世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました

芦田オグリ

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【63】視線

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 馬車ならぬ大黒豹の牽く車で、《霜雹公領フリゴラ・テリア》を抜け、魔境線へと向かう。
 帝国駐屯地とは距離があり、先の襲撃の爪痕も、ここまでは及んでいなかった。

夜冠公妃ノクティア様、ねえ……」
 ガインが喉奥で笑いながら、向かいに座るヒューのドレスの裾をつまんだ。
「なんだ、下、履いてやがるのか」
 裾の下の幅広のズボンを見て、露骨に肩を落とす。

「おい、捲んな」

 これから魔境線で、重要な商談が控えている。
夜冠公妃ノクティア》として、ヒューはその場に立たなければならない。

 その話をした途端、「面白そうだから護衛させろ」とガインが言い出した。

 下世話で、品は無いが、腕は確かな男だ。
 護衛としては申し分なかった。
 そして、ヒューには無い知識を持っている。

 もっとも今は、下世話のほうが勝っているが。

「お前ほんと、男誑かす天才だな」
 頭のてっぺんからつま先まで、じろじろと無遠慮に眺めてくる。
「思い出すわ。そうやって女装して、酒場で男誑かしては、吐かせるだけ情報吐かせてたよなぁ。アレク泣かして」
「誑かしてない。ジルとは互いに納得済みの利害関係だから」
「ヤッた?」

 答える代わりに、はあ、とヒューは息をついた。

「なんだ、ヤッたのか」
「ヤッてねーよ」

 答えると、何が可笑しいのかガインがゲラゲラ笑う。

「いつの間にかガイアデイラまで来てると思ったら、現地夫作ってるとはな。オメーのそういうとこ好きだぜ。退屈しねーわ」
「うるせーな、色々あるんだよ。……他のみんなはどうしたんだよ」

 ガインはまだ笑いを含ませたまま、肩を竦めた。

「さーな。リオネルに頼まれて、しばらく鍛えてやってたけどよ。俺もすぐヴェルちゃんについてこっち来たから、詳しくは知らねーな。グレンは一度、国に帰るって言ってたぜ。お前のこと心配してたけどな」

 そこで口角をにやっと上げる。

「愛人作って、よろしくやってるとはな」
「愛人じゃねーよ」

 即座に返すと、ガインは愉しげに鼻で笑った。

「セシィは実家で寝てるだろーし、エルドは放っといても、好きなときに顔出すだろ」

 他のみんなのことは、それほど心配していない。
 だが、リオネルだけは気がかりだった。

 急に用が出来たと言い出した、その様子も妙だったし、無茶な特訓でもしているのではないか、そんな考えがよぎる。

 ガインにはそれが見透かされていた。

「まーた、可愛いリオ坊の心配か?」
「そりゃするだろ。あいつはまだガキなんだから」
「ほっとけって。俺の集落じゃ、五歳から武器持たされて、魔獣狩りだぜ」
「スヴァラと一緒にすんなよ」

《スヴァラの民》――南大陸の辺境にある、戦士の集落で生まれた者を指す。

 男女も、大人も子供も関係なく、すべての民が武器を手にする。
 全員が戦士でありながら、同時に鍛冶師、あるいは武具師でもある。
 ガインはそのスヴァラで生まれた、流れの戦士であり、武器や防具造りの匠でもあった。

「まあ、お前がいてちょうど良かった。この魔獣の皮の処理、どうやるのが一番いいと思う?」

 傍らに置いていた袋から、ヒューは処理を施した魔獣皮を取り出した。

 ガインはそれを受け取ると、指先で軽く弾き、表と裏を確かめる。

「……あー」
「あー、ってなんだよ?」
「悪くはねえけどな、力入り過ぎだ」
「そう?」
「そうそう。真面目にやり過ぎだわ」

 皮を軽く引っ張りながら、ガインは続ける。

「ほら、ここ。刃を入れる位置はあってる。でもよ、魔獣のは死んでも癖が残る。生きてるつもりで扱わねえと、素材が拗ねるぜ」
「素材が拗ねる?」
「そう」

 首を傾げるヒューに、ガインは思いのほか丁寧に教えてくれた。

「こいつならな、もう一段階、脂抜いて揉むといいかもな」

 皮を指で叩きながら言う。

「そうすりゃ、もっと素直な、いい革になるぜ。まあこれを扱った奴も、慣れてねーだけで、センスはあると思うぜ」
「じゃあそのやり方、教えてやってくれる?」
「タダ働きでか?」
「帰ったら酒注いでやるから」
「そいつはいいな。どうせならよ、ジルちゃんの前で接待してくれよな」
「いいけど……」

 頷きはしたものの、青筋を立てるジルディウスの姿が、容易に想像ついてしまった。
「交易やってんだっけか。上手く行ってんのか?」
「まだ拙いけど、まずまずだと思う。人間の商人はここまで足を運んでくれるし、物怖じもしてない。魔族も、けっこう熱心だよ」

 ガインはふーん、と頷き、言った。

「だったら、このへんの魔獣だと、牙と骨は絶対捨てないほうがいい。特に関節骨は、良い留め具になる。武具でも装飾品でも鞄でも、何にでも使えるぜ」
「何にでも?」
「ああ、使える。ガイアデイラの魔獣は、人間界に出る魔獣とは全く違う。全身が強靭で、牙も骨も肉も皮も、使えない部分が無い。職人からすりゃ、少々値が張っても扱いたい代物だ」
「なるほど。ありがと」
 良いことを聞いた。価格設定の参考になりそうだ。

「ネメシアのこともあんのに、やること多いな、お前はよ」
 ガインが呆れたように笑った。

「あっちがどう出てくるか分からない以上は、やるべき仕事をやるしかないだろ。交易は止められないし」
「まーな」
「現れたら、守ってくれるんだろ?」
「どーかなー」

 背もたれに深く身を預けながら、ガインははぐらかすように笑った。
 そのすぐ傍らには、黒鞘に入った大剣が立てかけられている。
 魂をも砕くと言われる魔剣だ。

「お前に何かあったら、すっ飛んで来るのはアレクだったのにな」
「あいつは、別に戦ってる。」
「あいつこそ、《勇者》なんて称号より、ただこうしてオメーの護衛でもしてるほうが、良かっただろうよ。ま、夜冠公妃の護衛なんて、頼めねーだろーが」

 珍しく真面目そうな顔をしていたかと思えば、ぶふっと笑う。

「ジルディウスが王になったら、《勇者》と《魔王》の嫁になるわけだ」
「その話は頭が痛くなるから、やめてくれ」

 車輪が軋み、大黒豹が低く唸りながら進路を変えた。
 魔境線の気配が近づいてくる。

 ヒューはドレスの裾を整え、軽く息を吐いた。



 霜雹公領フリゴラ・テリアから流れる、冷たい空気に晒された荒野。
 比較的瘴気の薄い場所に、簡易のテントが幾つも張られている。
 ナハトが指揮し、準備してくれた。
 そこへ、背中に荷を括りつけた四つ足の魔獣たちが集まり、テントの中に大量の“商品”の荷が運ばれていた。

 いまは簡易のテントだが、早急に石を切り出して運び、建物を造る手筈になっている。

 襲撃があったことを、商人たちが知らないわけはない。
 それでも約束通り、彼らはやって来ていた。

 荷を運ぶ魔獣や魔族たちに臆することなく、荷運びの指示などをしていた。

「なるほど、たしかに始まってるな。“交易”が」

 ガインが先に車を降り、恭しくヒューの手を取った。
 その仕草は騎士のように洗練されていたが、顔はヒューにだけ見えるようににやついていた。

「今日のエスコートは、俺で残念だったな、お姫様」
「今日はお前が一番適任だろ」

 ヒューはガインに手を取られながら、ドレスの裾を少し持ち上げ、車を降りた。

 体の奥がざわついた。覚えのある“視線”を、一瞬感じた。
 舌なめずりをするような、嫌な視線だ。

 ――見られている。この瞬間も。

「狩りか、遊びのつもりかよ」

 小さくヒューが呟くと、ガインはにっと笑った。

「いいじゃねえか、――こっちも遊んでやろうぜ」


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