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♦3 秘密
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♦♦♦ 3 秘密 ♦♦♦
ベッドに仰向けに寝そべる私の上に、膝立ちで跨ってくる。間近から見下ろされる。心臓が痛い程に鳴っている。早水君は、近くで見ても……綺麗だ。
「手、出して」
言われてハッとする。差し出した右手を握られた。隙間なくぎゅっと。繋いだ手をベッドに押し付けられてもまだ、瞳を逸らせないでいる。
「まさか、この体勢で撮るの?」
「そうだよ」
彼は穏やかな声で認める。切れ長の双眸を細めてくる。
見透かされている気がする。左下に顔を背け、誤魔化す為に口にする。
「このシチュエーションは、恥ずかしいよ……」
「大丈夫。キスマーク以上の事はしないから」
「え? まさか、キスマークも付けるつもりなの?」
「当然。それとも、キスの方がいい?」
当たり前のように言い切る早水君に、半ば呆れる。協力してくれるのは、とてもありがたいけど。早水君は大丈夫なのかな。相手が私でもいいのかな。心配になってしまう。
早速、何枚か写真を撮られた。彼は右手だけで器用にやってのけた後、スマホを私の頭の横に置く。
「いい?」
求められて応じる。キスはやっぱり、しちゃいけない気がする。だから……シャツのボタンを外す。
「もっと」
上から二個目のボタンを外している時に促されて、ジャンパースカート内の三個目のボタンも外した。「これ、邪魔だな」と言われ、ジャンパースカートも上の方だけ下へずらす。一応、言っておく。
「えっと。千鶴君が付けたところより下は、ダメだからね」
不満顔で睨まれた。
「千鶴君より進めてないと」
もっともらしく反論してくる。彼の目は真剣だ。
顔が寄せられ、胸の上辺りに唇の触れる感覚がある。体が軋む。思わず拒んだ。
「やだ、だめ! 胸は……ダメ」
「分かった」
あっさり、やめてくれた。
「あっ」
代わりに首の下を甘噛みされて呻く。ズクンとした痺れに支配される。再び掌が重なっていた。心許ない自分を、現実に繋ぎ止めたかったのかもしれない。縋るように握り返していた。
陶酔する意識の片隅で必死に「これはまずい」と警鐘を鳴らす思考もあったけど、酷くぼんやりしていて掴めない。えっと。何で私……こんな状況なんだろう?
左手で押しのけようとしたけど。吸われた痕を舐められて震える。
「結ちゃんの汗の味、凄い好き。ずっと舐めてたい」
「えっ……と?」
「定期的に舐めさせてくれるなら。ある程度、言う事を聞くよ?」
早水君はニコニコしている。これは……取引?
「汗、舐めてほしくない」
睨んで訴えた。「うん」と返事があり「すんなり聞き入れてもらえた?」と思い、安堵し掛ける。けれど、相手は意地悪な目付きで付け加えてくる。
「分かってて言ってる」
そんなに……汗って美味しいものなの? 興味が高まってしまう。
数分後。仰向けになった早水君の上に跨って、彼のシャツのボタンを外している。
「あっ、ちょ、待って待って待って」
「言う事を聞いてくれるって、言ったよね?」
ニコニコして言い及ぶ。早水君が止めるのも聞かず、シャツをめくり首の下を舐める。うーん、美味しいかな? 少し……しょっぱい。
「あっひゃっひゃっひゃっ!」
普段には聞けない声が、早水君から出ている。体を震わせて我慢しているようだ。
やっぱり。彼は笑うと更に可愛い。舌を、もっと下へと這わす。
「待ってって!」
焦っているような響きを感じる。言葉の終わる頃には、仰向けに戻されていた。
手首を掴まれベッドに押さえ付けられた状態で、見上げる。
「煽らないで」
警告された。サラリと落ちる前髪の間から向けられた眼差しが強くて、ゾクッとする。
私、千鶴君の事が好きなのに。今――凄く……。
早水君の顔が近くなって目を閉じる。唇が触れてくる。僅かばかりの行為を終え、気配が遠のく。瞼を開いて瞳を覗く。どうして?
「お仕置き。次に僕の汗を舐めようとしたら、今度は口にするから」
見下ろしてくる相手の目が挑発するように細められるのを、呆然と眺めている。彼にキスされた左頬を手で触る。
私……今…………何を考えてたの?
「明日の夜、千鶴君と会うよね? 写真、彼に送っとくから」
「うん……分かった」
動揺して目を合わせられず、視線を彷徨わせながら返した。
「どうしたの? まさか、もっと凄いやつを期待してた?」
言い当てられてしまった。体が……今までに経験のないくらい熱っぽくて、心臓の音が速い。千鶴君が好きなのに。今まで目を逸らしていた、自分の横しまな願望を突きつけられた心地がする。
涙が滲む。凄く、みっともない顔をしているだろうと思い至る。右横を向いて目を閉じる。暫くして、聞こえる。
「……ごめん。やっぱり、するなら千鶴君とがいいよな」
違う。今、そうじゃないから涙が出てくるの。凄く落ち着かない気持ちを持て余している。
必死に自制して、口には出さなかった。
翌日の夜。約束通り千鶴君の部屋を訪ねる。
玄関の戸を開け、出迎えてくれた。彼の表情が、いつもより暗い気がする。口数も少ない。何かあったのかなと心配に思う。廊下を進む間、様子を窺っていた。部屋に入るなり聞かれる。
「早水を、部屋に入れたの?」
振り向いた千鶴君に見下ろされる。目が怖い。
「えと……うん。何で知ってるの?」
「さっき、早水から写真が送られてきた」
あっ、そうだった。昨日の帰り際に、早水君が言っていた。千鶴君に写真送っとくって。
「よく私の部屋だって分かったね」
「枕のカバーが、お前のと一緒だったから」
確か枕カバーも、掛け布団と同じクマさん柄のを使っていた。
「結はやっぱり、オレよりあいつを選ぶよな。オレとお前の絆って、そんなもんだよな」
言われて、体が軋む。昨日の出来事が脳裏を掠めて、後ろめたくなる。目線を下に彷徨わせていた。
「でもさ。するの早くない? 付き合ったばかりだろ? あいつと」
「えっと……、してないよ」
千鶴君が誤解していると思ったので否定した。眼前の双眸が一瞬だけ、大きく瞠られる。だけど、すぐにまた睨んでくる。
「嘘つくなよ」
「キスマークまでしか、してないよ」
あと、頬にキスされただけ。心の中で呟く。
昨日、私が考えてしまった事は裏切りに思える。これまで千鶴君を想ってきた恋心への。
手を引かれる。肩を押されてベッドの端に座らされる。隣に座った千鶴君が、私の目を覗いて言う。
「彼氏がいるのに、何でオレの部屋に来るんだよ。彼氏の方が大事だろ?」
本当の事を言えなくて、黙ったまま相手の瞳を見返す。
「オレの味方したって、結には何の得にもならないだろ?」
少し呆れているような、優しい雰囲気の声音で尋ねられる。
千鶴君が私の髪を触る。最初は頭を撫でていた手が滑り下りて、頬で止まった。
「もう、キスはした?」
幼馴染に、こんな質問をされる日が来るなんて。想像もしていなかった。早水君の指示に従って正解だったと思った。
昨日考えてしまった事は、実際には起きていないので大丈夫。私は千鶴君が好き。だから……絶対に、早水君に惹かれてはいけない。
千鶴君が聞いているのは、きっと口にするキスの事だよね……そう判断して首を横に振る。
向けられていたピリリとした視線が、揺らいだように感じる。千鶴君の口元が、僅かに綻ぶのが見えた。
「これから結が早水とする事全部、オレが先にしてもいい?」
呼吸が止まりそうになる。驚いて見つめ返した。
「それは……」
唇を何とか動かす。確認しようと試みる。彼の発言の意図するところと、私の感じたニュアンスに齟齬があってはいけない。でも、何て言えばいいんだろう。慎重に言葉を選ぼうと口ごもった。
ベッドの端を掴んでいた右手が千鶴君の左手に包まれたのを、温もりで知る。助けを乞うように、真剣な瞳で告げられる。
「ダメだって言っても、帰らせない」
口調で気付いてしまう。彼も私と同じだ。重みを孕む強い望みを、体の内に飼っている。
抑え切れない衝動を、私へ向けてくれたんだと理解した。
えっと。やっぱり千鶴君は、私と……エッチな事をしたいって思ってる?
早水君のアドバイスが神がかる程の威力を示したとしても。展開が早くて、心が追いついていない。
今日は金曜日。千鶴君のお母さんは介護の為、泊まりがけで出掛けていて……お父さんは出張中だと聞いていた。お兄さんは、友達の家に泊まるらしい。
「でも」
ずっと気になっていた事を切り出す。
「千鶴君は、真由ちゃんと付き合ってるんじゃないの……?」
「真由? ……ああ」
千鶴君が少し笑った。逆に尋ねられる。
「もしかして。オレが告白されたって言ったから、気にしてたの?」
何だろう。千鶴君が凄く嬉しそうだ。ニッと歯を見せ笑み、明かしてくる。
「あの子は彼氏いるから」
「えっ?」
どういう事っ?
私が詳細の説明を求める前に、千鶴君が話し始めた。
「オレ、失恋したばっかで寂しいんだ」
窺うように神妙な面持ちの眼差しを送ってくる。
「慰めてほしい」
彼の視線が下へ逸れる。低く呟かれた幼馴染からの要望に息を呑む。彼は傷付いていたんだ。私は……それすらも全然、分かっていなかった。
千鶴君も真由ちゃんが好きだったんだ。
千鶴君の話から推測する。もしかすると、二人は付き合ってすぐに別れたのかもしれない。胸が苦しい。
目の前の幼馴染をギュッと抱きしめる。触れた場所が、千鶴君の体温で満たされる。
そっか。
涙が出る。
私も失恋した。
今。
「……ずっと好きだったんだ。いつも傍にいたかった」
好きな人が私へ告白してくれた。
彼女への想いを。
とても優しい手付きで頭を撫でられている。潤んだ瞳を伏せ涙を払った。彼からもらったこの痛みも、この先ずっと覚えていたい。何もかも覚えていたい。千鶴君は私の大切な人だから。
「彼女としたかった事、結としたい」
強く抱きしめられながら、彼の望みを聴いた。僅かに笑んでみたけど、涙は止んでくれなかった。答えを伝える。
「いいよ」
代わりでもいい。千鶴君の失恋の痕が……真由ちゃんへの気持ちが、私との思い出に塗り潰されればいい。
「……早水には黙ってて」
間近になって言われた。唇が宛がわれる。キスを受け入れた。性急に求められる。何度も重ね合う。
千鶴君と秘密を持った。
彼の手が私に触れる。
突き抜けるように、甘い痺れを残していく。
幾度も身を震わせた。
『ダメだって言っても、帰らせない』
彼は断言した通り……私が恥ずかしさと強い快楽に耐えられなくなって「やめて」と言っても、やめてくれなかった。逆に弱点を知られてしまい、執拗に探求される事態へ移行する。涙目になりながら「意地悪しないで」と、お願いしても何故か更に責められ……果てには「結が煽ってくるのが悪い」と、私のせいにされた。
初めて経験する一つ一つを、刻み込むように導かれる。千鶴君の手を握る。
慣れていないのは私だけかなと思っていたけど、彼もどこか余裕のなさそうな雰囲気があって嬉しかった。
彼が私を通して真由ちゃんを見ているとしても。夢が叶ったように幸せな時間だった。
ベッドに仰向けに寝そべる私の上に、膝立ちで跨ってくる。間近から見下ろされる。心臓が痛い程に鳴っている。早水君は、近くで見ても……綺麗だ。
「手、出して」
言われてハッとする。差し出した右手を握られた。隙間なくぎゅっと。繋いだ手をベッドに押し付けられてもまだ、瞳を逸らせないでいる。
「まさか、この体勢で撮るの?」
「そうだよ」
彼は穏やかな声で認める。切れ長の双眸を細めてくる。
見透かされている気がする。左下に顔を背け、誤魔化す為に口にする。
「このシチュエーションは、恥ずかしいよ……」
「大丈夫。キスマーク以上の事はしないから」
「え? まさか、キスマークも付けるつもりなの?」
「当然。それとも、キスの方がいい?」
当たり前のように言い切る早水君に、半ば呆れる。協力してくれるのは、とてもありがたいけど。早水君は大丈夫なのかな。相手が私でもいいのかな。心配になってしまう。
早速、何枚か写真を撮られた。彼は右手だけで器用にやってのけた後、スマホを私の頭の横に置く。
「いい?」
求められて応じる。キスはやっぱり、しちゃいけない気がする。だから……シャツのボタンを外す。
「もっと」
上から二個目のボタンを外している時に促されて、ジャンパースカート内の三個目のボタンも外した。「これ、邪魔だな」と言われ、ジャンパースカートも上の方だけ下へずらす。一応、言っておく。
「えっと。千鶴君が付けたところより下は、ダメだからね」
不満顔で睨まれた。
「千鶴君より進めてないと」
もっともらしく反論してくる。彼の目は真剣だ。
顔が寄せられ、胸の上辺りに唇の触れる感覚がある。体が軋む。思わず拒んだ。
「やだ、だめ! 胸は……ダメ」
「分かった」
あっさり、やめてくれた。
「あっ」
代わりに首の下を甘噛みされて呻く。ズクンとした痺れに支配される。再び掌が重なっていた。心許ない自分を、現実に繋ぎ止めたかったのかもしれない。縋るように握り返していた。
陶酔する意識の片隅で必死に「これはまずい」と警鐘を鳴らす思考もあったけど、酷くぼんやりしていて掴めない。えっと。何で私……こんな状況なんだろう?
左手で押しのけようとしたけど。吸われた痕を舐められて震える。
「結ちゃんの汗の味、凄い好き。ずっと舐めてたい」
「えっ……と?」
「定期的に舐めさせてくれるなら。ある程度、言う事を聞くよ?」
早水君はニコニコしている。これは……取引?
「汗、舐めてほしくない」
睨んで訴えた。「うん」と返事があり「すんなり聞き入れてもらえた?」と思い、安堵し掛ける。けれど、相手は意地悪な目付きで付け加えてくる。
「分かってて言ってる」
そんなに……汗って美味しいものなの? 興味が高まってしまう。
数分後。仰向けになった早水君の上に跨って、彼のシャツのボタンを外している。
「あっ、ちょ、待って待って待って」
「言う事を聞いてくれるって、言ったよね?」
ニコニコして言い及ぶ。早水君が止めるのも聞かず、シャツをめくり首の下を舐める。うーん、美味しいかな? 少し……しょっぱい。
「あっひゃっひゃっひゃっ!」
普段には聞けない声が、早水君から出ている。体を震わせて我慢しているようだ。
やっぱり。彼は笑うと更に可愛い。舌を、もっと下へと這わす。
「待ってって!」
焦っているような響きを感じる。言葉の終わる頃には、仰向けに戻されていた。
手首を掴まれベッドに押さえ付けられた状態で、見上げる。
「煽らないで」
警告された。サラリと落ちる前髪の間から向けられた眼差しが強くて、ゾクッとする。
私、千鶴君の事が好きなのに。今――凄く……。
早水君の顔が近くなって目を閉じる。唇が触れてくる。僅かばかりの行為を終え、気配が遠のく。瞼を開いて瞳を覗く。どうして?
「お仕置き。次に僕の汗を舐めようとしたら、今度は口にするから」
見下ろしてくる相手の目が挑発するように細められるのを、呆然と眺めている。彼にキスされた左頬を手で触る。
私……今…………何を考えてたの?
「明日の夜、千鶴君と会うよね? 写真、彼に送っとくから」
「うん……分かった」
動揺して目を合わせられず、視線を彷徨わせながら返した。
「どうしたの? まさか、もっと凄いやつを期待してた?」
言い当てられてしまった。体が……今までに経験のないくらい熱っぽくて、心臓の音が速い。千鶴君が好きなのに。今まで目を逸らしていた、自分の横しまな願望を突きつけられた心地がする。
涙が滲む。凄く、みっともない顔をしているだろうと思い至る。右横を向いて目を閉じる。暫くして、聞こえる。
「……ごめん。やっぱり、するなら千鶴君とがいいよな」
違う。今、そうじゃないから涙が出てくるの。凄く落ち着かない気持ちを持て余している。
必死に自制して、口には出さなかった。
翌日の夜。約束通り千鶴君の部屋を訪ねる。
玄関の戸を開け、出迎えてくれた。彼の表情が、いつもより暗い気がする。口数も少ない。何かあったのかなと心配に思う。廊下を進む間、様子を窺っていた。部屋に入るなり聞かれる。
「早水を、部屋に入れたの?」
振り向いた千鶴君に見下ろされる。目が怖い。
「えと……うん。何で知ってるの?」
「さっき、早水から写真が送られてきた」
あっ、そうだった。昨日の帰り際に、早水君が言っていた。千鶴君に写真送っとくって。
「よく私の部屋だって分かったね」
「枕のカバーが、お前のと一緒だったから」
確か枕カバーも、掛け布団と同じクマさん柄のを使っていた。
「結はやっぱり、オレよりあいつを選ぶよな。オレとお前の絆って、そんなもんだよな」
言われて、体が軋む。昨日の出来事が脳裏を掠めて、後ろめたくなる。目線を下に彷徨わせていた。
「でもさ。するの早くない? 付き合ったばかりだろ? あいつと」
「えっと……、してないよ」
千鶴君が誤解していると思ったので否定した。眼前の双眸が一瞬だけ、大きく瞠られる。だけど、すぐにまた睨んでくる。
「嘘つくなよ」
「キスマークまでしか、してないよ」
あと、頬にキスされただけ。心の中で呟く。
昨日、私が考えてしまった事は裏切りに思える。これまで千鶴君を想ってきた恋心への。
手を引かれる。肩を押されてベッドの端に座らされる。隣に座った千鶴君が、私の目を覗いて言う。
「彼氏がいるのに、何でオレの部屋に来るんだよ。彼氏の方が大事だろ?」
本当の事を言えなくて、黙ったまま相手の瞳を見返す。
「オレの味方したって、結には何の得にもならないだろ?」
少し呆れているような、優しい雰囲気の声音で尋ねられる。
千鶴君が私の髪を触る。最初は頭を撫でていた手が滑り下りて、頬で止まった。
「もう、キスはした?」
幼馴染に、こんな質問をされる日が来るなんて。想像もしていなかった。早水君の指示に従って正解だったと思った。
昨日考えてしまった事は、実際には起きていないので大丈夫。私は千鶴君が好き。だから……絶対に、早水君に惹かれてはいけない。
千鶴君が聞いているのは、きっと口にするキスの事だよね……そう判断して首を横に振る。
向けられていたピリリとした視線が、揺らいだように感じる。千鶴君の口元が、僅かに綻ぶのが見えた。
「これから結が早水とする事全部、オレが先にしてもいい?」
呼吸が止まりそうになる。驚いて見つめ返した。
「それは……」
唇を何とか動かす。確認しようと試みる。彼の発言の意図するところと、私の感じたニュアンスに齟齬があってはいけない。でも、何て言えばいいんだろう。慎重に言葉を選ぼうと口ごもった。
ベッドの端を掴んでいた右手が千鶴君の左手に包まれたのを、温もりで知る。助けを乞うように、真剣な瞳で告げられる。
「ダメだって言っても、帰らせない」
口調で気付いてしまう。彼も私と同じだ。重みを孕む強い望みを、体の内に飼っている。
抑え切れない衝動を、私へ向けてくれたんだと理解した。
えっと。やっぱり千鶴君は、私と……エッチな事をしたいって思ってる?
早水君のアドバイスが神がかる程の威力を示したとしても。展開が早くて、心が追いついていない。
今日は金曜日。千鶴君のお母さんは介護の為、泊まりがけで出掛けていて……お父さんは出張中だと聞いていた。お兄さんは、友達の家に泊まるらしい。
「でも」
ずっと気になっていた事を切り出す。
「千鶴君は、真由ちゃんと付き合ってるんじゃないの……?」
「真由? ……ああ」
千鶴君が少し笑った。逆に尋ねられる。
「もしかして。オレが告白されたって言ったから、気にしてたの?」
何だろう。千鶴君が凄く嬉しそうだ。ニッと歯を見せ笑み、明かしてくる。
「あの子は彼氏いるから」
「えっ?」
どういう事っ?
私が詳細の説明を求める前に、千鶴君が話し始めた。
「オレ、失恋したばっかで寂しいんだ」
窺うように神妙な面持ちの眼差しを送ってくる。
「慰めてほしい」
彼の視線が下へ逸れる。低く呟かれた幼馴染からの要望に息を呑む。彼は傷付いていたんだ。私は……それすらも全然、分かっていなかった。
千鶴君も真由ちゃんが好きだったんだ。
千鶴君の話から推測する。もしかすると、二人は付き合ってすぐに別れたのかもしれない。胸が苦しい。
目の前の幼馴染をギュッと抱きしめる。触れた場所が、千鶴君の体温で満たされる。
そっか。
涙が出る。
私も失恋した。
今。
「……ずっと好きだったんだ。いつも傍にいたかった」
好きな人が私へ告白してくれた。
彼女への想いを。
とても優しい手付きで頭を撫でられている。潤んだ瞳を伏せ涙を払った。彼からもらったこの痛みも、この先ずっと覚えていたい。何もかも覚えていたい。千鶴君は私の大切な人だから。
「彼女としたかった事、結としたい」
強く抱きしめられながら、彼の望みを聴いた。僅かに笑んでみたけど、涙は止んでくれなかった。答えを伝える。
「いいよ」
代わりでもいい。千鶴君の失恋の痕が……真由ちゃんへの気持ちが、私との思い出に塗り潰されればいい。
「……早水には黙ってて」
間近になって言われた。唇が宛がわれる。キスを受け入れた。性急に求められる。何度も重ね合う。
千鶴君と秘密を持った。
彼の手が私に触れる。
突き抜けるように、甘い痺れを残していく。
幾度も身を震わせた。
『ダメだって言っても、帰らせない』
彼は断言した通り……私が恥ずかしさと強い快楽に耐えられなくなって「やめて」と言っても、やめてくれなかった。逆に弱点を知られてしまい、執拗に探求される事態へ移行する。涙目になりながら「意地悪しないで」と、お願いしても何故か更に責められ……果てには「結が煽ってくるのが悪い」と、私のせいにされた。
初めて経験する一つ一つを、刻み込むように導かれる。千鶴君の手を握る。
慣れていないのは私だけかなと思っていたけど、彼もどこか余裕のなさそうな雰囲気があって嬉しかった。
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