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三章 二人だけの世界
86.朝
仄かに爽やかな甘みの香りが鼻腔を擽る中、頬に触れている掌の感触に導かれ瞼を開けた。
一度起きたはずなのにいつの間にか眠っていたらしい。
先に起きていたらしい男が身じろぐ気配に意識は急浮上する。
「⋯⋯した?」
『どうした?』と問いかけた声はかすれていてきちんと発声できたか分からない。
霞む視界の中でも彼の目を引く紅は陽貴から笑顔を引き出すのに容易かった。
数度の瞬きでようやく視点が定まるようになって、朱を帯びた赤い瞳と視線が交わる。
その色は朝日を背に向けているせいか憂いを感じさせる。
「⋯本当に、ハルキだ」
「⋯どういうこと?あぁ⋯⋯ふふ⋯そうだね。ハルキだね」
逃げるとでも思っていたのだろうか。
少々心外に思う陽貴だったが怒ることでもない。
監禁された被害者と加害者と考えればそれはごく自然の事で、それに引け目を感じているシュオウがそう思うことは容易に想像がついた。
「どうして逃げなかったんですか?今なら逃げられたのに」
「逃げないよ。だってシュオウも俺から逃げたりしないだろ?」
朝日に照らされより朗らかに見える笑顔からこぼれる陽貴の言葉にシュオウは意表をつかれたのか黙り込んでいる。
「えっ、どうして黙るの」
「⋯⋯⋯っ」
陽貴に触れていた手を離してそっぽを向くとその瞼の上に腕を置いて表情を隠してしまったシュオウに身体を起こして覗き込むと、その唇が噛み締められていることに気がついた。
「ん⋯?」
僅かに震える腕とその仕草に、そこで初めてシュオウが泣いていることに気がついた。
何故か分からないがシュオウは自分がおかしいということを理解してそれに引け目というのか、忌避するような思考を持っていることは陽貴にも分かっていた。
けれどどうして受け入れられていても信用出来ないのか、捨てられることを怯えているのに辞められないのか尋ねたことは無い。
シュオウのことを理解した気でいたのにこうして考えてみると何も知らない。
というより今までそれを問いかけようと思わなかった自分が本当はシュオウに無関心だったということに気がついて少し悲しくなった。
「泣かないでシュオウ。⋯俺は本当に逃げたりしないよ。見たよね?俺はノヴァよりも、仲間達よりもシュオウを選んだんだよ」
そう言ってその肩に顔を埋めるように擦り寄ると僅かにシュオウの頬を伝った涙が視界に映ったと思ったらその胸に抱き寄せられた。
顔を上げると交わる視線に鈍く胸が痛む。
「⋯⋯⋯愛しています」
「⋯⋯あ⋯あい、か⋯それは少し恥ずかしいか⋯」
愛してるなんて馴染みの無い言葉に顔に血があつまるのを感じる。
熱くてこそばゆいその感覚は居てもたってもいられないような心地がしてついそんな言葉が口をついて出た。
「本当に、ずっと⋯僕を選んでくれますか」
その真剣で何処か信じることに怯えるかのような声に陽貴はここで逃げは許されないと悟った。
今のこの瞬間だけがシュオウと気持ちを繋げられるものだと本能的に理解して、その瞳を逃さぬよう見つめ返して紡ぐ。
「選ぶよ。何度でもいつまでも。⋯⋯俺も⋯⋯⋯愛してるから」
その言葉がシュオウをどれほど癒せたか分からない。
けれどその目は確かに嬉しそうに微笑んでいた。
「体調は平気?」
照れくさくてずっと聞きたかったことを照れ隠しに尋ねる陽貴にシュオウは僅かに考え込むふりをして、甘えるように陽貴の頭に頬を寄せた。
「少しだけ気分が悪いですが、最高の気分です」
「⋯ふ⋯ふふっ⋯そっか。良かった⋯。でも貧血は続いているだろうから今日明日は安静にしていよう」
あれだけの流血の後数時間で貧血が改善するわけもない。
それは分かりきっていたことだったが、自分とのことを幸せに思ってくれていると思うと嬉しくてその胸を優しくぽんぽんと撫でて隣で身体を横たえた。
「はい」
「あ、でも明日はみんなが来るから⋯少しだけ無理させるかもしれないけど」
「⋯⋯ハルキ⋯」
「ん?」
「皆さんとの話が終わったら⋯」
「⋯⋯⋯⋯⋯終わったら?」
続かない言葉に催促した時にはシュオウの瞼は閉じていて、こんなに早く眠ってしまうのならもっとシュオウの宝石のような美しい瞳を見ておけば良かったなと思いながら窓の外に目を向ける。
爽やかな風を吹き込む穏やかな気候と青い空に心が洗われたようなそんな心地がした。
揺れる木々の隙間から飛び出てきた鳥が別の木に移ったり、空を自由に飛ぶ姿を見て陽貴は僅かに微笑んだのだった。
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