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「ロイド殿下、リザ様から明後日の定例茶会も不参と連絡がありました」
アベルが言うと、ロイドは書類から目を離さず「そうか」と言った。
アベルは二カ月の療養後、最近執務に復帰している。
「卒業パーティーまであと一カ月を切りましたね」
「ああ」
リザはあれから一度も王宮を訪れていない。定例茶会も欠席している。
「リザ様をエスコート…は、ないんですよね?」
「ない」
「…ではエンジェル男爵家のご令嬢を?」
「ローズがそう望むなら」
ロイドは書類を見ながら無表情で言う。アベルは大袈裟にため息を吐いた。
「はあ~エンジェル男爵家のご令嬢はもうエスコートされる気満々ですよ。紫がメインカラーのドレスを仕立てたと、この間嬉々として殿下に言ってました。殿下聞いてなかったんですか?」
「…聞き流してるからな」
「で?」
「は?」
ロイドは視線を上げてアベルを見る。
「いつまでこんな状態なんですか?早くリザ様との婚約を解消してあげた方がリザ様のためじゃないですか?」
「それは…約束が…」
「まあ、殿下がエンジェル男爵家のご令嬢と結婚されるなら、私は殿下の侍従を辞めますけどね」
ローズさんに唆されても、ロイド殿下の方から婚約解消を言い出すのは無しですよ。
そうリザが言ったから。
…いや違う。その約束に縋って婚約解消を引き伸ばしているのは俺の方だ。
早く婚約解消して、ローズが卒業パーティーでリザを断罪する機会を失くせば良い。わかっているのに…
-----
リザが図書室で本を読んでいると、レイモンドがやって来て、何冊かの本を持ってリザの向かいに座った。
「レイモンドは卒業したらまた外国に行くの?」
「ああ。もう暫くは好きにさせて貰うつもりだ。リザは薬剤師の資格を取るつもりなんだって?」
「うん。薬剤師として働けるかどうかは分からないけど、個人的に薬に興味があって」
リザが盛られた、冷たいと下剤なのに熱すると毒になる薬。そんな薬があるのかと思い、薬と毒の境界線や、あらゆる毒の解毒に興味が湧いたのだ。
「第二王子妃は『働けるかどうか分からない』なんて言わないんじゃないか?」
レイモンドが悪戯っぽく笑って言う。
「あー…」
リザはしまったという表情で天を仰いだ。
王子妃に薬剤師の資格は要らないし、その資格を活かして働いたりもしないのだ。
「殿下の方からリザに婚約を申し込んだって聞いたけど、心変わりしたのか?」
「心変わり…まあ、側から見たらそうね」
「当事者から見たら心変わりではない?」
「…んー」
ロイド殿下が私に婚約を申し込んだのは、前世の贖罪のためだもの。でも殿下の側に私が居たらローズさんに危害を加えられるから、だから離れて…
「リザ、もし婚約がなくなれば、俺と外国に行くか?」
「え?」
リザが視線を向けると、レイモンドは言う。
「留学」
「…レイモンド、その言い方はプロポーズみたいよ?」
リザが苦笑いしながら言うと、レイモンドはニヤリと笑った。
「そう取っても良いぞ」
「え…?」
「俺は家が決めた相手じゃなく、自分の決めた相手と結婚するって決めてるからな」
「そうなの?」
「ああ。最終的には公爵家を継ぐから、できればこの国の貴族令嬢が良いけど、俺が好きになって、相手も望んでくれれば、他の国の女性でも、身分のない女性でもかまわん。リザなら俺も家族も大歓迎だ」
「でも私の事を好きな訳じゃないでしょ?」
「リザの事は好ましいと思ってるよ」
「ふふ。『好ましい』のと『好き』じゃ意味が違うわ」
「そうかな?」
「そうよ」
ああでも、もし国外追放になったら、レイモンドのいる国に行こう。そうすればきっと淋しくないわ。
リザはそう考えながら窓の外を見る。
…あ、ロイド殿下。
図書室の窓から外を歩くロイドが見えた。珍しく一人だ。
今日はローズさんと一緒じゃないのね。
ふとロイドがリザの方を見る。目が合ってリザの心臓が跳ねた。
ロイドが足を止め、暫く見つめ合う。
「リザ?」
レイモンドに声を掛けられて、目を逸らす。
「どうした?」
「……何でもない」
もう一度窓の外を見ると、歩き去るロイドの背中が見えた。
「リザ」
「なあに?」
「卒業パーティーに俺がエスコートしようか?」
レイモンドはにっこりと笑っている。
「…ううん。私はまだロイド殿下の婚約者だから、他の人にエスコートされる事はできないわ」
リザが首を横に振ると、レイモンドは笑いながら封筒を差し出した。
「そう言うと思った。これは義理堅いリザに」
「何…?」
レイモンドは恐る恐る封筒を受け取るリザに言った。
「招待状だよ」
「ロイド殿下、リザ様から明後日の定例茶会も不参と連絡がありました」
アベルが言うと、ロイドは書類から目を離さず「そうか」と言った。
アベルは二カ月の療養後、最近執務に復帰している。
「卒業パーティーまであと一カ月を切りましたね」
「ああ」
リザはあれから一度も王宮を訪れていない。定例茶会も欠席している。
「リザ様をエスコート…は、ないんですよね?」
「ない」
「…ではエンジェル男爵家のご令嬢を?」
「ローズがそう望むなら」
ロイドは書類を見ながら無表情で言う。アベルは大袈裟にため息を吐いた。
「はあ~エンジェル男爵家のご令嬢はもうエスコートされる気満々ですよ。紫がメインカラーのドレスを仕立てたと、この間嬉々として殿下に言ってました。殿下聞いてなかったんですか?」
「…聞き流してるからな」
「で?」
「は?」
ロイドは視線を上げてアベルを見る。
「いつまでこんな状態なんですか?早くリザ様との婚約を解消してあげた方がリザ様のためじゃないですか?」
「それは…約束が…」
「まあ、殿下がエンジェル男爵家のご令嬢と結婚されるなら、私は殿下の侍従を辞めますけどね」
ローズさんに唆されても、ロイド殿下の方から婚約解消を言い出すのは無しですよ。
そうリザが言ったから。
…いや違う。その約束に縋って婚約解消を引き伸ばしているのは俺の方だ。
早く婚約解消して、ローズが卒業パーティーでリザを断罪する機会を失くせば良い。わかっているのに…
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リザが図書室で本を読んでいると、レイモンドがやって来て、何冊かの本を持ってリザの向かいに座った。
「レイモンドは卒業したらまた外国に行くの?」
「ああ。もう暫くは好きにさせて貰うつもりだ。リザは薬剤師の資格を取るつもりなんだって?」
「うん。薬剤師として働けるかどうかは分からないけど、個人的に薬に興味があって」
リザが盛られた、冷たいと下剤なのに熱すると毒になる薬。そんな薬があるのかと思い、薬と毒の境界線や、あらゆる毒の解毒に興味が湧いたのだ。
「第二王子妃は『働けるかどうか分からない』なんて言わないんじゃないか?」
レイモンドが悪戯っぽく笑って言う。
「あー…」
リザはしまったという表情で天を仰いだ。
王子妃に薬剤師の資格は要らないし、その資格を活かして働いたりもしないのだ。
「殿下の方からリザに婚約を申し込んだって聞いたけど、心変わりしたのか?」
「心変わり…まあ、側から見たらそうね」
「当事者から見たら心変わりではない?」
「…んー」
ロイド殿下が私に婚約を申し込んだのは、前世の贖罪のためだもの。でも殿下の側に私が居たらローズさんに危害を加えられるから、だから離れて…
「リザ、もし婚約がなくなれば、俺と外国に行くか?」
「え?」
リザが視線を向けると、レイモンドは言う。
「留学」
「…レイモンド、その言い方はプロポーズみたいよ?」
リザが苦笑いしながら言うと、レイモンドはニヤリと笑った。
「そう取っても良いぞ」
「え…?」
「俺は家が決めた相手じゃなく、自分の決めた相手と結婚するって決めてるからな」
「そうなの?」
「ああ。最終的には公爵家を継ぐから、できればこの国の貴族令嬢が良いけど、俺が好きになって、相手も望んでくれれば、他の国の女性でも、身分のない女性でもかまわん。リザなら俺も家族も大歓迎だ」
「でも私の事を好きな訳じゃないでしょ?」
「リザの事は好ましいと思ってるよ」
「ふふ。『好ましい』のと『好き』じゃ意味が違うわ」
「そうかな?」
「そうよ」
ああでも、もし国外追放になったら、レイモンドのいる国に行こう。そうすればきっと淋しくないわ。
リザはそう考えながら窓の外を見る。
…あ、ロイド殿下。
図書室の窓から外を歩くロイドが見えた。珍しく一人だ。
今日はローズさんと一緒じゃないのね。
ふとロイドがリザの方を見る。目が合ってリザの心臓が跳ねた。
ロイドが足を止め、暫く見つめ合う。
「リザ?」
レイモンドに声を掛けられて、目を逸らす。
「どうした?」
「……何でもない」
もう一度窓の外を見ると、歩き去るロイドの背中が見えた。
「リザ」
「なあに?」
「卒業パーティーに俺がエスコートしようか?」
レイモンドはにっこりと笑っている。
「…ううん。私はまだロイド殿下の婚約者だから、他の人にエスコートされる事はできないわ」
リザが首を横に振ると、レイモンドは笑いながら封筒を差し出した。
「そう言うと思った。これは義理堅いリザに」
「何…?」
レイモンドは恐る恐る封筒を受け取るリザに言った。
「招待状だよ」
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