世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました

芦田オグリ

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【68】夜の三魔候

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 玉座の前に、三人の侯が並んでいる。

「既に顔は合わせているが、改めて示そう」

 紫の瞳がヒューへ向く。
 ヒューは並べられた妃の玉座ではなく、ジルディウスの傍らに立ち、ドレスも着ていない。

 跪く三人は、それぞれ異なる夜をまとっていた。

 長い前髪の奥から、後方へ細く流れる黒い角を覗かせた男――《宵帳侯マルキス・ヴェイル》ヘイル。
 片方がわずかに欠け、前へ突き出した短い戦角を額に持つ青年――《深影侯マルキス・ウンブラ》ザイファ。
 レースとフリルに包まれた華奢な身体、宝石のように透き通る小さな角を飾る少女――《静露侯マルキス・ミュルド》リリザ。

 魔候は、魔公に次ぐ地位を持つ。
 百を数えるヴァルナオグの子の中から選ばれ、それぞれ主君を持つ。
 彼らに兄弟という概念は薄く、ただ強い者が上に立つ。
 シンプルな力社会だ。

「ヒューは俺の意思を代行し、領内において俺と同等の権限を持つ」

 静かだが、有無を言わせない言葉に、三人の配下は跪いたままだ。

「以後、ヒューの命は俺の命だ」

 侯たちの頭が深く下がる。
 夜に連なる名を冠しているのは、彼らの誇りだ。

宵帳侯マルキス・ヴェイル、ヘイル」
「は」

深影侯マルキス・ウンブラ、ザイファ」
「御意」

静露侯マルキス・ミュルド、リリザ」
「承りました」

「貴様らの忠誠は、どこに向く」
「夜冠公と、その御心の在処に」

「その心とは、何処にある」
「この国――夜冠公領ノクティリア・レグナと、貴方様の統べる未来のガイアデイアに」

「では俺が倒れたときには?」
「この国と、夜冠公妃ノクティアヒュー様に、永遠の忠誠を誓います」

「ならばよい。妃に触れたものは、この国に刃を向けたものと思え」

 仰々しい儀式の後、ジルディウスは微笑みながら、ヒューを見やった。

「この三侯と、その下に連なる伯以下の配下全て、好きに使って構わん。正直、俺は交易も政治も分からんから、妃がやってくれると助かる」

 このときヒューは、正直に思った。
 堂々と丸投げされた――と。



 玉座の間を辞した後。
 ヒューは三人の魔候を伴い、執務用の会議室へと移動した。

 磨き上げられた黒曜石の壁に、淡い魔光が灯る。
 天井には夜空を模した光点が瞬き、中央には大きな円卓がひとつ。
 窓の外は変わらず、深い常夜だった。

 ぱたん、と扉が閉まる。
 その瞬間だった。

「はあぁぁぁ……」

 三人分の長いため息が、見事に揃った。

 それまで完璧な礼節を保っていた魔侯たちが、まるで糸が切れた人形のように、一斉に力を抜いていた。

「はぁ……ダルいです……」

 ぼやきながら壁に寄りかかったのは、宵帳侯ヘイルだ。

 夜色の長髪が肩から流れ、片目を隠している。
 その髪に隠れるようにして、後ろへ流れる細い角が、灯りを鈍く弾く。
 細身で、青白い肌に影が差す顔立ちは整っているが、とにかく覇気がない。
 黒い外套の内側で、翼がだらりと下がっている。

「……もうジルディウス様いませんよね……?」

 死んだ目で確認してくる。

「マジで、ジルディウス様のはりきりよう、ヤバいっすよね」

 次に椅子へどさりと腰を落としたのは、深影侯ザイファだ。

 額から前へ突き出した短い角は、わずかに欠けている。
 短く逆立てた青髪、鋭い牙を見せる口元。
 小柄だが引き締まった体躯で、戦慣れした匂いが濃い。
 態度が悪く、大きな翼を背もたれに引っかけ、脚を投げ出している。

「ヒュー様が来てから毎日ウキウキじゃないっすか。オレらの仕事も増えちゃって」

「他の魔公には睨まれちゃうしぃ~。《断罪公》とか、うちと縄張りが近いからギスギスでぇ~……」

 最後に、ふわりと席に座ったのが、静露侯リリザ。

 宝石めいた小さな角が、編み込んだ紫の髪の間で光る。
 レースとフリルを幾重にも重ねたゴシック調の装いは、戦場より舞踏会のほうが似合いそうだ。
 けれど背に畳んだ翼は刃物のように鋭く、瞳の奥は冷たい。

「あ~、メイク崩れてきたかも~」

 三候はジルディウスが居なくなった途端、背筋もぐにゃりと曲がり、ぶつぶつと文句を零している。

 ヒューは円卓に近づいた。
 絶対嫌がるだろうな、と思ったが、残酷に口火を切る。

「じゃあ、仕事の話していいか?」

 三人が同時に固まる。

「しご……と……?」
「増えるやつすか?」
「怖ぁ……」

「減らす方向で考えてるよ」

 ぴたり、と空気が変わった。
 三対の目が、本気で輝く。

「……減……る……?」
「マジすか?」
「神ぃ?」

 玉座の前での忠誠より熱量が高い。
 ヒューは苦笑しながら椅子に腰掛けた。

「堅苦しくしなくていい。一人ずつ話を聞くから。まず、ヘイルから、思うところある?」
「あ、はい……ダルいです……」
「何が一番ダルいんだ?」
「敵が多いので、それぞれの領地の安全を保つだけで、精一杯です……最近は霜雹公領まで面倒見なくちゃならないんで……めっちゃダルいです……」
「分かった。ゼルナンドの部下にも、これからはもっと働いてもらおう。次、ザイファ」
「そもそも、勇者が壊して荒れ地が増えたんすよね。十二公殺られてますからね、十二の領地がボロボロってことっすよ? 難民がどんどん入って来てるっすよ」
「それも、後で整理しよう。十二の領地の状態から確認する。リリザは?」
「ストレスすごくてぇ、オシャレしたいですぅ~。お妃様ぁ~、人間って、素敵なドレス輸入してくれますぅ?」
「今度聞いておく」

「はあ……もう領地手放したい……ダルい……」
「負けた公んとこの難民が勝手に入って来て、住むとこないとか文句言うの、マジでキレそうっす。ぶっ殺していいすか?」
「《断罪公ドゥクス・ユスティティス》から刺客がちょいちょい来ててぇ~、爆ウザいんでもう叩き潰しません~?」

 使えと言われた魔候たちが、使える気がしない。
 もしかして、夜冠公ノクティス陣営は、内政が苦手なのだろうか。

「ぶっ殺すのと叩き潰すのは駄目だ。一個ずつ解決しよう」

 残念そうな空気が流れた。
 構わずにヒューは続けた。

「まずは領地内の治安と、難民の話か……魔公を失った地って、具体的にどうなるんだ?」
「まあ、他公に蹂躙されますよね。その前に幾つかの領地は、ジルディウス様が接収したっすけど。遠い場所だと、がめつい魔公に持ってかれてますねー」
 ザイファが答えた。
「どこか、戦になってるのか?」
「魔王様が亡くなったときに、ちょっと小競り合いあっただけで、今は落ち着いてるっす。ジルディウス様の統治宣言が効いてますね。ジルディウス様は強いすから」
「あとぉ、お妃様がヒュー様だから?」
 リリザは指の先を唇に当てながら、こてんと首を傾げる。
「俺?」
「だって、勇者の伴侶じゃないですかぁ。まだ勇者はみんな怖いですもん。ヒュー様に手を出そうって思う魔族は、イカれたネメシア陣営ぐらいではぁ?」

 ヒューの存在が、アレックスの威を借りていることになるらしい。

「それが効くなら、他の魔公は交渉の余地があるかもしれないな」
「ええ~、危険なことされたら、あたしたちがジルディウス様に殺されちゃいますぅ~……」

「残るすべての魔公を統一しないと、ガイアデイラの統一は無理だ」

 すると三候の目が一斉にぎらついた。

「あ、攻めます?」
「いいっすねえ、てっとり早くて」
「まず《断罪公領》からぶっ潰しましょ~」

 ――分かった。
 こいつら、全員武闘派だ。

 ヒューは額に手を当て、少し考えた。

「……内政の話をしよう。まずは自分んとこの領地だよな。そこからいこう」

 戦じゃないのか……と露骨にがっかりした顔つきで、三侯が口を閉じる。

「住む地を追われた魔族には、働き口を作ろう」

 ぽかん、と三人の視線が揃った。

「警備、開拓、加工、輸送。復興に、交易に、生産……やることは山ほどあるんだ。難民扱いするんじゃなくて、どんどん雇用する」

「それって、ダルいんじゃ……」
「野放しよりダルくない」

 顔を暗くするヘイルに、きっぱりとヒューは言った。

「資源は豊富で、交易のネタはある。人間の商人たちがこぞって買いつけにきてる。交易で稼げる見込みがあるんだ。足りてないのは人材。でも難民なら溢れるほどいる」

 ヒューの言葉に、三候は猜疑の目や、不可解そうな視線を向ける。

「それから、彼らに居場所を作ろう」
 
「居場所……?」
「勝手に住み着くから揉めるんだ。だったら、最初から区画を決める」
「難民居住区、ってやつですかぁ?」
 リリザが首を傾げる。
「うん。仮設でいい。壁と見張りをつけて、管理出来る形にする」
 ヘイルが眉をひそめた。
「……保護する、ってことですか」
「違う」
 ヒューは即座に否定した。
「働いてもらう」

 三侯の空気が、ぴたりと変わった。

「名簿を作る。戦える奴、手先が器用な奴、怪我してる奴……とにかく一人ずつ管理して、仕分ける」
「……兵站整理と同じっすね。それなら分かるかも」
 ザイファがぽつりと言う。
「そう。訳分かんないまま散らばってるから厄介なんだ」
 ヒューは円卓の上に手を置いた。

「飯と寝る場所があれば、暴れる理由も減る。そんで、そのぶんきっちり働いてもらおう。もちろん、正当な報酬は払って」

 しばしの沈黙が流れた。

「それって、力で抑えるより、手間かかりますよね?」
「かかるよ。でも、いずれ利になる。ただ抑えるよりもずっと。最初はめんどいだろうけど、お前たちにやってもらう」

 ヒューの言葉に、三候たちが目だけを向けた。
 重たい雰囲気の中で、ヒューは三人をそれぞれ見た。

「頼んでない。命令してる。――やれるよな?」

 しんと冷えた空気の後で、ザイファがゆっくりと笑った。
「夜冠公妃様の御心のままに。やりますよ。命令なら」

 リリザが指先をくるりと回す。
「ちょっとゾクッとしちゃったぁ」

 ヘイルは少し遅れて、深く息を吐いた。
「……命じられたほうが、分かりやすくて、いいです……」

「じゃあ、仕事を割り振る」

 有無を言わせず、ヒューは微笑んだ。

「難民居住区の管理は、ヘイル。警備と区画整理を頼む。流入経路と人員把握は、ザイファ。生活物資と衣服の調達は、リリザ」

 名が呼ばれるたび、三人の魔候は目の奥を光らせた。
 嫌がっていたのが、命令を言われた途端に目の色が変わる。
 彼らは骨の髄まで魔族だ。
 ヒューの言葉は、ジルディウスの言葉に等しい。

「……仕事、減るって言いましたよね……」

 ぼそっとヘイルが呟くと、ヒューは事も無げに答えた。

「ああ。面倒な仕事が減って、意味のある仕事が増えるよ。これまでお前たちが夜冠公領を守ってきてくれたからこそ、秩序が保たれてる。そこに管理を足すだけだ。俺もやるから」

「え、ヒュー様もやってくれるんすか?」
「やるよ、言い出したんだから」
「そういうのは、魔族にはない感覚ですよぉ~」
「手伝うこと?」
「……上の者が、下の者の機嫌を取るなんて……ありえません……」
「機嫌取ったつもりはないけど。慣れてないんだし、やり方分からないなら、俺が教えたほうが効率いいじゃん」

 なんか間違ったかな、とヒューは思ったが、三侯は揃って小さく頭を下げた。

「お願いします」

 三人の声が揃う。
 玉座の前で誓った忠誠よりも、その仕草はずっと自然だった。

「あの、だらだらしてすんませんでした」
「お妃様、許してくれる空気だからぁ~」
「……ジルディウス様には、内緒でお願いします……」

「大丈夫、じゃあさっそく働こうか」

 にっこりと笑い、ヒューは告げた。

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