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「ケント殿下の側近の一人で、側近の仕事の傍ら学園の図書室で司書をしている男です」
諜報班の班長がそう言うと、ザインはひゅっと息を飲んだ。
「ザイン?」
ヒューイ、ケント、ユーニスがザインを見る。
「…その、司書の人がケント殿下の側近で、リンジーを攫った…のですか…?」
視線をウロウロと彷徨わせながらザインが言うと、班長は頷いた。
「私はそう睨んでいます」
「……」
ザインは血の気の引いた青白い顔で俯く。
そして、絞り出すように言った。
「…学園の図書室に屋根裏部屋があるんです」
-----
学園が冬期休暇中の図書室は静まり返り、肌を刺すような冷たい空気が満ちていた。
貸出受付の奥に司書の控室があり、控室の奥の本棚の影から屋根裏部屋へと続く長い階段がある、とザインは言っていたな。
と言う事は、ザインも司書の控室と屋根裏部屋へ行った事があると言う事か。
ヒューイは司書の控室に入ると奥へと進む。控室の入口から見た横の壁沿いに本棚があり、その奥の壁の隙間に身体を滑り込ませた。
目の前に人一人がやっと通れる程の細さの急な階段が上へと伸びている。
図書室は天井が高い。壁の中で折れ曲がりながら上へと伸びる階段を見上げれば、深い闇に飲み込まれるそれは永遠にどこまでも続いて行くような気がした。
この上にリンジーが…
「ヒューイ様、私が先に行きます」
若い護衛騎士が言う。
図書室の中にいるのはヒューイと、知らせを受けて駆け付けた護衛騎士の二人だ。諜報班は外から屋根裏部屋へ向かい、他の護衛騎士たちは控室の外で待機している。
「いや。俺に先に行かせてくれないか」
「わかりました。では灯りを持ちます」
「ありがとう」
リンジーの元に真っ先に駆け付けるのは、俺でありたい。
ヒューイは階段へと踏み出した。
向精神薬のような物だろうか?
おそらくザインは俺の「意志」を操るために何らかの薬を使っていたのだろう。操るは言い過ぎかも知れないが、少なくとも俺が自分から離れて行かないようにしていた。
その薬を、そのケントの側近で司書だと言う男を通じて手に入れていたのだろうか。
ザインは、俺のザインが好きだと言う気持ちを信じていなかったのか?
…いや、違う。
ザインに恋愛感情を持つ、その同じ心の中に「俺のリン」が居る事にザインは気付いていたんだ。
俺がリンジーを特別だと思っている事に、俺自身が気付かないままでいるように。ただそう願っていたんだろう。
俺のリン。
気が付いてしまえば、リンジーがケントと昼食を一緒に摂るのも、あのルイスと言う男に贈られたかわいらしい服を着ていたのも、リンジーがあの男を庇うのにも、全てに苛立ち、腹立たしく感じた理由も納得できる。嫉妬だ。
父母がリンジーに「良い縁談」を紹介する事に抵抗したのも、婚約破棄を渋ったのも。
全ては、俺が、俺の方こそがリンジーを好きだから。
果てしなく思える階段を登りながらヒューイは祈る。
リンジーが生きていてくれればそれで良い。
例え、何をされていようとも。
闇に呑まれるばかりだったランプの灯りが、頭上の板張りを映し出した。
ここか。
灯りを持つ騎士に目配せをすると、騎士もランプを掲げて頷く。
四角く切り取られた板張りを片手で上へ押すが動く気配はない。
鍵があるのか、重しをしてあるのか…
さて、どうする?
ヒューイが思案していると、騎士がヒューイを手招きした。
「火薬を準備しています」
騎士に顔を近付けると、騎士は小声で言った。
「どう使うんだ?」
「練り火薬なので、扉と天井の隙間に押し込めます。少量なので中の人間が扉のすぐ上に居ない限り影響はないかと」
騎士は腰に着けた鞄から巾着袋を取り出し、ヒューイに渡した。
本当は騎士が自ら仕掛けた方が確実だろうが、自分の手でリンジーを助けたいと願うヒューイの意志を汲んでくれたのだろう。
巾着袋の中には粘土のような黒い塊が入っている。
「それをなるべく均等に隙間に詰めてください。できれば扉の周りを一周するように」
「わかった」
ヒューイは柔らかいその塊を指先で千切り、少しづつ扉と天井との間に詰めて行った。
ガタンッ!
もう少しで扉の周りに火薬を詰め終わる、という時、屋根裏部屋の中から音がした。
「!」
ヒューイはハッとして扉を見る。
ガタッ!ガタンッ!
更に音がすると、騎士が急いで布を捻ってこよりを作る。
「これで火薬に着火してください。扉が壊れたら扉と、その上の物が落ちてくるかも知れないので下がってください」
「わかった」
ランプで火を着けたこよりをヒューイに渡すと、騎士は階段の踊り場まで降りた。
ここまでは下りて来いと言う事か。
ヒューイは頷くと、こよりを火薬に近付ける。
小さな赤い光を火薬に着けると、すぐに離し、段を飛ばして踊り場まで飛び降りた。
ボンッ。
と低い爆発音がして、
ガタッガタッガタッ!
と扉と、その上に置かれていた箱がヒューイの足元まで落ちて来た。
「ケント殿下の側近の一人で、側近の仕事の傍ら学園の図書室で司書をしている男です」
諜報班の班長がそう言うと、ザインはひゅっと息を飲んだ。
「ザイン?」
ヒューイ、ケント、ユーニスがザインを見る。
「…その、司書の人がケント殿下の側近で、リンジーを攫った…のですか…?」
視線をウロウロと彷徨わせながらザインが言うと、班長は頷いた。
「私はそう睨んでいます」
「……」
ザインは血の気の引いた青白い顔で俯く。
そして、絞り出すように言った。
「…学園の図書室に屋根裏部屋があるんです」
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学園が冬期休暇中の図書室は静まり返り、肌を刺すような冷たい空気が満ちていた。
貸出受付の奥に司書の控室があり、控室の奥の本棚の影から屋根裏部屋へと続く長い階段がある、とザインは言っていたな。
と言う事は、ザインも司書の控室と屋根裏部屋へ行った事があると言う事か。
ヒューイは司書の控室に入ると奥へと進む。控室の入口から見た横の壁沿いに本棚があり、その奥の壁の隙間に身体を滑り込ませた。
目の前に人一人がやっと通れる程の細さの急な階段が上へと伸びている。
図書室は天井が高い。壁の中で折れ曲がりながら上へと伸びる階段を見上げれば、深い闇に飲み込まれるそれは永遠にどこまでも続いて行くような気がした。
この上にリンジーが…
「ヒューイ様、私が先に行きます」
若い護衛騎士が言う。
図書室の中にいるのはヒューイと、知らせを受けて駆け付けた護衛騎士の二人だ。諜報班は外から屋根裏部屋へ向かい、他の護衛騎士たちは控室の外で待機している。
「いや。俺に先に行かせてくれないか」
「わかりました。では灯りを持ちます」
「ありがとう」
リンジーの元に真っ先に駆け付けるのは、俺でありたい。
ヒューイは階段へと踏み出した。
向精神薬のような物だろうか?
おそらくザインは俺の「意志」を操るために何らかの薬を使っていたのだろう。操るは言い過ぎかも知れないが、少なくとも俺が自分から離れて行かないようにしていた。
その薬を、そのケントの側近で司書だと言う男を通じて手に入れていたのだろうか。
ザインは、俺のザインが好きだと言う気持ちを信じていなかったのか?
…いや、違う。
ザインに恋愛感情を持つ、その同じ心の中に「俺のリン」が居る事にザインは気付いていたんだ。
俺がリンジーを特別だと思っている事に、俺自身が気付かないままでいるように。ただそう願っていたんだろう。
俺のリン。
気が付いてしまえば、リンジーがケントと昼食を一緒に摂るのも、あのルイスと言う男に贈られたかわいらしい服を着ていたのも、リンジーがあの男を庇うのにも、全てに苛立ち、腹立たしく感じた理由も納得できる。嫉妬だ。
父母がリンジーに「良い縁談」を紹介する事に抵抗したのも、婚約破棄を渋ったのも。
全ては、俺が、俺の方こそがリンジーを好きだから。
果てしなく思える階段を登りながらヒューイは祈る。
リンジーが生きていてくれればそれで良い。
例え、何をされていようとも。
闇に呑まれるばかりだったランプの灯りが、頭上の板張りを映し出した。
ここか。
灯りを持つ騎士に目配せをすると、騎士もランプを掲げて頷く。
四角く切り取られた板張りを片手で上へ押すが動く気配はない。
鍵があるのか、重しをしてあるのか…
さて、どうする?
ヒューイが思案していると、騎士がヒューイを手招きした。
「火薬を準備しています」
騎士に顔を近付けると、騎士は小声で言った。
「どう使うんだ?」
「練り火薬なので、扉と天井の隙間に押し込めます。少量なので中の人間が扉のすぐ上に居ない限り影響はないかと」
騎士は腰に着けた鞄から巾着袋を取り出し、ヒューイに渡した。
本当は騎士が自ら仕掛けた方が確実だろうが、自分の手でリンジーを助けたいと願うヒューイの意志を汲んでくれたのだろう。
巾着袋の中には粘土のような黒い塊が入っている。
「それをなるべく均等に隙間に詰めてください。できれば扉の周りを一周するように」
「わかった」
ヒューイは柔らかいその塊を指先で千切り、少しづつ扉と天井との間に詰めて行った。
ガタンッ!
もう少しで扉の周りに火薬を詰め終わる、という時、屋根裏部屋の中から音がした。
「!」
ヒューイはハッとして扉を見る。
ガタッ!ガタンッ!
更に音がすると、騎士が急いで布を捻ってこよりを作る。
「これで火薬に着火してください。扉が壊れたら扉と、その上の物が落ちてくるかも知れないので下がってください」
「わかった」
ランプで火を着けたこよりをヒューイに渡すと、騎士は階段の踊り場まで降りた。
ここまでは下りて来いと言う事か。
ヒューイは頷くと、こよりを火薬に近付ける。
小さな赤い光を火薬に着けると、すぐに離し、段を飛ばして踊り場まで飛び降りた。
ボンッ。
と低い爆発音がして、
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と扉と、その上に置かれていた箱がヒューイの足元まで落ちて来た。
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