甘い夜にわたしを食べないで

志藤みかづき

文字の大きさ
1 / 14

第0夜

しおりを挟む
 人生でいちばん古い記憶は?


 これは、話題に上るたびにわたしを一番困らせる質問だった。
 お腹の中で母親の声を聞いただとか、家族で遊園地に行っただとか、仲の良いともだちと公園で砂遊びしただとか、いろいろ答えはあるはずなのに、どれもわたしにはなかった。



 わたしの記憶は、事故の影響である日突然はじまっていて、それ以前の記憶は一切ない。



 ひとつだけ朧気に覚えている記憶は、微かに夢か幻か本当にあったことかもわからない。記憶らしきもので、口にするのも躊躇われる凄惨な出来事。記憶を失う原因となった事故かと人に聞いたり、大きくなってからインターネットで調べても、そんな出来事が起こった記録はなかった。その事実が、余計に子どもの作り話と思われそうで、だれにも言えなかった。
 いちばん古い記憶を尋ねられるたびに、覚えてないと曖昧に答えを返しながら、頭の中では作り物めいた記憶が何度も再生されている。



 ―――――燃えさかる炎の中で、黒煙が立ち昇る大破した車が何台も転がっている。高速道路の一面が火の海になっている。散らばった破片の上に投げ出され、息苦しさと全身の痛みに声も出せずに涙を流すことしかできなかった。道路に転がり、絶望的な状況の中で死を待つだけのわたしに、全身黒ずくめの綺麗な男の人が近づいてくる。


【おまえのせいだ】


 業火に囲まれながらも、その白い肌に汗のひとつもなく、汚れもなく、涼しげな顔をして、わたしを見下ろして言う。


【おまえのせいで、これまでも、そしてこれからも、多くの人間が死ぬだろう】


 はっきりとした姿、声、かたちはわからない。
 黒ずくめで、綺麗な男の人ということしかわからない。


【おまえもオレも■■■■■、■■■■■■】

 
 ただなんの感情もない調子で告げられた言葉に、幼いわたしはやっぱりと納得をしていて。

 痛む身体を動かして見上げた男の人の死んだような金色の瞳に、恐怖を感じるべきなのに、幼いわたしはなぜか痛みも忘れて見惚れる。


【………おにいさんも■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■?】


 恐怖は去っていた。幼いわたしの命を脅かすのは、炎と煙だけだった。
 男の人と幼いわたしが発した言葉にノイズが走り、はっきり思い出せなくなっていく。


【ふ、■■■■。■■■。おまえ■、■■■■■■■■■】


 何事かを言ったわたしに対して、無機質な雰囲気だった男の人の表情が崩れ、口角が微かにつり上がる。


【わぁ】


【……緊張感のない子供だな】


 男の人の表情の変化に、場違いな感嘆の声をあげれば、呆れたように肩を竦められる。


【いいだろう。恨むなら、軽率な自分を恨めよ】

 
 そう言って男の人の腕が伸ばされる。綺麗に切り揃えられた、鋭く尖った爪が、わたしのやわらかな首の肉に食い込んで。



 ―――――そこで、記憶はいつも途切れて、終わる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

幼馴染の勇者に「魔王を倒して帰ってきたら何でもしてあげる」と言った結果

景華
恋愛
平和な村で毎日を過ごす村娘ステラ。 ある日ステラの長年の想い人である幼馴染であるリードが勇者として選ばれ、聖女、女剣士、女魔術師と共に魔王討伐に向かうことになる。 「俺……ステラと離れたくない」 そんなリードに、ステラは思わずこう告げる。 「そうだ‼ リードが帰ってきたら、私がリードのお願い、一つだけなんでも叶えてあげる‼」 そんなとっさにステラから飛び出た約束を胸に、リードは村を旅立つ。 それから半年、毎日リードの無事を祈り続けるステラのもとに、リードの史上最速での魔王城攻略の知らせが届く。 勇者一行はこれからたくさんの祝勝パーティに参加した後、故郷に凱旋するというが、それと同時に、パーティメンバーである聖女と女剣士、そして女魔術師の話も耳にすることになる。 戦いの昂りを鎮める役割も担うという三人は、戦いの後全員が重婚の認められた勇者の嫁になるということを知ったステラは思いを諦めようとするが、突然現れたリードは彼女に『ステラの身体《約束のお願い》』を迫って来て──? 誰がどう見ても両片思いな二人がお願いをきっかけに結ばれるまで──。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

身を引いたのに、皇帝からの溺愛が止まりません ~秘された珠の還る場所~

ささゆき細雪
恋愛
五年前、内乱の混乱のなかで姿を消した最愛の妃・白瑤華(はくようか)。 彼女を失った皇帝・景玄耀(けいげんよう)は、その後ただ一人を想い続けながら執務に追われていた。そんなある日、書類に彼女の名前を発見し、居ても立っても居られなくなる。 ――死んだはずの彼女が、生きている? 同姓同名かもしれないが確かめずにいられなくなった彼は地方巡察を決行。そこで、彼によく似た幼子とともに彼女と再会、地方官吏として働く瑤華と、珠児(しゅじ)を見て、皇帝は決意する――もう二度と、逃がさないと。 「今さら、逃げ道があると思うなよ」 瑤華を玄耀は責めずに、待ちの姿勢で包み込み、囲い込んでいく。 秘された皇子と、選び直した愛。 三人で食卓を囲む幸福が、国をも動かすことになるなんて――?    * * * 後宮から逃げ出して身を引いたのに、皇帝の溺愛は止まらない――これはそんな、中華風異世界ロマンス。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...