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第3章「嘘でも、真実だと信じさせていて欲しかった」
3.1 圧倒的片思い
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―――いくつか街を通過する。
街中でのジープの速度は制限されていて、早足より少し速いくらいのスピードしか出してはいけなかった。
道路の端で駐車をして休憩していると屋台を出している人たちに声をかけられたり、母親と父親に連れられた子どもの何人かが目をキラキラ輝かせてタクトの車を指さしたりすることが多かった。対向車もほとんどなく、通り過ぎる人の反応からしてもやはり車は珍しいもののようだった。
「まま、あれなにー!」
しあわせそうな家族を見ると、心臓がずきりと痛んだ。母親と父親の間に挟まれた幼い少年が、わたしたちの乗る走る車に瞳を輝かせている。その光景に、無意識のうちにお腹を撫でてしまっていた。わたしのエゴで、お腹の子にしあわせな家族生活は与えられそうにない。
「なんか暗いじゃん、トーコ。
退屈だし話でもしようぜ。
んー…そうだ。そう、トーコは『レイシ・マックスウェル』のことは覚えてんの?」
親子が小さくなって見えなくなるまで眺めていたら、沈黙が気になったのか不意にタクトに話を振られる。お腹を撫でる手を止めて、運転するタクトの横顔を見る。
「……覚えてます。レイシさんは……よくわからないひとだったから」
レイシ・マックスウェル。
いつ頃だっただろうか、レイシさんに出会ったのは。
あの頃の記憶は少しだけ曖昧で。
僅かな間の交流だったが、レイシさんもまたわたしの心に傷を残した。
リュイを想う気持ちから少しだけ逃げたかったあの頃、レイシさんを利用しようとして結局、いつも通りわたしは選ばれなかった。選ばれないのは、いつだって悲しい。
タクトに懐かしい名前を出されて、わたしは過去の朧げな記憶を紐解いた。
************
女神の影響を色濃く受ける異世界に召喚されて、一年が経った。
電化製品のない不便だけれど、屋敷に住んでいるおかげで、リュイがほかのひとよりは魔法が使えるから少しだけ快適で。
多くの人は自分の<素質>を使って出来ることをし、助け合いながら生きているような世界。
そんな元の世界からかけ離れた不思議な生活にもすっかり慣れてきたわたしに、思案顔のリュイから薄いパンフレットのようなものを渡された。
「これは………」
言葉に詰まる。
楽しいけれど何の生産性もないお茶会を、いつものようにリュイの部屋でふたりでしている時だった。
そういえばと言って立ち上がり部屋から出て行ったリュイが戻ってきて渡してくれたパンフレットのようなものは、召喚された当初随分とわたしに精神的苦痛を与えてくれたもので。
「お見合い……ですよね……」
「うん。でもそう嫌がらないで。君に面会希望がきてるみたいだからどうかなと思って。直接会ってみたいと思えるなら機会を設けるし、嫌なら無理に会わなくてもいい。<素質>を問わず、きみがいいらしい」
わたしが指名されるだなんて珍しい。随分と久しぶりだった。それこそ召喚された当初以来だろうか。
パンフレットのようなものを開ければ、予想通り男の人の姿と簡単なプロフィールが書かれている。
リュイのいつも通り過ぎるトーンでの説明を聞きながら、読み進めれば進めるほど自分の顔が険しくなっていくのがわかる。
「<素質>を問わずにわたしをですか」
リュイが嫉妬してくれたらよかったのに。
わたしの<素質>は依然として明らかになっていない。この世界で生きるには重大な欠陥のまま。
この世界の人間のようにささやかな魔法も使えないわたしは、この世界の人間にしてみれば期待外れの存在でしかない。
子どもを産める胎こそあれど、<素質>のないわたしはこの世界の男性からすると孕ませる価値もなければ、会って話す時間すら惜しいらしい。
召喚された当初に何人か興味本位で男の人に面会を申し込まれただけで、<素質>がないかもしれないと知れ渡ると波のようにさーっといなくなってしまった。
<素質>は神の愛、プレゼントの形をした愛。
人はみんな神様から与えられた<素質>を持ち、その<素質>を生かすことで繁栄に努めてきた。さらなる発展のために異世界から召喚された女性にも後天的に与えられてきた。
<素質>は精神にはたらくもの・外界にはたらくものの二種類に大きく分けられる。もちろんすべてがこの二種類に当てはまるわけではないが、おおよそはこの二種類のうちのどちらかで。
<何もないところから火を生みだす>ことから始まり、<絶対に雨に打たれなかったり>、<だれからも存在を気づかれなかったり>と、千差万別の<素質>が存在する。
どんな些細な<素質>でも構わないから、わたしの<素質>が何か知りたい。そんなわたしの望みはもう叶えられる見込みがなく、それならばリュイと過ごせるこの時が永遠に続けばいいとさえ思っていた。
それがいまさら、わたしに面会希望の男の人がいるなんて。
「<素質なし>でもいいとか言いながらわたしを馬鹿にする人かも知れないですよ」
開いたパンフレットを閉じて、テーブルの上を滑らせるようにしてリュイに返す。
これまでの経験を思い出させるように言えば、リュイが困ったように眉を下げる。
管理者であるリュイに薦められて、わたしは回転寿司の寿司の如く男性たちと会った。
最初に出会った男は最悪だった。
日本人の母を持つそいつは、日本人なら誰でもいいと言った挙句、次の日にわたしとは別の明らかな素質持ちの日本人が召喚されたと知るや否や、その子を口説きに行った。清々しいまでのクズっぷり。桜の花を咲かせるだけのその男は、召喚された少女の<雪を操る素質>で生み出した桜の花を凍らされてフラれていた。
その後に顔を合わせた男性が、最初の男より良かったかといえばそうでもない。
<指だけでイかせられる素質>を持った暗そうな男はそれなんてエロゲと思いながら警戒して会えば、「君はこの指が触れる価値すらない」と毒を吐かれて帰られた。
<雨の日の寝癖は直らない素質>を持った天気予報士をしている男には、「<素質>がわからない?最低でも晴れ女かくらいわかってくれないかな」と爽やかな笑顔で言われた。新聞の天気予報欄にはその男の写真がいつも載っているので、しばらくは毎朝そのことを思い出してしまい、わたしの気分が雨模様になった。
<素質なし>と男たちの間でわたしの噂が出回るまで、それでも軽く50人は会っただろうか。
もうそのくらい回数をこなせば、わたしの<素質>はたくさん人に会えば分かるというものでもなさそうだと分かるし、モテるモテない以前に<素質なし>は女として見られないことも悟った。
「トウコがぼく以外の男と会うのは久しぶりなんだ。会うだけ会ってみればいいと思う。面会希望者は、ぼくの『記録』にはないけど『ぼく』の知り合いみたいだ」
妙なイントネーションをつけて、リュイが紅玉の瞳をきらきら輝かせてわたしを上目遣いで見つめてくる。
下手な女よりもよっぽど美女といっても差し支えのない、ぱっと目を引く美貌。わたしは綺麗な顔に弱い。言っても誰も信じてくれないが、顔とは関係なく、リュイのやさしい雰囲気が好きだ。
「トウコには幸せになってもらいたいんだ。最近では、他の女の人のついででも会ってもらえてないよね?」
「う…っ」
痛い所を突かれる。
管理者としてリュイは真面目だった。真面目すぎて、つらい。
屋敷にいる女性の情報は、新聞に載っていて、誰でもいつでも知ることができた。
新聞を見て男性が屋敷に足を運び、女性はそんな男性の姿をマジックミラーの置かれた反対の部屋から見て話してみようと判断する。とうとうわたしに直接会いに来てくれた人はいなくなると、リュイは他の子に会いに来て帰る途中の男性を強引に引っ張ってわたしと面会させた。互いに乗り気じゃないものが上手くいくわけがない。リュイがいなくなると彼らはすぐに屋敷から出て行ったし、わたしもどうせ上手くいかないと思って何も話さず、永遠に下を向き続けてテーブルの木目を数えていた。
「面会希望者の名前は、レイシ・マックスウェル。ああ、今『記録』に思い当たることができた。どうやら『ぼく』の学生時代の同級生だったみたいだ」
リュイの男の人らしいすらっとした指がパンフレットを捲り、内容を読み上げる。
「学生時代…。じゃあ、わたしと同じくらいの歳の人…?」
リュイが何歳かは知らないが、見た目はわたしと変わらない。そう思って見上げれば、リュイは少し困った顔をしていて。
「外見での年齢判断はこの世界ではあんまり意味をなさないかな。それに『ぼく』の同級生だ。……ああ、『前のぼく』って意味だよ」
『前のリュイ』。
何気なく吐かれた言葉に、身体が寒気でぶるりと震える。わけもわからず怖くなる。
同級生なんて学校を卒業した今でも覚えている。名前と顔、どちらか聞けばすぐに、あああの子ねと言える。なのにリュイは全くの他人事で、思い出のひとつも口にしない。親しくなかったといえばそれまでだけれど、そうだとは言えない冷たさというか、あまりに素っ気なかった。
わたしもいつか、『次のリュイ』にとって思い出すのも難しい存在になるのだろうか。だとしたら、それはあまりに寂しくて、悲しい。
「―――トウコ?調子でも悪い?顔色が悪いな。……やっぱり、会うのやめておこうか?身体に不調をきたすくらい嫌なんだよね?」
向かいに座っていたリュイが立ち上がり、わたしのそばに寄って額に手を置かれる。
リュイを想って物思いに耽っていただけだけれど、そんなに調子が悪そうに見えるのだろうか。
冷たくて心地よいリュイの体温に名残惜しさを感じながらも、リュイの手に触れて引き離す。
「ううん、そんなことないです。
せっかくだし、会ってみます。
リュイの同級生なら少し興味ありますし、こんなわたしでも会いたいと思ってくれるのなら」
「そう、わかった。トウコがそういうのならOKの返事を出しておくけど……無理はしなくていい」
押しのけられた手を見下ろしながら、リュイがどこか戸惑ったように言う。
リュイが心配してくれたので、わたしは煩わせてはいけないとなるべく意識して笑みを作る。
「大丈夫、平気です」
「……そっか。ならいっぱいお洒落して、レイシを虜にしておいで」
目を細め、リュイの端正な顔がぐっと至近距離にきた。
うなじを見せたほうがぐっとくるかも知れないなと言って、リュイに何もしていない黒髪を触られる。くすぐったいのと照れくさいので顔が赤く染まり、顔色の悪さが一瞬で払拭される。
「あと、髪を耳にかけてるほうが――トウコはかわいく見える」
男性らしいしっかりとした指がわたしの頬に微かに触れ、そのまま髪を耳にかけられれる。
他人の手が耳に触れるくすぐったさに肩を竦めながら、こっそりリュイを見つめる。
(リュイがいいんだけど、な)
リュイの優しい指先から伝わる熱が、わたしの心を焼き尽くす。
くだらない感傷、不毛な恋。胸の苦しさがなくならない。
新しい恋をすれば、この苦しみはなくなるのだろうか。
〈だれとでも親密な関係を築ける〉素質っていうのは本当に厄介だなと、日毎に増していくリュイへの恋心に身を焦がしながら、リュイにされるがまま身をゆだねる。
人の気も知らずに、リュイはわたしをああしたら可愛い、こうしたら可愛いと口にする。それがすこし、憎らしい。
街中でのジープの速度は制限されていて、早足より少し速いくらいのスピードしか出してはいけなかった。
道路の端で駐車をして休憩していると屋台を出している人たちに声をかけられたり、母親と父親に連れられた子どもの何人かが目をキラキラ輝かせてタクトの車を指さしたりすることが多かった。対向車もほとんどなく、通り過ぎる人の反応からしてもやはり車は珍しいもののようだった。
「まま、あれなにー!」
しあわせそうな家族を見ると、心臓がずきりと痛んだ。母親と父親の間に挟まれた幼い少年が、わたしたちの乗る走る車に瞳を輝かせている。その光景に、無意識のうちにお腹を撫でてしまっていた。わたしのエゴで、お腹の子にしあわせな家族生活は与えられそうにない。
「なんか暗いじゃん、トーコ。
退屈だし話でもしようぜ。
んー…そうだ。そう、トーコは『レイシ・マックスウェル』のことは覚えてんの?」
親子が小さくなって見えなくなるまで眺めていたら、沈黙が気になったのか不意にタクトに話を振られる。お腹を撫でる手を止めて、運転するタクトの横顔を見る。
「……覚えてます。レイシさんは……よくわからないひとだったから」
レイシ・マックスウェル。
いつ頃だっただろうか、レイシさんに出会ったのは。
あの頃の記憶は少しだけ曖昧で。
僅かな間の交流だったが、レイシさんもまたわたしの心に傷を残した。
リュイを想う気持ちから少しだけ逃げたかったあの頃、レイシさんを利用しようとして結局、いつも通りわたしは選ばれなかった。選ばれないのは、いつだって悲しい。
タクトに懐かしい名前を出されて、わたしは過去の朧げな記憶を紐解いた。
************
女神の影響を色濃く受ける異世界に召喚されて、一年が経った。
電化製品のない不便だけれど、屋敷に住んでいるおかげで、リュイがほかのひとよりは魔法が使えるから少しだけ快適で。
多くの人は自分の<素質>を使って出来ることをし、助け合いながら生きているような世界。
そんな元の世界からかけ離れた不思議な生活にもすっかり慣れてきたわたしに、思案顔のリュイから薄いパンフレットのようなものを渡された。
「これは………」
言葉に詰まる。
楽しいけれど何の生産性もないお茶会を、いつものようにリュイの部屋でふたりでしている時だった。
そういえばと言って立ち上がり部屋から出て行ったリュイが戻ってきて渡してくれたパンフレットのようなものは、召喚された当初随分とわたしに精神的苦痛を与えてくれたもので。
「お見合い……ですよね……」
「うん。でもそう嫌がらないで。君に面会希望がきてるみたいだからどうかなと思って。直接会ってみたいと思えるなら機会を設けるし、嫌なら無理に会わなくてもいい。<素質>を問わず、きみがいいらしい」
わたしが指名されるだなんて珍しい。随分と久しぶりだった。それこそ召喚された当初以来だろうか。
パンフレットのようなものを開ければ、予想通り男の人の姿と簡単なプロフィールが書かれている。
リュイのいつも通り過ぎるトーンでの説明を聞きながら、読み進めれば進めるほど自分の顔が険しくなっていくのがわかる。
「<素質>を問わずにわたしをですか」
リュイが嫉妬してくれたらよかったのに。
わたしの<素質>は依然として明らかになっていない。この世界で生きるには重大な欠陥のまま。
この世界の人間のようにささやかな魔法も使えないわたしは、この世界の人間にしてみれば期待外れの存在でしかない。
子どもを産める胎こそあれど、<素質>のないわたしはこの世界の男性からすると孕ませる価値もなければ、会って話す時間すら惜しいらしい。
召喚された当初に何人か興味本位で男の人に面会を申し込まれただけで、<素質>がないかもしれないと知れ渡ると波のようにさーっといなくなってしまった。
<素質>は神の愛、プレゼントの形をした愛。
人はみんな神様から与えられた<素質>を持ち、その<素質>を生かすことで繁栄に努めてきた。さらなる発展のために異世界から召喚された女性にも後天的に与えられてきた。
<素質>は精神にはたらくもの・外界にはたらくものの二種類に大きく分けられる。もちろんすべてがこの二種類に当てはまるわけではないが、おおよそはこの二種類のうちのどちらかで。
<何もないところから火を生みだす>ことから始まり、<絶対に雨に打たれなかったり>、<だれからも存在を気づかれなかったり>と、千差万別の<素質>が存在する。
どんな些細な<素質>でも構わないから、わたしの<素質>が何か知りたい。そんなわたしの望みはもう叶えられる見込みがなく、それならばリュイと過ごせるこの時が永遠に続けばいいとさえ思っていた。
それがいまさら、わたしに面会希望の男の人がいるなんて。
「<素質なし>でもいいとか言いながらわたしを馬鹿にする人かも知れないですよ」
開いたパンフレットを閉じて、テーブルの上を滑らせるようにしてリュイに返す。
これまでの経験を思い出させるように言えば、リュイが困ったように眉を下げる。
管理者であるリュイに薦められて、わたしは回転寿司の寿司の如く男性たちと会った。
最初に出会った男は最悪だった。
日本人の母を持つそいつは、日本人なら誰でもいいと言った挙句、次の日にわたしとは別の明らかな素質持ちの日本人が召喚されたと知るや否や、その子を口説きに行った。清々しいまでのクズっぷり。桜の花を咲かせるだけのその男は、召喚された少女の<雪を操る素質>で生み出した桜の花を凍らされてフラれていた。
その後に顔を合わせた男性が、最初の男より良かったかといえばそうでもない。
<指だけでイかせられる素質>を持った暗そうな男はそれなんてエロゲと思いながら警戒して会えば、「君はこの指が触れる価値すらない」と毒を吐かれて帰られた。
<雨の日の寝癖は直らない素質>を持った天気予報士をしている男には、「<素質>がわからない?最低でも晴れ女かくらいわかってくれないかな」と爽やかな笑顔で言われた。新聞の天気予報欄にはその男の写真がいつも載っているので、しばらくは毎朝そのことを思い出してしまい、わたしの気分が雨模様になった。
<素質なし>と男たちの間でわたしの噂が出回るまで、それでも軽く50人は会っただろうか。
もうそのくらい回数をこなせば、わたしの<素質>はたくさん人に会えば分かるというものでもなさそうだと分かるし、モテるモテない以前に<素質なし>は女として見られないことも悟った。
「トウコがぼく以外の男と会うのは久しぶりなんだ。会うだけ会ってみればいいと思う。面会希望者は、ぼくの『記録』にはないけど『ぼく』の知り合いみたいだ」
妙なイントネーションをつけて、リュイが紅玉の瞳をきらきら輝かせてわたしを上目遣いで見つめてくる。
下手な女よりもよっぽど美女といっても差し支えのない、ぱっと目を引く美貌。わたしは綺麗な顔に弱い。言っても誰も信じてくれないが、顔とは関係なく、リュイのやさしい雰囲気が好きだ。
「トウコには幸せになってもらいたいんだ。最近では、他の女の人のついででも会ってもらえてないよね?」
「う…っ」
痛い所を突かれる。
管理者としてリュイは真面目だった。真面目すぎて、つらい。
屋敷にいる女性の情報は、新聞に載っていて、誰でもいつでも知ることができた。
新聞を見て男性が屋敷に足を運び、女性はそんな男性の姿をマジックミラーの置かれた反対の部屋から見て話してみようと判断する。とうとうわたしに直接会いに来てくれた人はいなくなると、リュイは他の子に会いに来て帰る途中の男性を強引に引っ張ってわたしと面会させた。互いに乗り気じゃないものが上手くいくわけがない。リュイがいなくなると彼らはすぐに屋敷から出て行ったし、わたしもどうせ上手くいかないと思って何も話さず、永遠に下を向き続けてテーブルの木目を数えていた。
「面会希望者の名前は、レイシ・マックスウェル。ああ、今『記録』に思い当たることができた。どうやら『ぼく』の学生時代の同級生だったみたいだ」
リュイの男の人らしいすらっとした指がパンフレットを捲り、内容を読み上げる。
「学生時代…。じゃあ、わたしと同じくらいの歳の人…?」
リュイが何歳かは知らないが、見た目はわたしと変わらない。そう思って見上げれば、リュイは少し困った顔をしていて。
「外見での年齢判断はこの世界ではあんまり意味をなさないかな。それに『ぼく』の同級生だ。……ああ、『前のぼく』って意味だよ」
『前のリュイ』。
何気なく吐かれた言葉に、身体が寒気でぶるりと震える。わけもわからず怖くなる。
同級生なんて学校を卒業した今でも覚えている。名前と顔、どちらか聞けばすぐに、あああの子ねと言える。なのにリュイは全くの他人事で、思い出のひとつも口にしない。親しくなかったといえばそれまでだけれど、そうだとは言えない冷たさというか、あまりに素っ気なかった。
わたしもいつか、『次のリュイ』にとって思い出すのも難しい存在になるのだろうか。だとしたら、それはあまりに寂しくて、悲しい。
「―――トウコ?調子でも悪い?顔色が悪いな。……やっぱり、会うのやめておこうか?身体に不調をきたすくらい嫌なんだよね?」
向かいに座っていたリュイが立ち上がり、わたしのそばに寄って額に手を置かれる。
リュイを想って物思いに耽っていただけだけれど、そんなに調子が悪そうに見えるのだろうか。
冷たくて心地よいリュイの体温に名残惜しさを感じながらも、リュイの手に触れて引き離す。
「ううん、そんなことないです。
せっかくだし、会ってみます。
リュイの同級生なら少し興味ありますし、こんなわたしでも会いたいと思ってくれるのなら」
「そう、わかった。トウコがそういうのならOKの返事を出しておくけど……無理はしなくていい」
押しのけられた手を見下ろしながら、リュイがどこか戸惑ったように言う。
リュイが心配してくれたので、わたしは煩わせてはいけないとなるべく意識して笑みを作る。
「大丈夫、平気です」
「……そっか。ならいっぱいお洒落して、レイシを虜にしておいで」
目を細め、リュイの端正な顔がぐっと至近距離にきた。
うなじを見せたほうがぐっとくるかも知れないなと言って、リュイに何もしていない黒髪を触られる。くすぐったいのと照れくさいので顔が赤く染まり、顔色の悪さが一瞬で払拭される。
「あと、髪を耳にかけてるほうが――トウコはかわいく見える」
男性らしいしっかりとした指がわたしの頬に微かに触れ、そのまま髪を耳にかけられれる。
他人の手が耳に触れるくすぐったさに肩を竦めながら、こっそりリュイを見つめる。
(リュイがいいんだけど、な)
リュイの優しい指先から伝わる熱が、わたしの心を焼き尽くす。
くだらない感傷、不毛な恋。胸の苦しさがなくならない。
新しい恋をすれば、この苦しみはなくなるのだろうか。
〈だれとでも親密な関係を築ける〉素質っていうのは本当に厄介だなと、日毎に増していくリュイへの恋心に身を焦がしながら、リュイにされるがまま身をゆだねる。
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