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玄関ホールに入ると「黒」が視界に飛び込んで来た。
最初はアシュトンの兄の妻カリステの着ている黒いドレスだと思った。カリステは兄コンラートが亡くなってから二年強ずっと黒いドレスばかりを着ているから。
しかし、カリステは娘のポーラと並んでいるのが見え、黒髪の女性が立っているのだと気付く。
この国では金髪から茶髪、赤茶、赤、朱や桃色などの髪色の人口が多いので、黒を髪色だと認識するのが遅れたのだ。
しまった。
私の「結婚相手」が今日到着するのは聞いていた。しかし騎士団からの要請に応えて登城したのは到着までには戻れるだろうと思ったからだが、結婚という現実から逃避したい気持ちがあったのも否定できない。
しかし当主である自分がいなかったので、先に義姉上に絡まれてしまったらしい。
黒髪の女性がアシュトンの方へ振り向いた。
黒い真っ直ぐな髪、大きな青い瞳、筋の通った小さな鼻、薄めの唇は桃色。
気の強そうな面立ちの女性は「黒猫みたいだ」とアシュトンは思う。
と、同時に「若い!」と心の中で叫んだ。
こんなに若い令嬢が、私のような欠陥人間と結婚?断れなかったとしても、酷すぎないか?
「ほとぼりが冷めれば離縁する事を前提に、エインズワース公爵家では貴女を客人として扱います」
アシュトンは対面早々そう宣言してしまう。
向こうも本気で自分と結婚するつもりはないだろうと思っていた。この令嬢には好きな男がいると聞いていたからだ。
本当の意味での「結婚」をする気はないという事を早目に伝えよう。そうすれば相手の令嬢も安心するだろうとアシュトンは考えていた。それにしても会って早々、挨拶の前に宣言してしまったのは、焦っていたから。
実際に目にした自分の結婚相手が、想像よりも若くて美しかったからだ。
「アシュトンが女性に対して『かわいい』…?私の聞き間違いか?」
カラムが眉を顰めてアシュトンを見る。
「私にだって女性をかわいいと思う気持ちくらいある」
アシュトンは憮然としながら脚を組み、ソファにもたれた。
「じゃあ今まで誰をかわいいと思った事があるんだ?」
カラムの質問にアシュトンは視線を上に上げる。
「…………ポーラとか…?」
「十歳の姪っ子じゃないか!しかも疑問形だし」
すかさず突っ込みを入れるカラム。
「ポーラは九歳だ」
「そこじゃない!」
また突っ込みを入れてから、カラムはハタと気付く。
「もしや…アシュトンが夫人はかわいいと言うのは、姪…いや、子供や動物がかわいいのと同じなのか?」
「子供や動物?」
うーん、と唸りながら目を瞑り、ポーラやカラムの子供の五歳の王子と二歳の王女などの身近な子供たち、愛馬や昔飼っていた犬や騎士団の鍛錬場によく来る猫たちを思い浮かべた。
そしてマジョリカを頭に浮かべる。
「長いんで『閣下』でいいですか?それとも『公爵様』の方がいいですか?」
少し怒ったように言う、気の強そうな青い瞳。
旦那様と呼ぶなと言って怒らせてしまった事が申し訳ないような、怒ってくれた事が嬉しいような、あの時の不思議な気持ちは生まれて初めて感じたもの。
「子供や動物とは……違う」
アシュトンがそう言うと、カラムは片眉を上げた。
「…惚れたのか?」
「は?」
惚れた?
誰が?
私が?
誰に?
マジョリカに?
……いや、ありえない。
目を見開くアシュトン。カラムは口の端に笑みを浮かべる。
「かわいいんだろう?」
「どうしてかわいいイコール惚れたになるんだ。違う」
憮然としてカラムを睨んだ。
「そうか?」
カラムのニヤニヤとした含みのある笑顔に、アシュトンは小さく舌打ちをする。
「しかし、アシュトンが家に帰らないと、新妻の評判が落ちるんじゃないか?」
「評判?」
「夫人は『訳アリ』だと言ったろう?結婚前から傲慢で我儘な令嬢なんだと噂されているんだ。その上、夫が新婚なのに家に帰らないとなると…やはりという事になるのではないのか?」
「……は?むしろ、私の女嫌いが原因だと思われそうなものだが」
「そう考える者もいるだろうが、騎士団の大隊長を勤めた公爵と、良くない噂のある令嬢、どちらがより多くの者に貶められるか、アシュトンにもわかるだろう?」
そういえばマジョリカも「離婚理由が不貞行為でも性格の不一致でも妻が至らなかったせいだと言われる」と言っていなかったか?
…それは、駄目だ。
離婚は私の有責。そしてそれは周りからもそう思われなければ。
アシュトンはソファから立ち上がった。
「帰る」
短く言うと、扉の方へ歩き出す。
「ああ。それが良い」
アシュトンが出て行った扉を見ながら、カラムは満足気に頷いた。
「少なくとも夫人はアシュトンに良い影響を与えてくれそうだな」
玄関ホールに入ると「黒」が視界に飛び込んで来た。
最初はアシュトンの兄の妻カリステの着ている黒いドレスだと思った。カリステは兄コンラートが亡くなってから二年強ずっと黒いドレスばかりを着ているから。
しかし、カリステは娘のポーラと並んでいるのが見え、黒髪の女性が立っているのだと気付く。
この国では金髪から茶髪、赤茶、赤、朱や桃色などの髪色の人口が多いので、黒を髪色だと認識するのが遅れたのだ。
しまった。
私の「結婚相手」が今日到着するのは聞いていた。しかし騎士団からの要請に応えて登城したのは到着までには戻れるだろうと思ったからだが、結婚という現実から逃避したい気持ちがあったのも否定できない。
しかし当主である自分がいなかったので、先に義姉上に絡まれてしまったらしい。
黒髪の女性がアシュトンの方へ振り向いた。
黒い真っ直ぐな髪、大きな青い瞳、筋の通った小さな鼻、薄めの唇は桃色。
気の強そうな面立ちの女性は「黒猫みたいだ」とアシュトンは思う。
と、同時に「若い!」と心の中で叫んだ。
こんなに若い令嬢が、私のような欠陥人間と結婚?断れなかったとしても、酷すぎないか?
「ほとぼりが冷めれば離縁する事を前提に、エインズワース公爵家では貴女を客人として扱います」
アシュトンは対面早々そう宣言してしまう。
向こうも本気で自分と結婚するつもりはないだろうと思っていた。この令嬢には好きな男がいると聞いていたからだ。
本当の意味での「結婚」をする気はないという事を早目に伝えよう。そうすれば相手の令嬢も安心するだろうとアシュトンは考えていた。それにしても会って早々、挨拶の前に宣言してしまったのは、焦っていたから。
実際に目にした自分の結婚相手が、想像よりも若くて美しかったからだ。
「アシュトンが女性に対して『かわいい』…?私の聞き間違いか?」
カラムが眉を顰めてアシュトンを見る。
「私にだって女性をかわいいと思う気持ちくらいある」
アシュトンは憮然としながら脚を組み、ソファにもたれた。
「じゃあ今まで誰をかわいいと思った事があるんだ?」
カラムの質問にアシュトンは視線を上に上げる。
「…………ポーラとか…?」
「十歳の姪っ子じゃないか!しかも疑問形だし」
すかさず突っ込みを入れるカラム。
「ポーラは九歳だ」
「そこじゃない!」
また突っ込みを入れてから、カラムはハタと気付く。
「もしや…アシュトンが夫人はかわいいと言うのは、姪…いや、子供や動物がかわいいのと同じなのか?」
「子供や動物?」
うーん、と唸りながら目を瞑り、ポーラやカラムの子供の五歳の王子と二歳の王女などの身近な子供たち、愛馬や昔飼っていた犬や騎士団の鍛錬場によく来る猫たちを思い浮かべた。
そしてマジョリカを頭に浮かべる。
「長いんで『閣下』でいいですか?それとも『公爵様』の方がいいですか?」
少し怒ったように言う、気の強そうな青い瞳。
旦那様と呼ぶなと言って怒らせてしまった事が申し訳ないような、怒ってくれた事が嬉しいような、あの時の不思議な気持ちは生まれて初めて感じたもの。
「子供や動物とは……違う」
アシュトンがそう言うと、カラムは片眉を上げた。
「…惚れたのか?」
「は?」
惚れた?
誰が?
私が?
誰に?
マジョリカに?
……いや、ありえない。
目を見開くアシュトン。カラムは口の端に笑みを浮かべる。
「かわいいんだろう?」
「どうしてかわいいイコール惚れたになるんだ。違う」
憮然としてカラムを睨んだ。
「そうか?」
カラムのニヤニヤとした含みのある笑顔に、アシュトンは小さく舌打ちをする。
「しかし、アシュトンが家に帰らないと、新妻の評判が落ちるんじゃないか?」
「評判?」
「夫人は『訳アリ』だと言ったろう?結婚前から傲慢で我儘な令嬢なんだと噂されているんだ。その上、夫が新婚なのに家に帰らないとなると…やはりという事になるのではないのか?」
「……は?むしろ、私の女嫌いが原因だと思われそうなものだが」
「そう考える者もいるだろうが、騎士団の大隊長を勤めた公爵と、良くない噂のある令嬢、どちらがより多くの者に貶められるか、アシュトンにもわかるだろう?」
そういえばマジョリカも「離婚理由が不貞行為でも性格の不一致でも妻が至らなかったせいだと言われる」と言っていなかったか?
…それは、駄目だ。
離婚は私の有責。そしてそれは周りからもそう思われなければ。
アシュトンはソファから立ち上がった。
「帰る」
短く言うと、扉の方へ歩き出す。
「ああ。それが良い」
アシュトンが出て行った扉を見ながら、カラムは満足気に頷いた。
「少なくとも夫人はアシュトンに良い影響を与えてくれそうだな」
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