65 / 75
第六章 閃血の精霊
10
しおりを挟む誰が見てもおかしい状況。ハテノチを破滅させんとしていたヌルなど、二人の見開いた眼中には既に無かった。
「かかってこいやイブソルニア」
「望むところだ」
瞬く間に距離を詰めた時、拳が互いの頬に深く抉り込む。嶺二は頬で押し返すように踏ん張って、さらに拳を放った。
「「ぐっ……」」
イブソルニアの頬に拳、嶺二のこめかみには足の甲が入り込んでいる。一瞬の後、両者が振り切ったそれらは互いの体勢を崩し、しかし同時に立て直した直後に同じ方向を見据えた。
「…………」
向かってきていたヌルは振り下ろされた二つの踵によって地面に埋まる。もはや声も発することなくヌルを地に伏した。
ヌルの後頭部に片足を並べる二人が顔を合わせた時。
「いい加減しろお前たち! ケンカなどしている場合か!」
後ろからマリアの怒号が響き渡る。続いて甲高い声も。
「今はそこの敵に集中してくださいまし! あとでいくらでも殴り合えばいいのですわ!」
ヌルが手を着いて起き上がろうとした時、嶺二は頭を掻きながらやれやれと。
「しょうがねぇな……イブソルニア、悪いがちょっと休戦だ。さすがに体力が持たねぇ。あとでや――」
イブソルニアが嶺二の股間、その膨らみを掴んでいる。その感触に彼の顔が青ざめた瞬間。
「ぎ……」
「よそ見をするな!」
垂直に投げ飛ばされた嶺二は、空中で絶叫をあげた。
「ギャァァァァァ!」
イブソルニアの傍らに落ちたのは、袋のようになった皮と肉の棒。滑稽な音を立てて着地したソレが、だらしなく寝そべっている。
それらの持ち主であろう男は股間から血を吹いて空から帰ってくる。
「イブソルニアぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
どすん! と着地した時。股間からぴゅっと血が出た。隠すべき場所を失った嶺二は堂々と立って彼女を睨みつける。
「てめぇ……マジでこれだけは許さねぇぞ」
イブソルニアは起き上がろうとしていたヌルの頭を再び地面に踏みつけてから言う。
「何を怒っている?」
「怒るだろうがよそりゃ…………言ってみろよイブソルニア、今の俺とお前の違いは何だ?」
「貴様の方が我より少し背が高い」
「とぼけてんじゃねぇぞ……コラ」
嶺二の顔は今までに無く歪んでいる。本気で怒っている様子。
二人の後方では、ターシャが飛び出そうとしていたがローゼンに止められていた。
イブソルニアは寝そべるソレを指さして嶺二に言う。
「ぶら下げているだけ無駄だ。去勢の功を成した我に感謝せよ。ヌルは我がやっておく、お前は大人しく寝ていろ……あの粗末なモノのようにな」
嶺二のこめかみで太く血管が走った。
震える声で呟く。
「あの粗末なモノのように……?」
瞬間、ほのかに赤を彩った風が彼の周囲を吹き始める。
「――――っ……!」
直後にそれは真っ赤となって閃光し、嵐のごとく血の旋風を巻き上げ、
「チンチンのことかァァアアァアァァアッッ!」
世界を喰らうかの如く、視界の限りを閃く血筋が荒れ狂う。吹く風はイブソルニアの肩を切りつけ、足をきりつけ……まるで刃のよう。
異様な光景を目の当たりにしたイブソルニアはヌルから離れると、これを形成したであろう嶺二を怪訝に見つめる。
「貴様……一体何を身に宿している?」
「イブソルニアァァァァァァァァア!」
向かってきた嶺二の拳を受け止めたイブソルニア。血筋を纏うその拳は、彼女の腕で眩むほどに赤く閃光している。直後に殴り飛ばされた嶺二は盛大に地面を割って着地すると、すぐに体勢を立て直して閃く血をさらに巻き上げた。再び飛びかかろうとしていた時。
「出力最大」
二人の前方で、激しく駆動音が鳴り始める。それが両手を広げて赤い玉を光らせている。全身の隙間から濃く立ち上る煙は正常のものとは思えない。
それが激しく閃光した時。
「邪魔だッボケェェェ!」
嶺二が腕を振り払えば、血筋が彼の動作に従って吹き荒れる。それはヌルの身体を飲み込み、木っ端微塵の見てくれにまで刻んだ。
「何という力だ……」
さすがのイブソルニアも一歩後ずさる。この赤い風に当たればヌルのようになると察した。しかし逃げ場などない、一帯は空まで赤い風に覆われているのだから。
再び向かってきた拳を受け止めたイブソルニアが激しく地面を抉りながら後退する。
「ぐっ……!」
「……喰らえ」
目前で掲げられた拳には、閃血と呼ぶに相応しい鮮やかな赤が纏っていた。
「嶺二……!」
その時、横風に乗った閃血がイブソルニアの長い襟を切り裂く。隠れていた顔が露わになると、彼女は即座にしゃがみこんで鳴いた。
「にゃあ……」
「おっ……ぶッッ――」
色々と脳内で渋滞したであろう嶺二は盛大に体勢を崩し、掲げていた拳で何故か自分の後頭部を打ち付けた。
「どぎゃぁぁぁあ!」
ボールのように転がっていく嶺二。
「うぅ…………」
うずくまるイブソルニア。
「………………」
赤い風はおさまり、辺りを沈黙が支配する。
嶺二は頭をさすりながら彼女の傍らに歩み寄った。
「いってて……危ねぇなおい、いきなり無防備になってんじゃねぇぞ」
殺す気満々の顔で殴りかかっていたが、それでも彼の中に正気は残っていたようだ。
「ごめんなさい……私……あなたがこあいの」
先ほどまでとはまるで変わった声音に、嶺二の表情は引きつる。
丸くなって震えているイブソルニア。この状態の彼女に嶺二が命名した。
「おい、イブソルニャア」
「やだ……」
掴んで起こそうとするも、首を振って抵抗される。
今度は蹴り小突いた。
「おいコラ」
「……いたい」
嶺二はため息をついて、前方を見やった。
「しょうがねぇ、あの鉄野郎は俺が――」
直後の鈍痛にぱたりとうつ伏せに倒れる嶺二。それを見下ろしているのは本の角を手に乗せたマリア。
「奴は既に消し飛んでいる。しょうもないケンカを始めおってからに。このバカ共が」
うずくまるイブソルニャアと、うつ伏せの嶺二を見てそう言い捨てた。
今回、嶺二が成した活躍といえば、登場時にヌルの最大出力を散らしたことだろうか。それはローゼンの活躍でもあるが、しかし最後にヌルを倒したのは彼だ。
イブソルニアと嶺二の拳を受けても一向に砕けないヌルの体躯を、簡単に散らした精霊の力。マリアからすれば大収穫とも思える。
「起きろ」
がつっとつま先を打ち付けられた嶺二はため息をついて起き上がる。視線の先では鋭い目つきでマリアが睨んできていた。
「何だよ」
「すまなかった」
「あぇ?」
マリアは切なげな瞳を向けて嶺二の胸ぐらを掴みあげた。表情と動作が合っていないようだが、その手は震えている。
「お前をカシュエドに送っていなければ、仲間を多く失わずに済んだかもしれない」
「バーカ。お前は戦ってねぇから分かんねぇだろうがよ?」
「む?」
「あいつには本気で殴り入れても飛ばすくらいが関の山だ。俺たちの攻撃がまるで効いちゃいなかったのさ。あのままじゃこっちの体力が先に尽きちまってた。………な! イブソルニャア!」
唐突に聞かれたイブソルニャアは肩をピクっと揺らして短く答えた。
「……うん」
マリアは疑問の表情で。
「では、その閃血の精霊とやらは役に立ったのか……?」
「おう! バカ強ぇぞ! どうやって奴を倒したのかは覚えてねぇが、多分やったのはノンだ!」
嶺二が「邪魔だボケ」と言って消し飛ばしたわけだが。それもノンの力ありきのもの。
「そうか……異世界への出張は無駄ではなかったのだな」
マリアの呟きを他所に、嶺二は渋い顔で言った。
「かァ~それにしても力の引き出し方が分からなくて焦ったぜ。まさかチンち……」
今度は何かを思い出したかのように唖然とした表情を浮かべる。
視線を恐る恐る下げた嶺二は、自分の股間を確認して顔を蒼白とさせた。
口をパクパクと開閉しながら辺りを見渡すが、ソレは見当たらない。風に飛ばされたか。
その間も彼の胸ぐらは離されず、睨みを効かせたマリアから低い声音が放たれる。
「であれば嶺二……お前は精霊の使い方も分からないまま敵を視野の外に置き、イブソルニアとケンカをしていたのだな?」
「い、いや……それよりも俺の……」
そこで、右方から甲高い声が飛んでくる。
「嶺二さーん!」
ターシャが走ってやってくる。挙げた片手には嶺二の望むモノがしっかりと握られていた。
「でかしたぞターシャ! くっつけてくれ!」
「はい!」
何の躊躇いもなく握りしめているが、さすがは癒術師といったところか。このような治療も数多く経験したのだろう。
繋がったソレを見て満足気に頷いたターシャは、レラを呼んだ。
「レラさ~ん!」
走ってくる。一度止まったが、走ってくる。そして飛んだ。
「きゃぁぁぁぁ!」
「バっ……か」
せっかく治療したというのに、早速の飛び蹴りである。
「レラさん。嶺二さんのズボンを……」
「わ、分かってますわ!」
嶺二はズボンを拵えてもらい、ご機嫌な様子。蹴り突かれた方はもう大丈夫みたいだ。
「さて、と……」
マリアが向いた先にはアルバ先遣隊。アルバに掴まれているのは小太りの男性。
「貴様をどうしてやろうか……ダン」
「ひっ……」
顎を震わせて怯えている。そこでレラが提案した。
「″献身的″に、皆さんが一発ずつシバいてさしあげるのはどうでしょう?」
「良い案だ。採用とする」
0
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
異世界帰りの勇者、今度は現代世界でスキル、魔法を使って、無双するスローライフを送ります!?〜ついでに世界も救います!?〜
沢田美
ファンタジー
かつて“異世界”で魔王を討伐し、八年にわたる冒険を終えた青年・ユキヒロ。
数々の死線を乗り越え、勇者として讃えられた彼が帰ってきたのは、元の日本――高校卒業すらしていない、現実世界だった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
異世界転生日録〜生活魔法は無限大!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
☆感想の受付開始しました。
【あらすじ】
異世界に転生したルイは、5歳の高熱を境に、記憶を取り戻す。一度は言ってみたい「ステータス・オープン」で、ステータスを見れることに気付いた。スキル「生活魔法∞(無限大)」を発見。その意味を知るルイは、仄かに期待を抱いた。
それと同時に、今世の出自である農家の四男は、長男大事な両親の態度に、未来はないと確信。
家族に隠れて、ステータスにあったスキルの一つ「鑑定」を使い、村のお婆(薬師)相手に、金策を開始。
十歳の時に行われたスキル鑑定の結果を父に伝えたが、農家向きのスキルではなかったルイは「家の役には立たない」と判断され、早々に家を追い出される。
だが、追放ありがとう!とばかりに、生活魔法を知るべく、図書館がある街を目指すことにしたルイ。
最初に訪れた街・ゼントで、冒険者登録を済ませる。だがそのギルドの資料室で、前世の文字である漢字が、この世界の魔法文字だという事実を知ることになる。
この世界の魔法文字を試したルイは、魔法文字の奥深さに気づいてしまった。バレないように慎重に……と行動しているつもりのルイだが、そんな彼に奇妙な称号が増えて行く。
そして、冒険者ギルドのギルドマスターや、魔法具師のバレンと共に過ごすうちに、バレンのお師匠様の危機を知る。
そして彼に会いにいくことになったが、その目的地が、図書館がある魔法都市アルティメットだった。
旅の道中もさることながら、魔法都市についても、色々な人に巻き込まれる運命にあるルイだったが……それを知るのは、まだ先である。
☆見切り発車のため、後日変更・追記する場合があります。体調が不安定のため、かける時に書くスタイルです。不定期更新。
☆カクヨム様(吉野 ひな)でも先行投稿しております。
セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~
空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。
もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。
【お知らせ】6/22 完結しました!
異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました
黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。
彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。
戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。
現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと!
「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」
ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。
絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。
伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進!
迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る!
これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー!
美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。
人生、逆転できないことなんて何もない!
僕のギフトは規格外!?〜大好きなもふもふたちと異世界で品質開拓を始めます〜
犬社護
ファンタジー
5歳の誕生日、アキトは不思議な夢を見た。舞台は日本、自分は小学生6年生の子供、様々なシーンが走馬灯のように進んでいき、突然の交通事故で終幕となり、そこでの経験と知識の一部を引き継いだまま目を覚ます。それが前世の記憶で、自分が異世界へと転生していることに気付かないまま日常生活を送るある日、父親の職場見学のため、街中にある遺跡へと出かけ、そこで出会った貴族の幼女と話し合っている時に誘拐されてしまい、大ピンチ! 目隠しされ不安の中でどうしようかと思案していると、小さなもふもふ精霊-白虎が救いの手を差し伸べて、アキトの秘めたる力が解放される。
この小さき白虎との出会いにより、アキトの運命が思わぬ方向へと動き出す。
これは、アキトと訳ありモフモフたちの起こす品質開拓物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる