幼なじみに契約結婚を持ちかけられました。

ねーさん

文字の大きさ
55 / 84

54

しおりを挟む
54

 ハウザント伯爵邸を訪れたリンジーとヒューイは、ザインの部屋へ通された。
 長ソファにヒューイと並んで腰掛けたリンジー。目が覚めてから五日が経ち、唇の腫れは治まったが、まだ口元にはガーゼが貼られている。
 リンジーの前にはザインが座っていて、そのザインが、侍女がお茶を淹れて出て行ったと同時にソファから立ち上がった。

「リンジー本当にごめん」
 ザインはリンジーの目の前で直角に身体を曲げて謝る。
 ヒューイは憮然とした顔でザインとリンジーを見ていた。
「ザインもあの人がケントの側近だった事、知らなかったんでしょう?だったらあんな事するなんて思わないもの。ザインが謝る事はないわ」
「その事もだけど…俺には他にもリンジーに謝る理由があるんだ」
 ザインはチラッとヒューイを見ると、またリンジーに視線を戻す。
「…薬の事?」
 ヒューイは、ザインがあの男から入手した薬を自分に飲ませていたと言ったけど…本当なの?
 あの時、私が飲まされた薬みたいなのなら、催眠のような感じである程度人の気持ちを操れるのかも知れないけど…
「そう」
「でも、ザインとヒューイが恋人同士になったのは薬のせいではないんでしょう?ザインがヒューイに惚れ薬でも盛ったのなら…ううん、それでも私が謝られる謂れはないと思うわ」
 だって、その時の私は婚約者でも何でもないただの幼なじみで、ヒューイが誰を好きになっても口出しできる立場ではなかったもの。
「…もちろん惚れ薬なんて使ってないよ。でも、ヒューイにとってリンジーは特別だったんだ。それを俺はずっと知っていたのに…」
 苦しそうに眉を顰めて言うザイン。

「……ない」
 リンジーは俯いて小さな声で言う。
「リンジー?」
 ヒューイとザインがリンジーを見ると、リンジーは顔を上げた。
「そんな、特別とか…信じられない」
「リンジー」
 ヒューイがリンジーの手を握る。
「リンジー、本当なんだよ。ヒューイはずっと…」
 ザインがそう言うと、リンジーはヒューイの手を振り払ってソファから立ち上がった。
「だって、ヒューイはザインのお見合いの時不機嫌だったし、私と結婚しても子供が生まれたら恋愛でも何でも好きにしろって言ったし、契約結婚だから私がヒューイを好きでも嫌いでもどっちでも良いんだって、そう言ったわ。私にとってはそれがだから、急に特別とか好きとか言われても信じられる訳ない」
「リンジー…」
 ザインがリンジーを見上げる。
「そうだな」
 ヒューイは頷くと、立ち上がってリンジーをギュッと抱きしめた。
「…何」
「そう簡単に信じてもらえるとは俺も思っていない。だから今日ザインと会うのに一緒に来てもらったんだ」
 ポンポンとリンジーの背中を叩くと、腕を解いてリンジーをまたソファに座らせる。

「ザイン」
 ヒューイも元のように座ると、ザインを真っ直ぐに見た。
「…うん」
 ザインは緊張した面持ちで姿勢を正した。
「始まりは、俺は確かにザインを好きだった。それから今まで…その気持ちを俺なりに大切にしていたつもりだった」
「うん」
「……」
 見つめ合う二人からリンジーは視線を逸らす。
 ヒューイはザインの方を見ながら、膝の上に置かれたリンジーの手を握った。
「ザインが俺の気持ちを繋ぎ止めようとしたのはわかる。わかるし、いじらしいとも思うけれど…そのための手段を是認する事はできない」
「…うん」
 ザインが小さく頷く。涙が頬を流れた。

「ごめんヒューイ。俺…ヒューイがリンジーをずっと…小さい頃からずっと大切に想ってる事知ってたから…怖かったんだ」
「ああ」
「兄上があんな事になって、俺が家を継がなきゃならなくなって、結婚なんかするつもりなかったのにしなくちゃならなくなって…ヒューイまで離れて行ったらと思うと、怖くて…」
 目元を手で覆いながらザインは言う。

 兄上…?
 ザインのお兄様って去年結婚して、今年離婚したのよね?
「メイナード兄さんの行方はまだわからないのか?」
 ヒューイがそう言うと、ザインは頷いた。
 メイナードはザインの兄の名前だ。
「行方?」
「ああ…リンジーはうちの事情を知らないんだったか…」
 ザインは目元を隠していた手で前髪を掻き上げて、ふうっと息を吐くとリンジーの方を見る。

「兄上は、俺と同じで、同性愛者なんだ。それを隠して結婚したんだけど…上手く行かなくて。結局、結婚相手に同性愛者だと知られて、恋人だった我が家の従僕と共に出奔してしまったんだ」
 出奔…つまり駆け落ちしたって事よね。
 だから後継ぎがいなくなったハウザント伯爵家をザインが継ぐことになって、ユーニスとのお見合いになったと言う事なのね。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

砕けた愛

篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。 あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【書籍化決定】アシュリーの願いごと

ましろ
恋愛
「まあ、本当に?」 もしかして。そう思うことはありました。 でも、まさか本当だっただなんて。 「…それならもう我慢する必要は無いわね?」 嫁いでから6年。まるで修道女が神に使えるが如くこの家に尽くしてきました。 すべては家の為であり、夫の為であり、義母の為でありました。 愛する息子すら後継者として育てるからと産まれてすぐにとりあげられてしまいました。 「でも、もう変わらなくてはね」 この事を知ったからにはもう何も我慢するつもりはありません。 だって。私には願いがあるのだから。 ✻基本ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。 ✻1/19、タグを2つ追加しました ✻1/27、短編から長編に変更しました ✻2/2、タグを変更しました

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...