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番外編6
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休日、ザインが部屋にいると、扉がノックされ、一人の女性が部屋に入って来た。
「外国に行くんですって?ザイン」
「母上」
ザインはソファから立ち上がると、部屋に入って来た女性…ザインの母親へ座っていた場所を譲り、その向かい側へ移動する。
「明日には母上にも報告に行くつもりでしたが…」
「来月には立つんですって?随分と急なお話なのね」
「はい。元々行く予定だった同僚が馬車の事故で怪我をしたので急遽代役に選ばれまして」
ザインは学園を卒業後、王立の薬学研究所に勤めていて、来月から外国の大学院へ留学する事になったのだ。
「そう」
ザインの母は何かを憂うように目線を伏せた。
「俺が留学するの…反対ですか?」
「そう言う訳ではないのだけど…」
ん?では何で母上はこんなに浮かない表情なんだ?
「ザイン…メイナードが養子を迎える事、聞いているの?」
「え?ええ。俺たちの従兄弟の子ですよね?」
ザインの兄メイナードは、昨年伯爵位を継いでハウザント家の当主になった。もちろん結婚はしていないので、従兄弟夫婦の四男を養子にし、ハウザント家を受け継いでもらう事になったとザインは聞いている。養子となる従兄弟の子は今十四歳、来春学園へ入学し、学園を卒業したらハウザント家に入る予定なのだそうだ。
俺はこの家を継ぐ訳ではないし、そこに口出しをするつもりもないが…それに従兄弟は母上の弟の子で、俺たち兄弟が母上の孫をもうける事ができない以上、ハウザント家を母上の血縁者に継がせるというのは母上を立てた策だとも思うが、母上としては何か引っ掛かる事があるのか?
「メイナードは一度結婚してやはり駄目だと思ったそうよ。私もメイナードの妻は子ができない内に別れられて良かったと思うわ」
「…はい」
「ザインは、どうなの?」
母は扇で口元を隠して、上目遣いにザインを見る。
「俺ですか?」
「世の中には男性でも女性でも…愛する事ができるという人もいるんでしょう?メイナードはそうではないようだけど、ザインがもしそうなら結婚を禁じたのは私の勝手だったかしらって…メイナードが養子を迎える前に確認しておかなくてはと思って」
ああ、それで、俺が留学から戻るのは何年後かわからないし、今確認しておこうと思ったのか。
「母上、俺…学園生の頃、もしかしたら女性を愛する事ができるかも知れないと思った事があるんです」
「…え?」
「結局、父上の所業が母上に知られて、母上は俺たちが結婚する事を禁じた。それで、俺はその時…安心したんです」
「安心…?」
母の扇を持つ手が小さく震えているのが見て取れた。
もしかして母上は、自分が俺の結婚の可能性を消したと思っているかも知れない。でも、それは違う。
「傷付いた母上を見て『俺はこんな風に相手を傷付けるのは嫌だ』『愛せるかも知れないなんて不確かな気持ちで相手の人生を変えてはいけない』と思い、結婚を禁じられ『これで俺は誰も傷付けずに済む』と心底安堵したんです」
「ザイン…」
「あの時は母上が今にも消えてしまいそうで…本当に心配しました。今はお元気になられて本当に嬉しいのです」
笑顔を母親に向けるザイン。
ザインの母は、今は王都屋敷を出て、馬車で半日の距離にあるハウザント家の別荘で暮らしている。離婚はしていないが、メイナードへ爵位を譲り隠居の身となった父は王都から離れた領地へ住まい、夫婦が会う事はほぼないのだ。
「あの時は本当に一生許さないと思っていたわ。でも離れて暮らして私も少し落ち着いたのね。今はメイナードとザインを授かった事だけはあの人に感謝しているわ」
扇を膝の上に置いて、母は俯いて言った。
「ザインが留学すると知らせてくれたのはあの人なの」
「父上が?」
「ええ。最近はたまに手紙を寄越すのよ」
「父上が」
「そう。ふふ。柄でもないわよね。でも…今はまだ許せない気持ちの方が大きいわ。ただ、いつか茶飲み友達くらいにはなれるかも知れない。もっとうんと歳を取ったら…ね」
ニコリと笑う。
「メイナードは例の共に出奔した従僕と縒りが戻ったらしいわね」
「ええ。あの従僕は今王都で商売をしているそうです」
「ザインは?恋人はいないの?」
「いませんよ」
これは本当。ただ恋人を作ろうとも敢えて作るまいとも思っていなくて、今の処、ヒューイ以上に好きになれる相手が現れていないだけ。だからと言ってヒューイを忘れられない訳でもないが。
「そう…ねえザイン、留学から永住…になっても私は止めないわ」
母はザインから少し視線を逸らして言った。
「はい?」
何故恋人の話から永住の話に?
「ザインの行く国は…同性婚が認められているでしょう?」
視線をザインに戻して母が言う。
「…そうなんですか?」
ザインは大きく目を見開いて母を見た。
「知らなかったの?」
「はい」
そうか。この国では認められていなくても、同性婚が認められる国もあるよな。あまり外国の事は考えた事がなかったが、母上は気にしてくださっていたのか。
「つまりね、私は、私のような女性を生み出さない限り、メイナードにもザインにも幸せになって欲しいと思っているのよ」
母がそう言い、ザインは母の愛情を感じて微笑んだ。
ー 完 ー
休日、ザインが部屋にいると、扉がノックされ、一人の女性が部屋に入って来た。
「外国に行くんですって?ザイン」
「母上」
ザインはソファから立ち上がると、部屋に入って来た女性…ザインの母親へ座っていた場所を譲り、その向かい側へ移動する。
「明日には母上にも報告に行くつもりでしたが…」
「来月には立つんですって?随分と急なお話なのね」
「はい。元々行く予定だった同僚が馬車の事故で怪我をしたので急遽代役に選ばれまして」
ザインは学園を卒業後、王立の薬学研究所に勤めていて、来月から外国の大学院へ留学する事になったのだ。
「そう」
ザインの母は何かを憂うように目線を伏せた。
「俺が留学するの…反対ですか?」
「そう言う訳ではないのだけど…」
ん?では何で母上はこんなに浮かない表情なんだ?
「ザイン…メイナードが養子を迎える事、聞いているの?」
「え?ええ。俺たちの従兄弟の子ですよね?」
ザインの兄メイナードは、昨年伯爵位を継いでハウザント家の当主になった。もちろん結婚はしていないので、従兄弟夫婦の四男を養子にし、ハウザント家を受け継いでもらう事になったとザインは聞いている。養子となる従兄弟の子は今十四歳、来春学園へ入学し、学園を卒業したらハウザント家に入る予定なのだそうだ。
俺はこの家を継ぐ訳ではないし、そこに口出しをするつもりもないが…それに従兄弟は母上の弟の子で、俺たち兄弟が母上の孫をもうける事ができない以上、ハウザント家を母上の血縁者に継がせるというのは母上を立てた策だとも思うが、母上としては何か引っ掛かる事があるのか?
「メイナードは一度結婚してやはり駄目だと思ったそうよ。私もメイナードの妻は子ができない内に別れられて良かったと思うわ」
「…はい」
「ザインは、どうなの?」
母は扇で口元を隠して、上目遣いにザインを見る。
「俺ですか?」
「世の中には男性でも女性でも…愛する事ができるという人もいるんでしょう?メイナードはそうではないようだけど、ザインがもしそうなら結婚を禁じたのは私の勝手だったかしらって…メイナードが養子を迎える前に確認しておかなくてはと思って」
ああ、それで、俺が留学から戻るのは何年後かわからないし、今確認しておこうと思ったのか。
「母上、俺…学園生の頃、もしかしたら女性を愛する事ができるかも知れないと思った事があるんです」
「…え?」
「結局、父上の所業が母上に知られて、母上は俺たちが結婚する事を禁じた。それで、俺はその時…安心したんです」
「安心…?」
母の扇を持つ手が小さく震えているのが見て取れた。
もしかして母上は、自分が俺の結婚の可能性を消したと思っているかも知れない。でも、それは違う。
「傷付いた母上を見て『俺はこんな風に相手を傷付けるのは嫌だ』『愛せるかも知れないなんて不確かな気持ちで相手の人生を変えてはいけない』と思い、結婚を禁じられ『これで俺は誰も傷付けずに済む』と心底安堵したんです」
「ザイン…」
「あの時は母上が今にも消えてしまいそうで…本当に心配しました。今はお元気になられて本当に嬉しいのです」
笑顔を母親に向けるザイン。
ザインの母は、今は王都屋敷を出て、馬車で半日の距離にあるハウザント家の別荘で暮らしている。離婚はしていないが、メイナードへ爵位を譲り隠居の身となった父は王都から離れた領地へ住まい、夫婦が会う事はほぼないのだ。
「あの時は本当に一生許さないと思っていたわ。でも離れて暮らして私も少し落ち着いたのね。今はメイナードとザインを授かった事だけはあの人に感謝しているわ」
扇を膝の上に置いて、母は俯いて言った。
「ザインが留学すると知らせてくれたのはあの人なの」
「父上が?」
「ええ。最近はたまに手紙を寄越すのよ」
「父上が」
「そう。ふふ。柄でもないわよね。でも…今はまだ許せない気持ちの方が大きいわ。ただ、いつか茶飲み友達くらいにはなれるかも知れない。もっとうんと歳を取ったら…ね」
ニコリと笑う。
「メイナードは例の共に出奔した従僕と縒りが戻ったらしいわね」
「ええ。あの従僕は今王都で商売をしているそうです」
「ザインは?恋人はいないの?」
「いませんよ」
これは本当。ただ恋人を作ろうとも敢えて作るまいとも思っていなくて、今の処、ヒューイ以上に好きになれる相手が現れていないだけ。だからと言ってヒューイを忘れられない訳でもないが。
「そう…ねえザイン、留学から永住…になっても私は止めないわ」
母はザインから少し視線を逸らして言った。
「はい?」
何故恋人の話から永住の話に?
「ザインの行く国は…同性婚が認められているでしょう?」
視線をザインに戻して母が言う。
「…そうなんですか?」
ザインは大きく目を見開いて母を見た。
「知らなかったの?」
「はい」
そうか。この国では認められていなくても、同性婚が認められる国もあるよな。あまり外国の事は考えた事がなかったが、母上は気にしてくださっていたのか。
「つまりね、私は、私のような女性を生み出さない限り、メイナードにもザインにも幸せになって欲しいと思っているのよ」
母がそう言い、ザインは母の愛情を感じて微笑んだ。
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