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未完成ベイビー②
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気がつくと見覚えのない廃墟に立っていた。廃墟の中で一番目を引くのは、スイーツショップに置いてるような大きなアクリルケースだ。一つもお菓子が陳列されていないそれは、埃まみれになっている上、あちこちひび割れていた。
天井からは星型のランプがぶら下がっている。ランプは全部壊れているのに、何故か周りの様子がわかるくらいに明るかった。
【おや風間様、せっかく旅行に来たのに浮かない顔ですね】
「こんな不気味な場所に連れて来られたらそんな顔にもなりますよ」
もっと華やかな場所に行けると期待していたのに。まるでお化け屋敷じゃない。
【不気味なのはご了承ください。獏の力で見せられるのは悪夢だけです故】
「えっ?」
【獏が食べるのは悪夢だけでございますから】
そんな大事なことは先に言ってよ!
「……てことは、これから怖いめに遭うんですか?」
【可能性は非情に高いです。しかし、ご安心ください】
「田中さんが護ってくれ……」
【なにかあっても所詮は夢です故、危険はありません】
「で、でも、トラウマになったり……」
【悪夢はワタクシと社員が食べます故、すぐに忘れますよ】
そう言って田中さんは片目を瞑った。ちっとも可愛くないウィンクだ。忘れるとしても怖いめに遭いたくない。……ひどい旅行会社に頼んでしまった。
【散策でもして楽しみましょうか♪】
田中さんは廃墟の奥へと歩いて行った。私は慌てて追いかけた。
廃墟の奥ではいくつものテーブルセットが埃まみれになって倒れていた。元々はイートインスペースのあるスイーツショップだったのかな。調度品はどれもセンスがあるし、お洒落な店だったはず。
【お菓子屋さんのようですのに、すいーつがないのが残念です】
こんな場所にあるものを食べるつもり? 廃墟より悪夢より、田中さんが一番不気味かも……。
「ここで本当の自分になんて出会えるんでしょうか」
【ご自身と向き合う勇気があれば、出会えますよ】
自分と向き合う。私がこれまで一番避けて来たことかもしれない。
【旅を通して大切なことを思い出したお客様も多いです】
自分ですら「いいね」を押せそうにない私に、大切なものなんてあるのかな。
ほんにゃあァ、ほんにゃあァ。
突然、赤ん坊の泣き声が辺りに響いた。声はひとつ、またひとつと増え、次第にできの悪い輪唱を奏ではじめた。できの悪い輪唱は徐々に近づいて来た。
怖くなり、廃墟の出入口の扉に駆け寄った。ピンク色の扉は、朽ち果てていて、押しても引いても、力いっぱい蹴ってみてもびくともしなかった。閉じこめられた!
ほんにゃあァ、ほんにゃあァ。
今度はすぐ後ろで泣き声が響いた。ふり返ると、目や耳や足など体の一部が欠けた赤ん坊の群れがうごめいていた。
群れはハイハイでこちらに来る。私は言葉にならない悲鳴を上げながら、ひとりで一目散に走り出した。
走るたびに道ができた。この非現実さはさすが夢だ。夢の中にいるのにひどく息切れした。ついに体力の限界が来て、その場にへたり込んだ。壁に体を預けて息を整える。
「なんなのよ、あれ!」
【風間様が一番よく存じているかと】
田中さんがいつの間にか隣にいて、私はまた言葉にならない悲鳴を上げた。
【びっくりさせないでくださいませ】
それは私の台詞だ。
田中さんはまったく息が上がっていなかった。見た目だけではなく、体力も化け物じみている。
私が一番存じているはず? 廃墟も赤ん坊の群れも身に覚えがない。
【夢は見ているニンゲンの心を反映しています】
「私の、どんな心があの赤ん坊たちを作ってるんでしょうか」
【周りをよく見てください。ヒントが隠されていますよ】
辺りを見回した。薄汚れた壁に、掠れたペガサスの絵が描いているのが見えた。――このデザイン、知っているかも。
近くで赤ん坊の声が響いた。やばい、もう追って来た! 立ち上がり、声とは逆方向に逃げようとすると、そちら側から何かを引きずるような音がした。
【ア……アア……】
姿を現したのは二歳くらいの女の子だった。右目がえぐれ、左腕が欠損している。スカートからのぞく足は、ケロイドみたいになっていた。なんて痛々しい姿だろう。
女の子だとわかったのは、着ているのが――ひどく傷んではいるけど――フリルのたくさんついたピンク色のワンピースだったからだ。スカートのふちがキャンディーのイラストでぐるりと彩られていた。これも見覚えがある。
【アアアッ! アァマ!】
女の子は蛙がつぶれたような声で叫ぶと、片足を引きずりながらこちらにやって来た。逃げなきゃ。
【逃げてばかりでは、本当の自分には出会えませんよ?】
怖いんだからしかたないじゃない。私は女の子も赤ん坊もいないところに向かって走った。
逃げて、逃げて、逃げる。やはり走るたびに前に道ができた。逃げ続けたってどうにかなるじゃない。――そう思っていたら、行き止まりにぶち当たった。
赤ん坊の群れが近づいて来た。もう逃げられない。
ほんにゃあァ、ほんにゃあァ。
赤ん坊が、ひとり、またひとりと私の体をよじ登って来る。蹴ったり腕を振り回したりして抵抗したけど意味はなく、蟻に群がられる昆虫の死骸みたいに、体が赤ん坊で覆い尽くされて行った。
「やだやだ怖い! 取って、取ってよ!」
【赤ん坊たちは攻撃しているのではありません。向き合ってください。彼女たちと。……貴方自身と】
何かを引きずるような音が響いた。あの女の子まで来てしまった。
女の子はまた言葉にならない叫び声を上げた。もしかして、何か言いたいのかな。
【マ……ァマ……】
今、ママって言った?
赤ん坊の群れの隙間から女の子が見える。彼女は何かを求めるように、私に手を伸ばしていた。
【マァマ!】
やっぱり彼女は私に向かって「ママ」と言っている。親に捨てられた子どもみたいな悲痛な声だった。胸が締めつけられる。実の子が悲しんでいるのに何もできないような気持ちになった。でも……
「わ……たしは……ママ……じゃない」
人生で何も産んでいないのだから。
――周りをよく見てください。ヒントが隠されていますよ。
田中さんのセリフを思い出し、動かせるだけ首を動かして周りを見た。
後ろにある壁は、よく見ると押入れだった。見慣れたデザイン、染みの位置、実家にある私の部屋の押入れだ。
私は実家の押入れにあらゆるものを押し込んでいた。ランドセルや教科書一式、途中で投げ出した自作の絵本も。――そうだ。さっき見たかすれたペガサスは、私が絵本に登場させたキャラクターだった。星型のランプが天井からぶら下がっているスイーツショップも、キャンディで彩られたワンピースを着た女の子も、描いた覚えがある。
私は伸ばされた女の子の手を掴むと、彼女の名前を呼んだ。
「……ポップ……シュガー」
その瞬間、辺りがピンク色のコットンキャンディみたいな霧に覆われた。
霧が晴れると赤ん坊たちは私の体から剥がれていて、廃墟が綺麗なスイーツショップに変化していた。
水色の壁紙に、真っ白なテーブルセット。天井からぶら下がっている星型のランプには光が灯っている。かつて頭に描いた通りの風景が広がっていた。
目の前には、ピンクの髪をツインテールにした美少女が立っていた。フリルたっぷりのピンク色のワンピースに身を包んでいる。ワンピースのスカートの縁にはキャンディのイラストが描いてある。彼女はさっきの女の子で、ポップ・シュガーだ。
【会いたかったよ、ママ!】
ポップ・シュガーは私がはじめて作った絵本の主人公だ。
中学生の女の子が魔法少女になり、どんなものでもお菓子にできる魔法を使って敵と戦う話だった。二年くらいかけて作っていたけれど、途中で面白くないと感じて未完成で放り出した。
【ずっと狭くて暗いところにいたの。怖くて寂しかった】
私は赤ん坊たちを見わたした。
「貴方たちは、私が書いていた絵本なの?」
【そうよ。みんな未完成だから体の一部が欠けているの】
それにずっと大人になれないの。と、ポップ・シュガーは悲しそうに言った。
「いつか完成させようと思っていたの。だけど、結局どれも途中でほったらかしちゃった。……ごめんね」
全部中途半端なんて、私の人生そのものだ。
何も産まないまま、他人を羨んでいる内に気づいたら終わっちゃうんだろうか。そんなの嫌。もしもやり直せるなら、ううん、今からでも遅くないのなら、自分のやるべきことをしたい。
【……ママ、私を、私たちを食べて】
「え?」
【それでお腹がいっぱいになったら、新しい子を産んで欲しいの】
ポップ・シュガーは両手を前に伸ばした。大きな虹色のロリポップキャンディみたいなステッキが現れ、彼女の両手の平に収まった。
「食べられた貴方たちはどうなるの?」
【新しい子どもの中で生きるわ。その子どもは……今度こそ大人にしてあげて】
ポップ・シュガーが呪文を詠唱する。彼女があらゆるものをお菓子にする時の呪文だった。
赤ん坊が次々に宙を舞うと、お菓子に変化した。カップケーキやタルト、クリームパイ。パステルカラーのゼリービーンズ。それらは空っぽだったアクリルケースに綺麗飾られた。
【私の姉妹が大人になる日を、待ってるね】
ポップ・シュガーが、指先からあまい香りのするピンク色の砂に変わる。砂は螺旋を描きながら宙を舞い、ハート型のキャンディになって落ちて来た。私は、両手の平で包む込むように受け止めた。
「……うん」
ハート型のキャンディを舌に乗せる。優しいあまさの中に一粒の涙みたいなしょっぱさがあって、はじめて食べるのにどこか懐かしい味がした。
「田中さん。ここに連れて来てくれてありがとうございました」
【光栄なお言葉でございます。風間様によき旅をしていただき、ワタクシは大変うれしいです】
しみじみと言いながら、田中さんはお菓子の詰まったアクリルケースを凝視していた。スイーツが好きだっけ。
「食べていいですよ」
【し、しかし、彼女らは貴方に食べてもらいたがっていました】
「大丈夫。……彼女たちは、もう私の中にいるので」
【風間様がそう仰るなら遠慮なく!】
田中さんはアクリルケースの中からクリームパイを取り出すと、ひと口で食べてしまった。
【久しぶりのすいーつ、美味です】
田中さんは満足そうにつぶらな瞳を細めた。
三連休、私は四年ぶりに実家に帰省した。アリクイみたいな変な男が出て来た不思議な夢――起きた時点でほとんど内容を忘れていた――を見た日に、突然帰りたくなったのだ。
私の部屋は元のままだった。部屋に入った瞬間、六年以上も開けていなかった押入れが妙に気になった。
押入れを空けてみると、ランドセルやら教科書一式やら、子どもの頃に使っていたものが無造作にしまわれていた。昔作った絵本も入っていた。想像していたよりずっとたくさんある。過去の私は頑張っていたらしい。
「これ、はじめて描いたやつだ。……うわ、下手な絵」
画用紙にクレヨンで絵と申し訳程度のストーリーが描いてあるだけの絵本を見て思わず苦笑した。魔法少女が戦う話なのに、バトルシーンで何をやっているのかわからないのは致命的だ。だけど楽しんで描いているのは伝わって来る。
「また、描いてみようかな」
私の中から、何かが新しく生まれようとしていた。
天井からは星型のランプがぶら下がっている。ランプは全部壊れているのに、何故か周りの様子がわかるくらいに明るかった。
【おや風間様、せっかく旅行に来たのに浮かない顔ですね】
「こんな不気味な場所に連れて来られたらそんな顔にもなりますよ」
もっと華やかな場所に行けると期待していたのに。まるでお化け屋敷じゃない。
【不気味なのはご了承ください。獏の力で見せられるのは悪夢だけです故】
「えっ?」
【獏が食べるのは悪夢だけでございますから】
そんな大事なことは先に言ってよ!
「……てことは、これから怖いめに遭うんですか?」
【可能性は非情に高いです。しかし、ご安心ください】
「田中さんが護ってくれ……」
【なにかあっても所詮は夢です故、危険はありません】
「で、でも、トラウマになったり……」
【悪夢はワタクシと社員が食べます故、すぐに忘れますよ】
そう言って田中さんは片目を瞑った。ちっとも可愛くないウィンクだ。忘れるとしても怖いめに遭いたくない。……ひどい旅行会社に頼んでしまった。
【散策でもして楽しみましょうか♪】
田中さんは廃墟の奥へと歩いて行った。私は慌てて追いかけた。
廃墟の奥ではいくつものテーブルセットが埃まみれになって倒れていた。元々はイートインスペースのあるスイーツショップだったのかな。調度品はどれもセンスがあるし、お洒落な店だったはず。
【お菓子屋さんのようですのに、すいーつがないのが残念です】
こんな場所にあるものを食べるつもり? 廃墟より悪夢より、田中さんが一番不気味かも……。
「ここで本当の自分になんて出会えるんでしょうか」
【ご自身と向き合う勇気があれば、出会えますよ】
自分と向き合う。私がこれまで一番避けて来たことかもしれない。
【旅を通して大切なことを思い出したお客様も多いです】
自分ですら「いいね」を押せそうにない私に、大切なものなんてあるのかな。
ほんにゃあァ、ほんにゃあァ。
突然、赤ん坊の泣き声が辺りに響いた。声はひとつ、またひとつと増え、次第にできの悪い輪唱を奏ではじめた。できの悪い輪唱は徐々に近づいて来た。
怖くなり、廃墟の出入口の扉に駆け寄った。ピンク色の扉は、朽ち果てていて、押しても引いても、力いっぱい蹴ってみてもびくともしなかった。閉じこめられた!
ほんにゃあァ、ほんにゃあァ。
今度はすぐ後ろで泣き声が響いた。ふり返ると、目や耳や足など体の一部が欠けた赤ん坊の群れがうごめいていた。
群れはハイハイでこちらに来る。私は言葉にならない悲鳴を上げながら、ひとりで一目散に走り出した。
走るたびに道ができた。この非現実さはさすが夢だ。夢の中にいるのにひどく息切れした。ついに体力の限界が来て、その場にへたり込んだ。壁に体を預けて息を整える。
「なんなのよ、あれ!」
【風間様が一番よく存じているかと】
田中さんがいつの間にか隣にいて、私はまた言葉にならない悲鳴を上げた。
【びっくりさせないでくださいませ】
それは私の台詞だ。
田中さんはまったく息が上がっていなかった。見た目だけではなく、体力も化け物じみている。
私が一番存じているはず? 廃墟も赤ん坊の群れも身に覚えがない。
【夢は見ているニンゲンの心を反映しています】
「私の、どんな心があの赤ん坊たちを作ってるんでしょうか」
【周りをよく見てください。ヒントが隠されていますよ】
辺りを見回した。薄汚れた壁に、掠れたペガサスの絵が描いているのが見えた。――このデザイン、知っているかも。
近くで赤ん坊の声が響いた。やばい、もう追って来た! 立ち上がり、声とは逆方向に逃げようとすると、そちら側から何かを引きずるような音がした。
【ア……アア……】
姿を現したのは二歳くらいの女の子だった。右目がえぐれ、左腕が欠損している。スカートからのぞく足は、ケロイドみたいになっていた。なんて痛々しい姿だろう。
女の子だとわかったのは、着ているのが――ひどく傷んではいるけど――フリルのたくさんついたピンク色のワンピースだったからだ。スカートのふちがキャンディーのイラストでぐるりと彩られていた。これも見覚えがある。
【アアアッ! アァマ!】
女の子は蛙がつぶれたような声で叫ぶと、片足を引きずりながらこちらにやって来た。逃げなきゃ。
【逃げてばかりでは、本当の自分には出会えませんよ?】
怖いんだからしかたないじゃない。私は女の子も赤ん坊もいないところに向かって走った。
逃げて、逃げて、逃げる。やはり走るたびに前に道ができた。逃げ続けたってどうにかなるじゃない。――そう思っていたら、行き止まりにぶち当たった。
赤ん坊の群れが近づいて来た。もう逃げられない。
ほんにゃあァ、ほんにゃあァ。
赤ん坊が、ひとり、またひとりと私の体をよじ登って来る。蹴ったり腕を振り回したりして抵抗したけど意味はなく、蟻に群がられる昆虫の死骸みたいに、体が赤ん坊で覆い尽くされて行った。
「やだやだ怖い! 取って、取ってよ!」
【赤ん坊たちは攻撃しているのではありません。向き合ってください。彼女たちと。……貴方自身と】
何かを引きずるような音が響いた。あの女の子まで来てしまった。
女の子はまた言葉にならない叫び声を上げた。もしかして、何か言いたいのかな。
【マ……ァマ……】
今、ママって言った?
赤ん坊の群れの隙間から女の子が見える。彼女は何かを求めるように、私に手を伸ばしていた。
【マァマ!】
やっぱり彼女は私に向かって「ママ」と言っている。親に捨てられた子どもみたいな悲痛な声だった。胸が締めつけられる。実の子が悲しんでいるのに何もできないような気持ちになった。でも……
「わ……たしは……ママ……じゃない」
人生で何も産んでいないのだから。
――周りをよく見てください。ヒントが隠されていますよ。
田中さんのセリフを思い出し、動かせるだけ首を動かして周りを見た。
後ろにある壁は、よく見ると押入れだった。見慣れたデザイン、染みの位置、実家にある私の部屋の押入れだ。
私は実家の押入れにあらゆるものを押し込んでいた。ランドセルや教科書一式、途中で投げ出した自作の絵本も。――そうだ。さっき見たかすれたペガサスは、私が絵本に登場させたキャラクターだった。星型のランプが天井からぶら下がっているスイーツショップも、キャンディで彩られたワンピースを着た女の子も、描いた覚えがある。
私は伸ばされた女の子の手を掴むと、彼女の名前を呼んだ。
「……ポップ……シュガー」
その瞬間、辺りがピンク色のコットンキャンディみたいな霧に覆われた。
霧が晴れると赤ん坊たちは私の体から剥がれていて、廃墟が綺麗なスイーツショップに変化していた。
水色の壁紙に、真っ白なテーブルセット。天井からぶら下がっている星型のランプには光が灯っている。かつて頭に描いた通りの風景が広がっていた。
目の前には、ピンクの髪をツインテールにした美少女が立っていた。フリルたっぷりのピンク色のワンピースに身を包んでいる。ワンピースのスカートの縁にはキャンディのイラストが描いてある。彼女はさっきの女の子で、ポップ・シュガーだ。
【会いたかったよ、ママ!】
ポップ・シュガーは私がはじめて作った絵本の主人公だ。
中学生の女の子が魔法少女になり、どんなものでもお菓子にできる魔法を使って敵と戦う話だった。二年くらいかけて作っていたけれど、途中で面白くないと感じて未完成で放り出した。
【ずっと狭くて暗いところにいたの。怖くて寂しかった】
私は赤ん坊たちを見わたした。
「貴方たちは、私が書いていた絵本なの?」
【そうよ。みんな未完成だから体の一部が欠けているの】
それにずっと大人になれないの。と、ポップ・シュガーは悲しそうに言った。
「いつか完成させようと思っていたの。だけど、結局どれも途中でほったらかしちゃった。……ごめんね」
全部中途半端なんて、私の人生そのものだ。
何も産まないまま、他人を羨んでいる内に気づいたら終わっちゃうんだろうか。そんなの嫌。もしもやり直せるなら、ううん、今からでも遅くないのなら、自分のやるべきことをしたい。
【……ママ、私を、私たちを食べて】
「え?」
【それでお腹がいっぱいになったら、新しい子を産んで欲しいの】
ポップ・シュガーは両手を前に伸ばした。大きな虹色のロリポップキャンディみたいなステッキが現れ、彼女の両手の平に収まった。
「食べられた貴方たちはどうなるの?」
【新しい子どもの中で生きるわ。その子どもは……今度こそ大人にしてあげて】
ポップ・シュガーが呪文を詠唱する。彼女があらゆるものをお菓子にする時の呪文だった。
赤ん坊が次々に宙を舞うと、お菓子に変化した。カップケーキやタルト、クリームパイ。パステルカラーのゼリービーンズ。それらは空っぽだったアクリルケースに綺麗飾られた。
【私の姉妹が大人になる日を、待ってるね】
ポップ・シュガーが、指先からあまい香りのするピンク色の砂に変わる。砂は螺旋を描きながら宙を舞い、ハート型のキャンディになって落ちて来た。私は、両手の平で包む込むように受け止めた。
「……うん」
ハート型のキャンディを舌に乗せる。優しいあまさの中に一粒の涙みたいなしょっぱさがあって、はじめて食べるのにどこか懐かしい味がした。
「田中さん。ここに連れて来てくれてありがとうございました」
【光栄なお言葉でございます。風間様によき旅をしていただき、ワタクシは大変うれしいです】
しみじみと言いながら、田中さんはお菓子の詰まったアクリルケースを凝視していた。スイーツが好きだっけ。
「食べていいですよ」
【し、しかし、彼女らは貴方に食べてもらいたがっていました】
「大丈夫。……彼女たちは、もう私の中にいるので」
【風間様がそう仰るなら遠慮なく!】
田中さんはアクリルケースの中からクリームパイを取り出すと、ひと口で食べてしまった。
【久しぶりのすいーつ、美味です】
田中さんは満足そうにつぶらな瞳を細めた。
三連休、私は四年ぶりに実家に帰省した。アリクイみたいな変な男が出て来た不思議な夢――起きた時点でほとんど内容を忘れていた――を見た日に、突然帰りたくなったのだ。
私の部屋は元のままだった。部屋に入った瞬間、六年以上も開けていなかった押入れが妙に気になった。
押入れを空けてみると、ランドセルやら教科書一式やら、子どもの頃に使っていたものが無造作にしまわれていた。昔作った絵本も入っていた。想像していたよりずっとたくさんある。過去の私は頑張っていたらしい。
「これ、はじめて描いたやつだ。……うわ、下手な絵」
画用紙にクレヨンで絵と申し訳程度のストーリーが描いてあるだけの絵本を見て思わず苦笑した。魔法少女が戦う話なのに、バトルシーンで何をやっているのかわからないのは致命的だ。だけど楽しんで描いているのは伝わって来る。
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