入替令嬢と最果ての恋人

ねーさん

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「アリ?」
 南の塔へ登ると、監視窓からマークが外を眺めていた。
 アレクサンドラの靴音に気付き、振り向く。
「また国境の外を見ていたの?」
 マークはアレクサンドラの言葉に瞠目すると、すっと眼を逸らした。
「…今日はここは俺一人だし、在らぬ噂にならない内に降りた方が良い」
 アレクサンドラはマークに近付きながら首を横に振る。
「噂になったって、私は平気よ」
「……」
「マークは、国境を超えてローズを探しに行きたいの?」
「アリ?」
 マークの前に立ってじっと見詰める。
「そんなにもローズが好きなの?今も?」
「…アリには関係ない」
 マークは俯いて言う。
「関係なくない!」
 アレクサンドラは微かに震える手でマークの左手の袖口を掴む。
「アリ…」
「…私がマークを好きだって、今日泣いた時点でマークも分かったんでしょう?」
「……」
 マークが何か言いたげにアレクサンドラを見る。
「だから、ドロシーに言ったみたいにハッキリと振って」
 ローズ以外好きになれないからアレクサンドラの好意にも応えられないと、はっきりと言って欲しかった。
 私は、腐っても悪役令嬢なんだ。好きな人に断罪されて婚約破棄される事を思えば、初恋の人に振られる事くらい耐えられる。

 マークはアレクサンドラを見ながらゆっくりと口を開いた。

「…俺はローズを好きじゃない」

 ローズを好きじゃない…って?
 言葉の意味がすんなり頭に入らない。
「え?」
 アリを、でなく、ローズを、なの?
「ただローズに聞きたいだけだ」
「何を?」
 マークは苦し気に自分の右手を見ながら言った。
「…何故俺は何の躊躇いもなく人を殺そうとしたのか」

-----

 ローズに出会ってから、ずっと熱に浮かされているように現実感がない。

 俺には婚約者がいた。俺に一目惚れをしたと言い、はにかむ様子がかわいらしいと思った。
 彼女の誕生日に軽く口付けをした。眼をギュッと瞑って固くなる様子も微笑ましい。
 すごく好きと言う訳ではないが、好ましいと思っていた。
 なのに。
 ローズと出会うとローズの事で頭が一杯になった。ローズが笑えば幸福感に満たされる。ローズに憂いを与える者が許せない。
「さっき廊下でドロシー様に睨まれたの…」
 そうローズが悲し気な顔で言えば、好ましかった婚約者が突然疎ましい存在に変わる。
 ローズがロイド殿下を好きだと言えば、何の他意もなく後押しをした。嫉妬などなかった。
「リザ様が考査で一位を取ったの。きっと私との差を見せつけるための嫌がらせよ」
 そう涙ぐめば、ロイド殿下の婚約者がとてつもなく醜悪な人物に見えた。

「ロイド殿下と結ばれるには、あの女リザが邪魔。ロイド殿下の前からして欲しいの」

 そして、俺は「ロイド殿下を数分足止めする」たったそれだけのために、ロイド殿下の侍従の背中を斬った。

 たったそれだけのために。

 何の躊躇いもなく斬りつけ、何の躊躇いもなく連れ去り、縛り上げ、川に投げ込んだ。
 そうすれば死んでしまう。その事もよく分かった上で。

 捕縛され収監されても後悔はなかった。
 前科が付いたので近衛騎士にはなれなくなったが、それでも良い。ローズがロイド殿下と結ばれて、幸せになるなら、自分の身などどうでも良いと思っていた。

 その年の卒業パーティーの日、胸騒ぎに似た違和感を覚えた。そしてローズが教唆の罪で国外追放になっていたと知る。
「では、何のために俺は…?」
 おれはなんのためにひとをころそうとしたんだ?
 改めて考えると背筋に寒気が走った。
 ローズを好きだから…そんな理由で?侍従にもリザにも何の罪もないのに?
 …そもそもローズを好きだと言う気持ちは本物なのか?
 ローズのどこを好きだった?
 俺を見て欲しいとも、抱きしめたいとも、口付けたいとも思わない。これは「好き」とは言わないんじゃないのか?

 ローズに聞きたい。
 どうして俺はあんなに盲目的にローズを好きだと思ったのか。
 どうして俺は後ろから人を斬るような人間になってしまったのか。

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