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背面の高くゆったりと座れる一人用ソファに腰掛けたマティルダは、お茶の準備をしている若い侍女に声を掛ける。
「ヴィクトリアはどうしているの?」
旦那様が「ヴィクトリアも日に日に元気になって来ている。近い内に訪ねて来れるだろう」と仰ってからもう四日経つ。
特に話さなければいけない事があるのではないから気にしていなかったけど、何故一度も会いに来ないのかしら?
「ヴィクトリア様は…」
言い淀む侍女。
マティルダはその様子に目を見開いた。
「…何かあるのね?」
「いえ、何もありません」
目を逸らして言う侍女。
「そう。では貴女は下がって、ローレンを呼んでちょうだい」
「畏まりました」
侍女が部屋を出て行き、暫くするとローレンがやって来た。
「ローレン、ヴィクトリアはどうしているの?」
同じ質問をする。
「ヴィクトリア様は銀の連山へ向かわれました」
ローレンは先ほどの侍女が途中でやめていたお茶の準備をし始める。
「銀の連山?何をしに?」
「アイリス様と入れ替わるためだと旦那様が仰られました」
カップに紅茶を注いで、マティルダの座るソファの側に置かれた小さなテーブルに置いた。
「わざわざ連山へ行ってまで入れ替わらなくてはならない、何かが起きた、と言う事?そういえば、予定ではもう視察から戻られる頃ではないの?」
険しい表情でマティルダが言うと、ローレンは首を傾げる。
「詳しくはわかりかねますが…どなたかがお怪我をされたので日程が延びているそうです」
「そう」
怪我…もしも怪我をしたのがヴィクトリアに扮するアイリスだとしたら、ヴィクトリアと入れ替わらなくてはならない理由にはなるけれど、視察の日程を延ばす理由にはならないわね。ヴィクトリアをそこで療養させて、第一王子や東国の王太子は予定通り帰れば良いだけだもの。つまり、怪我をしたのはアイリスではないのだわ。
この程度の事を、さっきの侍女は何故言い淀んだのかしら?
「入れ替わるという事は、アイリスが戻って来るのね?」
「いいえ」
「『いいえ』?」
ローレンは黙ったまま、テーブルにお菓子を置いた。
「本物のヴィクトリアと入れ替わったのにアイリスは戻って来ないの?」
「はい」
ローレンはローレンの夫のニコラスが旦那様に協力してオリビエとアイリスの存在を私に隠していた事に罪悪感を覚えている。だからもう二度と私に隠し事はしない筈。
こうやって必要以上の事を話さないのは「私の耳に入れたくない話がある」証拠だわ。
そして、それ以上話を深めないでいるのか、それとも深めるのかを選ぶのは私。
私は、あの親子に関する事で自分が知らない事があるのが許せない。
「アイリスが戻って来ないとは、どういう事なのか、説明してちょうだい」
真っ直ぐにローレンを見ながら言うと、ローレンは困ったような、観念したような、複雑な表情を浮かべる。
「…私も確かな事を聞いた訳ではありませんが、アイリス様はこのまま東国へ留学される、と」
「東国へ留学?このまま?」
「はい。王都には戻らず秋期から東国の学校へ編入されるそうです」
何故急に留学を?
「もしかして、ヴィクトリアがわざわざ連山まで入れ替わりに行ったのは、アイリスを家へ戻さず東国へやるため?」
「それはわかりません」
「そう…」
まあでも、あの女の娘が私の前から消えてくれるなら、それはそれで良いわ。
-----
「マティルダ、ヴィクトリアとアイリスの事だが、アイリスの事をローレンから聞いたらしいな?」
夜、寝室にやって来たフランクがベッドの横に座って神妙な様子で話し出す。
「はい」
ベッドに横になっていたマティルダが起き上がると、フランクがサイドテーブルに置いてあったストールをマティルダの肩に掛けた。
「アイリスは留学すると聞きましたけど、ヴィクトリアが何か…?」
「ああ。アイリスは東国へ留学させる。それから、ヴィクトリアとウォルター殿下の婚約は解消される事になった。手続き等で直ぐにではないが、婚約解消は決定だ」
「婚約解消?それはウォルター殿下からの申し出ですか?」
まさか、危惧した通り、アイリスがウォルター殿下を篭絡したんじゃ…
ウォルター殿下が最初に婚約を打診して来たのはアイリス。だから、ヴィクトリアの身代わりで共にいる時間が長くなれば、アイリスがウォルター殿下を誑し込むのは難しくない筈だもの。
それで殿下に婚約解消させて二人で東国へ逃げるつもりなのね。
「いや。婚約解消はヴィクトリアの意思だ」
嘘よ。
あの女の娘が、あの女と同じように、私の娘の「夫」を、私の夫と同じように、奪うつもりなんだわ。
背面の高くゆったりと座れる一人用ソファに腰掛けたマティルダは、お茶の準備をしている若い侍女に声を掛ける。
「ヴィクトリアはどうしているの?」
旦那様が「ヴィクトリアも日に日に元気になって来ている。近い内に訪ねて来れるだろう」と仰ってからもう四日経つ。
特に話さなければいけない事があるのではないから気にしていなかったけど、何故一度も会いに来ないのかしら?
「ヴィクトリア様は…」
言い淀む侍女。
マティルダはその様子に目を見開いた。
「…何かあるのね?」
「いえ、何もありません」
目を逸らして言う侍女。
「そう。では貴女は下がって、ローレンを呼んでちょうだい」
「畏まりました」
侍女が部屋を出て行き、暫くするとローレンがやって来た。
「ローレン、ヴィクトリアはどうしているの?」
同じ質問をする。
「ヴィクトリア様は銀の連山へ向かわれました」
ローレンは先ほどの侍女が途中でやめていたお茶の準備をし始める。
「銀の連山?何をしに?」
「アイリス様と入れ替わるためだと旦那様が仰られました」
カップに紅茶を注いで、マティルダの座るソファの側に置かれた小さなテーブルに置いた。
「わざわざ連山へ行ってまで入れ替わらなくてはならない、何かが起きた、と言う事?そういえば、予定ではもう視察から戻られる頃ではないの?」
険しい表情でマティルダが言うと、ローレンは首を傾げる。
「詳しくはわかりかねますが…どなたかがお怪我をされたので日程が延びているそうです」
「そう」
怪我…もしも怪我をしたのがヴィクトリアに扮するアイリスだとしたら、ヴィクトリアと入れ替わらなくてはならない理由にはなるけれど、視察の日程を延ばす理由にはならないわね。ヴィクトリアをそこで療養させて、第一王子や東国の王太子は予定通り帰れば良いだけだもの。つまり、怪我をしたのはアイリスではないのだわ。
この程度の事を、さっきの侍女は何故言い淀んだのかしら?
「入れ替わるという事は、アイリスが戻って来るのね?」
「いいえ」
「『いいえ』?」
ローレンは黙ったまま、テーブルにお菓子を置いた。
「本物のヴィクトリアと入れ替わったのにアイリスは戻って来ないの?」
「はい」
ローレンはローレンの夫のニコラスが旦那様に協力してオリビエとアイリスの存在を私に隠していた事に罪悪感を覚えている。だからもう二度と私に隠し事はしない筈。
こうやって必要以上の事を話さないのは「私の耳に入れたくない話がある」証拠だわ。
そして、それ以上話を深めないでいるのか、それとも深めるのかを選ぶのは私。
私は、あの親子に関する事で自分が知らない事があるのが許せない。
「アイリスが戻って来ないとは、どういう事なのか、説明してちょうだい」
真っ直ぐにローレンを見ながら言うと、ローレンは困ったような、観念したような、複雑な表情を浮かべる。
「…私も確かな事を聞いた訳ではありませんが、アイリス様はこのまま東国へ留学される、と」
「東国へ留学?このまま?」
「はい。王都には戻らず秋期から東国の学校へ編入されるそうです」
何故急に留学を?
「もしかして、ヴィクトリアがわざわざ連山まで入れ替わりに行ったのは、アイリスを家へ戻さず東国へやるため?」
「それはわかりません」
「そう…」
まあでも、あの女の娘が私の前から消えてくれるなら、それはそれで良いわ。
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「マティルダ、ヴィクトリアとアイリスの事だが、アイリスの事をローレンから聞いたらしいな?」
夜、寝室にやって来たフランクがベッドの横に座って神妙な様子で話し出す。
「はい」
ベッドに横になっていたマティルダが起き上がると、フランクがサイドテーブルに置いてあったストールをマティルダの肩に掛けた。
「アイリスは留学すると聞きましたけど、ヴィクトリアが何か…?」
「ああ。アイリスは東国へ留学させる。それから、ヴィクトリアとウォルター殿下の婚約は解消される事になった。手続き等で直ぐにではないが、婚約解消は決定だ」
「婚約解消?それはウォルター殿下からの申し出ですか?」
まさか、危惧した通り、アイリスがウォルター殿下を篭絡したんじゃ…
ウォルター殿下が最初に婚約を打診して来たのはアイリス。だから、ヴィクトリアの身代わりで共にいる時間が長くなれば、アイリスがウォルター殿下を誑し込むのは難しくない筈だもの。
それで殿下に婚約解消させて二人で東国へ逃げるつもりなのね。
「いや。婚約解消はヴィクトリアの意思だ」
嘘よ。
あの女の娘が、あの女と同じように、私の娘の「夫」を、私の夫と同じように、奪うつもりなんだわ。
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