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第二章 緊急態勢突入、第四次異世界衝突へ
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甲都では、レラを筆頭に魔族たちが壊れた建造物の修復を行っていた。何十体ものゴーレムが魔族の指揮により忙しく働いている。
それを眺めるレラの服が後ろから引っ張られ。
「ん、シェミル……どうしましたの?」
シェミルは相変わらずボーっとした表情だが、元気のなさそうに俯いている。
「……嶺二は大丈夫?」
「大丈夫よ。嶺二ならどんな相手だってあの馬鹿力でなんとかしてくれますわ」
シェミルがぴくりと肩を揺らした瞬間。
――――ウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!
「何事ですの!?」
監視塔のサイレンがけたたましく鳴り響く。敵襲を知らせるその音を聞いたレラはすぐに本部へ向かった。
本部前ではマリアとソール、ターシャがいて、子どもたちも外へ出てきている。防衛軍は小銃を構えて臨戦態勢をとっていた。
皆は先ほど敵がやってきた北側の城壁に、緊張の眼差しを向ける。
まず口を開いたのはマリア。
「ソール。やはり十万の敵は、そこにいるのか」
「……いる」
「では、嶺二は……」
そのやりとりで、さらに皆の表情が固まる。
爆音と同時に、防衛軍が腰を低く構えた。
「来るぞ!」
城壁からひとつの影が跳びあがる。その背後では数えると気が遠くなるほどの、鉄を纏った人影。鎧姿に見覚えのある面々は一様に顔をしかめるが、マリアは城壁の上に立った人物を見据えて口角を上げる。
「バカが帰って来たか」
そのあと、ターシャもそこを指さして。
「あ、あれは……嶺二さんではないですか?」
「本当ですわ……しかしどうして敵なんかと……」
皆して疑問の表情を浮かべる中、マリアは本を開いて言う。
「お前たち、戦闘態勢を解除しろ」
防衛軍の一人が「しかし」と抗議しようとするがマリアはそれを遮って呟いた。
「嶺二のやつ、とんでもない戦利品を持ち帰ってくれたものだ」
マリアの表情には戦慄の欠片もなければ、これから戦いが始まることを予想しているものでもない。それを見た防衛軍は武器を下ろして嶺二たちに視線を向ける。
鉄の空を背後にして立っているのは嶺二。防衛軍が構えを崩した時、にやりと笑って跳びあがった。その直後に後ろの軍勢は彼を追うように飛行。怪我をしている者や、それを運ぶ者たちが一斉に本部へ向かう。嶺二の懐には全裸の女性……絶叫するイブソルニアが抱えられていて。
「いやぁぁぁぁぁ!」
どすん! と着地したのは嶺二。その後に十万を超える軍勢が甲都に詰まった。
「………………」
嶺二の帰りを喜んで迎える者はおらず、皆して唖然と嶺二達を眺めている。
前に出たのはマリア。嶺二はそれに向かって手を挙げて。
「よう、帰ったぜ」
「よくやった。仲間にしたのだな」
「おうよ」
そこで嶺二の懐が騒ぎ出す。
「仲間になるだなんて言ってない! 我々は攫われただけ!」
全裸で騒ぐ銀髪の女性。マリアはそれを一瞥してから嶺二に訊いた。
「嶺二、お前が抱えている裸の女は何者だ」
「こいつらの大将で……名前はイブソルニア。今は猫みたいに丸くなってるが、実はすげぇ強いんだぜ?」
「ほう……?」
マリアは大将と聞いて興味を持ったのか、イブソルニアに眼前まで近づくと。
「おい」
「ひっ……悪魔」
「誰が悪魔だ」
マリアの目つきに怯えた様子のイブソルニア。
そこでやってきたのはソール。抱えられている彼女を見下ろして言う前に、指をさされる。イブソルニアは目を見開いて言った。
「そ、そそそ! ソール魔法王!?」
「……久しぶりだな、イブ」
イブソルニアは気付いたように肩を揺らすと、そぐに嶺二の腕から飛び出して地面に片膝をつく。顔は地面に向けながら口を開く。
「突如行方を眩ませた貴方が、まさかこのような場所におられたとは……しかし、なぜ?」
これに答えたのはマリア。まずこのハテノチという世界に二週間前、初めに最強の五人が降り立ったこと。神様から、この地を最強の世界に成長させよと命じられたこと。ソールは選ばれた五人の一人であり、皆と同じくして突如この世界に降り立ったこと……。
「なるほど、そんなことが……。どうりで物静かな世界だと」
イブソルニアは顔を上げて「しかし」とソールに向かって言う。
「あなたがいるべき場所はここではありません! どうか、我々と故郷へ……
「断る」
「なっ……」
はっきりと答えたソールに、イブソルニアは瞳を震わせた。なぜ? と問われることが分かっていたソールは、きょとんとした目で見つめてくる子どもたちを見渡しながら。
「……ここに、一番守りたいものがあるのだ」
イブソルニアが子どもたちへ視線を向けてから、ソールに向き直して言い返す。
「生まれ育った祖国より、降り立って日も浅いこの場所の方が大事だと仰るのですか?」
「……」
ソールが黙り込むと、今度は嶺二がにやりと口を開いた。
「まぁまぁ。同じ国で生まれた者同士、思うところはあると思うが……とりあえず『あいつ』の話を聞いてみようぜ?」
嶺二に視線を向けられた『あいつ』が、その場の中心に歩いて来て。
「お疲れ様でした。皆さん」
奇抜な帯姿が特徴の女性……神様。
マリアは神様に中心を譲りながら、驚いたような顔。
「神様……いつの間に。……して、その男性は?」
神様は一人の貫禄ある男と歩いてやってきた。派手な金色の衣装からは只者でない雰囲気を感じ取れる。
「こちらの方はセレメスカ。私と同じ神です」
「ということは、あなたが彼女たちの世界の……」
セレメスカが口を開いた。
「如何にも。余はこの者たちが住む世界『シェパルタ』の神である。……カミサマよ、彼らに伝え」
神様は頷くと、真剣な表情で話し出す。
「この大戦……異世界衝突は早くもピークを迎えました。途中経過と言いますか、神々の集いにて周知事項の確認がとれましたので報告いたします」
神様の報告によると、現段階でこの戦争によって消滅した世界は八つ。他世界から占領されたそれは二十五。今まさに戦火をあげている世界は二千。
そんな中でたったの二世界からしか侵攻されていないハテノチだが、それは他の世界と比較すると時間の進み方が特殊であるためなのだとか。
緊張感漂う中、嶺二はのんきに鼻をほじりながら言う。
「つまりよ、この戦いは終盤に向かってるってワケだろ? もっと戦うことになるかと思ってたが……まあ、戦争が早く終わるに越したことはないな」
今度はセレメスカが。
「確かにこの戦争は折り返しに至った。しかし、これからお前たちは更に狭い場所で戦うことになるであろう」
「あ? どういうことだよ」
マリアは何かを察したように唇を噛みしめたが、代わって神様が伝えた。
「この世界……ハテノチには今、我々を除いて九つの世界が身を据えています」
周囲が騒然とする。不安の声が第一に聞こえてくる中、マリアが声を張り上げた。
「静粛に! 不思議なことでもないだろう。ソールの報告からすると、シェパルタの者達もこの世界に居座っていたようだ」
ソールが見た巨大な建物は、一日やそこらで作れるものではない。イブソル二アたちがここで何日も滞在していたことは明らかであり、嶺二はイブソル二アにそのことを直接聞いている。
辺りが沈黙すると、マリアは続けた。
「人の住む国土が狭いおかげで、我々は気付かぬうちに敵から隠れ続けることができていた。つまり、この世界には今……我々含め十の『国』が存在していることになる」
神様は笑顔で。
「それはいい考え方ですね、マリア。生まれた世界は違えど、同じ地に居座り続ける者たちを国と捉えるとは」
素早く立ち上がったイブソル二アは、未だ全裸のまま慌てた様子で言う。
「そ、その十の世界に我々は含まれているのか?」
皆の視線が神様に向くが、神様はセレメスカと目を合わせ頷いてから答えた。
「いえ。あなた達の世界『シェパルタ』は、ここ『ハテノチ』の傘下として同盟を組むことになりましたので。とりあえずはハテノチとして数えておりますよ」
「え……?」
出てきたのは嶺二。
「おい神様。お前なにさらっと重要そうなこと言ってんだ?」
「重要なことですよ嶺二。ふふっ」
神様の馬鹿にしたような笑いで、嶺二のこめかみがピキっと鳴る。そこで人差し指を立てて言ったのはターシャ。
「つまり、ハテノチとシェパルタは仲間になった……ということですか?」
「その通りです。セレメスカは降伏ではなく、同盟を持ちかけてきたのです」
セレメスカは少し困った顔をして。
「まさかソールが攫われてしまうとは思わなかった。こちらとしては彼を失うわけにはいかない。それに他の四人も最強と呼ばれるほどの猛者と聞いた。心強い味方となるであろう。しかしそれらを一度に転移させるなど……カミサマよ、ゲートは開けるのか」
「多分むりっ」
頭にこつんと拳を当てたついでに舌も出して答える神様。
「ゲートの方はお願いしますね? セレメスカ」
「むぅ……分かった」
そこでマリアが本を開いて言う。
「同盟というからには、両世界に約束ごとがあるのでしょうが。それは?」
「良い質問ですね。まず……」
一つ……同盟国同士での武力の衝突を目的としたゲートの使用を禁ずる。二つ……同盟国からの救援要請があれば直ちに出動する。三つ……ハテノチに都を構え、全世界最強の地とせよ。
「……」
嶺二はポカーンとして聞いているが、マリアは頷きながら。
「なるほど。たった三つではあるが分かりやすくていい。しかし、三つめの条件は神様のわがままなのだろう。ふふっ……さすがは神様だ。これは腕が鳴る」
淡々と呟くマリアは、神様のほがらかな視線に気づくと肩を揺らすが、咳払いをして皆に向いた。本を開いてこの姿勢……全員が察したように表情を引き締める。
「今、この地に心強い仲間がやってきた! 先の計画、第一段階は完遂とし……これより新たな計画を発表する!」
抗議しようとするイブソルニアは嶺二におさえつけられており、続きは話された。
「ハテノチ、シェパルタ両世界が一丸となり、ここに三つの『都』を完成させ『国』を形成する! 我々の数はおよそ十万と少し。大部分がイブソルニア率いる兵士であり、絶大な成果をあげてくれることだろう!」
魔族の歓声が響き渡ると、マリアは気持ちよさそうに胸を張って指示を開始。
「ターシャは負傷者の治療! ハテノチの魔族は元気な者達に仕事を教えてやれ! ……それとお前たちの国はヘリブカリアという名前だったな? よし。ヘリブカリアの魔族たちよ、その中で錬金術を心得ている者はいるか?」
指示されたターシャは鎧の軍勢に恐る恐る近づいていき、歓迎されて喜んでいる。そして魔族たちはヘリブカリアの兵士と甲都や乙都に散っていき……残ったのはヘリブカリアの魔族二万人ほど。女性が大半を占めている。
マリアは集まった者たちを眺め、ご機嫌そうに口角を上げて言った。
「予想以上にいるではないか……いいぞ。お前たちはこの錬金術師、レラの下で都を完成させるために働いてくれ。これだけいれば、あっと言う間に完成することだろう。……頼んだぞ、レラ」
唯一の錬金術師として魔族を率い、街の発展に大きく貢献してきたレラ。彼女は若干、鼻を膨らませて大きな胸を張った。
「お任せくださいまし! さあ皆さん! 最強の錬金術師レラについて来なさい!」
「「「はい!」」」
先ほどまで敵同士であったというのに、彼女たちはそんなこと忘れたかのように元気に走り去っていく。
「……」
残った数人。沈黙の中で。
「おい」
四つん這いになって俯いているイブソルニアを、嶺二が粗末に蹴り小突く。
「いたい」
立ち上がらず、抑揚のない声で発したイブソルニア。
「立てよ……ほら、これやるから」
「ふん……?」
嶺二が差し出したのは男子用の学生服。白を基調とした清潔感のあるデザイン。ようやくイブソルニアが顔を上げて。
「これを……私に?」
「そうだよ。お前ずっと裸だし」
「ど、どうも。それと一つお願いがあるんだけど……顔を隠せるものを作ってはくれないだろうか」
まちばりで鼻をほじっている嶺二は、渡す直前の学生服を引き寄せて手を動かすと。
「ほらよ」
イブソルニアに再び差し出した学生服。その上着の襟は大きく伸ばされていた。彼女は立ち上がって受け取り、それを着ると襟に鼻まで隠れた格好。覗いた蒼い瞳が嶺二を見つめている。
「よく似合ってんじゃねか。だが……」
嶺二は白い学生服を纏ったイブソルニアの胸を、両手に乗せて探るように。
「やっぱ男用だと胸辺りがキツいな……もう少し大きめのサイズにした方が良かったか……ん?」
その手が掴まれたと同時、嶺二の身体が乱暴に宙を舞う。
「あ……れ?」
「我の身体に……容易く触れるな小僧!」
そこにいたマリアとソールは、城壁まで吹っ飛んでいく嶺二を見送ったのだった。
それを眺めるレラの服が後ろから引っ張られ。
「ん、シェミル……どうしましたの?」
シェミルは相変わらずボーっとした表情だが、元気のなさそうに俯いている。
「……嶺二は大丈夫?」
「大丈夫よ。嶺二ならどんな相手だってあの馬鹿力でなんとかしてくれますわ」
シェミルがぴくりと肩を揺らした瞬間。
――――ウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!
「何事ですの!?」
監視塔のサイレンがけたたましく鳴り響く。敵襲を知らせるその音を聞いたレラはすぐに本部へ向かった。
本部前ではマリアとソール、ターシャがいて、子どもたちも外へ出てきている。防衛軍は小銃を構えて臨戦態勢をとっていた。
皆は先ほど敵がやってきた北側の城壁に、緊張の眼差しを向ける。
まず口を開いたのはマリア。
「ソール。やはり十万の敵は、そこにいるのか」
「……いる」
「では、嶺二は……」
そのやりとりで、さらに皆の表情が固まる。
爆音と同時に、防衛軍が腰を低く構えた。
「来るぞ!」
城壁からひとつの影が跳びあがる。その背後では数えると気が遠くなるほどの、鉄を纏った人影。鎧姿に見覚えのある面々は一様に顔をしかめるが、マリアは城壁の上に立った人物を見据えて口角を上げる。
「バカが帰って来たか」
そのあと、ターシャもそこを指さして。
「あ、あれは……嶺二さんではないですか?」
「本当ですわ……しかしどうして敵なんかと……」
皆して疑問の表情を浮かべる中、マリアは本を開いて言う。
「お前たち、戦闘態勢を解除しろ」
防衛軍の一人が「しかし」と抗議しようとするがマリアはそれを遮って呟いた。
「嶺二のやつ、とんでもない戦利品を持ち帰ってくれたものだ」
マリアの表情には戦慄の欠片もなければ、これから戦いが始まることを予想しているものでもない。それを見た防衛軍は武器を下ろして嶺二たちに視線を向ける。
鉄の空を背後にして立っているのは嶺二。防衛軍が構えを崩した時、にやりと笑って跳びあがった。その直後に後ろの軍勢は彼を追うように飛行。怪我をしている者や、それを運ぶ者たちが一斉に本部へ向かう。嶺二の懐には全裸の女性……絶叫するイブソルニアが抱えられていて。
「いやぁぁぁぁぁ!」
どすん! と着地したのは嶺二。その後に十万を超える軍勢が甲都に詰まった。
「………………」
嶺二の帰りを喜んで迎える者はおらず、皆して唖然と嶺二達を眺めている。
前に出たのはマリア。嶺二はそれに向かって手を挙げて。
「よう、帰ったぜ」
「よくやった。仲間にしたのだな」
「おうよ」
そこで嶺二の懐が騒ぎ出す。
「仲間になるだなんて言ってない! 我々は攫われただけ!」
全裸で騒ぐ銀髪の女性。マリアはそれを一瞥してから嶺二に訊いた。
「嶺二、お前が抱えている裸の女は何者だ」
「こいつらの大将で……名前はイブソルニア。今は猫みたいに丸くなってるが、実はすげぇ強いんだぜ?」
「ほう……?」
マリアは大将と聞いて興味を持ったのか、イブソルニアに眼前まで近づくと。
「おい」
「ひっ……悪魔」
「誰が悪魔だ」
マリアの目つきに怯えた様子のイブソルニア。
そこでやってきたのはソール。抱えられている彼女を見下ろして言う前に、指をさされる。イブソルニアは目を見開いて言った。
「そ、そそそ! ソール魔法王!?」
「……久しぶりだな、イブ」
イブソルニアは気付いたように肩を揺らすと、そぐに嶺二の腕から飛び出して地面に片膝をつく。顔は地面に向けながら口を開く。
「突如行方を眩ませた貴方が、まさかこのような場所におられたとは……しかし、なぜ?」
これに答えたのはマリア。まずこのハテノチという世界に二週間前、初めに最強の五人が降り立ったこと。神様から、この地を最強の世界に成長させよと命じられたこと。ソールは選ばれた五人の一人であり、皆と同じくして突如この世界に降り立ったこと……。
「なるほど、そんなことが……。どうりで物静かな世界だと」
イブソルニアは顔を上げて「しかし」とソールに向かって言う。
「あなたがいるべき場所はここではありません! どうか、我々と故郷へ……
「断る」
「なっ……」
はっきりと答えたソールに、イブソルニアは瞳を震わせた。なぜ? と問われることが分かっていたソールは、きょとんとした目で見つめてくる子どもたちを見渡しながら。
「……ここに、一番守りたいものがあるのだ」
イブソルニアが子どもたちへ視線を向けてから、ソールに向き直して言い返す。
「生まれ育った祖国より、降り立って日も浅いこの場所の方が大事だと仰るのですか?」
「……」
ソールが黙り込むと、今度は嶺二がにやりと口を開いた。
「まぁまぁ。同じ国で生まれた者同士、思うところはあると思うが……とりあえず『あいつ』の話を聞いてみようぜ?」
嶺二に視線を向けられた『あいつ』が、その場の中心に歩いて来て。
「お疲れ様でした。皆さん」
奇抜な帯姿が特徴の女性……神様。
マリアは神様に中心を譲りながら、驚いたような顔。
「神様……いつの間に。……して、その男性は?」
神様は一人の貫禄ある男と歩いてやってきた。派手な金色の衣装からは只者でない雰囲気を感じ取れる。
「こちらの方はセレメスカ。私と同じ神です」
「ということは、あなたが彼女たちの世界の……」
セレメスカが口を開いた。
「如何にも。余はこの者たちが住む世界『シェパルタ』の神である。……カミサマよ、彼らに伝え」
神様は頷くと、真剣な表情で話し出す。
「この大戦……異世界衝突は早くもピークを迎えました。途中経過と言いますか、神々の集いにて周知事項の確認がとれましたので報告いたします」
神様の報告によると、現段階でこの戦争によって消滅した世界は八つ。他世界から占領されたそれは二十五。今まさに戦火をあげている世界は二千。
そんな中でたったの二世界からしか侵攻されていないハテノチだが、それは他の世界と比較すると時間の進み方が特殊であるためなのだとか。
緊張感漂う中、嶺二はのんきに鼻をほじりながら言う。
「つまりよ、この戦いは終盤に向かってるってワケだろ? もっと戦うことになるかと思ってたが……まあ、戦争が早く終わるに越したことはないな」
今度はセレメスカが。
「確かにこの戦争は折り返しに至った。しかし、これからお前たちは更に狭い場所で戦うことになるであろう」
「あ? どういうことだよ」
マリアは何かを察したように唇を噛みしめたが、代わって神様が伝えた。
「この世界……ハテノチには今、我々を除いて九つの世界が身を据えています」
周囲が騒然とする。不安の声が第一に聞こえてくる中、マリアが声を張り上げた。
「静粛に! 不思議なことでもないだろう。ソールの報告からすると、シェパルタの者達もこの世界に居座っていたようだ」
ソールが見た巨大な建物は、一日やそこらで作れるものではない。イブソル二アたちがここで何日も滞在していたことは明らかであり、嶺二はイブソル二アにそのことを直接聞いている。
辺りが沈黙すると、マリアは続けた。
「人の住む国土が狭いおかげで、我々は気付かぬうちに敵から隠れ続けることができていた。つまり、この世界には今……我々含め十の『国』が存在していることになる」
神様は笑顔で。
「それはいい考え方ですね、マリア。生まれた世界は違えど、同じ地に居座り続ける者たちを国と捉えるとは」
素早く立ち上がったイブソル二アは、未だ全裸のまま慌てた様子で言う。
「そ、その十の世界に我々は含まれているのか?」
皆の視線が神様に向くが、神様はセレメスカと目を合わせ頷いてから答えた。
「いえ。あなた達の世界『シェパルタ』は、ここ『ハテノチ』の傘下として同盟を組むことになりましたので。とりあえずはハテノチとして数えておりますよ」
「え……?」
出てきたのは嶺二。
「おい神様。お前なにさらっと重要そうなこと言ってんだ?」
「重要なことですよ嶺二。ふふっ」
神様の馬鹿にしたような笑いで、嶺二のこめかみがピキっと鳴る。そこで人差し指を立てて言ったのはターシャ。
「つまり、ハテノチとシェパルタは仲間になった……ということですか?」
「その通りです。セレメスカは降伏ではなく、同盟を持ちかけてきたのです」
セレメスカは少し困った顔をして。
「まさかソールが攫われてしまうとは思わなかった。こちらとしては彼を失うわけにはいかない。それに他の四人も最強と呼ばれるほどの猛者と聞いた。心強い味方となるであろう。しかしそれらを一度に転移させるなど……カミサマよ、ゲートは開けるのか」
「多分むりっ」
頭にこつんと拳を当てたついでに舌も出して答える神様。
「ゲートの方はお願いしますね? セレメスカ」
「むぅ……分かった」
そこでマリアが本を開いて言う。
「同盟というからには、両世界に約束ごとがあるのでしょうが。それは?」
「良い質問ですね。まず……」
一つ……同盟国同士での武力の衝突を目的としたゲートの使用を禁ずる。二つ……同盟国からの救援要請があれば直ちに出動する。三つ……ハテノチに都を構え、全世界最強の地とせよ。
「……」
嶺二はポカーンとして聞いているが、マリアは頷きながら。
「なるほど。たった三つではあるが分かりやすくていい。しかし、三つめの条件は神様のわがままなのだろう。ふふっ……さすがは神様だ。これは腕が鳴る」
淡々と呟くマリアは、神様のほがらかな視線に気づくと肩を揺らすが、咳払いをして皆に向いた。本を開いてこの姿勢……全員が察したように表情を引き締める。
「今、この地に心強い仲間がやってきた! 先の計画、第一段階は完遂とし……これより新たな計画を発表する!」
抗議しようとするイブソルニアは嶺二におさえつけられており、続きは話された。
「ハテノチ、シェパルタ両世界が一丸となり、ここに三つの『都』を完成させ『国』を形成する! 我々の数はおよそ十万と少し。大部分がイブソルニア率いる兵士であり、絶大な成果をあげてくれることだろう!」
魔族の歓声が響き渡ると、マリアは気持ちよさそうに胸を張って指示を開始。
「ターシャは負傷者の治療! ハテノチの魔族は元気な者達に仕事を教えてやれ! ……それとお前たちの国はヘリブカリアという名前だったな? よし。ヘリブカリアの魔族たちよ、その中で錬金術を心得ている者はいるか?」
指示されたターシャは鎧の軍勢に恐る恐る近づいていき、歓迎されて喜んでいる。そして魔族たちはヘリブカリアの兵士と甲都や乙都に散っていき……残ったのはヘリブカリアの魔族二万人ほど。女性が大半を占めている。
マリアは集まった者たちを眺め、ご機嫌そうに口角を上げて言った。
「予想以上にいるではないか……いいぞ。お前たちはこの錬金術師、レラの下で都を完成させるために働いてくれ。これだけいれば、あっと言う間に完成することだろう。……頼んだぞ、レラ」
唯一の錬金術師として魔族を率い、街の発展に大きく貢献してきたレラ。彼女は若干、鼻を膨らませて大きな胸を張った。
「お任せくださいまし! さあ皆さん! 最強の錬金術師レラについて来なさい!」
「「「はい!」」」
先ほどまで敵同士であったというのに、彼女たちはそんなこと忘れたかのように元気に走り去っていく。
「……」
残った数人。沈黙の中で。
「おい」
四つん這いになって俯いているイブソルニアを、嶺二が粗末に蹴り小突く。
「いたい」
立ち上がらず、抑揚のない声で発したイブソルニア。
「立てよ……ほら、これやるから」
「ふん……?」
嶺二が差し出したのは男子用の学生服。白を基調とした清潔感のあるデザイン。ようやくイブソルニアが顔を上げて。
「これを……私に?」
「そうだよ。お前ずっと裸だし」
「ど、どうも。それと一つお願いがあるんだけど……顔を隠せるものを作ってはくれないだろうか」
まちばりで鼻をほじっている嶺二は、渡す直前の学生服を引き寄せて手を動かすと。
「ほらよ」
イブソルニアに再び差し出した学生服。その上着の襟は大きく伸ばされていた。彼女は立ち上がって受け取り、それを着ると襟に鼻まで隠れた格好。覗いた蒼い瞳が嶺二を見つめている。
「よく似合ってんじゃねか。だが……」
嶺二は白い学生服を纏ったイブソルニアの胸を、両手に乗せて探るように。
「やっぱ男用だと胸辺りがキツいな……もう少し大きめのサイズにした方が良かったか……ん?」
その手が掴まれたと同時、嶺二の身体が乱暴に宙を舞う。
「あ……れ?」
「我の身体に……容易く触れるな小僧!」
そこにいたマリアとソールは、城壁まで吹っ飛んでいく嶺二を見送ったのだった。
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