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~二〇〇〇〇年
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「どうにもこの手は癖が悪い」
眠気を感じない体の俺はすぐにその目を開け、手に余る程度発達した胸を鷲掴みにしていた。
「あ、悪いメアリ。寝るコツを覚えてしまうとどうにも寝てる時のコントロールができない」
「そうか、さぞかし良い夢でも見ていたのだろう」
「ああ、夢か……」
確か俺はメアリに最後の願いを……
「待て……」
「待ても何も、私は何もしていない」
「あれから何年が経った?」
あの日、俺とメアリが出会ったあの日から。時間を失ったこの世界の中で、俺とメアリはあの日を基準に年を数えているのだ。
「あれから約二〇〇〇〇年だ」
「は?」
いや、さっきまでは七〇〇〇年じゃ……
「俺は、どのくらい眠っていた……?」
「ほんの数分程度だ。もはや数分がどの程度の尺かは定かではないがな」
俺の体は実際、二〇〇〇〇年後の今にあって、だけど意識は七〇〇〇年後にあった?
確かに、メアリの目が見えないとか、俺の最後の願い事だとか、そんな話をした記憶は他にない。なんだ、さっきのはただの夢だったのか。
「メアリ。お前、目は見えるんだよな」
「見えないと言っただろう」
「……は?」
夢じゃなかった? 本当にあのやり取りを現実に行っていたのか? そもそもこれが現実だという保証は?
「やはりお前、不老不死のくせに寝ぼているな、最後の願いを言い放つ前に勝手に寝て、さらには私との会話も覚えていないとは」
「ちょっと待ってくれ、じゃあ俺は七〇〇〇年から二〇〇〇〇年までの一三〇〇〇年の間、眠っていたのか?」
メアリは首を傾げる。
「いや、そんなに眠ってはない。言っただろう、ほんの数分程度だ」
いやいや、意味がわからない。俺が最後の願い事をしかけたのは七〇〇〇年の時だ、そして今が二〇〇〇〇年なら一三〇〇〇年経っていることになるだろう。時間がなくなった世界とはいえ彼女の中での数分が一二〇〇〇年ほどに相当するとは考えられない。
「メアリ、どうなってるんだ」
メアリは妙に澄ました顔でお茶を啜り、一言。
「お前が見たのは夢ではない、紛れもない現実だ」
「な……」
俺はこの日から、「睡眠」を放棄することを決意した。
◇
「いただきます」
不老不死になってから二〇〇〇〇年が経った今でも、俺は日本に古くから伝わる「みそ汁」を愛食していた。もちろん今の日本にはみそ汁など普通に出回っておらず、もはや「食」という文化と言っていいほどかというくらいに進化(衰退?)した。人間の多くはカプセルを服用して胃を満たし、水分でさえ不要な体になっている。
「食を楽しんでいたあの日本はどこへ消えてしまったんだろうな」
「簡単なことだ、二〇〇〇〇年前に戻ればまた会える」
戻れるわけないだろ、とは言いきれない状況だから返しにくい。
そこでふとした提案。
「なぁ、メアリ。俺がもし『願い事を増やしてくれ』って願ったらどうなるんだ?」
「願い事は一人もしくは月に二回まで。お前に残された願いはあと一つだけだ。代償として五感の一つを犠牲にすれば話は別だが」
ダメってことか……。
まあそんな贅沢言えないよな。
「和人」
「ん?」
「明日、仕事があるのだが」
そうか、明日は月初めか。どこの誰か知らんが、俺のように不老不死を願わないといいが。
「メアリ、その前に俺の話を聞いてくれ」
◇
「明日は世界を渡る」
「世界を?」
海を渡る、なら何度も聞いたが、世界を渡る……?
「ああ、剣と魔法の世界にな」
いやそんな、してやったぜみたいな顔されても……。
俺は額に手を当ててため息混じりに返す。
「メアリ……剣と魔法って、アニメじゃないんだからさ……」
「お前、本気で言っているのか」
「え?」
真面目な顔で問い直すメアリ、それは冗談など言っている顔ではない。
「お前にとっての架空というものはいつの時代に準えられたものかは知らん、だが言っておく、あれから二〇〇〇〇年が経っているのだぞ」
はっとする。
そうか、あれから二〇〇〇〇年……ゲームの中に入り込んでそこで働く者も、今では当たり前のようにいる時代だ。たしかに俺が不老不死になる前の時代ではありえなかった、アニメやマンガの世界の話。俺が架空と決めつけていたものが、今では現実に……。
「人間は適応能力に優れている、気付かぬ内に『非常』を『正常』に感じるようになるのだ。何も問題は無い、魔法だってお前にはすぐに馴染む言葉となるはずだ」
「じゃあ本当に、その、異世界? ……に行くのか?」
「もちろんだ」
メアリも出世したなぁ。なんて呑気なことは言ってられない、いくら歳をとっても冒険心を忘れていない俺はようやくこの日が来たかと言わんばかりに立ち上がり、メアリに言い放った。
「メアリ、俺も行く」
「駄目だ」
「えぇ……」
即答NOである。
「何でだよ、もしかしてメアリが持ってるその黒い魔石みたいなのは二人を同時に転送できないとか?」
「そうではない。お前が生半可な気持ちで言っているのが丸わかりだから断ったのだ」
生半可って……たしかに好奇心満載だが、それなりに危険を被ることは分かっている、つもりだ。
「良いか和人、剣と魔法の異世界とはいえ、可愛らしい獣耳の少女やスレンダーなエルフなどと仲良くなれると思うなよ」
メアリ、なんかこいつ。
「チート能力に恵まれることもないし、ギルドやパーティなども存在しない」
やはりこいつは……
「メアリ、実はお前も楽しみたいだけなんじゃないのか」
メアリの肩が小さく揺れる。
「お前、目が見えないんだよな。俺がお供してやってもいいぞ」
「必要ない、この神石で私の視界はほぼフォローされている」
魔石を見せつけるメアリ。
「世界を渡るので明日は帰りが遅くなる、日をまたぐ可能性もあるが、どうか心配しないでくれ」
どうにも俺と一緒に行きたくないらしい。俺が行くとマズイ理由があるのか?
まさか不倫!? いや、そもそも俺とメアリは夫婦じゃないけど。メアリは俺に惚れてるはず、他の男に惚れることは無いだろう。しかし無表情なメアリからはとてつもない好奇心が読みとれる。
「なあメアリ」
「駄目といったら駄目だ」
メアリに懇願するなんてこと、あまりしたくはないが。
「頼むメアリ! 願い事じゃないけど頼む!」
手を合わせて懇願する。メアリの口元が少し緩んだのを見逃さず、さらに追い討ちをしかける。
「絶対に迷惑はかけないから! 俺、異世界に行きたいんだよ!」
「うるさいなぁ……そんなに行きたいなら『願え』ばよかろう」
('ω')……。
「メアリ、俺はお前を愛している」
「っ……!」
眠気を感じない体の俺はすぐにその目を開け、手に余る程度発達した胸を鷲掴みにしていた。
「あ、悪いメアリ。寝るコツを覚えてしまうとどうにも寝てる時のコントロールができない」
「そうか、さぞかし良い夢でも見ていたのだろう」
「ああ、夢か……」
確か俺はメアリに最後の願いを……
「待て……」
「待ても何も、私は何もしていない」
「あれから何年が経った?」
あの日、俺とメアリが出会ったあの日から。時間を失ったこの世界の中で、俺とメアリはあの日を基準に年を数えているのだ。
「あれから約二〇〇〇〇年だ」
「は?」
いや、さっきまでは七〇〇〇年じゃ……
「俺は、どのくらい眠っていた……?」
「ほんの数分程度だ。もはや数分がどの程度の尺かは定かではないがな」
俺の体は実際、二〇〇〇〇年後の今にあって、だけど意識は七〇〇〇年後にあった?
確かに、メアリの目が見えないとか、俺の最後の願い事だとか、そんな話をした記憶は他にない。なんだ、さっきのはただの夢だったのか。
「メアリ。お前、目は見えるんだよな」
「見えないと言っただろう」
「……は?」
夢じゃなかった? 本当にあのやり取りを現実に行っていたのか? そもそもこれが現実だという保証は?
「やはりお前、不老不死のくせに寝ぼているな、最後の願いを言い放つ前に勝手に寝て、さらには私との会話も覚えていないとは」
「ちょっと待ってくれ、じゃあ俺は七〇〇〇年から二〇〇〇〇年までの一三〇〇〇年の間、眠っていたのか?」
メアリは首を傾げる。
「いや、そんなに眠ってはない。言っただろう、ほんの数分程度だ」
いやいや、意味がわからない。俺が最後の願い事をしかけたのは七〇〇〇年の時だ、そして今が二〇〇〇〇年なら一三〇〇〇年経っていることになるだろう。時間がなくなった世界とはいえ彼女の中での数分が一二〇〇〇年ほどに相当するとは考えられない。
「メアリ、どうなってるんだ」
メアリは妙に澄ました顔でお茶を啜り、一言。
「お前が見たのは夢ではない、紛れもない現実だ」
「な……」
俺はこの日から、「睡眠」を放棄することを決意した。
◇
「いただきます」
不老不死になってから二〇〇〇〇年が経った今でも、俺は日本に古くから伝わる「みそ汁」を愛食していた。もちろん今の日本にはみそ汁など普通に出回っておらず、もはや「食」という文化と言っていいほどかというくらいに進化(衰退?)した。人間の多くはカプセルを服用して胃を満たし、水分でさえ不要な体になっている。
「食を楽しんでいたあの日本はどこへ消えてしまったんだろうな」
「簡単なことだ、二〇〇〇〇年前に戻ればまた会える」
戻れるわけないだろ、とは言いきれない状況だから返しにくい。
そこでふとした提案。
「なぁ、メアリ。俺がもし『願い事を増やしてくれ』って願ったらどうなるんだ?」
「願い事は一人もしくは月に二回まで。お前に残された願いはあと一つだけだ。代償として五感の一つを犠牲にすれば話は別だが」
ダメってことか……。
まあそんな贅沢言えないよな。
「和人」
「ん?」
「明日、仕事があるのだが」
そうか、明日は月初めか。どこの誰か知らんが、俺のように不老不死を願わないといいが。
「メアリ、その前に俺の話を聞いてくれ」
◇
「明日は世界を渡る」
「世界を?」
海を渡る、なら何度も聞いたが、世界を渡る……?
「ああ、剣と魔法の世界にな」
いやそんな、してやったぜみたいな顔されても……。
俺は額に手を当ててため息混じりに返す。
「メアリ……剣と魔法って、アニメじゃないんだからさ……」
「お前、本気で言っているのか」
「え?」
真面目な顔で問い直すメアリ、それは冗談など言っている顔ではない。
「お前にとっての架空というものはいつの時代に準えられたものかは知らん、だが言っておく、あれから二〇〇〇〇年が経っているのだぞ」
はっとする。
そうか、あれから二〇〇〇〇年……ゲームの中に入り込んでそこで働く者も、今では当たり前のようにいる時代だ。たしかに俺が不老不死になる前の時代ではありえなかった、アニメやマンガの世界の話。俺が架空と決めつけていたものが、今では現実に……。
「人間は適応能力に優れている、気付かぬ内に『非常』を『正常』に感じるようになるのだ。何も問題は無い、魔法だってお前にはすぐに馴染む言葉となるはずだ」
「じゃあ本当に、その、異世界? ……に行くのか?」
「もちろんだ」
メアリも出世したなぁ。なんて呑気なことは言ってられない、いくら歳をとっても冒険心を忘れていない俺はようやくこの日が来たかと言わんばかりに立ち上がり、メアリに言い放った。
「メアリ、俺も行く」
「駄目だ」
「えぇ……」
即答NOである。
「何でだよ、もしかしてメアリが持ってるその黒い魔石みたいなのは二人を同時に転送できないとか?」
「そうではない。お前が生半可な気持ちで言っているのが丸わかりだから断ったのだ」
生半可って……たしかに好奇心満載だが、それなりに危険を被ることは分かっている、つもりだ。
「良いか和人、剣と魔法の異世界とはいえ、可愛らしい獣耳の少女やスレンダーなエルフなどと仲良くなれると思うなよ」
メアリ、なんかこいつ。
「チート能力に恵まれることもないし、ギルドやパーティなども存在しない」
やはりこいつは……
「メアリ、実はお前も楽しみたいだけなんじゃないのか」
メアリの肩が小さく揺れる。
「お前、目が見えないんだよな。俺がお供してやってもいいぞ」
「必要ない、この神石で私の視界はほぼフォローされている」
魔石を見せつけるメアリ。
「世界を渡るので明日は帰りが遅くなる、日をまたぐ可能性もあるが、どうか心配しないでくれ」
どうにも俺と一緒に行きたくないらしい。俺が行くとマズイ理由があるのか?
まさか不倫!? いや、そもそも俺とメアリは夫婦じゃないけど。メアリは俺に惚れてるはず、他の男に惚れることは無いだろう。しかし無表情なメアリからはとてつもない好奇心が読みとれる。
「なあメアリ」
「駄目といったら駄目だ」
メアリに懇願するなんてこと、あまりしたくはないが。
「頼むメアリ! 願い事じゃないけど頼む!」
手を合わせて懇願する。メアリの口元が少し緩んだのを見逃さず、さらに追い討ちをしかける。
「絶対に迷惑はかけないから! 俺、異世界に行きたいんだよ!」
「うるさいなぁ……そんなに行きたいなら『願え』ばよかろう」
('ω')……。
「メアリ、俺はお前を愛している」
「っ……!」
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