【完結】【応募版】背徳トライアングル

猫都299

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♦2 始まり

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♦♦♦ 2 始まり ♦♦♦


「ち、千鶴君っ……?」

「結。隠したらダメだよ」

「で、でもっ……」

「ほら。手をどけて? 協力してくれるんだよね?」

「……ッう……」

「…………すぐ済ませるから」

「や……ァッ、舐めないで……っん、ふぅぁ……っ……ん……はぁっ、はぁっ」

「えっろ………………もしかして結、初めてだった?」

「う、うん……」

「痛くして、ごめんな」

「大丈夫。びっくりしたけど、こういう感じなんだって分かったし」

「今日は一回だけだけど、次はもっとするから。明後日の夜、オレんち来て」

「……うん。分かった」

「早水に悪いと思ってる?」

「えっと……」

「結は付き合いの長いオレより、早水を選ぶんだ?」

「違うよ! ただちょっと……これ以上、こんな事するのは……。悪いのは私だから、早水君を悪く思わないでほしい」

「結は悪くないよ」

「ううん。ごめん。ごめんね……」



 ボイスレコーダーに差したイヤホンを耳に付け、録音された内容を確認していた早水君が顔を上げた。

「これでヤッてないって、そんな事ある?」

 早水君は少し機嫌が悪い。朝、登校してすぐ……彼にボイスレコーダーを返した。その時はニコニコしていたのに。
 放課後、屋上に呼び出された。今は私達のほかに人影はない。現れた彼は既に不機嫌だった。昼休み中に音声を聞いたと言っていた。

「朝、確認した時……正直に話してくれればよかったのに」

 早水君に一方的にクレームを出されている現状に疑問を持つ。詳細まで伝えないと、作戦に支障が出るって事なのかな?

「そう言われても。廊下には、ほかにも人がいたし。無理だよ!」

 協力してもらっている手前、強く反論しづらかったけど。あの時は、どうしても報告できなかった。

「で?」

 促される。何の事か思い至らずに、首を傾げた。

「見せて」

「えっ?」

 要求に面食らう。まさかと思い尋ねる。

「ここで?」

「もちろん」

 即答された。千鶴君以外の人に見せるなんて。とんでもない状況になったと実感して震える。だけど、見せないと……きっと信じてもらえない。

 ふーっと息を吐いた。胸元のリボンを解く。ジャンパースカートの中に着ているシャツのボタンを、上から外す。二つ目を外した後、見てもらった。

 千鶴君から付けられたキスマーク。左の鎖骨の下辺りにある。

 早水君の目が見開かれる。ジロジロと見られているのが恥ずかしくて俯く。上半身を屈める体勢のまま、上目遣いに聞いてくる。

「……本当に何もないんだね?」

「うん……」

 恥ずかしさが強くて、顔が熱くなっている。
 放課後に報告した通り、私と千鶴君はキスマーク以上の事はしていない。

「よかった……」

 早水君の声がすぐ間近で聞こえる。抱きしめられていた。

 私は混乱していたのかもしれない。何もリアクションできず……硬直したように立ち尽くしていた。

『「よかった」って、どういう意味?』

 頭の中が、早水君の謎めいた言動でいっぱいになる。

 早水君の腕が離れる。彼は何事もなかったかのように、次の「作戦」について言及する。

「そうか。なるほどね。そうきたか。……じゃあ、こっちもお返ししないとね」


 そして。私を通して千鶴君と早水君、二人の「お返し」のラリーが始まってしまったのだった。


 早水君は屋上に設置されているフェンスに指を掛け、遠くを眺めている様子だった。何事かを思案している風にも見える。不意に視線が合う。

「結ちゃん、そろそろ決めた?」

 何の事を聞かれているのか分かる。

「返事を、もらってもいいかな?」

 早水君は凄い。私だったら息も絶え絶えになりながら、やっと口にできそうな質問を……サラッと爽やかに言えちゃうんだ。これが……経験の差?

 同級生と自分の成長スピードが違うような気がして怯む。

 でも。よく考えると別に、早水君は私の事が好きな訳ではないので緊張する筈もないか。私の想いの成就に必要な手段だから提案してくれているのであって。彼は私に告白した訳ではない。彼にとっては人助けに過ぎない。

 一昨日、早水君に「作戦」を持ち掛けられた時から悩んでいた。昨日、千鶴君と会ってヒントを得た。いよいよ「迷い」に、決着をつける時が来たのだ。

 薄ら思い浮かべていた案を述べてみる。

「付き合っている『フリ』なら……」

「本当に付き合わないと、ダメだよ」

 ニコッと笑って却下してくる。

 夕日色の光に満たされた世界の一角で、早水君と今……こんな話をしているのも不思議な感じがする。

「千鶴君の心を絡め取るのに効果的だから。彼を煽らないと」

 昨日「作戦」の一端を千鶴君に試してみて得た手応えが、思っていたよりも大きかった。それにより、私の内部では早水君の示す意見の説得力が大幅に増している。心の隅で妄信しそうだと懸念しながらも、話の続きに耳を傾ける。

 ニヤリとした意地悪な目付きを向けられた。

「それとも。まさか結ちゃんは、付き合ってない奴ともエロい事できる人なんだ? まあ付き合ってなかったとしても、千鶴君のように好きな人とだったらって言うのなら分かる。でも、僕とは?」

「やっぱりエロい事するの? っ、ごめん。できない。私は千鶴君が好きだから」

「だろ? だからだよ。結ちゃんに、僕は必要? 僕がサポートしなくても大丈夫なら、この話はこれで終わりにする。千鶴君と付き合えばいい。でも、もし僕の助けがいるなら」

 その時、目の前にいるクラスメイトは少しも笑っていなかった。

「本気で僕を好きになって。千鶴君と同じくらいに」

 強い意志を含むかのように、迷いのない響きだった。見つめ返していると、相手の表情がふっと緩んだ。

「じゃないと、見抜かれて計画が台無しだからね」

 理由を付け足され、我に返る。一瞬、「もしかして告白されたのでは?」と……勘違いしそうになった。焦ったぁ。頬が熱くなっている。彼はイケメンだし、破壊力も凄まじい。危なかったぁ。

「僕と付き合うなら、この手を取ってほしい。結ちゃんの協力も必要なんだ」

 最終的な意思を確認されたのだと思う。私の答えは、既に胸の中に定まっている。


 彼が差し出してくれた手を、両手で包むように受け止める。

「早水君と付き合う」

 真剣に答えた。彼の目が大きく見開かれる。

「千鶴君とあんなに進展できたのは、早水君がアドバイスをくれたからだよ。何て言うか凄く…………ありがとう!」

 昨日からずっと、気持ちが弾んでいる。自分でも浮かれているのは分かっていた。こんなに嬉しい状況を作ってくれたのは、紛れもなく早水君だ。彼と付き合ったとして。私にとって悪い状況にはならないだろう、きっと千鶴君との関係が進展するように計らってくれるだろう、まさか無体な事はされないだろう……という「信頼」を騙る盲目で浅い思考が、現実を見ようとする努力を怠らせていた。

 この時は、まだ気付いていなかった。――違う。気付きたくなかった。

 お礼を伝える事ができてよかった。心強い味方ができたと感動していた。口元や目元の綻びを隠し切れない。だけど、急に不安になる。これからの「作戦」について。私は……ちゃんと早水君の「彼女」として振る舞えるのかな?

「えっと。……私、誰かと付き合った経験がなくて。よく分かってないかもしれないから、色々教えてほしい。よろしく」

 お願いすると早水君の顔が僅かに軋んだ。肩を落として首を横に振っている彼を見つめる。何故、そのようなリアクションをされるのだろう。眉を寄せた顔で睨まれた。

「結ちゃんって天然? 千鶴君、今までよく……あ、何でもない。結ちゃんの知りたい事は、なるべく教えるよ。よろしく」

 気を取り直したらしい。早水君が笑顔を見せた。「笑ったら、少し幼い雰囲気になるんだ」という感想が、心の内に浮かぶ。

 私は愚かにも……繋ぎ合った両手の力強さを、絆だと思い込んでいた。



 私と早水君は早速、「作戦」の続きに取り掛かろうとしていた。場所は私の部屋。千鶴君じゃない男の子を自室に招いたのは初めてだった。

 両親は共働きで、二人とも帰りが遅い。独りで留守番している際に、少し寂しいと感じる事もある。千鶴君の遊びに来る頻度も減っていたし。「早水君が来てくれるなら、独りの時より楽しく過ごせそう!」と、未来に明るい期待を抱いていた。

「凄く女の子っぽい部屋だね」

「そう?」

 言われて部屋を見渡してみる。床のピンクのラグと……ベッドに置いている掛け布団のカバーが白地にクマさん柄なので、そんな感じがしたのかな?

 昨日、千鶴君に座ってもらった辺りに腰掛けてもらおうと促す。

「ねぇ」

 振り向いた早水君に声を掛けられる。こちらを窺うように、じっと見てくる。

「僕たちは何をしようか。キスマークより更に濃いお返しは、何がいいと思う?」

 問われて言葉に詰まる。やっぱり、するの?

 千鶴君に付けられたキスマークのお返しに何か……エッチな事をするんだというのは、おおよそ予想していた。けれど私は、本心では全くするつもりがない。しかし早水君のやり方に従わないのも協力してもらっている分際で偉そう過ぎるよねといった思考が、頭の中をグルグルと回っている。

 彼の右手に左の髪の房が捕まる。毛先を弄ばれている。

「キスしたい」

 早水君の発した一言は「提案」ではなく「要望」のように聞こえる。怯みそうになるけど、強く相手を見据える。

「私、千鶴君が好きだからダメだよっ!」

「じゃあ、何だったらいいの?」

 やはり……納得してもらえなかった。顔が近くなって、自分の身が強張るのを感じる。渾身の力で眉間に皺を寄せ、睨み付ける。
 彼が私の顔を見てフッと笑んだので、「もしかして冗談だったのかな?」と……淡く期待する。

 後で、この時の話をした際……彼は「結ちゃんの顔が面白かったから笑っただけだよ」と言っていた。

 緊張が緩む。油断していた。左側の耳に囁いてくる。その余りに生々しいイメージを持つ選択肢に震えて、左の耳を押さえる。

 早水君の美声で、聞いていい台詞じゃないよ!

「千鶴君がしてきた以上の事をしないと。煽りにならないよ」

 諭すような口振りで無茶振りしてくる。

「でも……、キスはだめっ!」

「SEXする?」

 さっきも耳元で聞いた破廉恥な質問に、自分の顔が赤くなっている気がしている。

「そんな、おっきな声で言わないで!」

 注意するけど、彼は気にしない様子でニコッと笑う。

「嫌なら、代わりの案を出してよ」

 代わり?

 少しの間、顎に手を当てて考える。「これだ!」と言える案を思い付けず、取り敢えずできそうな事を口に出す。

「そうだね……えっと。………………手を繋いだり?」

 「普通はキスマーク以前に経験する事だよね」と考えていたので、「お返し」には採用されないだろうなと既に諦めている。早水君が静かだと気付いて「あれ?」と思う。

「やっぱり、ダメだよね?」

 苦笑混じりに尋ねる。何かを思考するように逸れていた彼の視線が、私へ向く。

「いや。いいよ。それでいこう」

 思い掛けない返答に驚く。

 手を繋ぐくらいだったら、さっきも握手したし。大丈夫。できそう。
 ホッと胸を撫で下ろしていた私は、とんだおバカさんだった。早水君を侮っていた。


 まずは撮影の準備をしようと促される。今回は写真に記録して、千鶴君へ見せ付けるらしい。指示に従い、ベッドに仰向けに寝転がる。

 え? 手を繋ぐだけの筈なのに。何故、ベッドで仰向けになる必要があるんだろう。

 疑問に思い首を傾げる。
 早水君がベッドの縁に足を掛けたのが見える。

「あっ」

 気付いた時には遅かった。止めようとしたけど、間に合わない。
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