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プロローグ
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ガチャリ、と鍵の音が鳴った。
「……ふう。疲れた……」
暗い廊下が、変わらずそこにあった。誰の声も、気配もない。
「ただいま」
呟いた声が、空っぽの部屋に吸い込まれていく。
まあ、わかってたことだ。
「誰も帰ってこない部屋にも、やっと慣れてきたと思ってたけど……」
頭を掻きながら、ぽつりと独り言。
「ペットでも飼えたら、ちょっとは違ったかな……」
スーツのまま靴を脱ぎ、壁のスイッチを押す。
淡い灯りが部屋を照らすと、どこにでもある一人暮らしのアパートの景色が広がった。
冷蔵庫のドアを開ける。冷気が顔にかかって、少しだけ目が覚めた気がした。
冷たい水をコップに注ぎ、ごくごくと飲む。
「ぷはあ……全く、こんな時間まで仕事って……」
スマホの画面を見ると、22時を少し回っていた。
「明日は久々の休みだし、例のパークゲーでもやり込むか」
コップを置きながら、思わず声が漏れる。
この部屋で、ひとりの時間だけが唯一の自由だった。
湯を張る準備をしながら、机の上の書類に目を通す。
会社から持って帰ってきた資料が、まだ少し残っている。
やがて、風呂が沸いた音が響いた。
「……ああ、もうこんな時間か」
立ち上がるのも少し億劫で、ゆっくりと体を伸ばす。
そのまま、溜め息をつきながらバスルームへ向かった。
「はあ……あの上司、ほんと何考えてんだか……。あんな期日で終わるわけないだろ」
お湯に浸かりながら、ぽつぽつと不満が漏れる。
今年で35歳。
同期は出世して、後輩たちは結婚していく。
……俺だけ、なんとなく取り残されてる気がした。
「このまま一人ってのも、やっぱ寂しいよな」
ふっと独り言が消えていく。湯船の中で、背伸びをする。
無理やり体を動かして、心に湧いてきた記憶を押し流す。
パンッ。
自分の頬を軽く叩く。
「よしっ、上がるか」
風呂から出ると、湿った空気が体を包み込んだ。
「たまには夜更かししてもいいだろ」
コーヒーを入れてデスクに向かう。
息を吐き、PCをつけた。
ピッ。
モニターが光り、数秒の静寂。
ポンッ――
ゲームの起動音が、控えめに部屋へ響いた。
俺がいちばんハマってるゲームは、“パーククリエイター”っていう遊園地経営シミュレーションだ。
前作からずっとファンで、アトラクションや店を自由に配置できて、客の反応もリアル。
家族で行った遊園地をモデルにパークを作ってたら、気づけば何百時間もやり込んでた。
作るたびに“あの頃”に戻れた気がして、他のゲームじゃ物足りない。
でも――
急に、胸の奥がぎゅっと苦しくなる。
バチン。
頭の奥で何かが弾ける。
古い記憶の断片が、波のように押し寄せてきた。
俺はゆっくり目を瞑った。
ふう、と息を吐く。
ほんの少しだけ、逃げたくなった。
「お兄ちゃん」
…美咲。
「お兄ちゃん、あれ一緒に乗ろうよ!」
久々に家族全員で遊園地行った。俺はもう二十二歳だったけど、こんなこと滅多にない。
ボロい看板、木のベンチ、どこかで流れてるゆるい音楽。
観覧車のきしむ音とポップコーンの匂い。
子供の頃は夢の国に見えたけど、大人になったらちょい地味。
家族で歩く園内、美咲が急に駆け出して、パークのマスコット着ぐるみに抱きついた。
美咲は俺のところに戻ってくると、
手をつなぎたいのか、じっとこっちを見ている。
まあ、あんまりはしゃいで転んでも危ないし――
そう思いながら、美咲に手を差し出す。
笑顔で、美咲はその手をぎゅっと握った。
少し歩いて、観覧車の前に来たとき――
美咲がふと呟く。
「乃愛ちゃんも、今日来られたらよかったのになぁ……」
その言葉に、俺の頭にいつも美咲と遊んでいた友達の顔が浮かぶ。
……本当は、今日だって誘おうと思えば誘えたはずだけど、
「家族の思い出は家族だけで」なんて、子供ながらに気を使ってたのかもしれない。
俺がなにか言おうとしたその時、
美咲はもう次のことに気を取られたみたいに、手を繋いだまま向こうを指差す。
「ねぇお兄ちゃん、あれ乗ろうよ!」
見れば、ジェットコースターだ。
「あれはまだ乗れないだろ?」
「乗れるってば! だって、もう十一歳だよ?」
「何言ってんだよ。あれ、年齢は関係ないだろ?」
受付の近くには、マスコットの身長測定のパネルが立っている。
美咲は年齢のわりに身長が低くて、どう見ても無理そうだ。
「背伸びしてもダメだぞ」
俺が笑いながら言うと、美咲はぷくっと頬をふくらませた。
「えー! ぜったい大丈夫だもん!」
「美咲、そんなに背伸びしても危ないわよ?」
「ちゃんとルール守らないと、スタッフさんに怒られるぞ?」
母さんが笑いながら、美咲の頭を撫でる。父さんは苦笑いしながら宥めた。
まだ、美咲は納得いってないようだ。
たまには、兄貴らしいこと言ってやるか。
現実じゃ無理だけど、最近ハマってるパーククリエイターの中なら――。
「しょうがねえな。いつか俺が作ってやるよ。……ゲームの中だけどな」
「ほんと?」
「妹のためだし、たまにはカッコつけさせろよ。な?」
「全然カッコよくないんだけど」
美咲は小さく口をとがらせて、
「ほんとに作ってくれるの?」って言いたげな視線をよこす。
俺はその目線に気づいて、
「……ま、約束は約束だしな」
なんてごまかしながら、
――仕方ねえ。帰ったら、早速作り始めてみるか。
と、心の中でそっと決めた。
母さんはパークのケーキ食べ放題がいいかしら、とウキウキ顔で言い、
父さんは「夢を見るのは無料だしな。いつか父さんには城みたいな豪邸を頼むぞ」と調子よく乗っかる。
二人が笑い合ってからかうのを横目に、美咲がジト目で俺を見た。
「ゲームじゃなくて本当のやつがいいの!」
美咲は口を尖らせて、小さな手をぎゅっと握る。
「だって、現実の方が絶対楽しいもん……!」
「無理言うなって…」と苦笑いする俺に、美咲はまっすぐな目で言い返す。
「本物の遊園地の方が、絶対楽しいんだから!」
――そんなふうに言われると、どうしても期待に応えてやりたくなる。
冗談半分でも、妹の夢くらい背負ってやりたいって、ふと思った。
少しだけ間をおいて、美咲の顔を見つめる。
「……じゃあ――」
俺は力強く拳を握って、高く振り上げた。
「見てろよ!最高のテーマパーク作ってやるよ!!」
美咲が「お兄ちゃん恥ずかしいからやめてよ!!」と叫ぶ。
――そして。
「でも、約束だよ?」
美咲は笑った。
家族の笑い声が、しばらくその場に響いていた。
……その笑い声が、ふっと消えた。
静寂。
何も聞こえなくなった瞬間――
ドーーーーーン!!!!
爆発音が耳の奥で反響する。
気がつけば、目の前にはぼんやりとテレビの画面が浮かんでいた。
――2年前。
画面の中で、誰かが何かを話している。
けれど、内容はほとんど頭に入ってこない。
ただ、ニュースキャスターの声だけが妙に遠く聞こえた。
観光地のそばで飛行機落ちた。結構人死んだ。家族旅行中の人多かったという内容だった。
心臓がバクバクと鳴って、息が詰まる。
「やめろ……やめてくれ……」
頭の奥で、何かが砕けるような痛み。
――家族の笑い声。
――美咲の笑顔。
――約束だよ?
次々と、鮮やかな記憶の断片が浮かんでは消えていく。
美咲の友達――あの子も、俺が行かなかったせいで一緒に行くことになった。
どれだけ思い出しても、もう戻れない。
――そして
ピピッ。
スマホの通知音が、静かな部屋に響いた。
その瞬間、意識が現実に引き戻される。
気づけば、頬に冷たい涙が伝っていた。
「……ごめんな。」
片付けられないまま、机の端に置きっぱなしの家族写真に目をやる。
触れようとして、でも手を止めた。
なんでだろうな……こんなふうに謝ってばっかりで。
頭の中で、2年前の記憶が蘇る。
あの日、家族みんなで旅行に行く予定だった。
美咲は22歳。就職が決まったばかりで、
そのお祝いもかねての家族旅行だった。
行き先は、美咲がずっと楽しみにしていたテーマパーク。
子どものころから、何度も話していた場所だ。
でも――
俺は「仕事があるから」と断った。
年を重ねるうちに、俺は変わってしまっていた。
その日、家族と美咲の友達は飛行機で向かった。
だけど、その便は事故に遭って――
両親も、美咲も、あの子も戻ってこなかった。
「お兄ちゃんのバカ。……私の夢、ちゃんと覚えてる?」
それが、美咲が俺に送った最後のメールだった。
「自分も一緒に行っていれば…」「仕事さえなければ…」
なにか……変わったのかな。
俺だけが、この場所に取り残された。
軽く息を吐いて、涙を拭う。
ぼんやりとスマホを手に取った。何も考えずにメールアプリを開く。
……あれ?
見慣れない送信者が、リストの一番上にある。
……ん?
今、“misaki”って文字が見えた気がした。
気のせいか?
なんか指、勝手に震えてんだけど。
指先が止まる。――やめておけ、って頭のどこかで思うのに。
でも、どうしても目を逸らせなかった。
迷うように、画面の上で指がわずかに彷徨う。
それでも、
「いや、そんなわけないだろ…」
自分に言い聞かせながら、気づけばタップしていた。
――
題名:夢野 想馬様
「あなただけの夢の国を作りませんか?」
――
「……は? なんだこれ」
迷惑メール……だよな、これ。
コーヒーを飲みながら、画面の“夢の国”って言葉を見つめる。
「……夢の国、ねぇ」
どこぞの大手遊園地のパクリか?それとも新手の詐欺?
なんにせよ、迷惑メールが来るなんて久しぶりだな。
夢の国なら今ゲームで作ってるって。
削除ボタンを押しかける。
いや、普通にスルーすりゃいいだけなんだけど。
それでも、胸のどこかが“夢の国”に引っ張られている気がする。
……疲れてんのか、俺。
ここ数日、ろくに寝ていなかった。
スマホを机に置く。
「んー、もうすぐパークも完成するし、今日はもうやめとくか」
椅子の背もたれに体を預け、ゆっくりと背中を伸ばす。
部屋の静けさに、PCのファンの音だけがかすかに響く。
電源を落とすと、急に世界が静止したような感覚がした。
重い体を引きずるように立ち上がり、そのままベッドにもぐりこむ。
天井の暗がりをぼんやり眺める。
「はあ……」
「明日には完成させたいな」
シーツの感触。自分の呼吸だけが耳に残る。
パークのレイアウトや、お客の笑顔、子どもの嬉しそうな顔――
色んなイメージが浮かんでは消えていく。
……気づけば、まぶたが重い。
目を閉じる。頭の中でジェットコースターの音が遠ざかっていく。
その時だった。
――「……お……にい……ちゃん……」
ザザザッ、と耳元で砂をこすったようなノイズが混じる。
それでも、“お兄ちゃん”という言葉だけが、かすかに聞き取れた。
胸の奥が、ひゅっと冷たくなる。
もう聞けないはずの、美咲の声。
……おかしい。夢か?
体がうまく動かない。
――何かがおかしい。
指先も、足も、布団の感触すら消えていく。
目を開けようとしても、まぶたが重い。
呼吸の仕方さえ分からなくなる。
その瞬間、鼻の奥に、土の湿った匂いが流れ込んできた。
意識が、深い水の底に沈んでいくみたいに重くなる。
……なんだこれ、寝てるのか?それとも……
目を開ける。
眩しい光が、まぶた越しにじわじわと差し込んでくる。
「――まぶしい……」
草が足首にまとわりついてくる。
木の隙間から、かすかに光が差してた。
「はっ……!? どこだよ、ここ……!」
「……ふう。疲れた……」
暗い廊下が、変わらずそこにあった。誰の声も、気配もない。
「ただいま」
呟いた声が、空っぽの部屋に吸い込まれていく。
まあ、わかってたことだ。
「誰も帰ってこない部屋にも、やっと慣れてきたと思ってたけど……」
頭を掻きながら、ぽつりと独り言。
「ペットでも飼えたら、ちょっとは違ったかな……」
スーツのまま靴を脱ぎ、壁のスイッチを押す。
淡い灯りが部屋を照らすと、どこにでもある一人暮らしのアパートの景色が広がった。
冷蔵庫のドアを開ける。冷気が顔にかかって、少しだけ目が覚めた気がした。
冷たい水をコップに注ぎ、ごくごくと飲む。
「ぷはあ……全く、こんな時間まで仕事って……」
スマホの画面を見ると、22時を少し回っていた。
「明日は久々の休みだし、例のパークゲーでもやり込むか」
コップを置きながら、思わず声が漏れる。
この部屋で、ひとりの時間だけが唯一の自由だった。
湯を張る準備をしながら、机の上の書類に目を通す。
会社から持って帰ってきた資料が、まだ少し残っている。
やがて、風呂が沸いた音が響いた。
「……ああ、もうこんな時間か」
立ち上がるのも少し億劫で、ゆっくりと体を伸ばす。
そのまま、溜め息をつきながらバスルームへ向かった。
「はあ……あの上司、ほんと何考えてんだか……。あんな期日で終わるわけないだろ」
お湯に浸かりながら、ぽつぽつと不満が漏れる。
今年で35歳。
同期は出世して、後輩たちは結婚していく。
……俺だけ、なんとなく取り残されてる気がした。
「このまま一人ってのも、やっぱ寂しいよな」
ふっと独り言が消えていく。湯船の中で、背伸びをする。
無理やり体を動かして、心に湧いてきた記憶を押し流す。
パンッ。
自分の頬を軽く叩く。
「よしっ、上がるか」
風呂から出ると、湿った空気が体を包み込んだ。
「たまには夜更かししてもいいだろ」
コーヒーを入れてデスクに向かう。
息を吐き、PCをつけた。
ピッ。
モニターが光り、数秒の静寂。
ポンッ――
ゲームの起動音が、控えめに部屋へ響いた。
俺がいちばんハマってるゲームは、“パーククリエイター”っていう遊園地経営シミュレーションだ。
前作からずっとファンで、アトラクションや店を自由に配置できて、客の反応もリアル。
家族で行った遊園地をモデルにパークを作ってたら、気づけば何百時間もやり込んでた。
作るたびに“あの頃”に戻れた気がして、他のゲームじゃ物足りない。
でも――
急に、胸の奥がぎゅっと苦しくなる。
バチン。
頭の奥で何かが弾ける。
古い記憶の断片が、波のように押し寄せてきた。
俺はゆっくり目を瞑った。
ふう、と息を吐く。
ほんの少しだけ、逃げたくなった。
「お兄ちゃん」
…美咲。
「お兄ちゃん、あれ一緒に乗ろうよ!」
久々に家族全員で遊園地行った。俺はもう二十二歳だったけど、こんなこと滅多にない。
ボロい看板、木のベンチ、どこかで流れてるゆるい音楽。
観覧車のきしむ音とポップコーンの匂い。
子供の頃は夢の国に見えたけど、大人になったらちょい地味。
家族で歩く園内、美咲が急に駆け出して、パークのマスコット着ぐるみに抱きついた。
美咲は俺のところに戻ってくると、
手をつなぎたいのか、じっとこっちを見ている。
まあ、あんまりはしゃいで転んでも危ないし――
そう思いながら、美咲に手を差し出す。
笑顔で、美咲はその手をぎゅっと握った。
少し歩いて、観覧車の前に来たとき――
美咲がふと呟く。
「乃愛ちゃんも、今日来られたらよかったのになぁ……」
その言葉に、俺の頭にいつも美咲と遊んでいた友達の顔が浮かぶ。
……本当は、今日だって誘おうと思えば誘えたはずだけど、
「家族の思い出は家族だけで」なんて、子供ながらに気を使ってたのかもしれない。
俺がなにか言おうとしたその時、
美咲はもう次のことに気を取られたみたいに、手を繋いだまま向こうを指差す。
「ねぇお兄ちゃん、あれ乗ろうよ!」
見れば、ジェットコースターだ。
「あれはまだ乗れないだろ?」
「乗れるってば! だって、もう十一歳だよ?」
「何言ってんだよ。あれ、年齢は関係ないだろ?」
受付の近くには、マスコットの身長測定のパネルが立っている。
美咲は年齢のわりに身長が低くて、どう見ても無理そうだ。
「背伸びしてもダメだぞ」
俺が笑いながら言うと、美咲はぷくっと頬をふくらませた。
「えー! ぜったい大丈夫だもん!」
「美咲、そんなに背伸びしても危ないわよ?」
「ちゃんとルール守らないと、スタッフさんに怒られるぞ?」
母さんが笑いながら、美咲の頭を撫でる。父さんは苦笑いしながら宥めた。
まだ、美咲は納得いってないようだ。
たまには、兄貴らしいこと言ってやるか。
現実じゃ無理だけど、最近ハマってるパーククリエイターの中なら――。
「しょうがねえな。いつか俺が作ってやるよ。……ゲームの中だけどな」
「ほんと?」
「妹のためだし、たまにはカッコつけさせろよ。な?」
「全然カッコよくないんだけど」
美咲は小さく口をとがらせて、
「ほんとに作ってくれるの?」って言いたげな視線をよこす。
俺はその目線に気づいて、
「……ま、約束は約束だしな」
なんてごまかしながら、
――仕方ねえ。帰ったら、早速作り始めてみるか。
と、心の中でそっと決めた。
母さんはパークのケーキ食べ放題がいいかしら、とウキウキ顔で言い、
父さんは「夢を見るのは無料だしな。いつか父さんには城みたいな豪邸を頼むぞ」と調子よく乗っかる。
二人が笑い合ってからかうのを横目に、美咲がジト目で俺を見た。
「ゲームじゃなくて本当のやつがいいの!」
美咲は口を尖らせて、小さな手をぎゅっと握る。
「だって、現実の方が絶対楽しいもん……!」
「無理言うなって…」と苦笑いする俺に、美咲はまっすぐな目で言い返す。
「本物の遊園地の方が、絶対楽しいんだから!」
――そんなふうに言われると、どうしても期待に応えてやりたくなる。
冗談半分でも、妹の夢くらい背負ってやりたいって、ふと思った。
少しだけ間をおいて、美咲の顔を見つめる。
「……じゃあ――」
俺は力強く拳を握って、高く振り上げた。
「見てろよ!最高のテーマパーク作ってやるよ!!」
美咲が「お兄ちゃん恥ずかしいからやめてよ!!」と叫ぶ。
――そして。
「でも、約束だよ?」
美咲は笑った。
家族の笑い声が、しばらくその場に響いていた。
……その笑い声が、ふっと消えた。
静寂。
何も聞こえなくなった瞬間――
ドーーーーーン!!!!
爆発音が耳の奥で反響する。
気がつけば、目の前にはぼんやりとテレビの画面が浮かんでいた。
――2年前。
画面の中で、誰かが何かを話している。
けれど、内容はほとんど頭に入ってこない。
ただ、ニュースキャスターの声だけが妙に遠く聞こえた。
観光地のそばで飛行機落ちた。結構人死んだ。家族旅行中の人多かったという内容だった。
心臓がバクバクと鳴って、息が詰まる。
「やめろ……やめてくれ……」
頭の奥で、何かが砕けるような痛み。
――家族の笑い声。
――美咲の笑顔。
――約束だよ?
次々と、鮮やかな記憶の断片が浮かんでは消えていく。
美咲の友達――あの子も、俺が行かなかったせいで一緒に行くことになった。
どれだけ思い出しても、もう戻れない。
――そして
ピピッ。
スマホの通知音が、静かな部屋に響いた。
その瞬間、意識が現実に引き戻される。
気づけば、頬に冷たい涙が伝っていた。
「……ごめんな。」
片付けられないまま、机の端に置きっぱなしの家族写真に目をやる。
触れようとして、でも手を止めた。
なんでだろうな……こんなふうに謝ってばっかりで。
頭の中で、2年前の記憶が蘇る。
あの日、家族みんなで旅行に行く予定だった。
美咲は22歳。就職が決まったばかりで、
そのお祝いもかねての家族旅行だった。
行き先は、美咲がずっと楽しみにしていたテーマパーク。
子どものころから、何度も話していた場所だ。
でも――
俺は「仕事があるから」と断った。
年を重ねるうちに、俺は変わってしまっていた。
その日、家族と美咲の友達は飛行機で向かった。
だけど、その便は事故に遭って――
両親も、美咲も、あの子も戻ってこなかった。
「お兄ちゃんのバカ。……私の夢、ちゃんと覚えてる?」
それが、美咲が俺に送った最後のメールだった。
「自分も一緒に行っていれば…」「仕事さえなければ…」
なにか……変わったのかな。
俺だけが、この場所に取り残された。
軽く息を吐いて、涙を拭う。
ぼんやりとスマホを手に取った。何も考えずにメールアプリを開く。
……あれ?
見慣れない送信者が、リストの一番上にある。
……ん?
今、“misaki”って文字が見えた気がした。
気のせいか?
なんか指、勝手に震えてんだけど。
指先が止まる。――やめておけ、って頭のどこかで思うのに。
でも、どうしても目を逸らせなかった。
迷うように、画面の上で指がわずかに彷徨う。
それでも、
「いや、そんなわけないだろ…」
自分に言い聞かせながら、気づけばタップしていた。
――
題名:夢野 想馬様
「あなただけの夢の国を作りませんか?」
――
「……は? なんだこれ」
迷惑メール……だよな、これ。
コーヒーを飲みながら、画面の“夢の国”って言葉を見つめる。
「……夢の国、ねぇ」
どこぞの大手遊園地のパクリか?それとも新手の詐欺?
なんにせよ、迷惑メールが来るなんて久しぶりだな。
夢の国なら今ゲームで作ってるって。
削除ボタンを押しかける。
いや、普通にスルーすりゃいいだけなんだけど。
それでも、胸のどこかが“夢の国”に引っ張られている気がする。
……疲れてんのか、俺。
ここ数日、ろくに寝ていなかった。
スマホを机に置く。
「んー、もうすぐパークも完成するし、今日はもうやめとくか」
椅子の背もたれに体を預け、ゆっくりと背中を伸ばす。
部屋の静けさに、PCのファンの音だけがかすかに響く。
電源を落とすと、急に世界が静止したような感覚がした。
重い体を引きずるように立ち上がり、そのままベッドにもぐりこむ。
天井の暗がりをぼんやり眺める。
「はあ……」
「明日には完成させたいな」
シーツの感触。自分の呼吸だけが耳に残る。
パークのレイアウトや、お客の笑顔、子どもの嬉しそうな顔――
色んなイメージが浮かんでは消えていく。
……気づけば、まぶたが重い。
目を閉じる。頭の中でジェットコースターの音が遠ざかっていく。
その時だった。
――「……お……にい……ちゃん……」
ザザザッ、と耳元で砂をこすったようなノイズが混じる。
それでも、“お兄ちゃん”という言葉だけが、かすかに聞き取れた。
胸の奥が、ひゅっと冷たくなる。
もう聞けないはずの、美咲の声。
……おかしい。夢か?
体がうまく動かない。
――何かがおかしい。
指先も、足も、布団の感触すら消えていく。
目を開けようとしても、まぶたが重い。
呼吸の仕方さえ分からなくなる。
その瞬間、鼻の奥に、土の湿った匂いが流れ込んできた。
意識が、深い水の底に沈んでいくみたいに重くなる。
……なんだこれ、寝てるのか?それとも……
目を開ける。
眩しい光が、まぶた越しにじわじわと差し込んでくる。
「――まぶしい……」
草が足首にまとわりついてくる。
木の隙間から、かすかに光が差してた。
「はっ……!? どこだよ、ここ……!」
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