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第七章 チート能力人間VS最強の人間
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しおりを挟む「なぜ、生きている……」
「あ? 俺が死ぬわけねぇだろうが」
イブソルニアの目に映ったのは、嶺二の背後、不気味に笑う龍児だ。
「まさか……」
「その通り。僕には最強の癒術師であるターシャの力が宿っている。あの程度の傷を治療するなんて造作もないことさ」
皆がシェミルに気を取られている隙に、治癒魔法をかけたのだろう。
嶺二の方は理解していないようだ。
「龍児、お前が助けてくれたのか?」
「そうだよ、当然じゃないか。だって僕たちは兄弟なんだから」
それを聞いた嶺二は悔しげに、イブソルニアを睨んだ。
「ってことは俺、イブソルニアに負けたのか? ふざけんなよ……ふざけんなよ」
ピシッと、イブソルニアを指さして叫ぶ。
「やだやだ! 認めねぇぞ! 俺はお前よりも強ぇんだ! こんなの認めねぇ! イブソルニア! もう一試合だ! 頼む!」
一同、唖然。
今の彼には、殺意どころか、敵意すら感じられない。
「貴様……状況を理解しているのか」
「あ!? いつものように、お前がケンカ売って来たんだろうが! 珍しく不意を突いて来やがってこの野郎!」
皆は理解した。
この男、全く状況が分かっていないと。
イブソルニアが本気で殺しにかかっていたことに気づいていないのだ。
腹を破られ、間違いなく瀕死に陥っていた。しかし彼にとっては勝ちか負けか……それだけが重要である。
「ん? どしたイブソルニア。まさか勝ち逃げするつもりじゃねぇだろうな」
そこで愉快そうな笑い声が響き渡る。
額に手を当てて笑っているのはマリアだ。
「何がおかしいんだよマリア」
「ふっ……いやすまない。どうやら私が間違っていたようだ」
嶺二の視界に、倒れているシェミルが映り込む。その表情はとても安らかとはいえない。
「おい、何でシェミルが倒れてる?」
「それだけ事が重大に迫っていたということだ。嶺二、お前を殺さねばならないと思えるほどにな」
「何……?」
マリアはひとつ笑いを零した後、土下座の格好で頭を床につける。
それを見た皆は一様に驚きの表情だ。
「お、おい何やってんだお前」
「嶺二、すまなかった。イブソルニアに命令したのは私だ。お前を殺さねば、龍児の味方につくと思ったからだ。ハテノチの存亡がかかっていた。しかし、それはお前に対する信頼が足りていなかったせいだろう。許して欲しい」
「だからよ、お前らはさっきから何を真剣な顔してんだ? 分からねぇぞ」
嶺二には、単刀直入に教える必要がある。それを分かっているマリアは立ち上がると、嶺二の背後を指さして言った。
「龍児は我々の敵だ。そしてハテノチを消滅させようとしている。…………我々を、殺そうとしている」
嶺二は背後を振り向く。そこに立っている龍児は困り笑顔で言った。
「兄さんの力を貸してほしいんだ。どうやら兄さんには特殊な能力がないみたいで、その腕っ節を複製することができなくてさ」
「お、おい龍児。お前までこいつらのジョークに付き合ってやる必要は……」
その時、嶺二の襟首が強引に引っ張られる。
体勢を崩した嶺二が視線を横に向けると、金髪が見えた。
「レラ? お前もドッキリ大作戦かよ」
彼女は腹立たしげに、嶺二を睨んでいる。
「私たちはあんたを殺そうとしたの。実際、あんたは死にかけた。こんなことを冗談ですると思いまして?」
「え……」
嶺二は視線を渡らせる。そこに映った表情は、どれもふざけているものではない。
それにシェミルが倒れている。嶺二からすれば、それこそ只事ではなかった。
視線を龍児に戻し、怪訝に問う。
「龍児……お前、本気か?」
「本気だよ。だから兄さん、僕と一緒に戦ってくれないかな」
「何で、ハテノチを消滅させたいんだ?」
ハテノチとホブミナスがたった今、交戦状態に入ったから。しかし嶺二が聞きたいのはそんな理由ではなく、龍児自身の考えだ。
「僕はわくわくしているんだ。だって異世界転移だよ? 僕みたいなラノベ好きが興奮しないわけがない。そしてチート能力も授かった。だから僕はこの物語の主人公になったんだ。……であれば、のんびり過ごしておく理由はないよね? 神から試練を与えられ、それを成して成長していく。これ以上ない好奇心くすぶる展開だよ。」
嶺二以外の皆は理解できていないような表情だ。
「ラノベってあれか? お前が読んでた薄い本」
おぼつかないイントネーションで、嶺二はそう訊いた。
「そうそう。その中でも好きな作品は、魔法と剣の世界に転移、転生するものさ。その世界に今、僕はいるんだ。兄さん、あなたもね」
とは言われつつも、嶺二はラノベというものに対してあまり関心がないようで。悩ましげに頭をかいている。
「よく分かんねぇけど……だからお前はハテノチを消滅させたいのか?」
「ああ、でも勘違いしないでほしい。僕は悪役じゃない。世界を守るために戦うんだ。この人達からしたら、僕は悪役なんだろうけどね。けどね、僕からしてもこの世界の人達は悪者だよ。だから、主人公らしく悪は退治するのさ」
主人公らしく、悪を退治する。その言葉は、嶺二の中にも共感を得た。
少年向けのバトル漫画を好んでいた彼なら、難なく理解に及ぶ。
「確かに、悪は退治しないとな」
「そうでしょう? だから兄さん、僕と一緒にこの人たちを殺そうよ」
龍児の言葉で、マリア達が構える。
心強い味方も、手強い敵となりうるのも嶺二。彼の背中を、皆じっと見つめた。
「んー……」
嶺二は鼻をほじり、取り出した鼻くそを龍児に飛ばした。
「なっ……兄さんっ」
龍児は鼻っ柱に着地した鼻くそを、寄り目で凝視している。
「友達を殺すバカがどこの世界にいるってんだ。龍児、お前はそんなことを言うような奴じゃなかったはずだ」
ぷるぷると震える龍児は、怒りを押さえ込むように拳を握りながらも言い返す。
「兄さん! しっかりしてよ! この人たちは、兄さんを殺そうとしてたんだよ? それこそ友達なんてものじゃない!」
「でも殺されてねぇだろうがよ。誰が俺を殺せるってんだ? 俺は生きてんぞ」
「そういうことじゃなくて! くっ……」
龍児はさらに声音を震わせて続けた。
「そうか……僕が兄さんを救ってあげられる手はこれしかないのか」
「あ?」
嶺二のこめかみ横を、何かが通過した。
「っ…………」
彼には見えていた、紫電がそこを走ったのを。
「はぐっ……!」
背後で鳴った短い声に振り向く。
「は……?」
ターシャの胸に空いた穴からは、部屋の背景が覗いていた。
「ターシャ、お前っ……」
「嶺二さ――」
彼女が口を開いた途端、そこから血が吹き出る。
二歩、つまづくように進んだ後、膝から崩れ落ちた。
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