転生令嬢と王子の恋人

ねーさん

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「大体、リザ様は迂闊なんですよ!」
 リザの侍女ジューンがベッドのシーツを替えながら言う。
「ええ~私、死にかけたのよ?ジューン酷くない?」
 リザはソファにもたれている。
「何の疑いもなく紅茶を飲むなんて、迂闊じゃなきゃ間抜けです」
「……間抜けかぁ」
 リザは座ったまま足を伸ばし前屈する。
「納得しないでくださいよ。私が悪者になるじゃないですか」
「間抜けって言ったのジューンじゃない」
「そうですけど…何なさってるんですか?」
「運動よ。寝てばかりだから身体がなまっちゃう」
 つま先に向け、手を伸ばす。
「お医者様はまだ安静にって言われてましたよ」
医者せんせいが大袈裟なのよ。もう平気なのに」
「駄目です。さあシーツ替えましたから寝てください」
「はあ~い」
 リザはソファから立ち上がると、ベッドに座った。

 リザが薬を盛られてから、十日が経った。
 三日後に意識が戻り、身体が動く様になったのが五日後、歩けるようになったのが一週間後だ。
 ずっとロイドの私室にいたが、歩けるようになり、クロフォード邸に戻って来た。

 意識が戻り、視線だけで部屋を見回すと、サイモンとジューンが見えた。
 リザは視線を動かしてロイドを探す。
 …ロイド殿下…いないの?
 聞こうと思ったが声が出なかった。

 結局、あれから今までロイドの顔は見ていない。

 まだ意識が浮いたり沈んだりしていた頃、枕元に立つロイドに謝られた。夢かも知れないが、多分現実なんだろう。
 朧げな記憶の中の、苦しそうな表情のロイド。
「もう秋期は終わって休暇になってるんだっけ?」
「そうです。昨日から冬期休暇です」
「…期末考査で一位を取るつもりだったのになあ」
 リザは毛布に潜りながら呟いた。
 きっとロイドは責任を感じてリザに会わないと決めたのだろう。
「態度で示すって言ったのに…嘘つき」

-----

 リザの殺害未遂から一カ月、関わった者の取り調べが終わった。

 紅茶に入れた毒薬はエリックの家、ドイル商会が海外から仕入れた物だったが、これは冷たい飲み物に入れれば下剤のような効能があり、一定時間以上の熱を加えると神経毒成分が出るという特殊な薬で、エリックは「くれぐれも間違った取り扱いはしないよう」と注意し、ゴヴァンに渡したと主張した。

 紅茶を淹れた侍女はベテランの未亡人で、ゴヴァンの恋人だったが、ゴヴァンがローズに夢中になり、疎遠になってしまった。
を混ぜた茶葉を濃く煮出し、リザ様に出せと。そうしたら前の様に付き合ってくれるとゴヴァンが言ったから…毒だなんて知りませんでした」侍女はそう言って泣き崩れた。
 いつもと違う紅茶の淹れ方やリザとハリジュの紅茶を別々に淹れる事を黙認するよう侍女やメイドに手を回したのはクリストファーとランドルフだ。

 リザが倒れても、アベルが連れ出されても騒がないよう使用人たちに言い含めたのはクリストファーとランドルフ、騒ぎそうな者に金を握らせたのはエリックだ。

 アベルを斬りつけ、連れ出し、川に落としたのはマーク・スペンサーだった。
 マークの手助けをしたのはスペンサー家の雇った間者だが、既に雲隠れしていた。

 侍従にロイドを引き止めろと依頼したボーデン侯爵家へはローズが直接「ロイドと婚約するため、自分を養女に」と売り込んだと言う。ボーデン侯爵家はマーシャル公爵家の遠縁なのでクリストファーがボーデン侯爵とローズと引き合わせたのだ。

 薬を侍女に渡したゴヴァン、紅茶を淹れた侍女、アベルを川へ落としたマークが処罰対象として拘束された。
 エリックは扱いを間違えれば毒になる薬を、薬剤師の資格のない者へ受け渡した事、毒として使われる事を薄々知りながら使用人の本来の働きを制限した事でドイル商会共々厳重注意となり、ドイル商会の薬物輸入取扱の許可は取り消しとなる。

 後の者は何が起こるか、起こっているか、わからないまま事態を黙認していたと言う事で、注意のみで処罰対象にはならなかった。

「ロイド殿下!」
 ロイドの執務室にローズがやって来る。
「……」
 ロイドは無言でローズを一瞥すると、書類に視線を落とした。
「ロイド殿下、休憩しましょうよ。私、ケーキを焼いて来たんです」
 ローズがロイドの執務机の前に立って、ケーキの入った箱を胸の前に掲げた。
「…ああ」
 ロイドは短く言うと、ソファへローズを促す。
 侍女がやって来てお茶を淹れて二人の前に置くと、部屋の隅に控えた。
 いそいそとケーキを取り出すローズを眺め、ロイドは気付かれないよう小さくため息を吐いた。

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