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5 花火の記憶
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私からしていた筈なのに、いつの間にか沼田さんに主導されている。ソファーに仰向けに倒される。
「沼田さん……?」
「さっきの答えを、聞かせてほしい」
彼の目を見上げたまま、己の下唇を噛む。沼田さんが言っているのは例の話の続きだ。
先程、思い切って尋ねた。私が本命なのかと。
沼田さんは『さあ、どうだろうな?』と返答してきた。変化球で返されたと感じた。
自身でさえ把握していない体の言動で、はぐらかされたと最初は思った。だけど彼の目が挑むように見据えてきて、そして言われた。
『美緒はどう思う?』
私の思うままを答えたら決着がついてしまうのだと突然……腑に落ちた。目の前の靄が晴れるように分かってしまった。郷愁に似た悲しみが浮かぶ。
まだ恋情に流される訳にはいかない。もう少しで掴めそうな気がしていた。
混沌と散らかった心模様では、自分の行きたい方向も定まらなかった。
それなのに、ここに来て見つけてしまった。ドロドロの不安や深読みに埋もれていた存在。私にさえ疑われていた。彼の心。
確信したからこそ、おざなりにできない事柄に向き合う。
「沼田さん。やっぱり柚佳さんの事が好きですか?」
私を見つめる目が苦しそうに細まる。
「美緒は? 篤の事……好きなんだろ?」
大きく瞼を開いた時「ティルルルルルル」と何かが鳴った。部屋に響いたのは退室予定時刻の十分前にある、確認の呼び出し音だ。
沼田さんがゆっくりと身を起こし、部屋の出入り口近くの壁に掛かっていた受話器を取って応答してくれている。その間に帰り支度をした。
……焦った。沼田さんの質問が鋭くて。
自分の矛盾に戸惑っている。
私は沼田さんが好きだ。でも、心の底にはお兄ちゃんを愛している気持ちを匿っている。きっと前回の人生がその前までの人生と同じ感じだったら、こんなに沼田さんに執着していなかった。前回の人生で狂ってしまった。
今だけでもいい。この人生だけでも。私の一生は、私が舵を取りたい。
夢で知った。多くの人生で私はお兄ちゃんと――。切なくなって胸を押さえる。奥深くに隠して、見ていない素振りで生きてきた。私じゃない私の経験した恋に心惑わされるのが嫌で、目を逸らしていた。一つ前の人生の夢も。だけど……。
前回の人生の私を、気がかりに思っている。沼田さんと両想いになれたのに。結局……彼女は失恋したのだ。
そのイメージが強力に私に焼き付いて、夢が覚めても恋しい想いが残った。
お会計が終わりカラオケ店を出る。細い道路を、沼田さんと歩いている。
「沼田さん」
思い切って打ち明けようとした。立ち止まり、振り返った彼の目を見据える。
「私……まだ迷っていて。どうするのが正解なのか分からないんです。花火の日までに心を決めておく約束をしましたよね。その時までに答えを出せないかもしれません。でも……もっと沼田さんの事を知れたら、何か手掛かりを見付けられそうな予感がしているんです」
正解かなんて、ずっと後になって結論付ける案件だ。ただ誰かに……自分の持つ主人公の座を譲るのは違う気がした。私は私の人生を、最善に生き抜きたいのだ。最期の時に「これでよかった」と思えるように。ポンコツだから無駄な遠回りとか、いっぱいしそうだけど。
薄ら浮かべた考えは、自分に甘過ぎて少し笑う。柚佳さんの事もお兄ちゃんの事も、沼田さんの気持ちも。全部、皆……幸せに解決すればいいのに。
沼田さんは静かに、私の話を聞いてくれていた。彼の口が開かれる。
「土曜にある花火の後、一緒に来てほしい場所があるんだけど」
「分かりました!」
即答した私を眺め、眉を寄せている。
「分かってるの? うっかりしてるのも美緒の長所と思うけど。もっと慎重になった方がいいぞ?」
クックッと笑いを漏らす彼を見つめている。心に焼き付けようとした。目に涙が滲みそうになって、気付かれないように先に歩き出す。
人生なんて……迷っている間に駆け抜けてしまう。青春なんて、もっと短い。
夢で見てきたこれまでの人生に微塵も、後悔のないものなんてなかった。考えている間に機会を逃してしまう事もあった。本当に大切な人が去ってしまう前に選び取らないと。
自分でも、思考の絡まりを解くのは難しいように感じている。
だから沼田さんに、もっと近付く。答えのヒントを得られるかもしれない。進んだ先に見付かるのを期待して。
振り向いて微笑する。
「本当は全然、分からないんです。でも沼田さんと一緒にいたいって、思うから」
今の本音を伝えた。沼田さんの顔から笑みが消える。見つめられた。返事をもらう前に背を向ける。
約束の叶う日に、分かるのかもしれない。
黄土色のスカート、白と水色のストライプで首元にフリルがあしらわれているブラウス……その上から白いカーディガンを羽織った。
幅の細い水色のリボンが付いたヘアゴムで髪を結ぶ。今日も最初に「練習」した日と同じで、ハーフアップにしてみる。
タンスの上にある時計を見る。沼田さんとの待ち合わせは二十時。あと数分しかない!
ベッドの上に準備していた物を大きめのトートバッグに詰めて持ち、部屋を出た。
すっかり日も暮れていたけど、この辺りは街灯が設置されているのでそんなに暗くない。
待ち合わせ場所の公園には既に沼田さんの姿があり、ほっとしたのと同時に慌てる。
「沼田さん、お待たせしました!」
走った後だったので、息切れしながら彼の前に立つ。少し笑われた。
「焦らなくても、ゆっくりよかったのに」
優しい言葉を掛けてくれる。
「でも。バスの時刻もあるし、遅くなったら花火を見逃してしまうかもしれません! それに……」
言い分を訴えている途中、口を噤む。
「それに?」
沼田さんに先を促される。顔を覗かれた。
「……沼田さんと一緒にいれる時間が、短くなってしまうので」
素直に白状する。
「そっか」
呟きが聞こえる。嬉しそうな顔を見つめる。
胸の奥が、ちくっとしたように思う。そして、その痛みの正体を罪悪感なんだと考えて瞳を伏せた。
目的地付近のバス停で降車する。花火の音が届いてくる。
「沼田さん! もう始まってます! 急ぎましょう!」
「待て、危ない!」
走ろうとしていたところ、手を掴まれる。
「昼でも危なっかしいのに。夜は暗くて見通しも悪いし、絶対もっと危ない! はしゃいでる美緒も可愛いけど、今はおとなしくオレの側にいてくれ……って、オレは何を口走ってるんだ?」
心配する様相で注意してくれた。しかも「可愛い」って、言ってくれた?
目を瞠って相手を見つめる。視線を逸らされた。横を向くその仕草に、照れているらしい気配を感じ取る。私も俯いて視線を外す。
「分かりました。側にいます。でも……」
言い淀む。
「……でも?」
先を促された。静かな声には、どこか暗い響きがある。思いは……時には、言わなくても伝わるものなのかもしれない。
「今は、ですよ?」
明るく伝えて、掴まれていた手を握り返す。
「み……」
「行きましょう! 花火が終わっちゃう!」
何か尋ねられる前にと、花火のせいにして沼田さんを引っ張る。先へ進んだ。
喫茶店の営業時間は過ぎていた。私たちは駐車場の縁から街を見下ろす。
ここは夜景を楽しむのに穴場だなぁと考えていた。喫茶店が早い時間に閉まってしまうのは、もったいない気がする。
幾億の宝石を使って地上に天の川を創り出したのではと疑いそうなくらい。広大な明かりの競演に、暗闇が彩られている。
今日はそんな夜景すら脇役にして、花火が咲く。
左方に位置する海の近くから上がり――煌びやかに舞っては儚く散っていく光の群に、目線が吸い寄せられる。
「ふふふ」
沼田さんとこんな風に二人で見ているのが不思議に思えてきて、つい笑ってしまう。私の知る限り、今までの……どの人生にもなかった思い出。
右横にいる彼に視線を移す。
……沼田さんも。私と眺めた景色を、忘れないでくれるだろうか。
そっと窺う。元からこちらを向いていた様子で、目が合った。
「沼田さん、花火を見なくていいんですか?」
彼の表情が、あまりに真剣だったので聞く。
「美緒。何を考えてる?」
凄いな、沼田さん。気付いちゃうんですね。
「へへへ。何だと思います?」
わざと茶化すように出し惜しみする。沼田さんの眉間の皺が深くなる。僅かな沈黙の後、彼は口にする。
「オレから離れようとしてるのかと思った」
ふふふ。沼田さんは可愛いなぁ。
「教えてあげてもいいですけど、大きな声では言えない事案なんですよね。ちょっと……耳を貸して下さい」
要求した直後、腕を引っ張られた。抱き竦められて鼓動が一際、大きく鳴る。耳元を声が掠める。
「どうぞ?」
何だか意図がバレている気がするけど。押し切ろうと決めた。彼の顔を両手で掴み口付ける。形のいい耳に、こっそり教える。
「本当は、不意打ちでしたかったのにな」
へへへと笑って顔を離す。正面に彼を見つめる。
「美緒……?」
困惑したような表情で見つめられている。今までためらっていた気持ちを、はっきり言葉にする。
「好き。好きです。海里さんの事が」
私は相当……酷い奴だ。泣き出しそうな心を抑えて紡ぐ。
「好きになって、ごめんなさい」
言った後で震え出す唇を噛む。涙を零す顔を見られたくなくて、両手で覆って俯いた。
「美緒……っ、何で泣くんだ? 好きになってごめんなさいって……どういう意味だ?」
海里さんが心配してくれてる。何か返事をしないと。
私が海里さんを奪えば、柚佳さんは……きっと悲しむ。だから、さっきの言葉の意味は「柚佳さんとの仲を引き裂くような真似をして、ごめんなさい」……そう言いたかったのかもしれないと思考する。
だけど。そこまで明かすのはやめておく。
前の人生で苦しんでいた事がある。好きな人を独占できなかった事。
燃えるような怒りは身の内に隠して、聞き分けのいいフリをしていた。この人生でも……海里さんと結婚して添い遂げられるのは。一人だけだ。
『どうか私だけを愛して下さい』
心の中で唱えるけど。悲しくて笑う。バカだなぁ。柚佳さんの幸せを踏みにじっておいて『私だけ』なんて許されない。
前の人生とは違う。今世は、もっともっと……幸せになってほしい。
それが私でも。柚佳さんであっても。
押し黙って理由も話さなかったのに。咎められなかった。手を引かれる。
お互い無言でバスに揺られた。
そう言えば以前「花火の後、一緒に来てほしい場所がある」って、言われてたっけ。どこに行くんだろう。
バスの窓ガラスに、自分の顔が映っている。さっき少し泣いたので、目がちょっと……腫れぼったくなっている気がする。
花火……綺麗だったな。とても。
大好きな人との大切な思い出を、涙でめちゃくちゃにしてしまった。この日の事を、何度も思い返すんだろうな。後悔するんだろうな。幸せな時に幸せだって気付けないと不幸せだ。ずっと後になってから気付いたって……触れる事も叶わないんだよ。
「沼田さん……?」
「さっきの答えを、聞かせてほしい」
彼の目を見上げたまま、己の下唇を噛む。沼田さんが言っているのは例の話の続きだ。
先程、思い切って尋ねた。私が本命なのかと。
沼田さんは『さあ、どうだろうな?』と返答してきた。変化球で返されたと感じた。
自身でさえ把握していない体の言動で、はぐらかされたと最初は思った。だけど彼の目が挑むように見据えてきて、そして言われた。
『美緒はどう思う?』
私の思うままを答えたら決着がついてしまうのだと突然……腑に落ちた。目の前の靄が晴れるように分かってしまった。郷愁に似た悲しみが浮かぶ。
まだ恋情に流される訳にはいかない。もう少しで掴めそうな気がしていた。
混沌と散らかった心模様では、自分の行きたい方向も定まらなかった。
それなのに、ここに来て見つけてしまった。ドロドロの不安や深読みに埋もれていた存在。私にさえ疑われていた。彼の心。
確信したからこそ、おざなりにできない事柄に向き合う。
「沼田さん。やっぱり柚佳さんの事が好きですか?」
私を見つめる目が苦しそうに細まる。
「美緒は? 篤の事……好きなんだろ?」
大きく瞼を開いた時「ティルルルルルル」と何かが鳴った。部屋に響いたのは退室予定時刻の十分前にある、確認の呼び出し音だ。
沼田さんがゆっくりと身を起こし、部屋の出入り口近くの壁に掛かっていた受話器を取って応答してくれている。その間に帰り支度をした。
……焦った。沼田さんの質問が鋭くて。
自分の矛盾に戸惑っている。
私は沼田さんが好きだ。でも、心の底にはお兄ちゃんを愛している気持ちを匿っている。きっと前回の人生がその前までの人生と同じ感じだったら、こんなに沼田さんに執着していなかった。前回の人生で狂ってしまった。
今だけでもいい。この人生だけでも。私の一生は、私が舵を取りたい。
夢で知った。多くの人生で私はお兄ちゃんと――。切なくなって胸を押さえる。奥深くに隠して、見ていない素振りで生きてきた。私じゃない私の経験した恋に心惑わされるのが嫌で、目を逸らしていた。一つ前の人生の夢も。だけど……。
前回の人生の私を、気がかりに思っている。沼田さんと両想いになれたのに。結局……彼女は失恋したのだ。
そのイメージが強力に私に焼き付いて、夢が覚めても恋しい想いが残った。
お会計が終わりカラオケ店を出る。細い道路を、沼田さんと歩いている。
「沼田さん」
思い切って打ち明けようとした。立ち止まり、振り返った彼の目を見据える。
「私……まだ迷っていて。どうするのが正解なのか分からないんです。花火の日までに心を決めておく約束をしましたよね。その時までに答えを出せないかもしれません。でも……もっと沼田さんの事を知れたら、何か手掛かりを見付けられそうな予感がしているんです」
正解かなんて、ずっと後になって結論付ける案件だ。ただ誰かに……自分の持つ主人公の座を譲るのは違う気がした。私は私の人生を、最善に生き抜きたいのだ。最期の時に「これでよかった」と思えるように。ポンコツだから無駄な遠回りとか、いっぱいしそうだけど。
薄ら浮かべた考えは、自分に甘過ぎて少し笑う。柚佳さんの事もお兄ちゃんの事も、沼田さんの気持ちも。全部、皆……幸せに解決すればいいのに。
沼田さんは静かに、私の話を聞いてくれていた。彼の口が開かれる。
「土曜にある花火の後、一緒に来てほしい場所があるんだけど」
「分かりました!」
即答した私を眺め、眉を寄せている。
「分かってるの? うっかりしてるのも美緒の長所と思うけど。もっと慎重になった方がいいぞ?」
クックッと笑いを漏らす彼を見つめている。心に焼き付けようとした。目に涙が滲みそうになって、気付かれないように先に歩き出す。
人生なんて……迷っている間に駆け抜けてしまう。青春なんて、もっと短い。
夢で見てきたこれまでの人生に微塵も、後悔のないものなんてなかった。考えている間に機会を逃してしまう事もあった。本当に大切な人が去ってしまう前に選び取らないと。
自分でも、思考の絡まりを解くのは難しいように感じている。
だから沼田さんに、もっと近付く。答えのヒントを得られるかもしれない。進んだ先に見付かるのを期待して。
振り向いて微笑する。
「本当は全然、分からないんです。でも沼田さんと一緒にいたいって、思うから」
今の本音を伝えた。沼田さんの顔から笑みが消える。見つめられた。返事をもらう前に背を向ける。
約束の叶う日に、分かるのかもしれない。
黄土色のスカート、白と水色のストライプで首元にフリルがあしらわれているブラウス……その上から白いカーディガンを羽織った。
幅の細い水色のリボンが付いたヘアゴムで髪を結ぶ。今日も最初に「練習」した日と同じで、ハーフアップにしてみる。
タンスの上にある時計を見る。沼田さんとの待ち合わせは二十時。あと数分しかない!
ベッドの上に準備していた物を大きめのトートバッグに詰めて持ち、部屋を出た。
すっかり日も暮れていたけど、この辺りは街灯が設置されているのでそんなに暗くない。
待ち合わせ場所の公園には既に沼田さんの姿があり、ほっとしたのと同時に慌てる。
「沼田さん、お待たせしました!」
走った後だったので、息切れしながら彼の前に立つ。少し笑われた。
「焦らなくても、ゆっくりよかったのに」
優しい言葉を掛けてくれる。
「でも。バスの時刻もあるし、遅くなったら花火を見逃してしまうかもしれません! それに……」
言い分を訴えている途中、口を噤む。
「それに?」
沼田さんに先を促される。顔を覗かれた。
「……沼田さんと一緒にいれる時間が、短くなってしまうので」
素直に白状する。
「そっか」
呟きが聞こえる。嬉しそうな顔を見つめる。
胸の奥が、ちくっとしたように思う。そして、その痛みの正体を罪悪感なんだと考えて瞳を伏せた。
目的地付近のバス停で降車する。花火の音が届いてくる。
「沼田さん! もう始まってます! 急ぎましょう!」
「待て、危ない!」
走ろうとしていたところ、手を掴まれる。
「昼でも危なっかしいのに。夜は暗くて見通しも悪いし、絶対もっと危ない! はしゃいでる美緒も可愛いけど、今はおとなしくオレの側にいてくれ……って、オレは何を口走ってるんだ?」
心配する様相で注意してくれた。しかも「可愛い」って、言ってくれた?
目を瞠って相手を見つめる。視線を逸らされた。横を向くその仕草に、照れているらしい気配を感じ取る。私も俯いて視線を外す。
「分かりました。側にいます。でも……」
言い淀む。
「……でも?」
先を促された。静かな声には、どこか暗い響きがある。思いは……時には、言わなくても伝わるものなのかもしれない。
「今は、ですよ?」
明るく伝えて、掴まれていた手を握り返す。
「み……」
「行きましょう! 花火が終わっちゃう!」
何か尋ねられる前にと、花火のせいにして沼田さんを引っ張る。先へ進んだ。
喫茶店の営業時間は過ぎていた。私たちは駐車場の縁から街を見下ろす。
ここは夜景を楽しむのに穴場だなぁと考えていた。喫茶店が早い時間に閉まってしまうのは、もったいない気がする。
幾億の宝石を使って地上に天の川を創り出したのではと疑いそうなくらい。広大な明かりの競演に、暗闇が彩られている。
今日はそんな夜景すら脇役にして、花火が咲く。
左方に位置する海の近くから上がり――煌びやかに舞っては儚く散っていく光の群に、目線が吸い寄せられる。
「ふふふ」
沼田さんとこんな風に二人で見ているのが不思議に思えてきて、つい笑ってしまう。私の知る限り、今までの……どの人生にもなかった思い出。
右横にいる彼に視線を移す。
……沼田さんも。私と眺めた景色を、忘れないでくれるだろうか。
そっと窺う。元からこちらを向いていた様子で、目が合った。
「沼田さん、花火を見なくていいんですか?」
彼の表情が、あまりに真剣だったので聞く。
「美緒。何を考えてる?」
凄いな、沼田さん。気付いちゃうんですね。
「へへへ。何だと思います?」
わざと茶化すように出し惜しみする。沼田さんの眉間の皺が深くなる。僅かな沈黙の後、彼は口にする。
「オレから離れようとしてるのかと思った」
ふふふ。沼田さんは可愛いなぁ。
「教えてあげてもいいですけど、大きな声では言えない事案なんですよね。ちょっと……耳を貸して下さい」
要求した直後、腕を引っ張られた。抱き竦められて鼓動が一際、大きく鳴る。耳元を声が掠める。
「どうぞ?」
何だか意図がバレている気がするけど。押し切ろうと決めた。彼の顔を両手で掴み口付ける。形のいい耳に、こっそり教える。
「本当は、不意打ちでしたかったのにな」
へへへと笑って顔を離す。正面に彼を見つめる。
「美緒……?」
困惑したような表情で見つめられている。今までためらっていた気持ちを、はっきり言葉にする。
「好き。好きです。海里さんの事が」
私は相当……酷い奴だ。泣き出しそうな心を抑えて紡ぐ。
「好きになって、ごめんなさい」
言った後で震え出す唇を噛む。涙を零す顔を見られたくなくて、両手で覆って俯いた。
「美緒……っ、何で泣くんだ? 好きになってごめんなさいって……どういう意味だ?」
海里さんが心配してくれてる。何か返事をしないと。
私が海里さんを奪えば、柚佳さんは……きっと悲しむ。だから、さっきの言葉の意味は「柚佳さんとの仲を引き裂くような真似をして、ごめんなさい」……そう言いたかったのかもしれないと思考する。
だけど。そこまで明かすのはやめておく。
前の人生で苦しんでいた事がある。好きな人を独占できなかった事。
燃えるような怒りは身の内に隠して、聞き分けのいいフリをしていた。この人生でも……海里さんと結婚して添い遂げられるのは。一人だけだ。
『どうか私だけを愛して下さい』
心の中で唱えるけど。悲しくて笑う。バカだなぁ。柚佳さんの幸せを踏みにじっておいて『私だけ』なんて許されない。
前の人生とは違う。今世は、もっともっと……幸せになってほしい。
それが私でも。柚佳さんであっても。
押し黙って理由も話さなかったのに。咎められなかった。手を引かれる。
お互い無言でバスに揺られた。
そう言えば以前「花火の後、一緒に来てほしい場所がある」って、言われてたっけ。どこに行くんだろう。
バスの窓ガラスに、自分の顔が映っている。さっき少し泣いたので、目がちょっと……腫れぼったくなっている気がする。
花火……綺麗だったな。とても。
大好きな人との大切な思い出を、涙でめちゃくちゃにしてしまった。この日の事を、何度も思い返すんだろうな。後悔するんだろうな。幸せな時に幸せだって気付けないと不幸せだ。ずっと後になってから気付いたって……触れる事も叶わないんだよ。
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