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~二〇〇〇〇年
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俺は敢えて、メアリがほかの人に叶えた願いは聞かないでいる。
俺がいつものように据え置きの樹脂モニタでバラエティ番組を見ていると、静かにメアリがちゃぶ台を挟んで俺の向かいに座った。
「おつかれさま」
「ああ」
七〇〇〇年も一緒に生活していれば、少しの表情の変化にだって気づいてしまう。今彼女が俺に何か、問いたいと思っている感情も、それが「迷い」であることも。
「メアリ、どうかしたのか」
「率直に問う、お前はなぜ生きている」
記憶を辿ってみるが今までにこんな質問をされた覚えはない。そして俺も、このことについて話したことは無い。
彼女が問いたいのはなぜこんなにも俺が長生きをしていられるのか、ということだろう。普通の人間なら不老不死になったとてせいぜい五〇〇年位が関の山か。俺の場合、死のうと思えばメアリに頼めばいつでも死ねる。だが俺はこうしてあの日から七〇〇〇年経った今でも病むことなく生きているつもりだ。それほど長い期間生きるには何か理由があるのではとメアリは思ったに違いない。
だが実際、不老不死だろうが何だろうが、人間が生きるのにそんなたいそうな理由など必要なのだろうか。大体の人間がとりあえずやったことを成功にして金持ちになるか、失敗を続けてどん底に落ちるか、成功も失敗もあって平たく生きるかだろう。俺は平たく生きてきた部類だ。なぜ生きているのかと問われれば、「生きるために生きている」と答える他ない。
だがそれでは面白くない、メアリは俺のそんな当たり前の回答など期待しておらず、彼女も俺の何かに気がついたようだ。
「メアリ。人間が今、どんな姿になっているか知ってるか?」
「っ……」
いつだろうか、彼女の目がこんなにも無機質であることに気がついたのは。
「メアリ、俺からも質問がしたい。お前、いつから『見えていない』んだ?」
俺はいつか、確実に気がついていたはずだ。そしてそれは決心というにはあまりにも薄情すぎる、なんとなくこいつを一人にしてはいけないという思いで俺はここまで生きてきたのではないだろうか。
「……七〇〇〇年前だ」
七〇〇〇年前……俺とメアリが出会ったのも同じ七〇〇〇年前だ。
「私はお前よりも八百年長く生きている、私は弱い、すぐに感情など消えてしまった」
八百年か、案外短いようにも思えるが普通の感覚ならばかなりの年数差だ。
「だが、感情を取り戻したいという思いはあった。だから私は眼と引換えに『愛』を手に入れた」
俺とメアリが会った日のことは今でも鮮明に思い出すことができる。メアリが俺の母親の戯言を、勝手に願い事だと判断して叶えた、あの時。先月分の願いが残っていたなどと言っていたが、実際にはそうではなく、ひと月の間に二つを超える願いを叶えるには体の一部の機能と引換えになるということだろう。
だがあれは、ろくに感情が残っていなかった彼女自身の、心の奥底へ手探りに突っ込んだ手が触れた一つの願いだったのかもしれない。
「結果、私はお前を愛し、そしてまず初めに『笑顔』を取り戻した」
言って、微笑んでみせるメアリ。今ではもう見慣れた笑顔だ。
「そして『生きたい』と思った」
彼女の表情に曇りはない、たとえその目に光を失ったとしても、それでも生きたいと思い始めるメアリの感情を動かしたのは間違いなく俺だろう。自意識過剰かもしれないが、だからこそ、俺は死ねなかったのかもしれない。彼女を支えなければという思いが、知らない事情に芽生えていたのだ。
「和人、元々私は死神などではなかったのだ」
ここで見るメアリの困った表情は珍しい。言えば俺に気を遣わせる、いや困らせる? 彼女の表情にはそんな懸念が読んで取れる。
「私はずっと死に方を探していた。私の願いを叶えてくれる者を、探していた。不老不死を願うバカ者がいたかと思えば、今度は生きたいと思ってしまうようになった」
メアリと七〇〇〇年ともに過ごしても、彼女の正体は未だに分かっていなかった。普通ではないがしかし女の子だ、とても死神なんて無愛想な名は似合わない。
「だが私は背負ったのだ、死神の名を。私に、永遠の命を授けてくれた人のために」
メアリの目が鋭くなる。その目に今、何が映っているのだろうか。
「メアリ、お前は……ああ、そうか、お前、そうだったのか」
なんだろうか、彼女が言ってることなんてろくに理解ができなかったのに俺は何かを、いやメアリが言ったこと全てを理解したような気持ちになって……俺は一体メアリに何を言おうとしているんだ?
「メアリ……俺の最後の願いは……」
俺がいつものように据え置きの樹脂モニタでバラエティ番組を見ていると、静かにメアリがちゃぶ台を挟んで俺の向かいに座った。
「おつかれさま」
「ああ」
七〇〇〇年も一緒に生活していれば、少しの表情の変化にだって気づいてしまう。今彼女が俺に何か、問いたいと思っている感情も、それが「迷い」であることも。
「メアリ、どうかしたのか」
「率直に問う、お前はなぜ生きている」
記憶を辿ってみるが今までにこんな質問をされた覚えはない。そして俺も、このことについて話したことは無い。
彼女が問いたいのはなぜこんなにも俺が長生きをしていられるのか、ということだろう。普通の人間なら不老不死になったとてせいぜい五〇〇年位が関の山か。俺の場合、死のうと思えばメアリに頼めばいつでも死ねる。だが俺はこうしてあの日から七〇〇〇年経った今でも病むことなく生きているつもりだ。それほど長い期間生きるには何か理由があるのではとメアリは思ったに違いない。
だが実際、不老不死だろうが何だろうが、人間が生きるのにそんなたいそうな理由など必要なのだろうか。大体の人間がとりあえずやったことを成功にして金持ちになるか、失敗を続けてどん底に落ちるか、成功も失敗もあって平たく生きるかだろう。俺は平たく生きてきた部類だ。なぜ生きているのかと問われれば、「生きるために生きている」と答える他ない。
だがそれでは面白くない、メアリは俺のそんな当たり前の回答など期待しておらず、彼女も俺の何かに気がついたようだ。
「メアリ。人間が今、どんな姿になっているか知ってるか?」
「っ……」
いつだろうか、彼女の目がこんなにも無機質であることに気がついたのは。
「メアリ、俺からも質問がしたい。お前、いつから『見えていない』んだ?」
俺はいつか、確実に気がついていたはずだ。そしてそれは決心というにはあまりにも薄情すぎる、なんとなくこいつを一人にしてはいけないという思いで俺はここまで生きてきたのではないだろうか。
「……七〇〇〇年前だ」
七〇〇〇年前……俺とメアリが出会ったのも同じ七〇〇〇年前だ。
「私はお前よりも八百年長く生きている、私は弱い、すぐに感情など消えてしまった」
八百年か、案外短いようにも思えるが普通の感覚ならばかなりの年数差だ。
「だが、感情を取り戻したいという思いはあった。だから私は眼と引換えに『愛』を手に入れた」
俺とメアリが会った日のことは今でも鮮明に思い出すことができる。メアリが俺の母親の戯言を、勝手に願い事だと判断して叶えた、あの時。先月分の願いが残っていたなどと言っていたが、実際にはそうではなく、ひと月の間に二つを超える願いを叶えるには体の一部の機能と引換えになるということだろう。
だがあれは、ろくに感情が残っていなかった彼女自身の、心の奥底へ手探りに突っ込んだ手が触れた一つの願いだったのかもしれない。
「結果、私はお前を愛し、そしてまず初めに『笑顔』を取り戻した」
言って、微笑んでみせるメアリ。今ではもう見慣れた笑顔だ。
「そして『生きたい』と思った」
彼女の表情に曇りはない、たとえその目に光を失ったとしても、それでも生きたいと思い始めるメアリの感情を動かしたのは間違いなく俺だろう。自意識過剰かもしれないが、だからこそ、俺は死ねなかったのかもしれない。彼女を支えなければという思いが、知らない事情に芽生えていたのだ。
「和人、元々私は死神などではなかったのだ」
ここで見るメアリの困った表情は珍しい。言えば俺に気を遣わせる、いや困らせる? 彼女の表情にはそんな懸念が読んで取れる。
「私はずっと死に方を探していた。私の願いを叶えてくれる者を、探していた。不老不死を願うバカ者がいたかと思えば、今度は生きたいと思ってしまうようになった」
メアリと七〇〇〇年ともに過ごしても、彼女の正体は未だに分かっていなかった。普通ではないがしかし女の子だ、とても死神なんて無愛想な名は似合わない。
「だが私は背負ったのだ、死神の名を。私に、永遠の命を授けてくれた人のために」
メアリの目が鋭くなる。その目に今、何が映っているのだろうか。
「メアリ、お前は……ああ、そうか、お前、そうだったのか」
なんだろうか、彼女が言ってることなんてろくに理解ができなかったのに俺は何かを、いやメアリが言ったこと全てを理解したような気持ちになって……俺は一体メアリに何を言おうとしているんだ?
「メアリ……俺の最後の願いは……」
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