隣にはゴブリンとスライムもいるようだ。
 お前ら揃ってこっち見てくるんじゃねぇ、俺は見世物じゃないんだぞ。

『あんたがいなくたって、私たちだけで何とかなったわ。ほんと役立たずね』
「そうか、悪かったな」

 通話を切った。
 ……着信。

「もしもし、十六夜です」
『もしもし、じゃないわよ! なんで切るの!?』

 内カメにして叫び散らかしていやがる。たいそう不潔だ。
 残念なことに、いくら画面を拭こうともこの汚れは落ちない。

「それよりも、お前に良いニュースがある」
『なに?』

 胡座あぐらをかくアスカの膝に、ゴブリンとスライムが座る。疑問の表情で俺の言葉に耳を傾けていた。

「お前はもうじき、日本に帰って来れるというニュースだ」
『へっ!? ほんと!?』
「嘘だ」

 こいつが日本に戻って来れる条件、それはスマホの充電切れだ。残量を確認しておくか。

『ちょっと! 嘘ってなによ! レンタのくせに私をからかったの!?』
「お前のスマホ、あと何パーセントだ?」
『え、バッテリーのこと? それなら満タンよ』

 なん、だと……。
 どれだけ高性能なバッテリーを積んでやがる。お前のスマホは三年前の型だから、そんなパフォーマンスを保っているはずがない。
 アスカがポケットから長方形の物体を取り出した。

『モバイルバッテリー、持ってきてるの』
「余計なことを……」
 
 ドヤった顔で何を言うつもりだ。

『ふふんっ! 備えあれば憂いなし。私って優秀ね』

 備えた故に憂いあり。
 まあいいや。その分だけお前をいたぶってやれるわけだからな。俺としてはオーライ。
 だがエレンドールのことを考えると、一刻も早くこの状況を脱したいという思いもある。

「アスカ、そのモバイルバッテリーはもう使うな」
『え? どうしてよ。あと六回分は充電できるわよ?』
「使うなって言ってるんだよ」
『だからどうしてよ』

 そうだ。まずはそれを話さないと。

「さっき、この状況に詳しい人が俺の家に来たんだ。どうやらお前を転生させた人らしい」
『なっ! そいつ呼んできなさい!』
 
 そういうわけにもいかない。話を続けよう。

「その人によると、お前のスマホ……そのバッテリーが尽きたときに元に戻れるらしいんだ。だからお前は、とにかくスマホを充電切れに追い込む必要がある」
『充電しちゃったじゃない! バカ!』
「さっき聞いたぞ、バカ」

 説明できたところで、次は自身の守りを固める必要があった。
 アスカが日本に戻ってきた時、俺を攻撃しないようにするための措置だ。

「アスカ、俺と約束してほしいことがある」
『何よ』
「もう俺に、嫌がらせをしないでくれ」

 画面が黒くなった。膝に押し付けているようだ。

『……分かった』
 
 随分とあっさりだな。むしろ怪しいが、これ以上の言及は無意味だろう。
 とりあえずアスカが戻った瞬間、俺に攻撃を加えてこなければそれでいいんだ。
 こいつの体が今、俺の家にあるのだから当然の懸念だ。
 画面は黒いまま、アスカの声が聞こえてくる。

『私、行方不明ってことになってるのよね?』
「そうだぞ」
『あんたの家で寝てたってことにしてくれない?』
「はぁ?」

 何を無茶苦茶なことを。
 警察まで動いているんだから、そんな安い嘘が通用するわけないだろ。

『私の親ね、すごく心配性なの。門限から一時間でも帰りが遅いと、警察に通報しようとしてさ』

 確かに今回、事件に発展するまでが早かったな。
 アスカが転生したのは今朝のことで、担任から行方不明を知らせるメールが来たのは十時前。よって捜索願いがそれよりも前に出されていたということになる。彼女が部屋に居ないことを知った親がすぐさま警察に届け出たのだろう。
 俺からすれば、だから何だの話だが。

『本当、くだらないの。実は親からメールが来てるんだけど、全部無視してる』
「心配してくれているのに無視は無いだろ」
『いいのよ。うちの親、頭おかしいし』

 おかしいのは、お前だろ。

「いい加減にしろよアスカ。親のことをそんな風に言うもんじゃない。お前の親がいなければ、お前は生まれていなかったんだ」
『それがなに? あんなのがいなくたって、私は他の誰かになって生まれてるはずよ。今みたいにね』

 そこで、スマホが持ち上がってアスカの顔が映る。言ってやったりな顔して得意げなものだ。

「でもさ、愛河辺明日香という人間に生まれたおかげで、お前は清々しいほどに俺を痛ぶれた」

 この話になるとノーリアクションか。

「気持ちよかっただろう? スカッとしてたんだろう? 明日はどんな嫌がらせをしてやろうかと、家のベッドで心踊らせてたんだろう?」
『…………』

 何だこいつ、不満げに睨んできやがって。言いたいことでもあるように、口が震えている。
 だが俺の言葉は続くぞ。ここでしか、お前に不満をぶつけられないからな。

「それでこんな状況になって、俺に都合よく助けて貰ったわけだ。その挙句が″役立たず″だって? そんなことを言えてしまうようなお前のことだ。そりゃ死にそうなくらい心配している人のことを″頭おかしい″だなんてほざくわけだ。はははっ。お嬢様にはかなわないな」

 スライムとゴブリンには悪いな。こんな話を聞かせてしまって申し訳ない。
 だが、お前たちが今触れているその手はある男の懐を殴り、その足は急所を抉り、その腹は嘲笑うために抱えられていた。
 こいつに綺麗な所なんてひとつもない。
 しかしこれはエレンドールの体だ。そんな言いつけは相応しくないのかな。

「何とか言ってみろよ、この悪魔が」

 腐ったプライドが邪魔して、俺から目を背けられないのだろう。覇気のない瞳で睨んできている。
 罵倒のひとつでも吐いてみろよ。あの時みたいに。
 弁明でもいいぞ。私は間違ってない! おかしいのはあんた達だ! 私が正義だ!
 何でもいい、言ってみろよ。悪魔の囁きを聞かせろよ。
 ゴミになったからには、せめて燃え尽きるくらいの覚悟は持てよ。

『ごめん……なさいっ』

 何で泣き出したんだ、こいつ。頭おかしいんじゃないのか。

『ごめんなさい……ごめんなさい』
 
 何で謝られているのか、俺にはわからない。

「お前は自分の正義を貫いて生きてきたんだ。謝ることは無いだろう? 人間を好きに痛ぶり、自分の親を侮辱する。素晴らしい生き方じゃないか。見習いたいけど、俺にはできそうにないや」

 ゴブリンとスライムは、彼女の膝から降りて離れて見守っている。その頃、スマホが手から落ちたのか、アスカを見上げた画になった。
 子どもみたいに涙を拭っていやがる。手首で拭いきれない涙は、細い前腕で擦っている。
 今度は嗚咽混じりの声を発し始めたが、よく聞こえないので音量を最大にして聞いた。

『もうあんたのこと、いじめたりしないから……帰ったらちゃんと、謝るからぁ……』

 それよりも、だ。

「今、お前の体は俺の家にある。元に戻ったら、俺に話しかけずにすぐ出ていけ。いいな?」

 それだけが約束できれば、俺としてはバンバンザイだ。

『いや……ちゃんと謝らせて』
「だからよ、お前が謝ることは無いんだって」

 アスカは首を横に振って言い返す。

「違うの! 私はあんたに酷いことをしたの! だから謝らせて……」
「違うのはお前の方だアスカ。俺が本当に言って欲しいのは『ごめんなさい』じゃなくて」
『へ……?』

 こいつは本当にバカだ。

「――ありがとう。その言葉を、お前の口から聞きたいんだよ」
『何よ、それ……』

 恩知らずとはこのこと。助けてもらったなら「ありがとう」と言うのが常識だろうに。
 アスカはスマホを持ち直して、正面に顔を向けると口を開いた。

『あ、ありがとう…………ありがとうってば!』

 何で最後、不貞腐れてるんだ。
 まあいいや。

「どういたしまして」



 その後、四時間の時を経て通話は終了した。
 アスカのスマホが、充電切れによりシャットダウンした為だ。
 リビングに戻ると、外見も中身も覚えのある女がそこにいて。約束通り何も話さず、手も出さず、部屋から出て行った。
 エレンドールが持ってきたアスカの手紙は置いていかれ、しょうがなしと一読してからシュレッダーにかける。
 何が書いてあったかって、くだらないことだ。

「明日から、学校行ってみるか」

 そんなことを思わせるくらい、くだらない内容だった。
 俺は今朝、彼女を守ると決めた。あいつに屈辱を味わってもらうために。
 どうやらこの世界でも、俺の復讐劇は終わりを迎えなかったらしい。
 愛河辺明日香をいじめる奴は俺が許さない。あいつをいじめていいのは俺だけだ。

 だから俺は明日、学校へ行く。
 俺に嫌がらせをしていた女が″助けてくれ″と綴っていたから。
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