幼なじみに契約結婚を持ちかけられました。

ねーさん

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「はっ。たわいないな」
 男は自分の手の平に頬擦りするリンジーを見下ろした。
 
 ザイン君が同性おとこなのを差引いたとしてもザイン君の方が余程良いだろうに、あんな薬に頼らなくてはならない程ヒューイ・グラフトンの中にはこの女が巣食っているのか?
 それにケント殿下も。
 学園でも急にこの女と昼食を摂られるようになったと聞いたし、夏期休暇の視察の帰りにはわざわざこの女の家の領地まで会いに行かれた。

 ザイン君に「王家の紋章の入った封筒や王子の印璽で押された蝋封など見る機会がない。ザイン君の望む効き目の強い精神薬を融通する代わりに見せて欲しい」と頼んでこの女がヒューイ・グラフトンとの婚約を解消する条件を書いた便箋を入れてある封筒を持って来させた。
 ザイン君は私がその封筒を眺めただけだと思っているだろうが、私はそれと同じ蝋封をした同じ封筒を密かに用意していて、隙を見てそれらをすり替えた。
 そうして中の便箋に書かれた文字を見て驚愕したのだ。

【私のために何もかもを捨てる覚悟】

 ケント殿下はこの内容を知っている。それでこの女が手に入るなら、と本当に何もかもを捨てる覚悟なのかも知れない。
 幼なじみとは言え、特定の令嬢と親しくしている処を周りにわかるように見せたのもその布石か。

 それは駄目だ。
 ケント殿下はいずれ王太子となり、王位に就く人物だ。
 学園を卒業された時こそ我らが第二王子派が動く時、そう計画を練っていたのに、その前に王子の立場を捨てられてしまっては元も子もない。

「だからお前は邪魔なんだよ。リンジー・オルディス」
 男はそう呟くと、朦朧としたリンジーの頬を軽く叩いた。
「ヒュー…」
 うわ言のようにヒューイを呼ぶリンジーに男はほくそ笑む。

 正気に戻った時、この女がどんな表情かおを見せるのか。

 願わくば、絶望に打ち拉がれた表情を。

-----

 男がおもむろにリンジーの下唇の咬み傷を摘む。
「いっ」
 ビクンッとリンジーの身体が揺れた。
「ああ。痛みは感じるんですね。しかし薬を飲んでいない状態ほどではないのかな?」
 じんわりと血が滲む感触。
 …ああでも痛みで、頭にかかっていた靄が少し晴れたわ。
「あの地方貴族があの時きちんと貴女の純潔を奪ってくれていれば私がこんな面倒な事をしなくて済んだのに、と先程まで思っていたのですが、貴女がこれからもっと泣くんだと思うと、何だか楽しくなってきました」
 あの地方貴族ってルイス様の事よね?
 つまりこの男が、私に婚約者がいる事や、その婚約者が身分も高く学園でも人気のある事をルイス様に吹き込んだ人物だと言う事か。
 それにしてもこの男、本当に加虐趣味者だわ。
 どうしよう、暴れても腕力では勝てないだろうし、ここは音や声も聞こえない場所なんだろうし…

 朦朧とした振りで時間を稼ぐ?
 きっと我が家の者たちが探してくれているだろうし、ユーニスも。
 あの花屋の人、ヒューイがバラを頼んだって言ってたから、うちの誰かがヒューイの所にも話しを聞きに行くのかな…
 ヒューイは…誕生日にもカードも贈ってくれないくらいだし、きっと捜してくれたり…しないよね。

 ヒューイはそんなに薄情ではないとリンジーは知っている。
 それでも悲観的に思えてしまうのはやはり薬の影響だろう。
「…やだ…ヒューイ…」
 思わずリンジーが呟くと、男が眉を上げた。
「結局、貴女もヒューイ・グラフトンを好きなんですか?」
「好きじゃ…」
「『好きじゃない』ですか?なかなか意固地ですね。女の子は素直な方がかわいいんじゃないですか?」
 だって、私、かわいくないもん。
 気が強くて、素直じゃないし、意固地だし。
「ゔゔゔ~」
 泣きたくなんかないのに、涙が止まらない。
 暗い感情が胸の中に渦巻いた。
「おっと。ここで更に泣きますか。貴女のツボは予想できなくておもしろ過ぎますね」
 男の声が少し遠くに聞こえる。
 痛みが薄れてまた薬の効き目が現れてきたようだ。

「私の事、ヒューイ・グラフトンだと思っても良いですよ?」
「…?」
 何を言ってるの?ヒューイだと思って…って…?
「これから貴女を抱くのは、貴女の婚約者で幼なじみのヒューイです」
 …ヒューイ?
 薄っすらと目を開けると、涙でぼやけたリンジーの視界に男の黒い髪が写る。
 ヒューイ…なの?ううん。そんな筈ない…


 ドキンッ!
 心臓が跳ねた。
 
「そう。俺だ。リン、好きだよ」
 …ヒューイがこんな事…言う訳ない…
 そう思いながらも、心に幸福感が満ちる。
 男の手がリンジーの頬を撫でる。
 あったかい手。ヒューイの手。
「ヒューイ…好き…」
 リンジーは頬に触れた熱い手に頬摺りをした。

 …だめ。このまま流されるのは絶対に駄目だ。
 リンジーはぼんやりとした頭で必死に考える。

 そうだ!
 リンジーは自分の唇をぎゅっと噛み締めた。



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