未熟な最強者の逆転ゲーム

tarakomax

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貴族の作法は難しい

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――ガルバシェン王国、クリーヴランド男爵家のリビング。

暖炉の火が穏やかに揺れ、部屋にはほんのりと温かみのある空気が満ちていた。

広々としたソファが中央に配置され、奥には家族用のティーテーブル。

天井から吊るされたシャンデリアが、昼間でも柔らかな光を放っている。

その穏やかな空間が、やけにぼやけて見えた。

(……ここは……?)

まぶたの裏に、真っ赤な世界が残像のように焼きついている。

ざぁ……ざぁ……と、どこか遠くで響くような、血の流れる音。

指先が妙に冷たくて、ぬるりとした感触が消えない。

(……なんだ、今の夢……?)

意識がゆっくりと現実に引き戻される。

ソファの柔らかい感触が、だんだんとリアルになってきた。

でも、目を開けるのが怖かった。

もし、この手がまだ"赤"に染まっていたら――

そんな感覚が、微かに指先に残っている気がした。

じわりと広がる、ぬるりとした感触。

(……夢、だよな?)

違和感を振り払うように、ゆっくりと目を開けた。

ゆっくりと手を伸ばし――自分の指先を見つめる。

茶色の髪、細くて小さな手。

(……僕、今……七歳なんだっけ。)

眠そうな顔のまま、手をグーパーと動かしてみる。

違和感の正体を探るように、ゆっくりと顔を上げた。

すると――

ツインテールの金髪が揺れ、腕を組んで仁王立ちしている少女がいた。

ソフィー・クリーヴランド。

僕の姉で、13歳で剣術バカ。

そして――

その青い瞳は、まるで燃える氷のように鋭く輝いていた。

(……うわ、また機嫌悪そうだな。)

睨みつける視線が痛い。

青い目がギラついてるときは、大体ロクなことにならない。

「――あんた、そこ邪魔なのよ。どきなさいよ。」

冷たい青の瞳が、僕を真っ直ぐ射抜いた。

(……姉さん……? いや、なんで……?)

ごくりと喉を鳴らす。
 
夢の中の「真っ赤な世界」が、姉さんの姿と重なりかけた。
 
でも、目の前の彼女はいつも通りの姉さんだ。
 
表情には苛立ちが浮かんでいるが、血なんて一滴もついていない。

(いや、そりゃそうだ……だって、これは――)

「……夢?」

無意識に呟いていた。

けれど、その言葉に自分でゾッとする。

 ――本当に、ただの夢だったのか?

「ええ? いやだよ。姉さんがあっちに座りなよ。」
 
僕はクッションを抱えたまま、だるそうに答えた。

「いっつも寝てるくせに偉そうなこと言ってんじゃないわよ!」

姉さんのツッコミが飛ぶが、僕は肩をすくめる。

「いつも馬鹿みたいに剣振ってる人に言われたくないね。」

姉さんはビクッと一瞬動きを止めたが、すぐに睨みつけてきた。

「はあ? あんた、剣も魔法もダメでどうすんのよ。それで貴族が務まるのかしらね?」

「ふっ、それはどうかな。」
 
僕はわざと意味深に微笑んでみせる。

「その気持ち悪い笑い方やめなさい。むかつくのよ。」

姉さんの顔がますます不機嫌になる。

「ていうか、なんで今日は機嫌悪いの?」

「悪くないわよ。私はいつも優しいんだからね。」

「そうですね。いつも優しい素敵なお姉様ですよ。」

僕の棒読みの声に、姉さんが思いっきり舌打ちした。

その時、奥の席から優雅な声が響いた。

「ふふっ、あまり喧嘩しないの。ソフィーはさっきまで社交界デビューのために作法を学んでたのよ。」

フローレンス母さんが、ティーカップを傾けながら微笑んでいる。

揺れる金髪は、まるで陽だまりのように柔らかい。

「あー、それでね。で、何を学んだの? 怒る方法?」

「……あんたは怒らせる方法だけは得意ね。」

姉さんの声が若干震えている。どうやら的を射てしまったらしい。

「それほどでもないけど……。」

「褒めてないわよ。付き合ってたらほんと疲れるわ。」

「じゃあ、稽古でもしてきたら?」

「はぁ……まだこのあと作法の勉強があるのよ。」

「ふーん、そうなんだ。」

僕はソファの背もたれに頭を預け、少し考える。

「姉さんがレディらしくできるなら、僕は一週間剣の稽古を受けてもいいよ?」

「えっ、ほんと!?」

姉さんの目がキラリと輝いた。

「あら、よかったじゃない。それだけでそんなにやる気になるなんて、アーサーには毎日言ってもらおうかしら。」

母さんがクスクスと笑う。

「毎日言ってもいいよ。無理ってわかってるから。」

「ソフィーは弟にこんな事言われたままでいいの?」

「やってやるわよ! 見てなさい!!」

姉さんは腕まくりをした。

「腕まくる必要ないわよ。」

母さんの静かなツッコミが入る。

「もうその時点で駄目じゃん。」

僕が呆れながら言うと、姉さんが鼻息を荒くして立ち上がった。

「じゃあ、行きましょうか。」

別室へ移動すると、そこには豪華なティーテーブルと並ぶ華やかな椅子があった。

姉さんは真剣な表情でティーカップを持ち上げ――

ガッシャーン!!

轟音とともに、陶器の破片が床に散乱する。

「なんでそうなるの?」

僕は目を丸くして呟いた。

「うるさいわね!」

姉さんは若干顔を赤らめながら、メイドのカレンに指示され、ドレスを着替えて再登場した。

「その座り方はやめなさい。」

母さんがため息交じりに言う。

「足が閉じないのよ……!」

姉さんが必死に姿勢を正そうとするが、どう見ても無理がある。

「そんなわけないじゃん。」

僕は半分呆れながら見守った。

次に、お辞儀の練習。

姉さんは深々と頭を下げ――

「ソフィー様。それは居合いの構えですよ。」

カレンの涼しげな声が響いた。

黒髪を高く結んだポニーテールのメイドが、静かに立っていた。

カレンは微動だにせず、淡々と言葉を続ける。

「レディの振る舞いではなく、まるで剣士の動きです。」

「う、うるさいわね!!」

ソフィーが顔を赤くして叫ぶが、カレンは眉ひとつ動かさない。

「今のはさすがにわざとでしょ。」

僕が思わずツッコむ。

「こんなことできるわけないでしょ! なんでしなきゃいけないのよ!」

姉さんがついに声を荒げた。

「レディだからよ。」

母さんが冷静に言い放つ。

「姉さんがレディになるくらいなら、僕が剣を振る方が現実的だよ。」

ふざけて言ったつもりだった。

けど、その瞬間――なぜか背筋が冷たくなった。

(……今、姉さんが剣を握る姿が、妙にリアルに感じた……?)

そんなはずはない。

だって、姉さんは"貴族の令嬢"になるために必死なんだから。

でも――もしも。

「その剣で、誰かを斬る未来が来たら?」

「……アーサー? なんか、ぼーっとしてるわね。」

ハッと顔を上げると、姉さんが不機嫌そうに腕を組んでいた。

(……なんだ、考えすぎか。)

僕はぼんやりと考えながら、手をひらひらと振った。

「まあ、無理だったね。これ以上見ても仕方ないから僕はいくね。」

「ま、待ちなさいよ! まだ……!」

「ソフィー、諦めなさい。あなたの戦場はここじゃないわ……。」

母さんが静かに肩をポンと叩く。

「う、うるさいっ!!!」

姉さんが叫ぶ。

「母親に向かってその口の聞き方は感心しないわね。」

姉さんが無理やり引っ張られていく。

「いやああああああ!」

僕は無言でその場を立ち去った。

(この世で一番無駄な努力を見た気がする……。)

僕は廊下を歩いて外へ向かっていた

庭を抜け、森へと向かう道を歩く。

遠くで、茶髪のショートカットをピョコピョコ揺らしながら、メイド服姿の女性が掃除をしていた。

レナだ。

箒を振り回しながら、楽しげに鼻歌を歌っている。

「~♪ ほーら、ホコリさん、飛んでいけー! ……あっ、そっちはダメ!」

自分で舞い上げたホコリにむせながら、大げさに咳き込んでいる。

(……レナと関わると面倒なことになりそうだな。)

僕は素知らぬ顔で通り過ぎようとした。

が――。

「アーサー様っ!!」

元気いっぱいの声が、すぐさま飛んできた。

(……逃げよ。)

屋敷の裏手に広がるこの森――エルムウッドの森 は、村へと続くほどの広さを持つ深い森だ。

しかし、普段は使用人たちもあまり近づかない。

森に入ると、涼しい風が頬を撫でた。

屋敷の庭とは違い、木々が生い茂り、湿った土の香りが鼻をくすぐる。

(さて、どこかいい場所はないかな)

僕は歩きながら周囲を見渡した。魔法の練習を始めるには、人目につかず、十分なスペースがある場所が理想だ。

少し奥へ進むと、森の木々がまばらになり、小さな開けた空間が見えた。

まるで僕を歓迎するかのように、柔らかな陽光が木々の隙間から差し込んでいる。

(お、ここいいじゃん)

地面は適度に平らで、根がごつごつと飛び出しているわけでもない。

落ち葉がクッションのように敷き詰められ、座るにはちょうどいい場所だった。

周囲には大きな岩や古びた切り株もあり、うまく隠れれば屋敷からは見えないだろう。

「よし、明日は朝からここに来よう」

そう決めた瞬間だった。

――カサッ。

木々の向こうから微かな音がした。

(……動物?)

気のせいかと思ったが、もう一度――

カサ、カサッ。

今度ははっきり聞こえた。風が葉を揺らす音とは違う。

何かが、確実にそこにいる。

(まさか、魔物……とか?)

どうにも嫌な予感がする。

「……誰かいるの?」

自分でも驚くくらい慎重な声が漏れる。森の奥に目を凝らした。

その時――

葉の間から、"赤い何か"が覗いていた。

(……目? いや……違う?)

一瞬、心臓が跳ねた。

でも、次の瞬間には、それはサッと姿を隠した。

「……!」

一歩前へ出ようとした瞬間、

風が吹き、木の幹に刻まれた"奇妙な印"が目に飛び込んできた。

(なんだこれ……?)

小さな円を描くような、幾何学的な模様。単なる落書きか、それとも何かの暗号か。

気づけば、指先でその印をなぞっていた。

「……ふぅん」

ただの気のせいかもしれない。でも、何か引っかかる。

森の中で、僕は自分の秘密の場所を見つけた。
 
けれど、それと同時に――この森には、僕の知らない秘密が隠されている。

(……まあ、考えても仕方ないか)

とりあえず、ここが使えそうな場所なのは確かだ。

気持ちを切り替え、僕は屋敷へと戻ることにした。

屋敷に戻ると、まだレナが掃除を続けていた。

「レナ、まだそこにいたんだ。全然進んでないじゃん」

「失礼ですね!アーサー様のお帰りが早かったんですよ」

「それにしては、口開けて空見上げてたみたいだけど?」

「見てたんですか?覗き見するなんて趣味が悪いですよ!」

「普通に歩いてきたら見えたんだよ」

「……はぁ、掃除の邪魔してくれたらよかったのに」

「いや、本音が漏れてるよ」

レナはホウキを握りしめて、ふてくされた顔でそっぽを向いた。

どうやら、掃除は思っていたより退屈らしい。

「じゃあね、レナ。頑張って」

僕が軽く手を振ると、レナは 「アーサー様~、掃除が終わらないんですよ~」 と、情けない声で嘆いていた。

(なんなんだ、あのメイド……)

ため息をつきながらも、僕は少しだけ笑っていた。
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