御庭番君弐号

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 三日月が綺麗な静かな夜でした。その日も弐号は部屋で死んだように横たわっていました。「誰にも必要とされず朽ちていくのならいっそスクラップされてしまったほうがいいや。」そんな暗い考えを巡らせていた時、不意に何かの雑音が弐号の耳に入りました。方向は門の東側。いつも宿敵だった野良猫のブウが現れる辺りから聞こえます。
 時刻は午前三時。ご主人様や奥様はすでに深い眠りについています。弐号は聴覚レベルを上げました。すると小さく、途切れ途切れに会話が聞こえました。
「・・・反応はあの正門・・・・ロボだけ・・・・・・。」
「・・・新型一機・・・。家には・・・・。良し・・・・。」
「いいか。静か・・・仕留めるんだぞ・・・・・。」
弐号は身震いしました。噂の強盗がやってきたのです。
頼むよ、新型君!心の中で新型に祈りました。そして窓辺に行こうと体を起こしました。けれども錆びついた足はギクシャクし以前のように素早くは起き上がれません。ゆっくりと重い足どりで、ようやく窓の外を見た頃には、二人の強盗が駆け足でこちらに向かってくる所でした。その後ろで新型はいつもの門扉でただ地面を見ているように頭を項垂れていました。銃声も、もみ合った形跡もありませんが、新型はどういうわけか停止していました。
 弐号は危なく立ちくらみによって倒れかけました。野良猫なんて軽く追い返すことのできる新型が、自分より何倍も警備に長けている新型が一瞬でやられた。
 到底自分には敵いっこないと思った弐号ですが、自分を奮い立たせ、急いでご主人様と奥様の寝室に向かいました。二人を守るのはもう自分しかいないと、ふらつく足で向かいました。  

「ご主人様。ご主人様、起きてください。」
弐号は声のボリュームを下げて寝ているご主人様に小さく話しかけました。
「どうしたんだ、弐号、こんな夜中に。」
起き上がってライトをつけようとご主人様は手を伸ばしました。
「灯りを点けないでください。強盗です。強盗が侵入してきました。」
「本当か?しかし、新型がいるだろう。」
寝ぼけ眼だったご主人様は驚いたように言いました。しかし弐号の話を信じていないのか、新型を信頼しきっているのか、はたまたまだ頭が回らず理解できていないのか、顔を手の平でこすったりして慌てていません。
「新型はどういう方法かわかりませんがやられました。呼び出ししてみてください。」
ご主人様は半信半疑で新型の呼び出しスイッチを押しました。しかしサイレンも鳴らなければ、応答もありません。ご主人様は二度、三度とスイッチを押します。そしてようやく事態を理解しベッドから飛び降りました。
「警察への連絡はもうしております。奥様を連れてどこかに隠れてください。」
弐号は寝室へ向かう途中、警察への連絡をする機能を使っていました。昔一度だけ間違えて警察を呼んでこっぴどく怒られたっけ。そんな記憶を懐かしく思い出しながら、弐号は連絡を済ませました。
「弐号、お前も一緒に隠れるんだ。」
「いえ。僕は御庭番です。ご主人様達を守るのが仕事です。やっつけてみせますから、任せてください。」
弐号は虚勢を張りました。
「あなた、隠れましょう。地下へ。」
奥様は起き上がり、状況を察知するとご主人様の手を引っ張りました。
「すまんな弐号。お前にはこんな仕事。。。本当にすまん。」
ご主人様は泣き出しそうな声で言いました。そして膝をつき弐号の丸い頭を抱きしめました。抱きしめられたのは初めてでした。暖かな抱擁でした。
「お前に話したい事があるんだ。だから、必ず無事でいてくれよ。」
一体何だろう。引退勧告かな。それとも何か凄い武器でも付けてくれるのかな。弐号は敬礼しながら思いました。
「あなた、ほら早く。弐号、任せたわよ。」
奥様はそう言うとご主人様を連れて地下への階段を下りていきました。弐号はその光景を見て奥様は肝の据わった人だと改めて思いました。  

 弐号はご主人様との日々を思い出しました。オイルを注してもらったこと。汚れた体を拭いてもらったこと。犬を追っ払う練習を一緒にしたこと。奥様に使うお世辞を教えてもらったこと。様々な思い出が溢れました。そして、初めて野良猫を追っ払った時のご主人様の笑顔を鮮明に思い出しました。
「もう一度褒められたい。もう一度だけでいいからよくやったと言われたい。」弐号の震えはピタリと止まりました。守りたいという思いが勇気に変わったのです。  

 強盗が出す僅かな衣擦れや足音は、正面玄関で止まっています。鍵を開けるのに時間がかかっているようです。弐号は玄関の靴箱の横に立ちました。次の瞬間、ドアが開かれ、黒服の二人組が入ってきました。弐号はじっとしていました。
 強盗達のヘッドライトが家の中を照らして、そして弐号を照らしました。
「おい、これロボじゃねえか!」
黒服の一人は驚いて少し大きな声を漏らしました。
「馬鹿、静かにしろ!」
小声でもう一人の強盗が叱ります。
「でもなんで反応が出ないんだ?」
「出るわけないだろう。よく見てみろこの古さ。ずいぶん昔のロボットだ。動きもしないガラクタだ。」
幸い弐号は古い為最新式のレーダーに反応しなかったようです。弐号は出力を最小にしてじっと息をひそめてガラクタを演じました。これは野良猫のブウを追い出す時に有効だった作戦です。強盗の一人は弐号の頭をコツコツと小突いたり慎重に触りました。
「本当だ。薄っすら埃もかぶってるし、ただの置物か。それにしてもビビったぜ。」
強盗は完全に油断をしました。
「こんなゴミを取っとくなんて金持ちの考えはよくわからんな。まぁいい、いくぞ。」
そういって二人組が弐号の脇を通るとき、弐号は動きました。スプレーを構えたのです。
「動いてるぞ!壊せ!」
一人が小さく叫び、一人が弐号に飛びつきました。
「これ、どこ壊せばいいんだ!古すぎてわかんねえ!」
弐号は夢中でスプレーを噴射しました。スプレーは運よくゴーグルを外していた一人の目に入りました。
「うわっ!催涙か!?畜生!」
「なにやってる!もうういい、無視して行くぞ!」
黒服たちは奥へ進もうとしました。しかし先には行かせまいと弐号は足に飛びつきました。やっつけることができなくても、警察が来るまでの時間は稼がなければと必死です。
「どけ、クソ!邪魔をするな!」
弐号は蹴られたり、銃で殴られたりしました。それでもしがみ付き、離れません。
まだだ、まだだ!弐号は心の中で叫びました。
 その時です。家の外、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきました。音はどんどんこちらに近づいてきます。
「ダメだ、もう呼んでやがった!」
「中止だ。逃げるぞ!」
二人の会話を聞き、弐号は喜びました。新型でも無理だった強盗を自分が追い返した。ご主人様の命を守った。こんな大仕事ができるなんて、これでもう一度褒めてもらえる。そうしたらまた使ってくれる。そう思いジタバタする強盗の足にさらに力を入れしがみ付きました。と同時に「ズドン」という大きな音がしました。強盗がショットガンを構えるなり、躊躇なく弐号の頭を撃ったのです。

 ぽっかりと頭から胴体にかけて穴が開きました。弐号は急激にエネルギーが抜けていくのがわかりました。体が鉄くずになっていくのがわかりました。もうおしまいなんだなと理解しました。走り去っていく強盗を今にも途切れそうな視界の中で見ていました。
 報告しなきゃ。伝えなきゃ。―――――――ご主人様。
 最後にそう思った時、弐号の視界はテレビの砂嵐のようになって途切れました。  



 ご主人様と奥様が地下から出た時、もう弐号は動きませんでした。呼びかけても様々なスイッチを押しても何の反応もありません。
無残な姿になった弐号をご主人様は口元をわなわなと震わせて抱きかかえます。奥様も感謝と悲しみを色の浮かんだ瞳で弐号を見つめています。
 弐号の全ての機能は停止したかに見えました。しかしとても小さな、遠くで鳴る風鈴の音色のようにか細い音を発していました。いつまでも、途絶えることなく繰り返し喋っていました。ご主人様はその言葉を聞いて、大きな声をあげて泣き崩れました。  




 あの凶悪な強盗は捕まりました。事件のあと、警察がしっかりと捕まえてくれたようです。犯行の手口を吐かせ、それを元にさらに新しい御庭番君が開発されました。ご主人様の庭にはその御庭番君がいます。

 弐号はというと、まだご主人様の家にいます。もう動くことはなく警備なんてとても不可能ですが、奥様が育てたカモミール達に囲まれて自分の部屋にいます。ステンレスの丸い頭はボコボコにへこみ、その頭から胴体にかけて大きな穴が開いていますが、生きています。体は以前より綺麗に磨かれ埃ひとつ見当たりません。毎日ご主人様や奥様が優しく拭いてくれるからです。  



 弐号は新型でも敵わなかった凶悪強盗を追い詰めたロボットとして有名になっていました。新聞にもテレビにも、不祥事を起こして処分されたはずのロボットが大活躍したと報道されました。
 街の人たちはその英雄を見ようと今日も押し寄せてきます。しかし、部屋に入ると皆一様に静かになります。理由は弐号の永遠に繰り返すメッセージを聞く為です。
 それは最後の言葉。弐号の最後に伝えたかった言葉です。

「・・・・・・ニンムカンリョウ。・・・・・・・・・・・・・・シアワセデシタ。」


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