神の翼

斗弧呂天

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開戦

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ディークが森を出ると、ブロウ王率いるルーフ軍がこちらに向かってくるのが見えた。
ブロウ王とフレッタはディークの無事を確認すると訳を聞き、叫びの怨霊タキシムを鎮めたことに驚いた。
しかし、これで終わった訳では無いとディークが言うと、二人はすぐさま頷いて、行動を始めた。

「作戦の通り、ディーク及び私が率いる本陣は、この森に潜伏。あちらの合図で陣の弓兵が森から矢を撃つ。その後真横から突撃するのだ。王とフレッタ姫は仮陣として西側に控える。合図があるまで決してあちらに悟られるなよ。」
木にもたれかかったバーダ兵士長が、隣のディークに向かって言った。
軍の精鋭部隊を集めた本陣は、各々が物陰に座り、戦に備えている。
バーダは屈強な戦士で、その冷静さと状況判断の柔軟さで兵のリーダーに相応しい者だと、ディークはブロウ王から聞かされていた。
「分かってるさ。だが一つ質問いいか?」
ディークは前々から気になっていたことを口にした。
「何故ブロウ王は自分が双子の弟であると公言してこなかった?城の者以外は全員が、王は一人であると思い込んでいるぞ。」
バーダは少し黙ってから、静かに答えた。
「ひとえに、ブロウ王の責任感からだろう。兄のステッド王は、お前の背中にある神の翼を盲信的に求めていた。先代の王の洗脳か、呪いか…。もしステッド王がまだ生きていたのなら、神の翼が無くなった時点で城内の者は全員吊るし首だ。そしてブロウ王は、未だに城の塔の中に幽閉されていたはずだ。そんな狂人の如き兄を見て、ブロウ王はどんな思いだったか。自身の兄弟が狂気に染まっていく姿を黙って見ていることしか出来ない苦しみを、俺は知らない。」
ディークは何となく、フレッタの事を思った。
あいつはもう定位置についたのだろうか。
「しかし、ブロウ王はそれ以上に、国民を率いる者がそのような人物である事が許せなかったのだろう。フレッタ姫の一件が国民の一部に漏れだし、王は神の翼によって狂ってしまったと言い出す輩も出てきた。一時期は神の翼を信仰する組織と揉め事を起こす程だった。ステッド王が死んだら直ぐに、ブロウ王は城の重役を集め、自身がステッド王の代わりになるという旨を伝えた。自分がステッド王の代わりになり国民に自身が正常な人間である事を示し、それでステッド王が狂っているのではという疑問は払拭され、狂人のステッド王の記憶は…完全に国民から消去される。」
ディークの背中に冷たい汗が伝う。
「ブロウ王はそれを望んでいた。国の安定のため、王の信用のため。城に狂った人間など居ないと思わせるため。」
「…城の名誉のため、実の兄を歴史から消し去ったって事か?」
「そう言われれば聞こえは悪いが、事実その通りだ。」
ディークはバーダを正面から見据えた。
「バーダ兵士長。あんたはそれをどう思っているんだ。正直に聞かせろ。」
バーダはディークの目を見て、言わんとすることを察したのだろう。
小さく息を吐いて言った。
「私はブロウ王が間違っているとは思わない。だからといって、ステッド王が悪人であるとも思えない。ステッド王は国の後継者を求めるあまり人の道を踏み外した。ブロウ王は城の信用を気にするあまり自身を偽った。元々同じ血が流れる兄弟だ。思考の根元は似ているのかもしれない。だからどちらかを狂人と嗤っても、大して意味は無い。しかし、ディーク、人間は弱い生き物だ。我々がひとりで生きるには、この世界は残酷すぎる。その弱きもの同士で集まった国を束ねるのは、生半可な事ではない。心の中心を失った人間程崩れやすいものはないだろう。私は王を信頼している。支えを失い転落していく人の脆さを知っている王を。王が名誉に狂っていると言われても、否定はできないが、そもそも。仮の柱でも、嘘で塗りたくった柱でも、血に塗れた柱でも、とにかく太い柱がなくてはいけないのだ。脆い家なら尚更な。」
バーダの目に迷いは無かった。
朝日が差し込む森に、静けさが降り注いだ。
「…柱、ねえ。」
ディークは座り込み、呟いた。
「さあ、無駄話はやめだ。そろそろ敵軍も高原に現れる頃だろう。各自持ち場につけ。弓兵は直ぐにでも矢を放てるようにしておけ。」
バーダは声を張り上げ、周りの兵に指示した。
「ディーク、お前の翼の力を過信はしていない。だが、その翼が飾りじゃないことを願っているぞ。」
「ああ、精々願っててくれよ。兵士長。」

遠くの方から、地響きのような蹄の音が聞こえてきた。
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