神の翼

斗弧呂天

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昔話

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それは、200年も前のことだった。
この国が出来た頃からの話だ。
その頃はわしもまだ立派な大木だった。
我ら森の民の偉大なる女王アビゲイル様は、新しく人間と共存出来る世界を作るべく、人間の王とこの国、ルーフをお創りになった。
しかしその後、彼女はこの森に戻り、外へは出ようとしなかった。
お生まれの地を離れたくは無かったのじゃろう。
そうして、お互いに協力しあいながら、人間側はエルドラゴ、森の民側はアビゲイル様の一族が代々王位を継承してきた。
そして、14代目の妖精の王、ウルラ様がお生まれになった。
しかし、そのとき大きな出来事があった。
50年前の大戦だ。
当時無敗と謳われた隣国ナハルザームによって、この森は戦火に飲まれた。

幾千の森の民が死に、幾千の木々が焼かれた。

その様子を見て、ウルラ様は戦の最前線であるデアハラム高原へ行くと仰った。
勿論周りの者はそれを止めたが、王としての責任がそれを赦さなかったのだろう。
ウルラ様は単身デアハラムへと飛んでいってしまわれた。

それが、の正体だ。

「ふうん。つまり初代妖精の王の末裔がそいつだったってことか。」
『その通りじゃ。しかし、その後の話はお前も知っておるだろう?』

ウルラ様は王家の中で一番と言われたその大きな力強い翼で敵をなぎ倒し、武器を魔法で植物に変えた。
恐れをなしたナハルザームは兵を引き、自国に逃げ帰った。
全てはウルラ様のおかげだった。
ただ、魔力も少ない森の外で魔法を使いすぎたのだろう。
ウルラ様はその後直ぐに体を壊し、3日後に死んでしまわれた。
その直前に自身の立派な翼を切り落とさせて、ウルラ様はこう仰った。
『我が翼、戦火に燃える地に足を下ろし、民を平和と安寧へと導くべし。』

「ルーフ創世記の『神の翼』の一節だな。正確にはただの『妖精の翼』だったのか。」
『その解釈はちょっと違う』
エントは静かな声で続けた。
『神というのは、一種の分類みたいなものじゃ。我々に力を与え、崇める事で心の安穏がもたらされる存在、それが神じゃ。初代王のアビゲイル様から、若くして命を燃やしたウルラ様まで、我々はその妖精の王達から森を守ってもらい、。だから我々森の民は、それを神と呼ぶのだ。』
男は暫く黙っていたが、背中に手をやって未だ生えたままの翼を触りながら言った。
「…話はそれで全部なのか?答えになっていないぞ。そのが、どうして俺なんだ?いい加減答えろよ!」
エントはしわがれた声で笑った。
『わしが分かるはずもあるまい。神が選んだのがお前だからだ。それ以上でも、それ以下でも無い。ただ、…なぜというのは分かる。』
「なんだ?また戦争が起きるってのか?50年前みたいに?」
エントは枝を揺らした。乾いた音が鳴った。
『耳をすませてみろ』
男は腕組みをして目を瞑った。
「…何も聞こえないぞ。」
『そうなのじゃ。何も聴こえないんじゃ。ここはかつて、ピクシーやらユニコーンやらの歌声で満ちておった。色鮮やかな花々が咲き、いつも柔らかな魔力の光が差していた。お主が来た時もそうだっただろう?』
「…言われてみれば、確かに静かになったな。」
かつて男がここに足を踏み入れた時は、住人たちの声がそこかしこから聞こえていた。
今は不気味なほど静まりかえっている。
『しかし、皆ここ数ヶ月ですっかり息を潜めておる。感じぬか?大地が恐怖に満ちておるのを。彼方より響く、軍人いくさびとの足音を。……わしはもう382回も年を重ねた。いつ朽ち果ててもわしはそれに甘んじよう。ただ、他の森の民はどうなる?また50年前の惨劇を呼び戻すことになるかも知れん。なあ、名無し子、その翼が持つ意味を、どうか分かっておくれ。』
男はエントの話を聴いているうち、徐々に背中の翼の付け根が鈍く痛んでいくのを感じた。
その痛みは自分を急かしているのだと、男はようやく気がついた。

だが、それでも、

「俺は……。」

男が目をあげた時、そこには1本の枯れかかった木があるばかりであった。




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学校の考査でかなり投稿が遅くなってしまいました。申し訳ありません。
これからも投稿は続けるので、宜しくお願いします。 
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