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ハウザント伯爵邸を訪れたリンジーとヒューイは、ザインの部屋へ通された。
長ソファにヒューイと並んで腰掛けたリンジー。目が覚めてから五日が経ち、唇の腫れは治まったが、まだ口元にはガーゼが貼られている。
リンジーの前にはザインが座っていて、そのザインが、侍女がお茶を淹れて出て行ったと同時にソファから立ち上がった。
「リンジー本当にごめん」
ザインはリンジーの目の前で直角に身体を曲げて謝る。
ヒューイは憮然とした顔でザインとリンジーを見ていた。
「ザインもあの人がケントの側近だった事、知らなかったんでしょう?だったらあんな事するなんて思わないもの。ザインが謝る事はないわ」
「その事もだけど…俺には他にもリンジーに謝る理由があるんだ」
ザインはチラッとヒューイを見ると、またリンジーに視線を戻す。
「…薬の事?」
ヒューイは、ザインがあの男から入手した薬を自分に飲ませていたと言ったけど…本当なの?
あの時、私が飲まされた薬みたいなのなら、催眠のような感じである程度人の気持ちを操れるのかも知れないけど…
「そう」
「でも、ザインとヒューイが恋人同士になったのは薬のせいではないんでしょう?ザインがヒューイに惚れ薬でも盛ったのなら…ううん、それでも私が謝られる謂れはないと思うわ」
だって、その時の私は婚約者でも何でもないただの幼なじみで、ヒューイが誰を好きになっても口出しできる立場ではなかったもの。
「…もちろん惚れ薬なんて使ってないよ。でも、ヒューイにとってリンジーは特別だったんだ。それを俺はずっと知っていたのに…」
苦しそうに眉を顰めて言うザイン。
「……ない」
リンジーは俯いて小さな声で言う。
「リンジー?」
ヒューイとザインがリンジーを見ると、リンジーは顔を上げた。
「そんな、特別とか…信じられない」
「リンジー」
ヒューイがリンジーの手を握る。
「リンジー、本当なんだよ。ヒューイはずっと…」
ザインがそう言うと、リンジーはヒューイの手を振り払ってソファから立ち上がった。
「だって、ヒューイはザインのお見合いの時不機嫌だったし、私と結婚しても子供が生まれたら恋愛でも何でも好きにしろって言ったし、契約結婚だから私がヒューイを好きでも嫌いでもどっちでも良いんだって、そう言ったわ。私にとってはそれが本当だから、急に特別とか好きとか言われても信じられる訳ない」
「リンジー…」
ザインがリンジーを見上げる。
「そうだな」
ヒューイは頷くと、立ち上がってリンジーをギュッと抱きしめた。
「…何」
「そう簡単に信じてもらえるとは俺も思っていない。だから今日ザインと会うのに一緒に来てもらったんだ」
ポンポンとリンジーの背中を叩くと、腕を解いてリンジーをまたソファに座らせる。
「ザイン」
ヒューイも元のように座ると、ザインを真っ直ぐに見た。
「…うん」
ザインは緊張した面持ちで姿勢を正した。
「始まりは、俺は確かにザインを好きだった。それから今まで…その気持ちを俺なりに大切にしていたつもりだった」
「うん」
「……」
見つめ合う二人からリンジーは視線を逸らす。
ヒューイはザインの方を見ながら、膝の上に置かれたリンジーの手を握った。
「ザインが俺の気持ちを繋ぎ止めようとしたのはわかる。わかるし、いじらしいとも思うけれど…そのための手段を是認する事はできない」
「…うん」
ザインが小さく頷く。涙が頬を流れた。
「ごめんヒューイ。俺…ヒューイがリンジーをずっと…小さい頃からずっと大切に想ってる事知ってたから…怖かったんだ」
「ああ」
「兄上があんな事になって、俺が家を継がなきゃならなくなって、結婚なんかするつもりなかったのにしなくちゃならなくなって…ヒューイまで離れて行ったらと思うと、怖くて…」
目元を手で覆いながらザインは言う。
兄上…?
ザインのお兄様って去年結婚して、今年離婚したのよね?
「メイナード兄さんの行方はまだわからないのか?」
ヒューイがそう言うと、ザインは頷いた。
メイナードはザインの兄の名前だ。
「行方?」
「ああ…リンジーはうちの事情を知らないんだったか…」
ザインは目元を隠していた手で前髪を掻き上げて、ふうっと息を吐くとリンジーの方を見る。
「兄上は、俺と同じで、同性愛者なんだ。それを隠して結婚したんだけど…上手く行かなくて。結局、結婚相手に同性愛者だと知られて、恋人だった我が家の従僕と共に出奔してしまったんだ」
出奔…つまり駆け落ちしたって事よね。
だから後継ぎがいなくなったハウザント伯爵家をザインが継ぐことになって、ユーニスとのお見合いになったと言う事なのね。
ハウザント伯爵邸を訪れたリンジーとヒューイは、ザインの部屋へ通された。
長ソファにヒューイと並んで腰掛けたリンジー。目が覚めてから五日が経ち、唇の腫れは治まったが、まだ口元にはガーゼが貼られている。
リンジーの前にはザインが座っていて、そのザインが、侍女がお茶を淹れて出て行ったと同時にソファから立ち上がった。
「リンジー本当にごめん」
ザインはリンジーの目の前で直角に身体を曲げて謝る。
ヒューイは憮然とした顔でザインとリンジーを見ていた。
「ザインもあの人がケントの側近だった事、知らなかったんでしょう?だったらあんな事するなんて思わないもの。ザインが謝る事はないわ」
「その事もだけど…俺には他にもリンジーに謝る理由があるんだ」
ザインはチラッとヒューイを見ると、またリンジーに視線を戻す。
「…薬の事?」
ヒューイは、ザインがあの男から入手した薬を自分に飲ませていたと言ったけど…本当なの?
あの時、私が飲まされた薬みたいなのなら、催眠のような感じである程度人の気持ちを操れるのかも知れないけど…
「そう」
「でも、ザインとヒューイが恋人同士になったのは薬のせいではないんでしょう?ザインがヒューイに惚れ薬でも盛ったのなら…ううん、それでも私が謝られる謂れはないと思うわ」
だって、その時の私は婚約者でも何でもないただの幼なじみで、ヒューイが誰を好きになっても口出しできる立場ではなかったもの。
「…もちろん惚れ薬なんて使ってないよ。でも、ヒューイにとってリンジーは特別だったんだ。それを俺はずっと知っていたのに…」
苦しそうに眉を顰めて言うザイン。
「……ない」
リンジーは俯いて小さな声で言う。
「リンジー?」
ヒューイとザインがリンジーを見ると、リンジーは顔を上げた。
「そんな、特別とか…信じられない」
「リンジー」
ヒューイがリンジーの手を握る。
「リンジー、本当なんだよ。ヒューイはずっと…」
ザインがそう言うと、リンジーはヒューイの手を振り払ってソファから立ち上がった。
「だって、ヒューイはザインのお見合いの時不機嫌だったし、私と結婚しても子供が生まれたら恋愛でも何でも好きにしろって言ったし、契約結婚だから私がヒューイを好きでも嫌いでもどっちでも良いんだって、そう言ったわ。私にとってはそれが本当だから、急に特別とか好きとか言われても信じられる訳ない」
「リンジー…」
ザインがリンジーを見上げる。
「そうだな」
ヒューイは頷くと、立ち上がってリンジーをギュッと抱きしめた。
「…何」
「そう簡単に信じてもらえるとは俺も思っていない。だから今日ザインと会うのに一緒に来てもらったんだ」
ポンポンとリンジーの背中を叩くと、腕を解いてリンジーをまたソファに座らせる。
「ザイン」
ヒューイも元のように座ると、ザインを真っ直ぐに見た。
「…うん」
ザインは緊張した面持ちで姿勢を正した。
「始まりは、俺は確かにザインを好きだった。それから今まで…その気持ちを俺なりに大切にしていたつもりだった」
「うん」
「……」
見つめ合う二人からリンジーは視線を逸らす。
ヒューイはザインの方を見ながら、膝の上に置かれたリンジーの手を握った。
「ザインが俺の気持ちを繋ぎ止めようとしたのはわかる。わかるし、いじらしいとも思うけれど…そのための手段を是認する事はできない」
「…うん」
ザインが小さく頷く。涙が頬を流れた。
「ごめんヒューイ。俺…ヒューイがリンジーをずっと…小さい頃からずっと大切に想ってる事知ってたから…怖かったんだ」
「ああ」
「兄上があんな事になって、俺が家を継がなきゃならなくなって、結婚なんかするつもりなかったのにしなくちゃならなくなって…ヒューイまで離れて行ったらと思うと、怖くて…」
目元を手で覆いながらザインは言う。
兄上…?
ザインのお兄様って去年結婚して、今年離婚したのよね?
「メイナード兄さんの行方はまだわからないのか?」
ヒューイがそう言うと、ザインは頷いた。
メイナードはザインの兄の名前だ。
「行方?」
「ああ…リンジーはうちの事情を知らないんだったか…」
ザインは目元を隠していた手で前髪を掻き上げて、ふうっと息を吐くとリンジーの方を見る。
「兄上は、俺と同じで、同性愛者なんだ。それを隠して結婚したんだけど…上手く行かなくて。結局、結婚相手に同性愛者だと知られて、恋人だった我が家の従僕と共に出奔してしまったんだ」
出奔…つまり駆け落ちしたって事よね。
だから後継ぎがいなくなったハウザント伯爵家をザインが継ぐことになって、ユーニスとのお見合いになったと言う事なのね。
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