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ジョーカーの裏側
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私たちはカレンのもとへ向かって走っていた。
広場を抜け、市場へ向かう途中、村人たちがバタバタと倒れているのが見える。
「クリス! 村人たちがやられてる! レナと一緒に手当てして、意識がある者は安全な場所に誘導してくれ!」
「わかった!」
「かしこまりました!」
クリスとレナがすぐに動く。
「おい、村人も大事だが、急ぐぞ! 嫌な予感がする…」
カトリーヌが険しい顔で言う。
「ええ、ここから先、何があるかわからないわ。みんな、絶対に離れないで!」
母さんの声にも緊張が混じっていた。
「……それはそうとよぉ、ソフィー」
カトリーヌが横目で私を見る。
「なによ?」
「いつまでその人形抱えてんだぁ?」
「えっ……だって、こんな可愛い人形、捨てられるわけないじゃない!」
私はギュッと人形を抱きしめた。
「あらあら、置いてくればよかったのに。ほんと可愛いものが好きなのね。私に似たのかしら?」
母さんがクスクス笑う。
「フラウに似てたらダメじゃねぇか! 昔、触手拾ってきた時はさすがのアタシもビビったぞ!」
「確かに母さんは『特殊』だからね…」
カトリーヌと私は、同時にため息をついた。
「あなたたちには母の偉大さがわからないのね。」
母さんは胸を張る。
「それ、偉大っていうの?」
「今そんなこと言ってる場合じゃない! 早くミアを探さなきゃいけないんだ!」
ダリウスは焦った声を上げた。
「…私は先に行く!」
「ダリウス、落ち着け!」
父さんの低い声が響く。
「気持ちはわかるが、今は全員で動くぞ。慎重にな!」
ダリウスは奥歯を噛みしめる。
全員が頷き、再び市場へと走り出した——。
市場へ向かうほど、倒れている村人の数が増えていく。
まるで死んだように、しかし苦しんだ様子もなく、ただ静かに眠るように——。
「……怪我はないみたいだな」
父さんがひざをつき、村人の脈を確かめる。
「なぜか眠ってるだけのようだ……」
静寂が重くのしかかる。
「このあたりよ! …カレンと別れたのは!!」
私は息を弾ませ、叫んだ。
「——いたぞ!! こっちだ!!」
ダリウスの声が響く。
駆け寄ると、そこにはカレンが倒れていた。
「カレン!!」
「こりゃあ……」
カトリーヌが息を呑む。
周囲には、何人もの村人が倒れ込んでいる。
まるでカレンを囲むように。
母さんが素早くカレンの元へ。
「少し怪我があるけど……気絶してるだけだわ。」
その言葉と同時に、母さんの手に淡い光が灯る。
じわりと広がる、癒しの気配。
「頭と背中を打ってるみたいね。でも、大丈夫――すぐに治るわ。」
光がカレンの体に溶け込むように、ゆっくりと染み渡っていく。
「はぁ……よかった……」
私は胸をなでおろした——その瞬間。
「……いや?」
カトリーヌの声が低くなる。
「あんまり、よくねえみたいだぞ……」
彼女の視線の先、市場の奥。
何かが、起きている。
「……なに?」
不意に、周囲から音が響いた。
ズズ……ズズ……
肉がこすれるような、不吉な音。
そして——
村人たちが、ゆっくりと起き上がってきた。
「な……なんなのよ!!??」
ゾワリと、悪寒が走る。
「どうした! ソフィー!」
父さんがこちらを見る。
「どうしたって!? 村人たちが……起きてる!! しかも、異常な形なのよ!!」
村人の首が、ぐにゃりと後ろへ曲がる。
別の者は腕がありえない方向に折れ、肩の位置からぶらぶらと揺れている。
顔は笑っているのに、目は動いていない。
これは……人間の動きじゃない。
「……何を言ってる? 村人は眠ったままだぞ。」
ダリウスが怪訝そうに私を見る。
「ええ、私にもそう見えてるわ。」
母さんも平然としている。
……違う。
「なに言ってるの!? みんなして!! おかしいのは母さんたちじゃない!!」
頭がぐらぐらする。心臓が嫌な音を立てる。
……まさか、見えてるのは私だけ?
「落ち着け、ソフィー!」
父さんが私を抱きしめる。
温かい感触が、少しだけ現実に引き戻してくれた。
「父さん……」
深く息を吸う。
落ち着かなきゃ。
でも——
目の前の異形の村人たちは、ゆっくりとこちらに向かってくる。
音もなく、笑いながら。
ぞわり、と寒気が背筋を走る。
「……嫌な予感、当たりやがったな。」
カトリーヌが低く呟く。
じり、と足を引く。
「こいつは……洒落になんねぇぞ。」
空気が変わった。
肌がひりつくような、冷たい殺気。
——その時だった。
「貴様ァ……!!」
父さんの声が震える。
「よくも……よくも、私の村を!! ふざけるなッ!!」
怒りで、地面が揺れるように感じた。
その隣で——
「あなたね……」
母さんの声は、氷のように冷たかった。
「絶対に許さないわ。」
そして——
「やはり……その『血筋』は厄介だな。」
男の視線が、静かにフローレンスを捉えた。
皆の視線が、同じ一点に集中していた。
そこに——何かがいる。
でも。
「……」
私には、何も見えなかった。
静かすぎる。
異常なほど、静かだ。
まるで世界の音が、そこの一点に飲み込まれているみたいに——。
嫌な汗が背中を伝う。
何もいないのに、何かがいる。
***
市場の奥。
闇の中から、ゆっくりと男が歩み出る。
漆黒のフードを深くかぶり、顔は影に沈んでいる。
一歩踏み出すたび、地面がビリ、と震えた。
まるで、この男の存在そのものが、世界に負荷をかけているかのように——。
「……どうだ?」
低く、ねっとりとした声。
「楽しいだろう? 夢の世界は……」
ゾワリ、と背筋を悪寒が駆け抜けた。
「……あん?」
カトリーヌが目を細め、舌打ちする。
「てめえ……ババ抜きの時にいたやつだな。」
カトリーヌの声が低くなる。
「……クソッ。まんまと騙されたってわけかよ。」
ギリ、と奥歯を噛みしめる。
「気づけなかったアタシが、間抜けみてぇじゃねぇか。」
「あぁ……あれは楽しかったぞ?」
男がゆっくりと手を広げる。
「茶番にしてはな。」
ドンッ!!
一瞬、世界が揺れた。
男の足元から広がる、目に見えない波動。
魔力だ。
——規格外の。
「おい!! どういうことだ!!」
ダリウスが声を張る。
「貴様が……ミアを拐ったのか!!」
「そうだが?」
男は、当然のことのように答えた。
「……それがどうした?」
軽い。
あまりにも、軽すぎる。
まるで、「息を吸う」程度の感覚で、人を攫い、運命を捻じ曲げるような——。
「おい、てめえ……」
カトリーヌが低く呟く。
「人攫いの自覚くらい持てや、クソ野郎が。」
「フフ……」
男が、嗤った。
「人攫い……? いやいや、違うな。」
ゆっくりと指を振る。
「私は、ただ……選んだだけだ。」
「……貴様。」
ダリウスの声が低く響く。
「選んだ、だと? 私の娘を……?」
ぎり、と剣を握りしめる拳が震えた。
「ふざけるな……!! その言葉、貴様の喉ごと断ち切ってやる!!」
ダリウスが地を蹴った。
「貴様ァ!!」
シュッ!!
剣が閃く。
一直線に、男の首を狙って——
カキンッ。
……弾かれた。
片手だ。
男は、剣を「指一本」で止めていた。
しかも、そっと払うような動きで。
「——遅いな。」
次の瞬間。
ドシャッ!!
ダリウスが一瞬で吹き飛ぶ。
石畳に転がり、数メートル先で膝をつく。
剣を握る手が、痙攣していた。
「っ……何だ、こいつ……」
男は、ゆっくりと手を下ろす。
「もう少し楽しめるかと思ったが……」
溜息をつき、ゆっくりと顔を上げた。
「……つまらんな」
フードの男が低く呟いた。
「次は誰だ?」
ぞわっ、と背筋を悪寒が這い上がる。
***
(……皆、誰と話しているの?)
私には何も見えない。
でも、確かに聞こえている。
「まあ、焦るな」
男の声が、じわりと耳に絡みつく。
「まだゲームは終わってないぞ?」
その瞬間——
「これ以上何をするつもりか知らねえが……もうやらせねぇよ!!」
ゴォッ!!
カトリーヌの炎が爆ぜる。
巨大な火球が、灼熱の竜のごとく男へと襲いかかった。
——だが。
パキンッ。
それは、見えない壁に弾かれた。
まるで、最初からそこに障壁があったかのように、火球は男に届くことすらなく消滅する。
「だから、焦るなと言っているだろう?」
男は微塵も動いていなかった。
「なぜこんなことをした! 村まで巻き込む必要はあったのか!!」
ラルフの声が響く。
「ほう……」
フードの男がわずかに首を傾げる。
「冷静なやつもいるみたいだな。いい質問だ。」
ゆっくりと、男の手が動く。
その仕草ひとつすら、異様なまでに不吉だった。
「だが——」
唇の端が、不気味に吊り上がる。
「答えてやる必要もないがな。」
「なにぃ!?」
父さんが声を荒げる。
男はつまらなそうに肩をすくめた。
「……まあ、一つだけ教えてやるのも面白いか。」
静寂が落ちる。
その次の言葉が、世界の空気を凍らせた。
「それは——お前たちが、いたからだ。」
——時が止まった。
「……アタシたちがいたから、何なんだってんだ?」
カトリーヌが低く言う。
男は、ゆっくりと彼女に視線を向ける。
「さあな。」
わずかに唇の端を歪める。
「理由なんて、必要か?」
空気が張り詰める。
「ただ……そうだったというだけの話だ。」
ぞわり、と肌が粟立つ。
「てめぇ、勝手なことばっか言いやがって。」
カトリーヌが拳を握りしめる。
***
しかし——
(違う)
何かが、違う。
私の耳には、確かに聞こえている。
仲間たちの声が。
怒り。 叫び。 静かな決意。
でも、目を凝らしても——
誰も、いない。
黒く歪む景色。
ねじれた村人の影が、クスクスと嗤いながら、こちらを見ている。
仲間の姿が、ぼやけて、遠く、遠く——
溶けるように、消えていく。
「……これ以上話しても無駄か。」
父さんの声が響く。
でも、彼の姿はない。
(なに……これ……?)
心臓がドクンと跳ねる。
私の知っている現実が、どこにもない。
代わりに、見たこともない"何か"が、そこにいる。
***
全員がフードの男に注目した。
フードの男が不敵に笑う。
低く響く声が、世界の空気を震わせた。
スッ。
指先で弾かれたカードが宙を舞う。
ひらり、と。
宙を舞う。
くるくると回転しながら、ゆっくりと落ちていく。
そして——
パサッ……。
小さな音が、世界に吸い込まれた。
地面に突き刺さるように落ちたのは——
『ジョーカーのカード』
だが、その隅に刻まれていたのは、道化の印ではない。
剣と光の柱。
オークのリース。
砕けた鎖。
それは——
クリーヴランド家の紋章。
その瞬間、すべてが決まった。
「……!」
息を呑んだのは誰だったか。
男が、ゆっくりと両手を広げた。
「さあ——」
その声が、世界そのものに染み込んでいく。
「お前らの運命を見せてみろ。」
カタン。
静寂。
ジョーカーが倒れた。
道化が、口角を吊り上げる。
——そして、世界が"裏返った"。
広場を抜け、市場へ向かう途中、村人たちがバタバタと倒れているのが見える。
「クリス! 村人たちがやられてる! レナと一緒に手当てして、意識がある者は安全な場所に誘導してくれ!」
「わかった!」
「かしこまりました!」
クリスとレナがすぐに動く。
「おい、村人も大事だが、急ぐぞ! 嫌な予感がする…」
カトリーヌが険しい顔で言う。
「ええ、ここから先、何があるかわからないわ。みんな、絶対に離れないで!」
母さんの声にも緊張が混じっていた。
「……それはそうとよぉ、ソフィー」
カトリーヌが横目で私を見る。
「なによ?」
「いつまでその人形抱えてんだぁ?」
「えっ……だって、こんな可愛い人形、捨てられるわけないじゃない!」
私はギュッと人形を抱きしめた。
「あらあら、置いてくればよかったのに。ほんと可愛いものが好きなのね。私に似たのかしら?」
母さんがクスクス笑う。
「フラウに似てたらダメじゃねぇか! 昔、触手拾ってきた時はさすがのアタシもビビったぞ!」
「確かに母さんは『特殊』だからね…」
カトリーヌと私は、同時にため息をついた。
「あなたたちには母の偉大さがわからないのね。」
母さんは胸を張る。
「それ、偉大っていうの?」
「今そんなこと言ってる場合じゃない! 早くミアを探さなきゃいけないんだ!」
ダリウスは焦った声を上げた。
「…私は先に行く!」
「ダリウス、落ち着け!」
父さんの低い声が響く。
「気持ちはわかるが、今は全員で動くぞ。慎重にな!」
ダリウスは奥歯を噛みしめる。
全員が頷き、再び市場へと走り出した——。
市場へ向かうほど、倒れている村人の数が増えていく。
まるで死んだように、しかし苦しんだ様子もなく、ただ静かに眠るように——。
「……怪我はないみたいだな」
父さんがひざをつき、村人の脈を確かめる。
「なぜか眠ってるだけのようだ……」
静寂が重くのしかかる。
「このあたりよ! …カレンと別れたのは!!」
私は息を弾ませ、叫んだ。
「——いたぞ!! こっちだ!!」
ダリウスの声が響く。
駆け寄ると、そこにはカレンが倒れていた。
「カレン!!」
「こりゃあ……」
カトリーヌが息を呑む。
周囲には、何人もの村人が倒れ込んでいる。
まるでカレンを囲むように。
母さんが素早くカレンの元へ。
「少し怪我があるけど……気絶してるだけだわ。」
その言葉と同時に、母さんの手に淡い光が灯る。
じわりと広がる、癒しの気配。
「頭と背中を打ってるみたいね。でも、大丈夫――すぐに治るわ。」
光がカレンの体に溶け込むように、ゆっくりと染み渡っていく。
「はぁ……よかった……」
私は胸をなでおろした——その瞬間。
「……いや?」
カトリーヌの声が低くなる。
「あんまり、よくねえみたいだぞ……」
彼女の視線の先、市場の奥。
何かが、起きている。
「……なに?」
不意に、周囲から音が響いた。
ズズ……ズズ……
肉がこすれるような、不吉な音。
そして——
村人たちが、ゆっくりと起き上がってきた。
「な……なんなのよ!!??」
ゾワリと、悪寒が走る。
「どうした! ソフィー!」
父さんがこちらを見る。
「どうしたって!? 村人たちが……起きてる!! しかも、異常な形なのよ!!」
村人の首が、ぐにゃりと後ろへ曲がる。
別の者は腕がありえない方向に折れ、肩の位置からぶらぶらと揺れている。
顔は笑っているのに、目は動いていない。
これは……人間の動きじゃない。
「……何を言ってる? 村人は眠ったままだぞ。」
ダリウスが怪訝そうに私を見る。
「ええ、私にもそう見えてるわ。」
母さんも平然としている。
……違う。
「なに言ってるの!? みんなして!! おかしいのは母さんたちじゃない!!」
頭がぐらぐらする。心臓が嫌な音を立てる。
……まさか、見えてるのは私だけ?
「落ち着け、ソフィー!」
父さんが私を抱きしめる。
温かい感触が、少しだけ現実に引き戻してくれた。
「父さん……」
深く息を吸う。
落ち着かなきゃ。
でも——
目の前の異形の村人たちは、ゆっくりとこちらに向かってくる。
音もなく、笑いながら。
ぞわり、と寒気が背筋を走る。
「……嫌な予感、当たりやがったな。」
カトリーヌが低く呟く。
じり、と足を引く。
「こいつは……洒落になんねぇぞ。」
空気が変わった。
肌がひりつくような、冷たい殺気。
——その時だった。
「貴様ァ……!!」
父さんの声が震える。
「よくも……よくも、私の村を!! ふざけるなッ!!」
怒りで、地面が揺れるように感じた。
その隣で——
「あなたね……」
母さんの声は、氷のように冷たかった。
「絶対に許さないわ。」
そして——
「やはり……その『血筋』は厄介だな。」
男の視線が、静かにフローレンスを捉えた。
皆の視線が、同じ一点に集中していた。
そこに——何かがいる。
でも。
「……」
私には、何も見えなかった。
静かすぎる。
異常なほど、静かだ。
まるで世界の音が、そこの一点に飲み込まれているみたいに——。
嫌な汗が背中を伝う。
何もいないのに、何かがいる。
***
市場の奥。
闇の中から、ゆっくりと男が歩み出る。
漆黒のフードを深くかぶり、顔は影に沈んでいる。
一歩踏み出すたび、地面がビリ、と震えた。
まるで、この男の存在そのものが、世界に負荷をかけているかのように——。
「……どうだ?」
低く、ねっとりとした声。
「楽しいだろう? 夢の世界は……」
ゾワリ、と背筋を悪寒が駆け抜けた。
「……あん?」
カトリーヌが目を細め、舌打ちする。
「てめえ……ババ抜きの時にいたやつだな。」
カトリーヌの声が低くなる。
「……クソッ。まんまと騙されたってわけかよ。」
ギリ、と奥歯を噛みしめる。
「気づけなかったアタシが、間抜けみてぇじゃねぇか。」
「あぁ……あれは楽しかったぞ?」
男がゆっくりと手を広げる。
「茶番にしてはな。」
ドンッ!!
一瞬、世界が揺れた。
男の足元から広がる、目に見えない波動。
魔力だ。
——規格外の。
「おい!! どういうことだ!!」
ダリウスが声を張る。
「貴様が……ミアを拐ったのか!!」
「そうだが?」
男は、当然のことのように答えた。
「……それがどうした?」
軽い。
あまりにも、軽すぎる。
まるで、「息を吸う」程度の感覚で、人を攫い、運命を捻じ曲げるような——。
「おい、てめえ……」
カトリーヌが低く呟く。
「人攫いの自覚くらい持てや、クソ野郎が。」
「フフ……」
男が、嗤った。
「人攫い……? いやいや、違うな。」
ゆっくりと指を振る。
「私は、ただ……選んだだけだ。」
「……貴様。」
ダリウスの声が低く響く。
「選んだ、だと? 私の娘を……?」
ぎり、と剣を握りしめる拳が震えた。
「ふざけるな……!! その言葉、貴様の喉ごと断ち切ってやる!!」
ダリウスが地を蹴った。
「貴様ァ!!」
シュッ!!
剣が閃く。
一直線に、男の首を狙って——
カキンッ。
……弾かれた。
片手だ。
男は、剣を「指一本」で止めていた。
しかも、そっと払うような動きで。
「——遅いな。」
次の瞬間。
ドシャッ!!
ダリウスが一瞬で吹き飛ぶ。
石畳に転がり、数メートル先で膝をつく。
剣を握る手が、痙攣していた。
「っ……何だ、こいつ……」
男は、ゆっくりと手を下ろす。
「もう少し楽しめるかと思ったが……」
溜息をつき、ゆっくりと顔を上げた。
「……つまらんな」
フードの男が低く呟いた。
「次は誰だ?」
ぞわっ、と背筋を悪寒が這い上がる。
***
(……皆、誰と話しているの?)
私には何も見えない。
でも、確かに聞こえている。
「まあ、焦るな」
男の声が、じわりと耳に絡みつく。
「まだゲームは終わってないぞ?」
その瞬間——
「これ以上何をするつもりか知らねえが……もうやらせねぇよ!!」
ゴォッ!!
カトリーヌの炎が爆ぜる。
巨大な火球が、灼熱の竜のごとく男へと襲いかかった。
——だが。
パキンッ。
それは、見えない壁に弾かれた。
まるで、最初からそこに障壁があったかのように、火球は男に届くことすらなく消滅する。
「だから、焦るなと言っているだろう?」
男は微塵も動いていなかった。
「なぜこんなことをした! 村まで巻き込む必要はあったのか!!」
ラルフの声が響く。
「ほう……」
フードの男がわずかに首を傾げる。
「冷静なやつもいるみたいだな。いい質問だ。」
ゆっくりと、男の手が動く。
その仕草ひとつすら、異様なまでに不吉だった。
「だが——」
唇の端が、不気味に吊り上がる。
「答えてやる必要もないがな。」
「なにぃ!?」
父さんが声を荒げる。
男はつまらなそうに肩をすくめた。
「……まあ、一つだけ教えてやるのも面白いか。」
静寂が落ちる。
その次の言葉が、世界の空気を凍らせた。
「それは——お前たちが、いたからだ。」
——時が止まった。
「……アタシたちがいたから、何なんだってんだ?」
カトリーヌが低く言う。
男は、ゆっくりと彼女に視線を向ける。
「さあな。」
わずかに唇の端を歪める。
「理由なんて、必要か?」
空気が張り詰める。
「ただ……そうだったというだけの話だ。」
ぞわり、と肌が粟立つ。
「てめぇ、勝手なことばっか言いやがって。」
カトリーヌが拳を握りしめる。
***
しかし——
(違う)
何かが、違う。
私の耳には、確かに聞こえている。
仲間たちの声が。
怒り。 叫び。 静かな決意。
でも、目を凝らしても——
誰も、いない。
黒く歪む景色。
ねじれた村人の影が、クスクスと嗤いながら、こちらを見ている。
仲間の姿が、ぼやけて、遠く、遠く——
溶けるように、消えていく。
「……これ以上話しても無駄か。」
父さんの声が響く。
でも、彼の姿はない。
(なに……これ……?)
心臓がドクンと跳ねる。
私の知っている現実が、どこにもない。
代わりに、見たこともない"何か"が、そこにいる。
***
全員がフードの男に注目した。
フードの男が不敵に笑う。
低く響く声が、世界の空気を震わせた。
スッ。
指先で弾かれたカードが宙を舞う。
ひらり、と。
宙を舞う。
くるくると回転しながら、ゆっくりと落ちていく。
そして——
パサッ……。
小さな音が、世界に吸い込まれた。
地面に突き刺さるように落ちたのは——
『ジョーカーのカード』
だが、その隅に刻まれていたのは、道化の印ではない。
剣と光の柱。
オークのリース。
砕けた鎖。
それは——
クリーヴランド家の紋章。
その瞬間、すべてが決まった。
「……!」
息を呑んだのは誰だったか。
男が、ゆっくりと両手を広げた。
「さあ——」
その声が、世界そのものに染み込んでいく。
「お前らの運命を見せてみろ。」
カタン。
静寂。
ジョーカーが倒れた。
道化が、口角を吊り上げる。
——そして、世界が"裏返った"。
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くどいようだが、俺の望みはスローライフ。
……のはずだったのに。
呪いのような“女難の相”が炸裂し、
気づけば婚約者たちに囲まれる毎日。
どうしてこうなった!?
世の中は意外と魔術で何とかなる
ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。
神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。
『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』
平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。
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