世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました

芦田オグリ

文字の大きさ
26 / 75

【25】庭園にて

しおりを挟む
 空は、平和の象徴のように晴れ渡っていた。
 その明るさの下、肺いっぱいに空気を吸い込むと、ようやく体が自分のものに戻ってきた気がする。

「ヒュー、良かった。起きたのか」

 漆黒のような黒髪を短く整えた青年が立ち上がり、ヒューに向かって笑いかけた。

 この少し前――。
 外の空気を吸いたくなって、ヒューは着替えて屋敷の外に出た。

 見事な庭園を眺めていると、やけに背の高い庭師が目に入った。
 剪定鋏を手に、黙々と枝を整えるその姿は、どう見ても庭仕事に似合わない体躯で、筋肉の盛り上がりは並みの戦士以上だ。

 近づいてみて、ヒューは思わず声をかけた。

「グレン? ……グレンドルフ?」

 振り返った彼はヒューの姿を見て、黒曜石のような瞳を一瞬丸くし、それから、見慣れた穏やかな笑みを浮かべた。



「久しぶりだな、グレン」
「ああ。顔色良さそうだ。歩けるのか?」
「大丈夫。つーか、何してんの」
 素朴な疑問に、グレンドルフは小さく笑い、ヒューのほうへと歩み寄ると、気遣うように手を差し出した。
「ヒュー。そこ乗り越えて、こっちへ来て」
 武骨な見た目に反して、その仕草は妙に丁寧だった。ヒューは素直に手を借り、段差を乗り越えた。
 段差を乗り越えるのを見届けるまで、彼は最後までしっかりと手を離さなかった。

「で、庭師に転職したのか?」
 揶揄するように言うヒューに、グレンは生真面目に答えた。
「いいや。あまりに見事な庭だからな。植物の手入れをさせてもらっている」
「いや、なんで?」
「なんでも経験しておいたほうがいいかと思ってな。国に戻ったら、そのうちこういう立派な庭園が出来るかもしれん」
 肩にかけた布で汗を拭き、愛しげに花園の植物を眺めた。
「魔王討伐の報奨金を国に送ったら、城を建てるってさ、親父から返事がきた」
「そっか。デトラ喜んでたろ? 息子が英雄になったんだから」
「いや、魔王を倒したのはアレックスだし、皆だ。魔力も神の加護も大してない俺は、盾になるしか能が無いからな」
「いや、普通、盾にもなれねーから……」
 長身のアレックスよりも更に背の高い青年を、ヒューは見上げた。
 ガインより更に逞しい肉体は、鋼のように締まっている。
 鍛え上げた肉体と、鉄壁の防御力。その力は大型魔獣を弾き飛ばし、竜をも昏倒させる。
 その言葉は謙遜だが、実際には彼に救われた場面ばかりだ。

 一人で騎馬軍団並みの働きをする《重戦士》グレンドルフは、辺境部族の小国・ドルグネの出身だ。

 国といっても小都市程度の規模しかなく、国家扱いされているが、実際は部族連合である。
 城を持たず、主産業は王を始めとした傭兵業で、《ドルグネ重兵団》は世界最強の重装兵集団として知られている。

 その屈強な戦士たちを束ねるデトラ族長は、グレンドルフの父であり――つまり彼の立場は王子ということになる。とはいえ、大国の貴族の公子であるリオネルより身分は低い。

「《七英雄》なんて、俺には肩書が重過ぎる」
「あー、その名前でツケまくって呑んでるオッサンいるらしいぞ」
「はは、ガインの社交性は、見習っていかないととは思う」
「やめとけって。リオネルが変に影響受けてるのさえ嫌なのに」
「リオネルは、ヒューとガインが大好きだよな」
 グレンドルフは笑っていたが、真面目で社交辞令を言えない奴だ。ガインの奔放さを本気で社交的だと思っていそうなので、忠告した。
「お前が男前だからって、花街とか連れて行かれねーようにな?」
「え、いや、それは無い」
 急に顔を赤らめる。
「ならいいけど。あいつと行くと、ぼったくりとか合うぞ。行きたくなったら、俺が良い店調べてやるよ」
「いや、花街には興味が無い。本当に」
 顔を赤らめたまま、グレンが首を振る。
「今はそんな場合じゃないしな! 魔瘴は濃くなって、魔獣も多い。西の帝国の動きもあるから……!」
「うん? そうだな」
 急にまくしたてるグレンドルフにヒューは首を傾げ、そういえば問題は山積みだったなと思い出した。勢力争いを始めた魔族内の問題もある。

「……お前と話すと、マジほっとするわ……」
「え?」
 思わずヒューは呟いた。癖の多い英雄ばかりの中で、まともな会話が出来る人間が少なすぎる。
「あ……その、色々あったみたいだな? ……すまん、何の力にもなれず」
 生真面目に頭を下げるので、ヒューは苦笑した。
「全然」
 つい無意識に腹をさすってしまい、グレンドルフの目線がそこに落ちる。その頬はまだ赤いままだ。
「……は、腹に、赤ん坊がいるとか……?」
「“竜”に貸してんだよ! 実体はねーから、妊娠とかじゃないから、本当に!」
「お、大声を出したら、障ると思うが?」
「出させんなよ! どいつもこいつも!」
「す、すまん」
 おろおろとするグレンに、ヒューも顔を真っ赤にして怒鳴った。リオネルにも指摘されたが、つい腹を撫でてしまう自分も、紛らわしいという自覚はある。でも無意識に触ってしまうのだ。
 しかし以前ほど、ざわざわと動き回る感覚は無い。

(……アレクが言ってたな、俺は舐められてるって……お前、あんときあいつがビビらせたから、大人しくなったのか?)
 心の中で尋ねてみても、返事は無い。あの朽ちた祭壇のある遺跡に行ってから、妙に落ち着きがなかったが、今は穏やかだ。
(コイツに乗っ取られかけてたのかな……)
 そのことに、アレックスは気づいていたのだろうか。

「ヒュー?」
「あ、何でもねえ」
 心配そうに見下ろしてくるグレンドルフに、ヒューは誤魔化すように笑った。
「そこの東屋で休もう」
 また手を取られ、案内されたのは、庭園の奥にある白い石造りの東屋だった。椅子を引いてくれたので、礼を言って腰かける。
「飲み物を持ってこようか?」
「ありがと。でも、そんなに気遣わなくていいぜ。けっこう元気だし。お前は、元気だった?」
「元気だ。あれから魔境線を超えて戦ってたのはアレクだけだからな。バルディオン周辺で活性化した中型魔獣の討伐ぐらいはやっていたが」
「お前の敵じゃねーな」
 ヒューが笑うと、グレンも目を細めた。
「セシィリアにも久しぶりに会ったよ。ガインにはまだ会ってねーけど」
「ヒューがいなくなって、リオネルもすぐいなくなったからな。バルド王城の者たちも残念がっていた。リオネルの代わりには、ハーケイルから外交官がすぐに遣わされたが」
「お前は、一国の王子だから大変だったろ」
「王子というのは、慣れんな……族長の息子だ。故郷でもみなそう呼ぶしな」
 苦虫を噛み潰したような顔をする。
「毎日パーティーなんだって?」
「それも慣れん……故郷じゃ戦勝の酒盛りしかしないからな。この機にダンスくらいは覚えておこうかと思っているが……」
「真面目だな」
「他人事じゃない。ヒューも覚悟しておいたほうがいいぞ」
「なに?」
「今夜もパーティーだからな」
「まだ起きてないことにしていいか?」
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。

はぴねこ
BL
 高校生の頃、片想いの親友に告白した。  彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。  もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。  彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。  そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。  同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。  あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。  そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。 「俺もそろそろ恋愛したい」  親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。  不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。

お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして

みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。 きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。 私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。 だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。 なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて? 全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです! ※「小説家になろう」様にも掲載しています。

おしまいのそのあとは

makase
BL
悪役令息として転生してしまった神楽坂龍一郎は、心を入れ替え、主人公のよき友人になるよう努力していた。ところがこの選択肢が、神楽坂の大切な人を傷つける可能性が浮上する。困った神楽坂は、自分を犠牲にする道を歩みかけるが……

夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた

今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。 レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。 不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。 レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。 それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し…… ※短め

昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する

子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき 「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。 そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。 背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。 結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。 「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」 誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。 叶わない恋だってわかってる。 それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。 君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

偽りベータの宮廷薬師は、氷の宰相に匂いを嗅がれ溺愛される

水凪しおん
BL
「お前の匂いがないと、私は息ができない」 宮廷薬師のルチアーノは、オメガであることを隠し、自作の抑制薬でベータと偽って生きてきた。 しかしある日、冷徹無比と恐れられる「氷の宰相」アレクセイにその秘密がバレてしまう。 処刑を覚悟したルチアーノだったが、アレクセイが求めたのは、ルチアーノの身体から香る「匂い」だった!? 強すぎる能力ゆえに感覚過敏に苦しむ宰相と、彼の唯一の安らぎとなった薬師。 秘密の共有から始まる、契約と執着のオメガバース・ロマンス!

処理中です...