9 / 30
8
しおりを挟む
8
「はい!?」
桃色の壁紙に白い調度品。私室と同じようなにかわいらしく設えられた寝室の、夫婦の寝室に繋がる扉がノックされ、就寝のためベッドに入って本を読んでいたマジョリカは驚きながらも反射的に返事をする。
え?こんな夜中に誰!?
って、夫婦の寝室側の扉だから閣下に決まってるわ。今日は泊まらずに帰って来られたのね。
マジョリカはベッドから降りて立ち上がると、サイドテーブルに置いてあったショールを羽織った。
着ているのはごく普通の綿の寝衣だけど、いくら夫とはいえ恥ずかしいもの。
「はい…?」
そっと扉を開けると、アシュトンが立っている。
シャツにクラバットに上着、外出から戻って来たそのままの格好だ。
眉間に皺を寄せ、憮然とした表情のアシュトンを見上げるマジョリカ。
「……」
黙ったままのアシュトンに首を傾げた。
「あの…?」
「…すまなかった」
「?」
アシュトンの謝罪にますます首を傾げる。
「結婚の、届を出してすぐに帰宅しなくて」
「あ、はい」
その事か。とマジョリカは頷いた。
「私の『女嫌い』は有名だから、家に戻らなければ、悪く言われるのは私の方だと思っていたんだ」
眉を下げるアシュトン。
…その捨て犬みたいな表情はやめて欲しいわ。何だかかわいくて、何だか不味い気がするから。
マジョリカは自分の胸の上に手を置く。
「女嫌いで有名なんですか?」
「ああ。そうか、マジョリカは知らないのか」
「はい。予備知識はゼロですね」
小首を傾げてアシュトンを見上げるマジョリカに、アシュトンはコホンと咳払いをした。
「…嫌でなければ、少し話さないか?」
アシュトンは、マジョリカが夫婦の寝室の方へ入れるように身体をずらす。
「はい」
閣下はご自分で不能だって言うんだから、夫婦の寝室へ入ったからってする訳じゃないわよね?
いえ、届を出したって事はもう夫婦なんだから、して当然なんだけども。
マジョリカが小声でブツブツ呟きながら扉を押さえるアシュトンの前を通るのを、アシュトンはじっと見つめていた。
-----
「なっ………」
アシュトンから十一歳の時の出来事から、騎士団の寮に入るまでの一連の流れを聞いたマジョリカは絶句する。
「その時から私は『女嫌い』だ。さすがに今は触れるくらいは平気だが」
ベッドに座るマジョリカと、少し離れて隣に座るアシュトン。
腿に肘をついて、床を見つめながら話すアシュトンをマジョリカは潤んだ目で見た。
「だから…私ではマジョリカに『普通の結婚生活』をさせてあげられない。やはりこの結婚の話が出た時に断っておけば良かったな」
苦笑いを浮かべる。
「……」
「しかしもう私たちは夫婦だ。これからは夫として妻が悪く言われないように振る舞う」
「閣下…」
「…そして離婚の時には充分な補償をしよう。慰謝料も、必要ならば住む家も準備する。マジョリカが望むなら次の結婚相手も…」
視線を落とすアシュトンはマジョリカの方を見ない。
マジョリカはアシュトンに気付かれないように小さく息を吐いた。
「結婚相手は必要ないです」
マジョリカの言葉に、アシュトンが顔を上げてマジョリカを見る。
「どうしてだ?」
普通の結婚生活を送るために隣国に来たんだろう?
とアシュトンの瞳に問いかけられた気がした。
「結婚は…一度した実績があれば充分です。一人気ままに生きて行くのも悪くないと思いません?」
ニコリと笑う。
「……」
アシュトンは黙って笑顔のマジョリカを見つめた。
どうしてそんなに寂しそうに笑う?
「閣下?」
マジョリカが黙ってしまったアシュトンの顔を不思議そうに覗き込む。
「あ、いや。…確かに悪くないな」
マジョリカと目が合うと、アシュトンはサッと視線を逸らした。
マジョリカも気まずそうに視線を落とす。
「あの…辛い事を話してくださってありがとうございました」
ベッドから立ち上がってマジョリカは軽く頭を下げた。
「いや…」
アシュトンはマジョリカを見上げる。
「おやすみなさい」
「ああ…おやすみ」
視線を落としたままマジョリカは自分の寝室への扉の方へ振り向いて歩き出し、アシュトンはマジョリカの背中を扉が閉まるまで見つめ続けた。
「はい!?」
桃色の壁紙に白い調度品。私室と同じようなにかわいらしく設えられた寝室の、夫婦の寝室に繋がる扉がノックされ、就寝のためベッドに入って本を読んでいたマジョリカは驚きながらも反射的に返事をする。
え?こんな夜中に誰!?
って、夫婦の寝室側の扉だから閣下に決まってるわ。今日は泊まらずに帰って来られたのね。
マジョリカはベッドから降りて立ち上がると、サイドテーブルに置いてあったショールを羽織った。
着ているのはごく普通の綿の寝衣だけど、いくら夫とはいえ恥ずかしいもの。
「はい…?」
そっと扉を開けると、アシュトンが立っている。
シャツにクラバットに上着、外出から戻って来たそのままの格好だ。
眉間に皺を寄せ、憮然とした表情のアシュトンを見上げるマジョリカ。
「……」
黙ったままのアシュトンに首を傾げた。
「あの…?」
「…すまなかった」
「?」
アシュトンの謝罪にますます首を傾げる。
「結婚の、届を出してすぐに帰宅しなくて」
「あ、はい」
その事か。とマジョリカは頷いた。
「私の『女嫌い』は有名だから、家に戻らなければ、悪く言われるのは私の方だと思っていたんだ」
眉を下げるアシュトン。
…その捨て犬みたいな表情はやめて欲しいわ。何だかかわいくて、何だか不味い気がするから。
マジョリカは自分の胸の上に手を置く。
「女嫌いで有名なんですか?」
「ああ。そうか、マジョリカは知らないのか」
「はい。予備知識はゼロですね」
小首を傾げてアシュトンを見上げるマジョリカに、アシュトンはコホンと咳払いをした。
「…嫌でなければ、少し話さないか?」
アシュトンは、マジョリカが夫婦の寝室の方へ入れるように身体をずらす。
「はい」
閣下はご自分で不能だって言うんだから、夫婦の寝室へ入ったからってする訳じゃないわよね?
いえ、届を出したって事はもう夫婦なんだから、して当然なんだけども。
マジョリカが小声でブツブツ呟きながら扉を押さえるアシュトンの前を通るのを、アシュトンはじっと見つめていた。
-----
「なっ………」
アシュトンから十一歳の時の出来事から、騎士団の寮に入るまでの一連の流れを聞いたマジョリカは絶句する。
「その時から私は『女嫌い』だ。さすがに今は触れるくらいは平気だが」
ベッドに座るマジョリカと、少し離れて隣に座るアシュトン。
腿に肘をついて、床を見つめながら話すアシュトンをマジョリカは潤んだ目で見た。
「だから…私ではマジョリカに『普通の結婚生活』をさせてあげられない。やはりこの結婚の話が出た時に断っておけば良かったな」
苦笑いを浮かべる。
「……」
「しかしもう私たちは夫婦だ。これからは夫として妻が悪く言われないように振る舞う」
「閣下…」
「…そして離婚の時には充分な補償をしよう。慰謝料も、必要ならば住む家も準備する。マジョリカが望むなら次の結婚相手も…」
視線を落とすアシュトンはマジョリカの方を見ない。
マジョリカはアシュトンに気付かれないように小さく息を吐いた。
「結婚相手は必要ないです」
マジョリカの言葉に、アシュトンが顔を上げてマジョリカを見る。
「どうしてだ?」
普通の結婚生活を送るために隣国に来たんだろう?
とアシュトンの瞳に問いかけられた気がした。
「結婚は…一度した実績があれば充分です。一人気ままに生きて行くのも悪くないと思いません?」
ニコリと笑う。
「……」
アシュトンは黙って笑顔のマジョリカを見つめた。
どうしてそんなに寂しそうに笑う?
「閣下?」
マジョリカが黙ってしまったアシュトンの顔を不思議そうに覗き込む。
「あ、いや。…確かに悪くないな」
マジョリカと目が合うと、アシュトンはサッと視線を逸らした。
マジョリカも気まずそうに視線を落とす。
「あの…辛い事を話してくださってありがとうございました」
ベッドから立ち上がってマジョリカは軽く頭を下げた。
「いや…」
アシュトンはマジョリカを見上げる。
「おやすみなさい」
「ああ…おやすみ」
視線を落としたままマジョリカは自分の寝室への扉の方へ振り向いて歩き出し、アシュトンはマジョリカの背中を扉が閉まるまで見つめ続けた。
24
あなたにおすすめの小説
贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる
マチバリ
恋愛
貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。
数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。
書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。
燻らせた想いは口付けで蕩かして~睦言は蜜毒のように甘く~
二階堂まや♡電書「騎士団長との~」発売中
恋愛
北西の国オルデランタの王妃アリーズは、国王ローデンヴェイクに愛されたいがために、本心を隠して日々を過ごしていた。 しかしある晩、情事の最中「猫かぶりはいい加減にしろ」と彼に言われてしまう。
夫に嫌われたくないが、自分に自信が持てないため涙するアリーズ。だがローデンヴェイクもまた、言いたいことを上手く伝えられないもどかしさを密かに抱えていた。
気持ちを伝え合った二人は、本音しか口にしない、隠し立てをしないという約束を交わし、身体を重ねるが……?
「こんな本性どこに隠してたんだか」
「構って欲しい人だったなんて、思いませんでしたわ」
さてさて、互いの本性を知った夫婦の行く末やいかに。
+ムーンライトノベルズにも掲載しております。
側妃としての役割
しゃーりん
恋愛
結婚を前に婚約者を亡くした侯爵令嬢フェリシア。
半年が過ぎる頃、舞い込んだ縁談は国王の側妃であった。
王妃は隣国の元王女。
まだ子供がいないため側妃が必要になったようだ。
フェリシアが心配した王妃との関係はどうなる?
国王に愛され、自分の役割を果たすお話です。
お買い上げありがとうございます旦那様
キマイラ
恋愛
借金のかたに嫁いだ私。だというのに旦那様は「すまないアデライン、君を愛することはない。いや、正確には恐らく私は君を愛することができない。許してくれ」などと言ってきた。
乙女ゲームのヒロインの姉に転生した女の結婚のお話。
「王太子殿下に魅了をかけてしまいました。大至急助けてください」にチラッと出てきたアデラインが主人公です。単体で読めます。
代理で子を産む彼女の願いごと
しゃーりん
恋愛
クロードの婚約者は公爵令嬢セラフィーネである。
この結婚は王命のようなものであったが、なかなかセラフィーネと会う機会がないまま結婚した。
初夜、彼女のことを知りたいと会話を試みるが欲望に負けてしまう。
翌朝知った事実は取り返しがつかず、クロードの頭を悩ませるがもう遅い。
クロードが抱いたのは妻のセラフィーネではなくフィリーナという女性だった。
フィリーナは自分の願いごとを叶えるために代理で子を産むことになったそうだ。
願いごとが叶う時期を待つフィリーナとその願いごとが知りたいクロードのお話です。
鉄壁騎士様は奥様が好きすぎる~彼の素顔は元聖女候補のガチファンでした~
二階堂まや♡電書「騎士団長との~」発売中
恋愛
令嬢エミリアは、王太子の花嫁選び━━通称聖女選びに敗れた後、家族の勧めにより王立騎士団長ヴァルタと結婚することとなる。しかし、エミリアは無愛想でどこか冷たい彼のことが苦手であった。結婚後の初夜も呆気なく終わってしまう。
ヴァルタは仕事面では優秀であるものの、縁談を断り続けていたが故、陰で''鉄壁''と呼ばれ女嫌いとすら噂されていた。
しかし彼は、戦争の最中エミリアに助けられており、再会すべく彼女を探していた不器用なただの追っかけだったのだ。内心気にかけていた存在である''彼''がヴァルタだと知り、エミリアは彼との再会を喜ぶ。
そして互いに想いが通じ合った二人は、''三度目''の夜を共にするのだった……。
敵将を捕虜にしたら夫になって、気づけば家族までできていました
蜂蜜あやね
恋愛
戦場で幾度も刃を交えてきた二人――
“赤い鷲”の女将軍イサナと、
“青狼”と恐れられたザンザの将軍ソウガ。
最後の戦いで、ソウガはイサナの軍に捕らえられる。
死を覚悟したその瞬間――
イサナは思わず、矢面に立っていた。
「その者は殺させない。命は……私が引き受けます」
理由などなかった。
ただ、目の前の男を失いたくなかった。
その報告を受けた皇帝エンジュは、
静かに、しかし飄々とした口調で告げる。
「庇いたいというのなら――夫として下げ渡そう」
「ただし、子を成すこと。それが条件だ」
敵国の将を“夫”として迎えるという前代未聞の処置。
拒否権はない。
こうしてソウガは、捕虜でありながら
《イサナの夫》としてアマツキ邸に下げ渡される。
武でも策でも互角に戦ってきた男が、
今は同じ屋根の下にいる。
捕虜として――そして夫として。
反発から始まった奇妙な同居生活。
だが、戦場では知り得なかった互いの素顔と静かな温度が、
じわじわと二人の距離を変えていく
勘違い妻は騎士隊長に愛される。
更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。
ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ――
あれ?何か怒ってる?
私が一体何をした…っ!?なお話。
有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。
※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる