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第5話
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多緒、美卯、燈を加えて練習が始まった。
最初は3線速攻。3人一組でコートの端から端までボールをパスしながら走り、最後の人がシュートする。速攻を想定したバスケの基本的な練習で、多緒たちもミニバスでも中学でやったことがある。
しかし同じ練習でもスピード感が違う。中学ではパスを受ける人、レシーバーがパスに合わせてスピードをコントロールすることが多かった。そうしないとキャッチできないことがある。しかしここでは、先輩たちはみなかなりのスピードで走っている。それでもきっちりパスが通るのは、パスの精度が高く、レシーバーも正面でなくともボールを収める技術があるからだ。「高校ってやっぱレベル高いなぁ」と感心する。
多緒の番がきた。コートの左、シュートを打つ役目だ。
先輩たちについていけるようにとがんばって走る。
最後のパスがきた。が、ゴールに近すぎる。多緒のスピードとパスのペースがわずかにずれていたのだ。多緒の歩幅ではここから1、2で踏み切るとゴールの真下にいってしまう。
そこで多緒は、歩幅を大きめにして最後を思い切り遠くに跳んで、ゴールを通り過ぎて自分の背中に向けてシュートを放った。リバースレイアップだ。
「ナイシュー。」
という声とともに拍手が起こった。リバースレイアップは特別すごい技というわけではない。ここにいる全員が打てる。しかし素人にはまず無理だ。「経験者」にもピンキリいるだろうが、多緒は長年しっかりと練習を積んだ選手だということを(狙ったわけではないが)先輩たちに認識させた。
さらにみんなが注目したのは多緒の歩幅とジャンプの飛距離。他の人たちはそれぞれ自分の感覚で、小さく2歩、あるいは1歩で踏み切ってリバースではないレイアップに行くだろうと思える距離だったが、「あそこからリバース行けるんだ」というのは驚きでしかなかった。
「なかなかやるじゃないか。」
翠が遥香に言う。遥香は、
「目立ちたいだけですよ。」
と吐き捨てるように言った。それから少し考えて、
「あいつのメッキ、剥がしてやりますよ。」
「?」
「あたしとあいつ、1対1でリバウンド勝負させてください。」
「…。」
翠は遥香がリバウンドに強いことは知っている。その上で、あの高さに対抗できるか見てみたい気もする。もちろん、多緒がどれだけやれるかも見たい。
「わかった。キャプテンに提案してみよう。」
翠は歌織のところに行き、美由紀と璃子も呼んで相談する。やがて美由紀がみんなに声をかける。
「じゃあ次はシューティング。パサー(パスを出す人)1人とディフェンス1人ね。」
そして1年生4人を呼び、燈と美卯には、
「まぁ、見てればわかるから。好きなように打ってくれ。」
と言い、多緒と遥香には、
「神崎さん、御影さん。君たちにはリバウンドに入ってもらう。」
と言った。翠の提案を受けてのことだ。遥香は希望が聞き入れられ、「よしっ」という顔で多緒に厳しい目を向ける。
「ただし、これは勝負でもテストでもないから。」
歌織がクギを刺す。
「勝った負けたでどうこうするわけじゃないわ。本数も数えない。単に『1年生の得意なプレイを見たい』ってだけだから。」
歌織はそう言うが、多緒にとってリバウンドは、高さで取れるが体を張るのは得意ではない。しかも「あの怖そうな子が相手」とは。体験入部早々気が重くなる。しかし断ることはできない。
「わかりました。」
と受けるしかなかった。
他の人はシューティングだ。トップ位置からのパスをウイングあたりで受けてシュートを打つ。ディフェンスが1人つくので、ドリブルでかわして打つ人もいるし、パスを受ける前にディフェンスを遠ざけてキャッチアンドシュートという人もいる。そのシュートのリバウンドを、遥香と多緒が取るわけだ。
燈の番がきた。ウィングの、スリーポイントラインよりやや離れた位置でボールを受ける。そこからクロスオーバーで小刻みに進み、一瞬前に踏み込んでディフェンスを下がらせてから、ステップバックしてスリーを打った。が、ショートのエアボール。
「いいよ。打ててる打ててる。」
美由紀が手をたたきながら声を出す。シュートははずれたが、久しぶりで感覚が戻っていないことを考慮するべきだろう。それよりもしっかり打てたことを褒めたい。それに打つまでの動きがいい。クロスオーバーはキレがあり、シュートフォームもきれいでクイックなリリース。最初からスリーを狙ったのは自信の表れのはずで、いいシューターとして期待できそうだ。
次は美卯。ディフェンスは燈だ。
美卯は燈にしつこく守られながらも背中で押し込むみ、燈に身体を当ててからミドルシュートを放った。これもシュートは外れたが、先輩たちには好印象を与えた。シュート前にディフェンスに身体を当てる「ヒットファースト」。これによりディフェンスとの間に距離を作り、邪魔されずにシュートが打てる、高校レベルのフィジカルでは、今の当てかたでは相手を下がらせるには不十分かもしれないが、身体を当てる動きと意識ができている点は評価できる。また、美卯は体格からしてパワープレイが得意とは思えないが、燈とのミスマッチを突いて押し込むプレイを選択した判断もいい。特別な何かは感じられないが、基本に忠実な様子が伺える。歌織は先程美卯と「オールラウンダー」という会話をしたことを思い出した。何かに特化していないというのは、逆になんでもできるということで、オールラウンダーに向いているのかもな、と思う。
新人2人のプレイに先輩たちは満足げな様子だ。
インサイドの2人はというと、
遥香は力強く多緒を押し出し、しっかりボックスアウトして確実にリバウンドを取っている。しかもボールがくる場所を予測しながら、自分の位置と押し出す方向を細かく調整している。今はリバウンドだけに集中しているからそうできるのであって、実戦ではそうはいかないだろう。しかしそれを差し引いても遥香のリバウンド能力は高いのがわかる。
一方の多緒はというと、こちらはなんとも情けない。押し負けているならまだしも、遥香を押し返してすらいない。なすがままに押し出されている。「リバウンドは高さではなくポジション」というのが、この2人を見るとよくわかる。それでも明確に遥香のほうにボールが行かなければ、高さで多緒が取れる。数えていないが本数は大差ないかもしれない。しかし内容的には多緒の完敗だ。
歌織はやや渋い顔で、
「ちょーっと、期待外れ、だったかな…。」
思わず口に出た。それを聞いた美由紀が言う。
「ま、鍛えがいがあるってことで。」
「そうね。」
同じセンターポジションでパワープレイが得意な美由紀が指導すればもっとよくなるだろう。化ける可能性もある。
「頼むわよ。あんたに任せるからね。」
「おう。任せろ。」
すると、
「何言ってるのよ、2人とも。」
口を挟んできたのは大槻楓だ。
「?」
「まだ何も始まっていないのよ。御影さんも、他の子たちも、みんなこれからなんだから。」
そうか。楓の言うとおりだ。全員経験者で、即戦力になりうる能力を持っているだけに、ついつい期待しすぎてしまった。4人とも、これから始まるんだ。
「伸びしろしかないって考えると、ワクワクしてこない?」
楓は本当に楽しみでしょうがない、といった笑顔を見せた。バスケのスキルでいえば、楓自身はさほど高くない。はっきりいって並だ。しかし他人のことを「がんばらせてあげたい」「成長させてあげたい」と心底応援しているようなところがあり、それに釣られて歌織たちもがんばってこれた部分がある。応援だけでない。技術面はあまり力になれないが、精神面でしっかりサポートする。下級生に「バスケ部のお母さん」と言われる、頼れる副部長だ。
歌織は「そういえば、翠も楓のおかげで精神的にずいぶんと成長したわね」と思いながら翠を見た。
翠は今まさに、オフェンスとしてプレイしようとしていた。ディフェンスは美卯だ。
翠はボールをもらうと、一瞬右に脚を出したかと思ったら、次の瞬間には左から美卯を抜きにかかっていた。
「速っ。」
燈が驚きの声をあげる。
遅れをとった美卯はなんとか追いつこうとする。と、翠は今度は急ブレーキ。追い抜いてしまった美卯を嘲笑うかのようにストップアンドジャンプシュートを決めた。
「ほえー。」
燈は感嘆の声をあげる。
「あれが、ウチのエースのプレイよ。」
話しかけてきたのは堤亜梨沙。翠と同じ2年生で、ガードもできる亜梨沙は翠とのコンビネーションが得意だ。部活以外でも仲がいい。
「急加速と急減速を使ったドライブは一級品でしょうね。あのキレでチェンジオブペースするのよ。どう?止められる?」
亜梨沙の言い方は少し意地悪に聞こえるかもしれないが、そんなつもりではなく、単なる質問だ。燈の能力は未知数だし、動きのキレはなかなかのものだと思ったのだ。
「ほえー。」
燈はもう一度同じ声をあげるしかなかった。その様子を見た亜梨沙は、
「落ち込むことはないわ。翠を1対1で止められるディフェンスはそうはいないでしょうね。中学時代は地区DCにも選ばれたのよ。」
DCとはDevelopment Centerの略で、県内の有望な選手を育成するプログラム。トライアウトを経て地区DCから県DCへと昇格していく。翠は県DCには選ばれなかったが、地区DCでも県内で有数の実力者といえる。
「すごいんですね。」
燈は感心した表情をする。こんなすごい人と同じチームでプレイできるのかと思うと武者震いしそうになる。気持ちは本入部にかなり傾いた。
次は田原知佳の番。翠がディフェンスだ。翠は、
「ちょっと待って。」
と言って、ゴール下の多緒を手招きで呼んだ。多緒が近づくと翠はなにやら耳打ちをする。多緒をリバウンドに戻らせ、
「オッケー。」
と言ってプレイを始めた。
知佳はボールを受けるとすぐにくるりと反転。翠を抜こうとするが、翠はディフェンスでも速い。前に出られない知佳はステップバックしてロングツー。
シュートはリングに当たり、それからボードに跳ね返って落ちていく。遥香がリバウンドに身構える。多緒は押し出されて不利な位置。遥香が取ると思われたそのとき、多緒は長い腕を伸ばしてボールをはじいた。こぼれたボールを遥香が追う。
しかしボールを収めたのは、翠だ。ディフェンスについていた緑はシュートを打たれた後にゴール下に詰めていた。実戦的な動きだ。翠は遥香に背中を向けてボールを守ってから、トップ位置に戻した。それから多緒に向かって、
「そう。それでいいんだよ。」
と嬉しそうに言う。
「リバウンドは1対1だけで取るものじゃない。取れなくても、はじくだけでも味方がボールを取れる可能性ができるんだから。」
「そうね。マイボールにできなかったとしても、相手の次の攻撃を遅らせる効果が期待できる。リバウンドは、もちろん取りきるのが一番だけど、絡んでいくことも大事だ。」
そう言ったのは美由紀だ。翠が続ける。
「そう。絡んでいけばいい。君のサイズと腕なら、不利な位置からでもそれができるはずだよ。」
多緒はやや困惑気味だが、緑は近づいて言う。
「誰にだって得手不得手はある。でも、苦手なことがあるからといって何もできないわけじゃない。君はできる子だよ。できることをがんばってやっていこうよ。」
遥香から「見掛け倒し」のことを聞いていた翠は、多緒を励まそうとしているのかもしれない。
「翠の言うとおりね。」
歌織が2人に近づきながら言う。
「でも、それだけじゃ困るわ。」
クールな目はほんの少し厳しさを持ったようにも見える。
「できることをやってもらうのももちろん大事だけど、できないこともできるようになってもらわなくちゃね。」
「…はい…。」
多緒の返事は自信なさげだ。
「心配しないで。」
歌織は笑顔で言った。目は相変わらずクールだが、厳しさの中に愛情にも似た何かが含まれているようだ。
「あなたはこれから始まるのよ。経験者といっても、1年生全員、みんなこれから成長していくのよ。」
半分は楓の受け売りだが、歌織なりに消化したつもりだ。
「最初から能力や自信がある人なんていない。恵まれた体格や才能を持っていたとしても、みんな最初はゼロから始めるの。あなただって例外じゃない。特別な人間なんていないわ。他の人と同じ。何も変わらないのよ。」
突然、多緒は身体に、あるいは心に電気が走ったような気がした。
ホカノヒトトオナジ…
この言葉が多緒の心の奥深くに突き刺さった。
肌の色と身長。多緒はずっと、自分が「周りと違う」ことを思い知らされてきた人生(まだ15年だが)だった。「みんなと同じになりたい」。そう願っても叶うことは決してないと思っていた。
それが、今この瞬間、あまりに唐突に、何の前ぶれもなく、目の前の人の口から出た言葉によって現実となった。
喜び?満足?安堵?そのすべてに当てはまり、またはそのどれでもない、さまざまな感情と思考が頭と心をぐるぐると駆け巡る。「何か返さなきゃ」。次に多緒の口から出た言葉は、混乱の中からとっさに出たもののようにも思えたが、心の奥底にある偽らざる想いだった。
「あたし、バスケ部、入ります。」
最初は3線速攻。3人一組でコートの端から端までボールをパスしながら走り、最後の人がシュートする。速攻を想定したバスケの基本的な練習で、多緒たちもミニバスでも中学でやったことがある。
しかし同じ練習でもスピード感が違う。中学ではパスを受ける人、レシーバーがパスに合わせてスピードをコントロールすることが多かった。そうしないとキャッチできないことがある。しかしここでは、先輩たちはみなかなりのスピードで走っている。それでもきっちりパスが通るのは、パスの精度が高く、レシーバーも正面でなくともボールを収める技術があるからだ。「高校ってやっぱレベル高いなぁ」と感心する。
多緒の番がきた。コートの左、シュートを打つ役目だ。
先輩たちについていけるようにとがんばって走る。
最後のパスがきた。が、ゴールに近すぎる。多緒のスピードとパスのペースがわずかにずれていたのだ。多緒の歩幅ではここから1、2で踏み切るとゴールの真下にいってしまう。
そこで多緒は、歩幅を大きめにして最後を思い切り遠くに跳んで、ゴールを通り過ぎて自分の背中に向けてシュートを放った。リバースレイアップだ。
「ナイシュー。」
という声とともに拍手が起こった。リバースレイアップは特別すごい技というわけではない。ここにいる全員が打てる。しかし素人にはまず無理だ。「経験者」にもピンキリいるだろうが、多緒は長年しっかりと練習を積んだ選手だということを(狙ったわけではないが)先輩たちに認識させた。
さらにみんなが注目したのは多緒の歩幅とジャンプの飛距離。他の人たちはそれぞれ自分の感覚で、小さく2歩、あるいは1歩で踏み切ってリバースではないレイアップに行くだろうと思える距離だったが、「あそこからリバース行けるんだ」というのは驚きでしかなかった。
「なかなかやるじゃないか。」
翠が遥香に言う。遥香は、
「目立ちたいだけですよ。」
と吐き捨てるように言った。それから少し考えて、
「あいつのメッキ、剥がしてやりますよ。」
「?」
「あたしとあいつ、1対1でリバウンド勝負させてください。」
「…。」
翠は遥香がリバウンドに強いことは知っている。その上で、あの高さに対抗できるか見てみたい気もする。もちろん、多緒がどれだけやれるかも見たい。
「わかった。キャプテンに提案してみよう。」
翠は歌織のところに行き、美由紀と璃子も呼んで相談する。やがて美由紀がみんなに声をかける。
「じゃあ次はシューティング。パサー(パスを出す人)1人とディフェンス1人ね。」
そして1年生4人を呼び、燈と美卯には、
「まぁ、見てればわかるから。好きなように打ってくれ。」
と言い、多緒と遥香には、
「神崎さん、御影さん。君たちにはリバウンドに入ってもらう。」
と言った。翠の提案を受けてのことだ。遥香は希望が聞き入れられ、「よしっ」という顔で多緒に厳しい目を向ける。
「ただし、これは勝負でもテストでもないから。」
歌織がクギを刺す。
「勝った負けたでどうこうするわけじゃないわ。本数も数えない。単に『1年生の得意なプレイを見たい』ってだけだから。」
歌織はそう言うが、多緒にとってリバウンドは、高さで取れるが体を張るのは得意ではない。しかも「あの怖そうな子が相手」とは。体験入部早々気が重くなる。しかし断ることはできない。
「わかりました。」
と受けるしかなかった。
他の人はシューティングだ。トップ位置からのパスをウイングあたりで受けてシュートを打つ。ディフェンスが1人つくので、ドリブルでかわして打つ人もいるし、パスを受ける前にディフェンスを遠ざけてキャッチアンドシュートという人もいる。そのシュートのリバウンドを、遥香と多緒が取るわけだ。
燈の番がきた。ウィングの、スリーポイントラインよりやや離れた位置でボールを受ける。そこからクロスオーバーで小刻みに進み、一瞬前に踏み込んでディフェンスを下がらせてから、ステップバックしてスリーを打った。が、ショートのエアボール。
「いいよ。打ててる打ててる。」
美由紀が手をたたきながら声を出す。シュートははずれたが、久しぶりで感覚が戻っていないことを考慮するべきだろう。それよりもしっかり打てたことを褒めたい。それに打つまでの動きがいい。クロスオーバーはキレがあり、シュートフォームもきれいでクイックなリリース。最初からスリーを狙ったのは自信の表れのはずで、いいシューターとして期待できそうだ。
次は美卯。ディフェンスは燈だ。
美卯は燈にしつこく守られながらも背中で押し込むみ、燈に身体を当ててからミドルシュートを放った。これもシュートは外れたが、先輩たちには好印象を与えた。シュート前にディフェンスに身体を当てる「ヒットファースト」。これによりディフェンスとの間に距離を作り、邪魔されずにシュートが打てる、高校レベルのフィジカルでは、今の当てかたでは相手を下がらせるには不十分かもしれないが、身体を当てる動きと意識ができている点は評価できる。また、美卯は体格からしてパワープレイが得意とは思えないが、燈とのミスマッチを突いて押し込むプレイを選択した判断もいい。特別な何かは感じられないが、基本に忠実な様子が伺える。歌織は先程美卯と「オールラウンダー」という会話をしたことを思い出した。何かに特化していないというのは、逆になんでもできるということで、オールラウンダーに向いているのかもな、と思う。
新人2人のプレイに先輩たちは満足げな様子だ。
インサイドの2人はというと、
遥香は力強く多緒を押し出し、しっかりボックスアウトして確実にリバウンドを取っている。しかもボールがくる場所を予測しながら、自分の位置と押し出す方向を細かく調整している。今はリバウンドだけに集中しているからそうできるのであって、実戦ではそうはいかないだろう。しかしそれを差し引いても遥香のリバウンド能力は高いのがわかる。
一方の多緒はというと、こちらはなんとも情けない。押し負けているならまだしも、遥香を押し返してすらいない。なすがままに押し出されている。「リバウンドは高さではなくポジション」というのが、この2人を見るとよくわかる。それでも明確に遥香のほうにボールが行かなければ、高さで多緒が取れる。数えていないが本数は大差ないかもしれない。しかし内容的には多緒の完敗だ。
歌織はやや渋い顔で、
「ちょーっと、期待外れ、だったかな…。」
思わず口に出た。それを聞いた美由紀が言う。
「ま、鍛えがいがあるってことで。」
「そうね。」
同じセンターポジションでパワープレイが得意な美由紀が指導すればもっとよくなるだろう。化ける可能性もある。
「頼むわよ。あんたに任せるからね。」
「おう。任せろ。」
すると、
「何言ってるのよ、2人とも。」
口を挟んできたのは大槻楓だ。
「?」
「まだ何も始まっていないのよ。御影さんも、他の子たちも、みんなこれからなんだから。」
そうか。楓の言うとおりだ。全員経験者で、即戦力になりうる能力を持っているだけに、ついつい期待しすぎてしまった。4人とも、これから始まるんだ。
「伸びしろしかないって考えると、ワクワクしてこない?」
楓は本当に楽しみでしょうがない、といった笑顔を見せた。バスケのスキルでいえば、楓自身はさほど高くない。はっきりいって並だ。しかし他人のことを「がんばらせてあげたい」「成長させてあげたい」と心底応援しているようなところがあり、それに釣られて歌織たちもがんばってこれた部分がある。応援だけでない。技術面はあまり力になれないが、精神面でしっかりサポートする。下級生に「バスケ部のお母さん」と言われる、頼れる副部長だ。
歌織は「そういえば、翠も楓のおかげで精神的にずいぶんと成長したわね」と思いながら翠を見た。
翠は今まさに、オフェンスとしてプレイしようとしていた。ディフェンスは美卯だ。
翠はボールをもらうと、一瞬右に脚を出したかと思ったら、次の瞬間には左から美卯を抜きにかかっていた。
「速っ。」
燈が驚きの声をあげる。
遅れをとった美卯はなんとか追いつこうとする。と、翠は今度は急ブレーキ。追い抜いてしまった美卯を嘲笑うかのようにストップアンドジャンプシュートを決めた。
「ほえー。」
燈は感嘆の声をあげる。
「あれが、ウチのエースのプレイよ。」
話しかけてきたのは堤亜梨沙。翠と同じ2年生で、ガードもできる亜梨沙は翠とのコンビネーションが得意だ。部活以外でも仲がいい。
「急加速と急減速を使ったドライブは一級品でしょうね。あのキレでチェンジオブペースするのよ。どう?止められる?」
亜梨沙の言い方は少し意地悪に聞こえるかもしれないが、そんなつもりではなく、単なる質問だ。燈の能力は未知数だし、動きのキレはなかなかのものだと思ったのだ。
「ほえー。」
燈はもう一度同じ声をあげるしかなかった。その様子を見た亜梨沙は、
「落ち込むことはないわ。翠を1対1で止められるディフェンスはそうはいないでしょうね。中学時代は地区DCにも選ばれたのよ。」
DCとはDevelopment Centerの略で、県内の有望な選手を育成するプログラム。トライアウトを経て地区DCから県DCへと昇格していく。翠は県DCには選ばれなかったが、地区DCでも県内で有数の実力者といえる。
「すごいんですね。」
燈は感心した表情をする。こんなすごい人と同じチームでプレイできるのかと思うと武者震いしそうになる。気持ちは本入部にかなり傾いた。
次は田原知佳の番。翠がディフェンスだ。翠は、
「ちょっと待って。」
と言って、ゴール下の多緒を手招きで呼んだ。多緒が近づくと翠はなにやら耳打ちをする。多緒をリバウンドに戻らせ、
「オッケー。」
と言ってプレイを始めた。
知佳はボールを受けるとすぐにくるりと反転。翠を抜こうとするが、翠はディフェンスでも速い。前に出られない知佳はステップバックしてロングツー。
シュートはリングに当たり、それからボードに跳ね返って落ちていく。遥香がリバウンドに身構える。多緒は押し出されて不利な位置。遥香が取ると思われたそのとき、多緒は長い腕を伸ばしてボールをはじいた。こぼれたボールを遥香が追う。
しかしボールを収めたのは、翠だ。ディフェンスについていた緑はシュートを打たれた後にゴール下に詰めていた。実戦的な動きだ。翠は遥香に背中を向けてボールを守ってから、トップ位置に戻した。それから多緒に向かって、
「そう。それでいいんだよ。」
と嬉しそうに言う。
「リバウンドは1対1だけで取るものじゃない。取れなくても、はじくだけでも味方がボールを取れる可能性ができるんだから。」
「そうね。マイボールにできなかったとしても、相手の次の攻撃を遅らせる効果が期待できる。リバウンドは、もちろん取りきるのが一番だけど、絡んでいくことも大事だ。」
そう言ったのは美由紀だ。翠が続ける。
「そう。絡んでいけばいい。君のサイズと腕なら、不利な位置からでもそれができるはずだよ。」
多緒はやや困惑気味だが、緑は近づいて言う。
「誰にだって得手不得手はある。でも、苦手なことがあるからといって何もできないわけじゃない。君はできる子だよ。できることをがんばってやっていこうよ。」
遥香から「見掛け倒し」のことを聞いていた翠は、多緒を励まそうとしているのかもしれない。
「翠の言うとおりね。」
歌織が2人に近づきながら言う。
「でも、それだけじゃ困るわ。」
クールな目はほんの少し厳しさを持ったようにも見える。
「できることをやってもらうのももちろん大事だけど、できないこともできるようになってもらわなくちゃね。」
「…はい…。」
多緒の返事は自信なさげだ。
「心配しないで。」
歌織は笑顔で言った。目は相変わらずクールだが、厳しさの中に愛情にも似た何かが含まれているようだ。
「あなたはこれから始まるのよ。経験者といっても、1年生全員、みんなこれから成長していくのよ。」
半分は楓の受け売りだが、歌織なりに消化したつもりだ。
「最初から能力や自信がある人なんていない。恵まれた体格や才能を持っていたとしても、みんな最初はゼロから始めるの。あなただって例外じゃない。特別な人間なんていないわ。他の人と同じ。何も変わらないのよ。」
突然、多緒は身体に、あるいは心に電気が走ったような気がした。
ホカノヒトトオナジ…
この言葉が多緒の心の奥深くに突き刺さった。
肌の色と身長。多緒はずっと、自分が「周りと違う」ことを思い知らされてきた人生(まだ15年だが)だった。「みんなと同じになりたい」。そう願っても叶うことは決してないと思っていた。
それが、今この瞬間、あまりに唐突に、何の前ぶれもなく、目の前の人の口から出た言葉によって現実となった。
喜び?満足?安堵?そのすべてに当てはまり、またはそのどれでもない、さまざまな感情と思考が頭と心をぐるぐると駆け巡る。「何か返さなきゃ」。次に多緒の口から出た言葉は、混乱の中からとっさに出たもののようにも思えたが、心の奥底にある偽らざる想いだった。
「あたし、バスケ部、入ります。」
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