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第二笑(フレイヤ編)
8 : 邂逅
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リビングのテーブルには、まさしくオセロを思わせる白黒のコマが分布した緑の板が置かれていた。
「…………」
それを挟んで座るネーシャとシオラ。その後者に一言。
「おいシオラ。ネーシャはともかく、お前デルタのリーダーだろう? こんなことしてていいのか?」
飛んできたオセロのコマが、ペシっと俺の眉間に張り付く。
そのコマを飛ばしたシオラが、
「私たちのような存在はな、有事の際にすぐ現場に向かわなきゃならねぇ。だからこうして臨戦態勢を維持しておくことこそが、私たちの仕事だ」
「何が臨戦態勢だ。オセロしてんじゃねぇか」
「ん? これはオセロっていうのか」
この世界でどう呼ばれてるのかは知らんが、思わずオセロと口にしてしまった。
というか、そもそも正しい名前も知らないような口ぶりだな。
「俺の国ではそう呼んでいるんだ。ここでは何て呼ぶんだ?」
シオラに視線を送られるネーシャは首を横に振る。
そしてシオラが、
「知らねぇよ。初めて見るものだからな」
「は」
こいつら、得体の知れないもので遊んでたのか……?
待てよ? こいつらが知らないってことはひょっとして……。
「なあ、これ……どこで手に入れたんだよ」
「ジュエリーショップよ。テシリーと一緒にミカンのパンツを買いに行った時、店員があげるって言ってきたからありがたく貰っておいたの」
「へぇ」
ミカンが成長したことにより、彼女の服を新調することになった日のことだ。確かあの日、テシリーは縞パンを買ってきてたな。
ジュエリーショップということは、このオセロは売り物ではないから盗んできたという線はないだろう。そこは安心したが……。
ん? 店員がくれたのか?
「それにしてもイマイチ使い方が分からないのよねぇ。娯楽品って言ってたから、遊ぶものだとは思うんだけれど……」
確かに、コマは中心から置かれることはなく、とりあえずマスの中におさめて散りばめられていた。
シオラは顎に手を当てて、
「いや、恐らくだが、これは遊びじゃねぇ。勢力図に使うんじゃねぇか?」
作戦を立てる時なんかによく使う、敵の勢力などを把握するためのアレか?
さすがに白と黒だけじゃ、心許ないだろ。
それよりも気がかりなのは……。
「ネーシャ。そのジュエリーショップとやらに案内してくれ」
「何よコウタ。あんたついに女性モノに目覚めてしまったの?」
「違ぇわ!! その店員に用がある……かもしれないんだ! シオラ! お前はデルタの皆と留守番頼んだぞ!」
「てめぇ!」
俺は一足先に庭へ出る。
「…………」
確かテシリーが縞パンのことをこう言っていた。
見たことの無いデザインだと。
それは、日本では誰もが知っているポピュラーカラーである。
まさかとは思うがな。
家のドアが開く。
「ちょっと待ちなさいよー。女の子には準備ってもんがあるんだからね?」
何が準備だ。服装はいつもの超ラフなままだし、化粧なんかもしないだろ。
あれ。待てよ? よく考えるとデルタのメンバーが化粧してるところを見たことがない。
ってことは皆、すっぴんでアレなのか? ひょっとしたらこいつら、ものすごく美形なんじゃ……いかんいかん。サラはともかく、俺にとってあいつらには性別という隔たりがない。いや、厳密に言うと、どう頑張っても異性として見れない。
ここで変に考えて、オカシな感情が芽生えたりでもしたらコトだ。自重しよう。
商店街に到着すると、早速ネーシャは寄り道。
「このヘアゴム可愛いわねぇ? 買っちゃおうかしら?」
「今日は女房がいねぇから、安くしとくぜネーシャ!」
「ほんとに!? じゃあおひとつ!」
「まいどありぃ!」
ネーシャは何気に顔が広い。鍛冶屋のおっちゃんから商店街のあらゆる商人とは顔見知りで、大体サイラの人間とは知り合いみたいなものだ。
パッカラパッカラと駆け寄ってくるネーシャ。
「見てみて? このヘアゴム可愛いでしょ!?」
「そうだな」
黒い紐に黄色い星が二つ付いたヘアゴム。
そういえばこいつが、初めて買ったミカンのパンツの柄も星だったな。
あれは幼女姿のミカンに合わせたデザインにしたわけではなく、単純に星が好きだったからか。
「ふんふーん」
機嫌良さそうに、既に付けているヘアゴムを解くネーシャは、一瞬首を振って髪を解くと……。
っっ!!!
「何……だとっ」
気がつけば、彼女は新しいヘアゴムを口にくわえて再びポニーテールの姿となっていた。
「ん? どしたの?」
「いや……一瞬だが、俺の前に、女神のごとく美しき女性が現れたんだ…………」
「はぁ?」
何だったんだあれは。ものすごい美人が俺の前にいた気がしたのだが。
ネーシャは髪を結わえると、
「変な事言ってないで、ほら、行くわよ?」
ネーシャの背中を追う。
マズイな。ひょっとしたらネーシャはかなりの美人だったのか? いやいやいや! アレは幻覚だ! この怪力女であるはずかない!
だがもし、だ。こいつの口調と仕草がおしとやかで可憐で、性格が優しいものだったとしよう。
アリかナシか……。
「おいおいネーシャ!! 試食していいとは言ったが、全部食べられちゃ困るよー!!」
店の商品を食い散らかす赤髪ポニーテール。
「へちふはいほぼびばばびべぼ!」
こいつがおしとやかで可憐になった姿など、想像もできなかった。
チョップ。
「はべっ!?」
食べかすを口の周りにつけたネーシャが睨んでくる。
「コウタ……私食事中なのよ!?」
「店の人に謝れ」
店の人は苦笑いで許してはくれたのだが、そのまま立ち去るのは俺の気が済まなかったので、ネーシャが食い散らかした分のお代はきっちりと支払った。
「ここよ!」
目的のジュエリーショップに着いたようだ。
ブラシャーやらパンツやら、その形を模したものをとりあえずくっ付けときましたみたいな看板を掲げる店。
店名は「ユイの世界ジュエリーショップ」。
何だこの店名。
入ってみると、
「いらっしゃいませー! ……あ! あなたはこの間の!」
この人が店主だろうか。黒髪ロングの清楚なお姉さんだ。その雰囲気は懐かしさだろうか、俺の目を優しく保養してくれる。
俺は澄ました顔で前に出る。
できる限りのダンディな声で、
「こんにちは。麗しきお姉さん。ネーシャがお世話になったようで? ……ン?」
ピンク色のエプロンを巻いていて……あれ、その下は……裸?
俺のトラブルセンサーがけたたましく警告音を発した。
「こんにちは。あのときはありがとね」
「いえいえ! それで……そちらの男性は?」
「私の冒険仲間のコウタよ。どうやら女性モノの下着を着てみたいようなのよ」
「おいネーシ……」
「あらぁ!!!」
「うおっ!?」
その女性はグイッと俺に寄って肩を掴んできた。
「あなた! 傾いた性癖をお持ちなんですね!?」
「誤解だ! ネーシャも変な事言うんじゃねぇ!」
目をキラキラさせて、鼻息がかかるほど顔を近づけてくる店主。
……近いって!
「あなたが立派な女性になれるよう、全力でサポートさせていただきます!」
「だから……!」
俺は店主の肩を掴んで引き離すと、
「俺の目的は下着じゃない。買い物をしに来たわけじゃないんだよ」
「おりょ? ではどういったご用件で?」
店を見渡す。
多くの下着に視線を巡らせていると……。
やっぱりこのデザインは「あっち」のそれだよな。
「ユイっていうのはあんたの名前だろ?」
「はい、そうですけど?」
「聞きなれた名前に、この店の下着のデザイン……ひょっとして日本人か?」
目をぱちくりさせる店主は間を置いて、
「あなたの本名をお聞きしても?」
「佐久間幸太だ」
「わぉ……! もしかして貴方も……」
「ああ、日本じ――」
抱きついてきた。
「こんな所で日本人に会えるなんてー! 嬉しい!」
「おま……ちょ! 抱きつくなこの露出狂がァ!?」
やっぱり、コイツはエプロンの下に何も着けていない。
これも俺の故郷に伝わる衣装のひとつ……裸エプロンなるものだ。
明らかに、マトモな人間ではない。
「露出狂だなんて……! そんなに褒めないでください
~!」
「褒めてねぇよこの変態が!」
あれ、喜んでるのか?
ユイはさらに身体を密着させ、俺の首に指を這わせる。
「はぅ……さすがは日本人です……私の性癖をよく理解していらっしゃる」
「してねぇわ! こんなことしてるとまた俺が変態扱いされるだろうが! 離せよ痴女店主!!」
その吐息はさらに熱く、
「ひぇぇ! 私は、痴女なんかじゃないのよ! だって、あなたがこうしろって……言ったんじゃない」
何だろう、こいつとは関わらない方がいい気がしてきた。
「コウタ、あんたユイとどういう関係なのよ……」
引き気味のネーシャ。
俺のことを異世界人だと知る彼女には恐らくこの話をしても通じるだろう。
「こいつは俺と同じ異世界から来た人間だ。この世界に来た経緯は分からないけど、同じ国の人みたいだ……ちょ! てめぇ! 何服脱がそうとしてんだコラ!?」
服に掴みかかるユイに必死の抵抗。どうしてもこいつは俺に女性物の下着を着せたいらしい。
「コウタの住む世界って、変態しかいないの?」
「何で俺まで変態扱いなんだっ! もういい! 店を出るぞネーシャ! ……フンガ!!」
強引に、ユイを押し飛ばす。
「あんっ……! 行かないでぇー!」
店の出口へ急ぎ、ドアノブを掴もうとした瞬間だった。
来客のようだ。
ぶつかりそうになり咄嗟に足を止める。
「っ……っとと! すみません!」
こんな店によく来るものだ。間違いなく常連ではないだろう。可哀想に、この人も、あの変態店主の餌食に……。
「おかえりなさい! フレイヤ!」
フレ……イヤ?
「…………っ」
その姿を、凝視する。
腰まで伸びる赤い長髪に、透き通った紫の瞳。すらっとした体躯でありながらも、ボンッキュッボンと凹凸は、はっきりしていた。色気全開のその全身を赤いドレスで纏っている。
俺はギコギコとしなる首を振り向け、
「店主さん? 今、この人のこと……フレイヤって言った?」
「はい! 私はその方と一緒に、この世界にやってきたんです」
はい。俺死んだ。
この赤髪の女性はフレイヤ。シャミーを襲った犯人だ。
オーディン曰く、生と死を司る、べらぼうに強い神様。
ユイも俺と同じく……神によってこの世界に飛ばされたクチらしい。
ひょっとして、さっき商店街で見た、女神のように美くしい者の正体って……こいつ?
汗を充満させた顔の俺に、ユイが心配そうに、
「あの……顔色悪いですよ? 大丈夫ですか?」
「ネーシャ」
「あんたがあのフレイヤね!!?? よくもシャミーを傷つけて――」
叫ぶネーシャの腕を掴む。
「逃げるぞォォオオオオ!!!」
一歩踏み出した時。
「ゲボォォオ!?」
フレイヤの手が俺の首を鷲掴みにした。
そいつはそのまま俺を浮くくらいに掴み上げ、
「お前がヴァルキュリアのカミビキか……」
「ほぇっ……?」
カミビキ?
美しい声音に思わずうっとりしてしまいそうになるが……苦しい!!
「ちょっと! コウタを放しなさいよ! じゃなきゃあんたを殺せないでしょ!?」
「ふんっ……」
「がはぁっ!!」
「ネーシャ!!」
店の棚に突っ込むネーシャ。
こいつ、片手でネーシャをぶっ飛ばしやがった!!
「やめてよフレイヤ! お店を散らかさないで!」
フレイヤに易々と掴みかかるユイ。
「逃げろユイ! こいつは危ない奴なんだ!」
「へ? どうしてですか?」
この状況を見ればわかるだろ!
首を掴む手に、さらに力が込められる。
「とにかく……逃げ……」
「っ!?」
苦しさから解放されたかと思うと、フレイヤが店の出口から距離をとった。
……やっぱり来たか。
そのドアは、ゆっくりと開く。
「どうやら、愚かなネズミが私の世界に迷い込んでしまったようだな」
そこに立っていたのは、美麗な長い金髪を持つ伝説の戦神――。
「ヴァル……キュリア!」
紅い瞳が、フレイヤを鋭く睨みつける。
そして、
「我が眷属が世話になったようじゃの、フレイヤ?」
眼帯を付けた白髪の幼女も。
それらを見たフレイヤの震えた吐息が聞こえた。
「オーディンまで……ふふっ。丁度いい、お前たちのコアを発動させることは、どうやら私ではできないようだからな。探していた所だ」
神はコアを感じ取ることができる。だがそれを失ったミカンとオーディンの場所は、フレイヤには分からなかったってことか。
「じゃが、どうにも我々の体質は不利なものじゃ。お前に私たちの力を感じることはできても、私達はお前の力を感じることができんのじゃからの? 下々の神よ」
「何だと……!」
フレイヤの表情が鬼のごとく歪む。
そのコアには最高神であるオーディンの力も含まれている。つまり、全ての神は、主でもあるその力を察知することが出来るということか?
次にミカンが、
「しかし、お前がコアを持っていて良かったわい。おかげで今、お前を祓えるのだからな」
しかしフレイヤは笑う。
最強の神を二人、目の前にしても余裕に笑みを浮かべる理由は俺にも分かる。
「お前たちは力を失っている。いくらお前たちでも、その状態で私に適うと思っているのか?」
その答えも、俺は知っている。
「当然だ」
答えたミカンは右手を前に突き出し、
「これは裁きではない――鉄槌だ」
光り輝くその右手に、フレイヤは戦慄の、いや恐怖の眼差しを向けた。
「何故だ……貴様。………っ……!」
気づいたかフレイヤ。
ミカンの体内にはコアの欠片が残っていて、完全でなくとも、完全体のオーディンを怯ませられるくらいの力は持ってるんだぞ!
お前なんかが、耐えられるわけが無い、あの一撃を。
「サーガ――」
「ストーーーーッップ!」
叫んだのはユイ。
「もう! みんないい加減にしてよ! ケンカしたって何も解決しないよ!」
ユイは真剣な顔で怒っている。
拍子抜けした様子のミカンとオーディンも目をぱちぱちとさせて唖然。
その時、フレイヤが天井に手を伸ばし、強烈な風圧を発生させた。
「うわ!! 何だ!?」
風圧により天井に穴が空き、フレイヤはそこへ向かって飛び出し、
「ヴァルキュリアの力が戻っていたとは計算外だった……だが次会う時は覚悟しておけ!」
そう言って、空に向かって逃げていった。
「……………」
静まり返る店内は、それはそれはめちゃくちゃで、下着があちらこちらに散らかっていた。
ユイの笑顔がこちらに向く。
「コウタくん。だったっけ?」
「はい」
「お店、ちゃんと掃除してよ……ね?」
「何で俺が」
殺意の瞳が俺の眼前に。
「しろよ……な?」
「ハイっ」
その後、俺たちは散らかった店を掃除。壊れた棚や商品の弁償は、余りある財産から払うことは許されず。フレイヤ不在による人手不足で、店の手伝いで返すことになった。
理不尽に苛まれたが、収穫はあった。
あの様子を見るに、ミカンが完全体でなくとも、フレイヤには充分通用するということだ。
だがまだコアは彼女の手にあり、それに諦めていない様子だったから、またやってくるだろう。今後にも警戒が必要だ。
「…………」
それを挟んで座るネーシャとシオラ。その後者に一言。
「おいシオラ。ネーシャはともかく、お前デルタのリーダーだろう? こんなことしてていいのか?」
飛んできたオセロのコマが、ペシっと俺の眉間に張り付く。
そのコマを飛ばしたシオラが、
「私たちのような存在はな、有事の際にすぐ現場に向かわなきゃならねぇ。だからこうして臨戦態勢を維持しておくことこそが、私たちの仕事だ」
「何が臨戦態勢だ。オセロしてんじゃねぇか」
「ん? これはオセロっていうのか」
この世界でどう呼ばれてるのかは知らんが、思わずオセロと口にしてしまった。
というか、そもそも正しい名前も知らないような口ぶりだな。
「俺の国ではそう呼んでいるんだ。ここでは何て呼ぶんだ?」
シオラに視線を送られるネーシャは首を横に振る。
そしてシオラが、
「知らねぇよ。初めて見るものだからな」
「は」
こいつら、得体の知れないもので遊んでたのか……?
待てよ? こいつらが知らないってことはひょっとして……。
「なあ、これ……どこで手に入れたんだよ」
「ジュエリーショップよ。テシリーと一緒にミカンのパンツを買いに行った時、店員があげるって言ってきたからありがたく貰っておいたの」
「へぇ」
ミカンが成長したことにより、彼女の服を新調することになった日のことだ。確かあの日、テシリーは縞パンを買ってきてたな。
ジュエリーショップということは、このオセロは売り物ではないから盗んできたという線はないだろう。そこは安心したが……。
ん? 店員がくれたのか?
「それにしてもイマイチ使い方が分からないのよねぇ。娯楽品って言ってたから、遊ぶものだとは思うんだけれど……」
確かに、コマは中心から置かれることはなく、とりあえずマスの中におさめて散りばめられていた。
シオラは顎に手を当てて、
「いや、恐らくだが、これは遊びじゃねぇ。勢力図に使うんじゃねぇか?」
作戦を立てる時なんかによく使う、敵の勢力などを把握するためのアレか?
さすがに白と黒だけじゃ、心許ないだろ。
それよりも気がかりなのは……。
「ネーシャ。そのジュエリーショップとやらに案内してくれ」
「何よコウタ。あんたついに女性モノに目覚めてしまったの?」
「違ぇわ!! その店員に用がある……かもしれないんだ! シオラ! お前はデルタの皆と留守番頼んだぞ!」
「てめぇ!」
俺は一足先に庭へ出る。
「…………」
確かテシリーが縞パンのことをこう言っていた。
見たことの無いデザインだと。
それは、日本では誰もが知っているポピュラーカラーである。
まさかとは思うがな。
家のドアが開く。
「ちょっと待ちなさいよー。女の子には準備ってもんがあるんだからね?」
何が準備だ。服装はいつもの超ラフなままだし、化粧なんかもしないだろ。
あれ。待てよ? よく考えるとデルタのメンバーが化粧してるところを見たことがない。
ってことは皆、すっぴんでアレなのか? ひょっとしたらこいつら、ものすごく美形なんじゃ……いかんいかん。サラはともかく、俺にとってあいつらには性別という隔たりがない。いや、厳密に言うと、どう頑張っても異性として見れない。
ここで変に考えて、オカシな感情が芽生えたりでもしたらコトだ。自重しよう。
商店街に到着すると、早速ネーシャは寄り道。
「このヘアゴム可愛いわねぇ? 買っちゃおうかしら?」
「今日は女房がいねぇから、安くしとくぜネーシャ!」
「ほんとに!? じゃあおひとつ!」
「まいどありぃ!」
ネーシャは何気に顔が広い。鍛冶屋のおっちゃんから商店街のあらゆる商人とは顔見知りで、大体サイラの人間とは知り合いみたいなものだ。
パッカラパッカラと駆け寄ってくるネーシャ。
「見てみて? このヘアゴム可愛いでしょ!?」
「そうだな」
黒い紐に黄色い星が二つ付いたヘアゴム。
そういえばこいつが、初めて買ったミカンのパンツの柄も星だったな。
あれは幼女姿のミカンに合わせたデザインにしたわけではなく、単純に星が好きだったからか。
「ふんふーん」
機嫌良さそうに、既に付けているヘアゴムを解くネーシャは、一瞬首を振って髪を解くと……。
っっ!!!
「何……だとっ」
気がつけば、彼女は新しいヘアゴムを口にくわえて再びポニーテールの姿となっていた。
「ん? どしたの?」
「いや……一瞬だが、俺の前に、女神のごとく美しき女性が現れたんだ…………」
「はぁ?」
何だったんだあれは。ものすごい美人が俺の前にいた気がしたのだが。
ネーシャは髪を結わえると、
「変な事言ってないで、ほら、行くわよ?」
ネーシャの背中を追う。
マズイな。ひょっとしたらネーシャはかなりの美人だったのか? いやいやいや! アレは幻覚だ! この怪力女であるはずかない!
だがもし、だ。こいつの口調と仕草がおしとやかで可憐で、性格が優しいものだったとしよう。
アリかナシか……。
「おいおいネーシャ!! 試食していいとは言ったが、全部食べられちゃ困るよー!!」
店の商品を食い散らかす赤髪ポニーテール。
「へちふはいほぼびばばびべぼ!」
こいつがおしとやかで可憐になった姿など、想像もできなかった。
チョップ。
「はべっ!?」
食べかすを口の周りにつけたネーシャが睨んでくる。
「コウタ……私食事中なのよ!?」
「店の人に謝れ」
店の人は苦笑いで許してはくれたのだが、そのまま立ち去るのは俺の気が済まなかったので、ネーシャが食い散らかした分のお代はきっちりと支払った。
「ここよ!」
目的のジュエリーショップに着いたようだ。
ブラシャーやらパンツやら、その形を模したものをとりあえずくっ付けときましたみたいな看板を掲げる店。
店名は「ユイの世界ジュエリーショップ」。
何だこの店名。
入ってみると、
「いらっしゃいませー! ……あ! あなたはこの間の!」
この人が店主だろうか。黒髪ロングの清楚なお姉さんだ。その雰囲気は懐かしさだろうか、俺の目を優しく保養してくれる。
俺は澄ました顔で前に出る。
できる限りのダンディな声で、
「こんにちは。麗しきお姉さん。ネーシャがお世話になったようで? ……ン?」
ピンク色のエプロンを巻いていて……あれ、その下は……裸?
俺のトラブルセンサーがけたたましく警告音を発した。
「こんにちは。あのときはありがとね」
「いえいえ! それで……そちらの男性は?」
「私の冒険仲間のコウタよ。どうやら女性モノの下着を着てみたいようなのよ」
「おいネーシ……」
「あらぁ!!!」
「うおっ!?」
その女性はグイッと俺に寄って肩を掴んできた。
「あなた! 傾いた性癖をお持ちなんですね!?」
「誤解だ! ネーシャも変な事言うんじゃねぇ!」
目をキラキラさせて、鼻息がかかるほど顔を近づけてくる店主。
……近いって!
「あなたが立派な女性になれるよう、全力でサポートさせていただきます!」
「だから……!」
俺は店主の肩を掴んで引き離すと、
「俺の目的は下着じゃない。買い物をしに来たわけじゃないんだよ」
「おりょ? ではどういったご用件で?」
店を見渡す。
多くの下着に視線を巡らせていると……。
やっぱりこのデザインは「あっち」のそれだよな。
「ユイっていうのはあんたの名前だろ?」
「はい、そうですけど?」
「聞きなれた名前に、この店の下着のデザイン……ひょっとして日本人か?」
目をぱちくりさせる店主は間を置いて、
「あなたの本名をお聞きしても?」
「佐久間幸太だ」
「わぉ……! もしかして貴方も……」
「ああ、日本じ――」
抱きついてきた。
「こんな所で日本人に会えるなんてー! 嬉しい!」
「おま……ちょ! 抱きつくなこの露出狂がァ!?」
やっぱり、コイツはエプロンの下に何も着けていない。
これも俺の故郷に伝わる衣装のひとつ……裸エプロンなるものだ。
明らかに、マトモな人間ではない。
「露出狂だなんて……! そんなに褒めないでください
~!」
「褒めてねぇよこの変態が!」
あれ、喜んでるのか?
ユイはさらに身体を密着させ、俺の首に指を這わせる。
「はぅ……さすがは日本人です……私の性癖をよく理解していらっしゃる」
「してねぇわ! こんなことしてるとまた俺が変態扱いされるだろうが! 離せよ痴女店主!!」
その吐息はさらに熱く、
「ひぇぇ! 私は、痴女なんかじゃないのよ! だって、あなたがこうしろって……言ったんじゃない」
何だろう、こいつとは関わらない方がいい気がしてきた。
「コウタ、あんたユイとどういう関係なのよ……」
引き気味のネーシャ。
俺のことを異世界人だと知る彼女には恐らくこの話をしても通じるだろう。
「こいつは俺と同じ異世界から来た人間だ。この世界に来た経緯は分からないけど、同じ国の人みたいだ……ちょ! てめぇ! 何服脱がそうとしてんだコラ!?」
服に掴みかかるユイに必死の抵抗。どうしてもこいつは俺に女性物の下着を着せたいらしい。
「コウタの住む世界って、変態しかいないの?」
「何で俺まで変態扱いなんだっ! もういい! 店を出るぞネーシャ! ……フンガ!!」
強引に、ユイを押し飛ばす。
「あんっ……! 行かないでぇー!」
店の出口へ急ぎ、ドアノブを掴もうとした瞬間だった。
来客のようだ。
ぶつかりそうになり咄嗟に足を止める。
「っ……っとと! すみません!」
こんな店によく来るものだ。間違いなく常連ではないだろう。可哀想に、この人も、あの変態店主の餌食に……。
「おかえりなさい! フレイヤ!」
フレ……イヤ?
「…………っ」
その姿を、凝視する。
腰まで伸びる赤い長髪に、透き通った紫の瞳。すらっとした体躯でありながらも、ボンッキュッボンと凹凸は、はっきりしていた。色気全開のその全身を赤いドレスで纏っている。
俺はギコギコとしなる首を振り向け、
「店主さん? 今、この人のこと……フレイヤって言った?」
「はい! 私はその方と一緒に、この世界にやってきたんです」
はい。俺死んだ。
この赤髪の女性はフレイヤ。シャミーを襲った犯人だ。
オーディン曰く、生と死を司る、べらぼうに強い神様。
ユイも俺と同じく……神によってこの世界に飛ばされたクチらしい。
ひょっとして、さっき商店街で見た、女神のように美くしい者の正体って……こいつ?
汗を充満させた顔の俺に、ユイが心配そうに、
「あの……顔色悪いですよ? 大丈夫ですか?」
「ネーシャ」
「あんたがあのフレイヤね!!?? よくもシャミーを傷つけて――」
叫ぶネーシャの腕を掴む。
「逃げるぞォォオオオオ!!!」
一歩踏み出した時。
「ゲボォォオ!?」
フレイヤの手が俺の首を鷲掴みにした。
そいつはそのまま俺を浮くくらいに掴み上げ、
「お前がヴァルキュリアのカミビキか……」
「ほぇっ……?」
カミビキ?
美しい声音に思わずうっとりしてしまいそうになるが……苦しい!!
「ちょっと! コウタを放しなさいよ! じゃなきゃあんたを殺せないでしょ!?」
「ふんっ……」
「がはぁっ!!」
「ネーシャ!!」
店の棚に突っ込むネーシャ。
こいつ、片手でネーシャをぶっ飛ばしやがった!!
「やめてよフレイヤ! お店を散らかさないで!」
フレイヤに易々と掴みかかるユイ。
「逃げろユイ! こいつは危ない奴なんだ!」
「へ? どうしてですか?」
この状況を見ればわかるだろ!
首を掴む手に、さらに力が込められる。
「とにかく……逃げ……」
「っ!?」
苦しさから解放されたかと思うと、フレイヤが店の出口から距離をとった。
……やっぱり来たか。
そのドアは、ゆっくりと開く。
「どうやら、愚かなネズミが私の世界に迷い込んでしまったようだな」
そこに立っていたのは、美麗な長い金髪を持つ伝説の戦神――。
「ヴァル……キュリア!」
紅い瞳が、フレイヤを鋭く睨みつける。
そして、
「我が眷属が世話になったようじゃの、フレイヤ?」
眼帯を付けた白髪の幼女も。
それらを見たフレイヤの震えた吐息が聞こえた。
「オーディンまで……ふふっ。丁度いい、お前たちのコアを発動させることは、どうやら私ではできないようだからな。探していた所だ」
神はコアを感じ取ることができる。だがそれを失ったミカンとオーディンの場所は、フレイヤには分からなかったってことか。
「じゃが、どうにも我々の体質は不利なものじゃ。お前に私たちの力を感じることはできても、私達はお前の力を感じることができんのじゃからの? 下々の神よ」
「何だと……!」
フレイヤの表情が鬼のごとく歪む。
そのコアには最高神であるオーディンの力も含まれている。つまり、全ての神は、主でもあるその力を察知することが出来るということか?
次にミカンが、
「しかし、お前がコアを持っていて良かったわい。おかげで今、お前を祓えるのだからな」
しかしフレイヤは笑う。
最強の神を二人、目の前にしても余裕に笑みを浮かべる理由は俺にも分かる。
「お前たちは力を失っている。いくらお前たちでも、その状態で私に適うと思っているのか?」
その答えも、俺は知っている。
「当然だ」
答えたミカンは右手を前に突き出し、
「これは裁きではない――鉄槌だ」
光り輝くその右手に、フレイヤは戦慄の、いや恐怖の眼差しを向けた。
「何故だ……貴様。………っ……!」
気づいたかフレイヤ。
ミカンの体内にはコアの欠片が残っていて、完全でなくとも、完全体のオーディンを怯ませられるくらいの力は持ってるんだぞ!
お前なんかが、耐えられるわけが無い、あの一撃を。
「サーガ――」
「ストーーーーッップ!」
叫んだのはユイ。
「もう! みんないい加減にしてよ! ケンカしたって何も解決しないよ!」
ユイは真剣な顔で怒っている。
拍子抜けした様子のミカンとオーディンも目をぱちぱちとさせて唖然。
その時、フレイヤが天井に手を伸ばし、強烈な風圧を発生させた。
「うわ!! 何だ!?」
風圧により天井に穴が空き、フレイヤはそこへ向かって飛び出し、
「ヴァルキュリアの力が戻っていたとは計算外だった……だが次会う時は覚悟しておけ!」
そう言って、空に向かって逃げていった。
「……………」
静まり返る店内は、それはそれはめちゃくちゃで、下着があちらこちらに散らかっていた。
ユイの笑顔がこちらに向く。
「コウタくん。だったっけ?」
「はい」
「お店、ちゃんと掃除してよ……ね?」
「何で俺が」
殺意の瞳が俺の眼前に。
「しろよ……な?」
「ハイっ」
その後、俺たちは散らかった店を掃除。壊れた棚や商品の弁償は、余りある財産から払うことは許されず。フレイヤ不在による人手不足で、店の手伝いで返すことになった。
理不尽に苛まれたが、収穫はあった。
あの様子を見るに、ミカンが完全体でなくとも、フレイヤには充分通用するということだ。
だがまだコアは彼女の手にあり、それに諦めていない様子だったから、またやってくるだろう。今後にも警戒が必要だ。
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妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
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お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
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貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
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この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
異世界へ行って帰って来た
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ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。
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三十年後に届いた白い手紙
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これは、
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第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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