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「店から出て来るまで待つしかないね」
横道へと入って行ったリンジーとルイスを見ながら、ザインは息を吐きながら言った。
「……」
ヒューイは顎に手を当てて何かを考えている。
「暫くかかるだろうから、俺たちも何処かへ行く?それとももうここまでで良しとする?」
「……」
ザインはヒューイに言うが、ヒューイからの返事はない。
「ヒューイ?」
ヒューイの顔を覗き込むザイン。
「!」
ヒューイは何かに気が付いて、ハッと顔を上げた。
「ヒューイ!?」
馬車が行き交う道路に飛び出すと
「危ねぇ!」
慌てて馬を止めて怒鳴る御者にも目もくれず、ヒューイはリンジーたちが入って行った横道へと駆けて行く。
「ヒューイ!」
止めてしまった馬車に頭を下げながら、ザインも道を渡るとヒューイの後を追った。
ある仕立屋の店主が店をそのままにして夜逃げをしたらしく、燕尾服やドレスを着たマネキンや沢山の生地の束などがそのまま置き去りにされているため、一見営業中と変わりない。
輩がその建物を手に入れ、営業中に見える店を利用し、女性を誘い込み、暴行する事件が何件か発生していると噂を聞いた。
あれはこの横道を入った所にある店ではなかったか?
ヒューイは走りながらそう考える。
仕立屋の店の前に店員らしい格好の男が立っていた。
「おい」
ヒューイが声を掛けると、男はジロリとヒューイを睨む。
「金髪の男と女がここに来ただろう?」
「…この店は今休み時間だ。誰も来てなどいない」
店の扉を守るかのように前に立つ店員風の男。
「なるほど。お前、見張り役なのか」
ヒューイはそう言うと、利き手である右手を握ったり開いたりする。
「何を…」
男が口を開きかけた時、ヒューイは右手を握りしめ、勢いよく振り上げた。
ガシャンッ!
ガタガタッ!
頬を殴られた男の身体が、店の扉と共に吹き飛ぶ。
倒れた男と壊れた扉と割れたガラスを踏みながらヒューイは店内に入った。
誰も居ない店内。
隅のソファにリンジーの持っていた小さな鞄、テーブルには生地の見本が置いてある。
「何の音だ?」
微かに男性の声が聞こえた。
ここか。
ヒューイは試着室のドアの前に立つと、大きく息を吸って、力一杯ドアを蹴った。
-----
わかった。私、間違ってたんだ。
床に倒れたリンジーは、自分の腹に馬乗りになり、自分の顎を掴むルイスの血走った眼を見て思った。
「…ごめんなさい」
顎を強く掴まれ、動かない口で小さく呟く。
「何を謝ってるのかなあ?揶揄ってたのを認めるの?」
ルイスが笑顔のまま眉を上げた。
リンジーは小さく首を振るが、顎を掴まれているのでほとんど動かない。
だって、私、相手に何もかもを捨ててもらう事だけを考えていたけど、違うんだ。
私が、私の方が、何もかもを捨てれば良かっただけだった。
本当にヒューイと結婚するのが嫌なら、家も、家族も、幼なじみも、友達も、学園生活も、みんな捨てて、逃げる事を考えれば良かったのよ。
自分は何も捨てずに、相手には捨てさせようとするなんて、私って何て傲慢なんだろう。
ヒューイが好き。
いつから好きだったのか、どこが好きなのかも、もうわからないけど、ただ、好き。
だからこそ結婚しても、子供を生んでも、自分に心を向けてくれないヒューイを見るのは辛い。
「地方の下位貴族の三男なんて可哀想なもんだよ。長男は爵位を継ぎ、次男は兄を盛り立てる。三男を養う程の財力はないし、女なら玉の輿を狙う事もできるが男だからそう言う訳にもいかない。子爵家の三男なんて何の旨味もない立場の男に嫁ぎたい女はいないし。いくらリンジーの家が窮困していると言っても、それでも伯爵令嬢と結婚できるなら、俺にとってはこの上ない縁談なんだよね」
笑顔で言いながら、リンジーの顎を掴む手に力を入れるルイス。
「…うぅ…」
リンジーは痛みに顔を歪める。
「俺としてはこの縁を逃すつもりはない。だから今確実にリンジーを俺のものにしておかなくちゃね」
口角を上げるルイス。眼は少しも笑っていなかった。
「店から出て来るまで待つしかないね」
横道へと入って行ったリンジーとルイスを見ながら、ザインは息を吐きながら言った。
「……」
ヒューイは顎に手を当てて何かを考えている。
「暫くかかるだろうから、俺たちも何処かへ行く?それとももうここまでで良しとする?」
「……」
ザインはヒューイに言うが、ヒューイからの返事はない。
「ヒューイ?」
ヒューイの顔を覗き込むザイン。
「!」
ヒューイは何かに気が付いて、ハッと顔を上げた。
「ヒューイ!?」
馬車が行き交う道路に飛び出すと
「危ねぇ!」
慌てて馬を止めて怒鳴る御者にも目もくれず、ヒューイはリンジーたちが入って行った横道へと駆けて行く。
「ヒューイ!」
止めてしまった馬車に頭を下げながら、ザインも道を渡るとヒューイの後を追った。
ある仕立屋の店主が店をそのままにして夜逃げをしたらしく、燕尾服やドレスを着たマネキンや沢山の生地の束などがそのまま置き去りにされているため、一見営業中と変わりない。
輩がその建物を手に入れ、営業中に見える店を利用し、女性を誘い込み、暴行する事件が何件か発生していると噂を聞いた。
あれはこの横道を入った所にある店ではなかったか?
ヒューイは走りながらそう考える。
仕立屋の店の前に店員らしい格好の男が立っていた。
「おい」
ヒューイが声を掛けると、男はジロリとヒューイを睨む。
「金髪の男と女がここに来ただろう?」
「…この店は今休み時間だ。誰も来てなどいない」
店の扉を守るかのように前に立つ店員風の男。
「なるほど。お前、見張り役なのか」
ヒューイはそう言うと、利き手である右手を握ったり開いたりする。
「何を…」
男が口を開きかけた時、ヒューイは右手を握りしめ、勢いよく振り上げた。
ガシャンッ!
ガタガタッ!
頬を殴られた男の身体が、店の扉と共に吹き飛ぶ。
倒れた男と壊れた扉と割れたガラスを踏みながらヒューイは店内に入った。
誰も居ない店内。
隅のソファにリンジーの持っていた小さな鞄、テーブルには生地の見本が置いてある。
「何の音だ?」
微かに男性の声が聞こえた。
ここか。
ヒューイは試着室のドアの前に立つと、大きく息を吸って、力一杯ドアを蹴った。
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わかった。私、間違ってたんだ。
床に倒れたリンジーは、自分の腹に馬乗りになり、自分の顎を掴むルイスの血走った眼を見て思った。
「…ごめんなさい」
顎を強く掴まれ、動かない口で小さく呟く。
「何を謝ってるのかなあ?揶揄ってたのを認めるの?」
ルイスが笑顔のまま眉を上げた。
リンジーは小さく首を振るが、顎を掴まれているのでほとんど動かない。
だって、私、相手に何もかもを捨ててもらう事だけを考えていたけど、違うんだ。
私が、私の方が、何もかもを捨てれば良かっただけだった。
本当にヒューイと結婚するのが嫌なら、家も、家族も、幼なじみも、友達も、学園生活も、みんな捨てて、逃げる事を考えれば良かったのよ。
自分は何も捨てずに、相手には捨てさせようとするなんて、私って何て傲慢なんだろう。
ヒューイが好き。
いつから好きだったのか、どこが好きなのかも、もうわからないけど、ただ、好き。
だからこそ結婚しても、子供を生んでも、自分に心を向けてくれないヒューイを見るのは辛い。
「地方の下位貴族の三男なんて可哀想なもんだよ。長男は爵位を継ぎ、次男は兄を盛り立てる。三男を養う程の財力はないし、女なら玉の輿を狙う事もできるが男だからそう言う訳にもいかない。子爵家の三男なんて何の旨味もない立場の男に嫁ぎたい女はいないし。いくらリンジーの家が窮困していると言っても、それでも伯爵令嬢と結婚できるなら、俺にとってはこの上ない縁談なんだよね」
笑顔で言いながら、リンジーの顎を掴む手に力を入れるルイス。
「…うぅ…」
リンジーは痛みに顔を歪める。
「俺としてはこの縁を逃すつもりはない。だから今確実にリンジーを俺のものにしておかなくちゃね」
口角を上げるルイス。眼は少しも笑っていなかった。
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