神の翼

斗弧呂天

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信者

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街は賑わいを見せていた。
少女は男ーバルドゥルと共に中心街を歩いていた。
2人が出会って数日が過ぎても、少女はこの男の事があまり良く分からなかった。
いつの間にか居なくなったと思ったら、重そうな袋を持って帰ってくるし、たまに現れる化け物(男はその名前で呼ぶことを嫌う。)を適当にあしらったかと思うと真剣に何やら話し込む(そういうときは決まって少女を遠ざける。)
自分に寝る場所を提供してくれるし、未だに自分の身が危うくなったことも無いので、悪人ではないと思うが、善人であるかと問われれば疑問が残る。
今日は街へ買出しに行くからと言った彼に、街への興味から一緒に行きたいと控えめに言っても、嫌な顔はしたもののこうして連れてきてくれる所も、よく分からない。
様々な店が軒を連ね、活気溢れる声がそこここから聞こえていた。
少女は多少の戸惑いを感じながら、バルドゥルの服の端をしっかり掴んでいた。
人混みに押されて、濃い緑のローブのフードが頭からずり落ちた。
男物なので、裾が地面に付きそうだった。
「別にこんなの着なくても…」
少女は今朝の会話を思い出す。
「駄目だ。こんな森の奥まで入ってくるような奴だぞ。お尋ね者じゃないっていう根拠は何もねえだろ。大人しく着てろ。それに」
バルドゥルは少女の体を指さして言った。
「そんな豪華な服じゃ嫌でも人目につく。そうなると俺が迷惑なんだよ。」
そうして少女は渋々ローブを着たが、数歩に一回は必ずフードがずり落ちてくるので、内心うんざりしていた。


バルドゥルはエントの話を聞いてから、自分が分からなくなっていた。
神の翼を持つ者である自分を否定したかったのだろうか。
しかし、ログワードじいさんを殺し、さらにはバルドゥルをも殺そうとしたあの重瞳の男は何者だったのかは未だに疑問だった。
疑問が晴れるかは謎だが、とりあえずバルドゥルはある人物を訪ねようとしていた。
しかし、この少女が付いて来ると言ったのは誤算だった。
記憶喪失だというこの十五歳ほどの少女は、どこか見捨ててはいけない様な気がして住まわせてやっていたのだが、翼の事がばれるかと思い、内心ヒヤヒヤしていたのだ。
勿論だが自分がから帰ってくると家に居るし、必ず視界には入って来る。
というか、何故俺はこんなにも執拗に翼を隠しているんだ?

少女が周りの町並みや人々に見入っていると、突然バルドゥルは一つの店に入った。
そこはどうやら服屋らしく、色とりどりの庶民向けの服が置いてあった。
「そこにいろ。」
バルドゥルはそう言うと、奥のカウンターへと消えた。
少女が棚から覗くと、太った若い男が出てきて、何やらバルドゥルと親しげに話していた。
初めはお互い何でもない声だったが、バルドゥルが何か言うと、途端に顔が深刻になり、低い声でぼそぼそと話し始めた。
棚からカウンターまで距離があるため、上手く会話は聞き取れなかったが、断片的に言葉の節々が聞こてえきた。
「まさか………なんて、本当なのか。」と男。
「ああ、それで………が…………なんだが、」とバルドゥル。
途中で盗み聞きに飽き、辺りをぶらつき始めた。
自分たち以外に、客は一人しかいなかつた。
通りとは対照的な店内だった。
フードをはずし服をなんとなく眺めながらその客に近づいた。
腰を丸めた老女だった。
日よけ帽を一つ一つ見ていた老女は、不意に少女に目を向けた。
「おや、可愛らしい器だね。」
「器?」
「魂の器さ。生まれながらに持っている器。お前のここにある器だよ。」
老女は少女の胸を指さして言った。
「ここにあるのは心臓じゃないんですか?」
「そうさ。でも器はそのさらに奥にある。そしてその器の大きさで、を持つ者が決まるのさ。」
「翼を持つ者…」
胸がざわついた。何故?
「昔話は知ってるかい?」
少女は首を振る。
「この国にはね、それはそれは美しい翼があったんだ。妖精の翼さ。国が危機に陥る時、必ずその翼を生やした勇者が現れて、国を守る。それがこの国に伝わる昔話さ。そしてその翼は今はもう無い。」
「え、無くなったんですか?」
「いいや、盗まれたんだ。」
老女は皺に埋もれた瞼を悲しげに瞬かせた。
「誰かに盗まれた。人を神にすらさせられる翼を。」
少女は、その老女の首に、翼があしらわれた首飾りが付いているのに気がついた。
「盗まれたんだ。心無き者の手で。」
少女の肩に手を置かれる。
思ったよりもしっかりした手だった。
少女はだんだん怖くなってきた。
「ああ、可愛らしい器だね。あんたなら神の翼の器に相応しいかもしれないよ。ああ、神の翼が盗まれでもしなかったら!」
「説教はもういいか?ボケ婆さん。」
肩の手を振り払われ、代わりに腕を引かれた。
バルドゥルだった。
バルドゥルは少女を背後に隠れさせ、老女の前に立った。
「宗教の勧誘なら他所でやってくれ。こいつを巻き込むな。」
「巻き込んだ訳ではないさ。ただ器の話をしていただけだよ。もっとも、あんたみたいな盗人には理解できないような話だろうがね。」
「ああ、理解したくもないね。生憎酒一滴も入らねえような器の男なもんで。」
「まったく。お嬢さん、あんたのような素晴らしい器の持ち主がこんな男と一緒にいちゃいけないよ。」
「余計なお世話だ。行くぞ。」
少女は強引に腕を引かれ、店を後にした。
店を出る瞬間、老女の方を振り返ると、微動だにせずこちらをじっと見つめていた。

なんとなく気まずい沈黙のまま、城の正面の広場に出た。
通りよりもさらに人が多くなり、あちこちから笑い声や話し声が聞こえる。
広場を突っ切る途中で、少女はあるものを見つけて立ち止まった。
バルドゥルもそれに気づき歩みを止める。
広場の端の方に、何やら大声でがなりたてる中年男が居た。
首元には、先ほどの老女が付けていたものと同じ首飾りが光っていた。
「神の器は試されている!翼なき今、運命を知らぬ勇者は誰かも分からない!あなたかもしれないのです!皆備えよ!神の器たる者には、自然と翼は引き寄せられる。今日の国の危機を救えるのは神の器だけなのだ!皆祈れ!皆励めよ!全ては神の器、神の翼のままに!」
男の周りには数人の取り巻きがいたが、全員何やら話し込んだり、野次を飛ばしていた。
「あの、あれはなんですか。」
勇気を出して少女はバルドゥルに言った。
「あったかも分からねえ昔話を信じて崇めている奴らだ。関わらない方がいい。」
バルドゥルは早口でそう答えた。
「じゃあさっき言ってた翼って…いっ!」
突然頭にフードを無理矢理被せられ、首が折れそうになった。
何事かと見上げると、バルドゥルはその男とは違う方を見つめていた。
初めて逢った時と同じく、鋭い眼光だった。
「おい、お前走れるか。」
バルドゥルが問う。
「え?ええっと、自信はないですけど…わ!」
ひょいと抱き上げられ、そのまま走り出した。
人の間を縫うように駆け抜ける。
何人かとは肩がぶつかり文句を言われたような気がするが、直ぐに声が遠くなり聞こえなくなった。
人混みの中で、確かにその中を駆け抜ける二つの足音が響いた。
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