あなたの遺伝子、ください

志藤みかづき

文字の大きさ
18 / 43
第5章「あなたの遺伝子、いりません」

5.2 地獄のような選択肢

しおりを挟む
「逃げよう」 


 一刻も早く。 


 新聞を早々に読み終え、タクトとメイさんがわたしの名前を呼ぶのに返事もせずに自室に戻る。


 わたしの交友関係は広くない。 


 レイシさんとのデートを除けば召喚当初から屋敷を出ることはほとんどなかった。たいした<素質>が見いだされなかったわたしを見初めるような物好きが早々いるはずもなく、リカちゃんやエレミアを筆頭に同性との仲も良好とはいえず。 


 まともに話すのは【管理者】であるリュイと、日本人なら誰でもいいと豪語していたタクトだけだった。  


  つまり、リュイはわたしがタクトのもとにいることは分かっている。不幸中の幸いはリュイのいた屋敷のあった場所から、マグナスマグまで辿り着くのに車ですら結構な距離があったということだ。リュイが車を所持しているとは聞いたことも見たこともない。


    リュイに追いつかれる前にと、自室に戻るとすぐに鞄を探す。クローゼットから当座の下着やら服やらお金を詰める。立ち上がりかけて、くらりと視界が回る。慌ててメイさんに処方して貰った薬も詰めていく。 


「こらこら、お嬢さん。今、私の家の外に出て行くことは感心しないな?」


「っ!」


 同じ家に住んでいるにも関わらず、最近ほとんど顔を合わせることがなかったガウスさんが、扉を半開きにして、柱にもたれかかるようにして立っていた。


「ガウスさん……帰って来られてたんですね」


 いつの間にと言いたい言葉を飲み込む。やましさから、悪戯が見つかった子どものように声が震える。


「そうだな」


 お嬢さんと会うのは随分久しぶりに気がすると言ってガウスさんはただいまと返事をしてくれる。ほのかな笑みを浮かべてはいるが、桜色の瞳は笑ってない。ほとんど瞬きもほとんどせずに、ガウスさんはわたしの一挙一動を見つめている。


「それで?お嬢さんは今度はどこに逃げるつもりだい?そんな身重の体で」


 取り繕っても無駄か。
 ガウスさんからのはっきりとした追及に、わたしは観念して頭を下げる。


 「……お世話になってるのに、勝手なことしてごめんなさい。 行き先は決めてません。
でも、今行かないとリュイに会ってしまう。それだけは」


「メイ・プリシパルが」


 合わせる顔がないから避けたいと続けようとして、
謝罪と言い訳はガウスさんに途中で遮られた。


 「リュイの<素質>はね。メイ・プリシパルが、正気に戻す薬を使ってもその好意は薄れることはない。好意とは時に人に過激な攻撃性を与える。また【リセット】されたとしても、やはり過去を諦めきれない人間もいる。レイシ・マックスウェルは日和って諦めたようだが、そうじゃない人間もいることを忘れてはいけない」


 ガウスさんは何を言っているのだろうか。 


「……?どういう、意味、ですか?」 


 ガウスさんが柱にもたれかかるのをやめ、私のほうに近づいてきた。 


 ガウスさんは丸窓の外に視線をやり、漆喰の壁の向こう側を見るような遠い目をする。


「家の外にリュイを待ち望む人間が集っている。メイ・プリシパルが一時的な効果を持つ劇薬で対処してくれていたようだが、それでも人の熱は収まらず、アインヘルツの当主として私も処理していたというわけだが」 


 ガウスさんはわたしの荷物を詰め込んだ鞄を見下ろし、桜色の垂れ下がった瞳を細める。 


「お嬢さんにリュイは言っていないのか。まあ、リュイのことだ。『前のこと』だからと歯牙にもかけてないのかもしれないが」


    ガウスさんはふと吐息のような笑みを零し、話についていけていないわたしを見る。


「リュイはかつてしろいあくまと呼ばれていた。いまだ、リュイを慕い、教祖のように崇める連中もいれば、かつての仕打ちからリュイに復讐せんと息巻いているものもいる。どこから聞きつけたのか、私の家の外にはそういう連中がボウフラのようにわいている」 


    優しく、子どもに絵本を読み聞かせるかの如く説明される。


 リュイを崇めるもの、復讐したいもの?
 前者はわかるが、後者は信じられない。 


 だが言われてよく見れば、涼しげな顔をしているが、ガウスさんの高そうな黒い軍服が何かで濃く汚れ、装飾も歪んでいる。腰に下げている鞭もくたびれているようだった。 


「魔法陣がお嬢さんの胎にあるとはいえ、執拗に殺されれば永遠とも思える時間をもがき苦しみことになり、それは子どもが生まれるまで続くだろう。そうして生まれた子どもの産声を聞くこともなく死ぬだろう。

リュイとの子どもをその手に抱き、慈しみたいのなら、リュイから逃げるのはやめたほうがいい。

――――なにより、これだけの労力を君に割いているんだ。あのリュイが、ハメてきた君を見てどんな反応をするのか見物じゃないか?なあお嬢さん」 
  
  
 ガウスさんは色っぽい低い声でゆっくりと喋りながら、わたしの鞄の上に手をかざす。


 ぶわっと空気が燃える音と、一瞬の熱気が立ち上がり、ガウスさんの髪よりも赤い炎が鞄を燃やし尽くした。絨毯の上に灰と、焦げ跡だけが残る。 


 魔力を使って小さな炎を出せる人間がいるとは聞いたことがある。ガウスさんは炎を正確に操ることに長けているようだった。


「薬が!ガウスさん、その中には薬も入ってたんです。メイさんが最近わたしの調子が悪いからって……メイさんはまだここにいますか?」 


 ガウスさんに燃やされた薬は、よりにもよって水薬だった。高温の炎にガラス瓶は溶け、中の液体も蒸発してしまっただろう。 
 最近、つわりかなんなのか体調も悪い。さっきも目眩がしたのに、荷物を詰めるほうを優先してすぐに薬を飲まなかった。アインヘルツの家から逃げ出して、どこか落ち着いた場所で飲めばいいと思っていた。 


「もちろん、まだいるね。でも、ダメだ。薬に頼ることは許さないし、そろそろ許されない。

最近、お嬢さんは体の調子が悪いんだろう?お嬢さんのように女性が多い世界では、つわりなるものがあるというね。 
それと確かによく似ているから、間違えてしまうらしい。眠たくて眠たくて仕方なかったり、気持ち悪くなったり、立っていられなくなったり。 

だが、全然違う。私たちの世界では、妊娠した女性に起こるその症状を『胎児魔力欠乏症』と呼んでいる」 


「『胎児魔力欠乏症』……?」 


「ああ、そうだ。たいてい女性には魔力がない。 
少なくなってきているとはいえ、我々には魔力がある。もちろん、これから生まれてくる子どもにも。 
なのに母親に魔力がないんだ。当然、調子が悪くなる。 
だから、妊娠中は、男から体液を通して魔力を摂取することが推奨されている」 


 ちょっとガウスさんが何を言っているのか分からない。 
  

 男の人から、体液……? 


 そこから先は、考えるまでもない。
 破廉恥なワードに、顔がひきつる。
 わたしの表情の変化を、ガウスさんは愉快そうに眺め笑う。


「お嬢さんの場合は、もちろん、父親であるリュイの体液が推奨される。 
だが、何事にも例外はある。父親が死ぬことがないわけではない。 
そうだな、この家には今、精力に満ちあふれた男が三人―――おっと、メイ・プリシパルは除外して―――二人、私と、タクトがいる」 


 ガウスさんは淀みなく、まるで歌うように残酷な提案をする。 


「私は死んだ妻を一番に愛しているが、人命救助だと思えば、なんてことはないが……。 
お嬢さんはタクトとの子どもを産む約束をしているんだったな。ならタクトとするのも問題ない。予行演習みたいなものさ」 



 さあ、誰の体液にしようか? 



 硬直するわたしに、ガウスさんは目元の黒子に指先を添えながら、気さくな調子で告げる。 


 誰を選んでも地獄の選択肢を。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。

汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。 元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。 与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。 本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。 人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。 そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。 「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」 戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。 誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。 やわらかな人肌と、眠れない心。 静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。 [こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

わたしのヤンデレ吸引力が強すぎる件

こいなだ陽日
恋愛
病んだ男を引き寄せる凶相を持って生まれてしまったメーシャ。ある日、暴漢に襲われた彼女はアルと名乗る祭司の青年に助けられる。この事件と彼の言葉をきっかけにメーシャは祭司を目指した。そうして二年後、試験に合格した彼女は実家を離れ研修生活をはじめる。しかし、そこでも彼女はやはり病んだ麗しい青年たちに淫らに愛され、二人の恋人を持つことに……。しかも、そんな中でかつての恩人アルとも予想だにせぬ再会を果たして――!?

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...