【応募版】背徳トライアングル

猫都299

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♦1 協力者であり共犯者

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♦♦♦ 1 協力者であり共犯者 ♦♦♦


「僕と付き合えばいいんじゃないかな?」

 早水(はやみ)君の言っている事が、分からない。思わず口から疑問の一端が零れてしまう。

「え?」

 呆然と彼を見つめる。眼差しを返してくる相手の切長の双眸が、ニコリと細まる。

「千鶴君も、ヤキモチやくと思うよ?」

 クラスメイトであり学年で最もイケメンだと言われている早水君からの提案に、衝撃を受けていた。

 そうだろうか。早水君と付き合ったとして。彼の言う通り千鶴君は、ヤキモチをやいてくれるだろうか。信じがたい。

 窓際に立つ早水君の背後から、淡く黄色い陽光が差し込んでいる。放課後の教室に、今は私達二人だけ。

 誰もいない時間を選んで話を始めた。早水君が相談に乗ってくれると言うので、思い切って打ち明けた。ずっと好きだった人の事を。

 私の好きな人……幼馴染の千鶴君は、スポーツが得意で明るく元気な同級生。同じマンションの、お隣に住んでいる男の子だ。

 中学二年になって、千鶴君とクラスが離れた。会える時間が、めっきり減った。
 私は焦っていた。このままじゃダメだと考え、告白するべきか悩んでいた。

 だけど、会いたいと思っていたのは私だけだったようで。久々にうちへ遊びに来てくれた千鶴君に言われた。「マネージャーから告白された」と。

 サッカー部のマネージャーの真由ちゃん。千鶴君と同じクラスの子で……肩上で切り揃えられた、ゆるふわな……やや茶色の髪と、いつも眠たそうな垂れ目が癒し系と絶賛される美少女だ。

 私の抱く恋の終了を告げられた気がした。ライバルが強過ぎる。私が勝てそうなところ、一ミリでもある? 勉強の成績くらいしか思い付かない。

 一応、少しずつ努力はしているつもりだった。肩下までの髪は結ばず彼好みに垂らしているし、眼鏡だったのをコンタクトにしてみた。
 けれど……そんなものは些細な努力に過ぎず、告白という偉業を成し遂げた者の勇気ある決断には敵う筈もない。

 私、もしかして失恋した?

 次の日……つまり今日、その事ばかり考えていた。暗い雰囲気が滲み出ていたのかもしれない。教室の掃除中、早水君から声を掛けられた。「結(ゆい)ちゃん何か悩みある? 僕でよかったら相談に乗るよ」と。

 そして現在に至る。

 早水君のサラサラした少し長めの髪が揺れて、陽に透けている。額の上から脇に流されている房を掻き上げている何気ない仕草も、見惚れてしまうくらい格好いい。

「でも。私の為にそんな。そこまでしてもらうなんて、できないよ。それに……。きっと千鶴君は、ヤキモチやかないと思う。真由ちゃんが可愛いから」

 口を開いたら弱々しい声が出た。目がジンと痛くなって、唇を噛み俯く。泣きたくなくて、閉じた瞼に力を込める。

 千鶴君に真由ちゃんから告白された事を伝えられて私は……「おめでとう」としか言えなかった。偽物の笑顔で。本当の気持ちを押し殺して。

 自分が弱過ぎて震えた。そうだ。凄く怖い。彼に、この想いを知られて拒絶されたら「私」はどうなるんだろう。明日も明後日も、生きていかなきゃいけないのに。千鶴君と一緒にいられない未来を、私はどうやって生きていくんだろう。想像もできない。

「じゃあさ。試しに千鶴君に言ってみなよ。僕と付き合ってる事。彼は焦るんじゃないかな? ただし結ちゃんは、僕の事が好きなフリをしていないとダメだよ? バレたら面白みが半げ……ンンッ、ゲホゲホ……バレたら、計画は失敗するだろうから」

 早水君が喋っている途中で咳をしていたけど。その前に言い掛けていた言葉が気になる。もし、ただの言い間違いじゃなかったとしたら不穏過ぎる。

 話の流れに圧倒され、指摘するタイミングを逃した。滲んで、ぼうっとした視界を早水君に向ける。大人しく耳を傾けていた。

「試してみて。よく千鶴君を観察するんだ。結ちゃんが判断して。僕と本当に付き合うかどうか。多分、彼は疑ってくるだろうから。僕を好きか聞かれたら……そうだな。千鶴君に告白するつもりの言葉で、僕が好きだと言っといて」

 最後に付け足された台詞の響きが、胸に残る。

「もちろん、僕の協力が必要なくなった時には別れてくれていい」




「話って何?」

 千鶴君が聞いてくる。早水君に相談した次の日の放課後、自室に千鶴君を招いた。彼には前以て「話がある」と伝えていた。

 千鶴君には、ベッドとローテーブルの間に座ってもらう。床には薄ピンク色のラグが敷いてある。私も千鶴君の側に腰を下ろす。正座して彼を見つめる。

 凄くドキドキしている。言ってもいいんだろうか。指示通り「早水君と付き合う」と告げたとして…………もしも、祝福されたりしたら? 脈がないって事だよね。

 千鶴君も静かな表情で見返してくる。少し撥ねた黒髪も、キリッとした目元も、シュッとした顎も。普段、明るく元気なところも。今みたいに、真剣に私と向き合ってくれるところも。凄く好き。全てが好き。

 千鶴君は、もう真由ちゃんと付き合ったのかな。考えると胸が痛くなる。

「私っ」

 やっと声を出せた。まだ迷っていたけど、このまま終わってしまうよりはいいと踏んで心を決める。

 早水君の提案に乗る。


「早水君と付き合う事にしたの」

 必死過ぎる心を悟られないように。今の状況に取り乱しそうな自分を抑えて言い切った。

 千鶴君の目が見開かれるのを見た。呟きが聞こえる。

「え……?」

 千鶴君を試すなんて。知られたら、きっと嫌われるよね。悪い未来を想像して震えがくる。

 千鶴君が沈黙したのでハッとする。私……自分の事にいっぱいいっぱいで、話が急過ぎた?

「突然ごめん! 実は昨日、早水君と話す機会があって。そういう話題になったの」

 慌てて説明を追加した。千鶴君が柔らかい微笑みを浮かべる。

「そっか。報告してくれてありがとう」

 確かに紡がれた穏やかな気配を孕んだ言葉が、私へ現実を突き付けてくる。

 そうだよね。彼に何とも思われてないの、知っていたでしょう?

 期待し過ぎていたと気付いて苦笑する。バカだなぁ。自分に落胆して、涙が滲みそうになる。

「じゃあさ。もしかして、これからはオレたち……会わない方がいいのかな?」

 下を向いた千鶴君から発せられた低い響きに、胸を抉られた心地がする。

「嫌! 嫌だよ!」

 思わず口走っていた。咄嗟に彼のシャツの袖を握ってしまっていたけど、現状について考えられる程の余裕もなかった。驚いたように揺らいでいる瞳へ、必死な視線を返す。

「いいの? オレといて」

 問われて俯く。答えたら、バレるかもしれない。きっと恋心を知られてしまう。だけど。これから千鶴君に会えなくなるのなら……知られても知られなくても、結果は同じだと思う。

 視線を逸らしたまま、僅かに頷いて意思を伝える。慎重な声音で確認された。

「結は……本当に、早水の事が好きなの?」

 私、本当はっ……!

 告げようと顔を上げる。けれど直前になって、早水君の指示が思考を掠めた。

『僕を好きか聞かれたら……そうだな。千鶴君に告白するつもりの言葉で、僕が好きだと言っといて』

 溢れそうだった想いが、喉元で止まる。愕然としていた。

「結?」

 呼ばれて、目の前の大好きな人と視線を合わせる。心の底を覗かれているような、落ち着かない気持ちが湧く。一瞬の逡巡の後、言葉にする。

「うん……好き。好きだよ。私は、早水君が…………好き」

 長い年月……胸に抱えていた想いを、本人へ言えた。「千鶴君」と打ち明けたかった部分を「早水君」とすり替えたので、気付かれる事はないだろう。正直に伝えるのはハードルが高い感じがしていた為、早水君の案に縋った。我ながら情けないけど、何も進歩のなかったこれまでより現在の状況の方が前進しているように思える。

「……そう」

 低く静かな調子の相槌が打たれた。違和感を覚える。不穏な雰囲気をまとう如く、千鶴君の瞳が昏い。見知っていた筈の幼馴染を、知らない人のように感じる。

「オレ、早水に恨みがあるんだ」

 険しい表情を向けられる。告げられた内容に驚き、見開いた目で眼差しを返す。

「復讐を手伝ってほしい」

「えっ……?」

 千鶴君からの要望に度肝を抜かれる。理解が追いつかず、疑問と戸惑いの一部が声になって出た。

 私を見ていた千鶴君が笑う。

「大事な幼馴染を取られた気分で、ちょっと悔しいんだ。そういう『恨み』」

 補足説明された。事態に理解が追いついてくる。目を瞠る。これは……!

 早水君! 作戦、成功してるよっ!

 この場にいない早水君へ、心の内で報告する。
 早水君を信じてよかった!

 私の中で早水君の信頼度が爆上がりしている。大きな喜びに舞い上がっていた。

「協力してくれるよな?」

 千鶴君が、にこやかに聞いてくる。少し不安に思う。

「私は、何をすればいいの……?」

 恐る恐る尋ねた。

「そうだな。結はオレの味方だよな? ……アイツが渡してきた物、持ってる?」

 言われて、胸がドキリと鳴る。

「な、何で知ってるの?」

 千鶴君はニコニコ顔で答えてくれない。言い逃れもできず渋々、制服のポケットから小さな機械を取り出す。手の平に収まるサイズのボイスレコーダーで、使い方も早水君から教わっていた。

「へえ……これを渡されたんだ」

「う、うん。ごめんね。勝手に会話を録音してて。もし千鶴君と二人きりで会うなら、一部始終を録音しておいてって頼まれて。あっ、ほら! 一応……付き合っているから、その……私と千鶴君の関係を心配していたのかも」

 咄嗟に……たった今、考え付いた言い訳を並べる。早水君は私と千鶴君の仲を心配して、録音するよう指示してきた訳ではない。本当は、今後の作戦に必要だからと持たされていた。

 千鶴君は録音中である事を示す赤い光が灯ったままのそれを片手に、何か考える素振りで目を細めている。

「いや、いいよ。そうだな……このレコーダー、そのままアイツに渡して?」

 にこやかに言われた。

「え?」

 呆然と聞き返した私へ、含み笑いをするような目付きを寄越してくる。

 頭を撫でられた。そのような行為は幼少期以降なかったので……何が起こっているのか状況を把握できないまま、心臓がバクバクと騒ぎ立てる非常事態に陥る。

「これは宣戦布告だ」

 確かに、はっきりと耳にした。我に返り弁明する。

「早水君は、いい人だよ!」

 「もしかして、私の言動のせいで早水君の印象を悪くしてしまった?」と思い至り、下唇を噛む。

「まあ、ある意味そうかもな」

 意味深な呟きを耳が拾う。千鶴君を見つめる。彼は苦笑した後、話題を逸らした。

「いや、何でもない。こっちの事。じゃあ手始めに、今日はアイツに塩を送っといてやるか」

「塩?」

 千鶴君のしようとしている復讐が、どういうものなのか分からず……首を傾げる。

「ちょっと、ごめん」

 千鶴君の手が私の胸元へ伸びてきて、制服のリボンを外される。パニックになりそうな心境だったけど、千鶴君の言う通りにした。
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