王太子殿下から婚約破棄されたのは冷たい私のせいですか?

ねーさん

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 夜中、アリシアはそっとバルコニーに出た。
 薄い雲がかかった空からの微かな月明かりを頼りに手摺りまで歩き、庭を眺める。
 微かに音がして、バルコニーの下を覗く。黒い影が見えた。
 黒い影は庭を少し進むと、振り向く。こちらを見上げるように黒い髪が動いた。
「…ジーン」
 小さな声でアリシアが呼び掛けると、黒い影が息を飲む気配がした。ジーンと目が合う。やっぱり会えた。とアリシアは思った。
「…また眠れないのですか?」
 ジーンが言う。暗くて表情はよく見えない。
「ううん。ジーンに聞きたい事があって、待ってたの。何となく会える気がして…」
「聞きたい事ですか?」
 アリシアは手摺りから身を乗り出すようにして「あのね」と話し出す。
「…あまり身を乗り出さないでください。危ないです」
「このくらいで落ちないわ。あのねジーン。私…アリシア・ウィルフィスには『王太子妃教育を受けた令嬢』である事以外に、何か…価値はあるかしら?」
「は?」
「今ね、私、婚約のたらい回し状態なの」
「……」
 暗くてよく見えないがジーンに目を逸らされた気がした。
「ホリーが名付け親よ。上手いわよね」
「…上手くなんか…」
 ジーンが呟いたが、アリシアには聞こえていない。
「皆が私を王太子妃にしようとするんだけど、当の王太子殿下が私の事…いらないって言うから」
「いらないなんて!」
 目が合った。ジーンの黒い瞳が微かな月明かりで光る。

 黒曜石みたい…。

 また目を逸らされる。ああもっと見ていたかったな。と思いながらアリシアは続ける。
「それでね、私…もし王太子妃にならなかったとしたら、アリシア個人には何の価値もないんじゃないかって…」
「そんな事はない」
 ジーンが真っ直ぐにアリシアを見る。
「本当?」
「ああ」
 いつもの慇懃な言葉遣いではないジーンに、アリシアの胸が熱くなる。そう指摘すると元に戻りそうなので、敢えて触れないでおいた。
「ただのアリシアでも価値がある?」
「…ある」
「良かった」
 アリシアは小さくため息を吐く。
「ありがとう。ジーン」
 ジーンに笑顔を向けてから「おやすみなさい」と言って部屋に戻る。
「…あるに決まってる」 
 ジーンは、アリシアのいなくなったバルコニーを見上げて呟く。

 部屋に戻ったアリシアは、そのまま父の執務室へと向かった。

-----

 夜中に「真実の愛を貫きます!」と執務室に飛び込んで来たアリシアにレイモンドは固まり、グレッグはポカンと口を開けた。
「…アリシア?『真実の愛』って?」
 どうにかグレッグが言うと
「あらお兄様、いらっしゃったのね」
 アリシアはにっこり笑い、ドアを閉めるとグレッグの隣に座った。
「あらお兄様、じゃないよ。何?どういう事?」
「どういう事もこういう事も、そういう事ですわ」
「そういう事って何!?さっぱりわかんないよ」
 グレッグとアリシアが言い合っていると、レイモンドがピクリと動いた。
「…アリシア、そこに座りなさい」
「座ってます」
「……」
「……」
「……」
 沈黙の後、レイモンドがゴホンと咳払いをする。
「アリシア、お前…その…何だ。こっ恋人、が、いるのか?」
 ぎこちない様子でレイモンドが言うと
「いませんわ」
 アリシアがキョトンとして即答する。
「……」
「……」
「……」
 また沈黙の後、今度はグレッグが言う。
「恋人がいないとなると…『真実の愛』とは?誰の事なんだ?」
「…それは…私が一方的に想っているだけなので、言いません」
「では『真実の愛を貫く』とは?」
「…私、王太子妃になりたくないのです」

 アリシアはレイモンドとグレッグに、今までは王太子と婚約している以上、王太子妃になるのは至極当然で、疑問に思う事もなく教育も頑張っていた、と告げる。
 確かにアリシアは学園に行くまでは週五回、学園に行ってからも長期休暇には遊びにも行かずに王宮に通っていたのだ。
 それを知るレイモンドは
「…それだけの知識を無駄にするのは惜しくないのか?」
 と、アリシアに問いかける。
「でもお父様、パリヤ殿下は…ああですし、セルダ殿下は王弟殿下に私を押し付けようとしてますし、王弟殿下は『結婚はしない』と公言されている方ですもの、きっと私を押し付けられても迷惑でしょう?皆さまに『私』は必要ないんです」
「それは…」
「この十年で勉強した事は、きっと王太子妃にならなくてもこれからの私の糧になります。無駄にはなりませんわ。それとも、折角教育したのだから相手が誰であっても王太子妃になれ、とお父様はおっしゃいますか?お断りする権利も私にはないのでしょうか?」
「いや…私とて、かわいい娘が蔑ろにされるのを許すつもりはない」
「お父様」
 レイモンドはふうっとため息を吐く。
「…アリシアの気持ちは分かった。それで、王太子妃にならないとして、…誰と結婚するつもりなんだ?」
 アリシアはふるふると首を横に振る。
「誰とも」
「ん?」
「私…結婚するつもりはありませんわ」

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