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戦略
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「王、もうすぐデアハラムでございます。」
ダルマは隣りを馬で駆けるカルダン王に呼びかけた。
カルダン王はいつもの如く口元に薄笑いを浮かべながら、前方を向いたまま答えた。
「分かっておる。それにしても、随分静かな場所じゃないか。王都はすぐそこだと言うのに、全く敵の気配がない。」
「確かに、そろそろ先鋒隊がお互い衝突してもいい頃ですが…未だに情報は入っていません。」
カルダン王は少しずつ道の勾配が緩やかになっていくのを感じた。
「デアハラム高原は、あちらにとってかなり有利な地形だ。五十年前は、上に待ち構えた兵からの投石で苦しめられたそうだな。それもまた敗北の一因だったとか。戦場において、常に相手より有利な地形を求めるというのは鉄則だ。しかし、山林が多いルーフ国を攻略するには、このデアハラムはどうしても通過しなければいけない。相手もそれを分かっているはずだ…。なぜ何も仕掛けてこない?」
そこでふとカルダン王は口をつぐんだ。
ダルマは静かに王の言葉を待つ。
しばしの沈黙。
「ダルマ、高原から正面の森までの距離は?」
「距離…ですか。およそ…七百メートルといったところでしょう。」
「弓兵が一斉に矢を放ったとして、どこまでなら届く?」
「風が無いので、殺せるとしたら四百メートル。…届くだけなら八百メートル。」
カルダン王はまた不敵な笑みを浮かべた。
「なめた作戦を立てられたものだ。いかにも古臭い老王が考えそうな事だな。」
「…?」
「伝達班、先鋒隊全兵にこう伝えよ。」
カルダン王は近くの兵に何やら命じると、その兵は馬の速度を上げ、伝令を先鋒隊に伝えに行った。
「どういう事ですか?今のは。」
「ははっ今にわかるさ。若造と思って舐め腐りおって。」
ディークとバーダは二人で高原の様子を窺っていた。
先程から聴こえてくる足音は徐々に大きくなってきた。
しかし、バーダは何かしらの違和感を覚えたようだった。
「…おかしい。」
「どうした?」
「足音にばらつきがある。足音の速度がばらばらだ。普通なら全兵が全力で登って来ても良いのに。」
「なぜだ?」
「この高原はナハルザームにとって不利な地形だ。戦場では、どんな作戦にしたって高所にいる方が有利になるものだ。相手は敵の作戦に怯えて恐る恐る登る。だがあと少しの距離まで登り詰めると、今度は気持ちが急いで早足になる。そして、敵が登りきって警戒している時に真横を突いて動揺させてやるというのが今回の戦法だ。だが、妙に奴らの行動にばらつきがありすぎる。先鋒隊に突撃させる気だろうか…。」
「兵士長!先鋒隊が現れました!」
二人は木の影に隠れて前方を見やる。
確かに敵兵の頭が小さく見えてきた。
「全員、弓の用意をしろ。絶対に気付かれるなよ。ディーク、用意は出来ているか。」
「まあ、どうやって何を用意すりゃいいか分からんが、出来てるということにするよ。」
「兵士長、あれは一体…?」
近くの兵が遠くを指さす。
そこには敵の姿があるはずだが、何故か人影が見えなくなっていた。
しかしよく見てみると、人が居なくなったのではなく、何百もの光がその姿を見えづらくさせているのだった。
「あれは…炎?」
ディークが呟く。
「…まずいことになった。」
「は?」
「全兵撤退!直ぐに…」
バーダが言い終わらないうちに、悲鳴が上がった。
ひゅうと風を切る音が重なり、一つの轟音となって、火の粉とともに兵達に降り注いだ。
あちこちで火の手が上がり、火達磨になった兵が転がり回る。
「おい!どうなってんだ!」
「火炎矢だ!計画を見破られた。いや、ここに兵が隠れていることに賭けたのだろう。これでは突撃もできん。森の奥に下がるぞ!」
炎に包まれた兵が森の外に手脚をばたつかせながら出ていき、胸を矢で射抜かれ、倒れた。
見ると、もう既に先鋒隊は高原の中ほどまで迫ってきていて、後陣も一気に駆け上って来た。
その更に後方では、ゆっくりと高原に足を踏み入れたナハルザーム国カルダン王の姿があった。
「やはり兵を隠していたか。だが、この季節は木々が乾燥している。一度火を放てばたちまち燃え上がり、兵の退路に立ちふさがる。我々の裏をかきたいが故の過ちだな。」
カルダン王はそう呟くと、森から視線を外し、辺りを見回した。
仮陣を見つけると、カルダン王は直ぐに、その中心で自分を厳しい顔で見つめる、ルーフ国ブロウ王を認めた。
「ルーフ国王ステッド・スターレット。…いや、その血を受け継ぐブロウ・スターレット。さあ、どうする?お前の作戦は全てお見通しだぞ?」
その時、風が吹いた。
ダルマは隣りを馬で駆けるカルダン王に呼びかけた。
カルダン王はいつもの如く口元に薄笑いを浮かべながら、前方を向いたまま答えた。
「分かっておる。それにしても、随分静かな場所じゃないか。王都はすぐそこだと言うのに、全く敵の気配がない。」
「確かに、そろそろ先鋒隊がお互い衝突してもいい頃ですが…未だに情報は入っていません。」
カルダン王は少しずつ道の勾配が緩やかになっていくのを感じた。
「デアハラム高原は、あちらにとってかなり有利な地形だ。五十年前は、上に待ち構えた兵からの投石で苦しめられたそうだな。それもまた敗北の一因だったとか。戦場において、常に相手より有利な地形を求めるというのは鉄則だ。しかし、山林が多いルーフ国を攻略するには、このデアハラムはどうしても通過しなければいけない。相手もそれを分かっているはずだ…。なぜ何も仕掛けてこない?」
そこでふとカルダン王は口をつぐんだ。
ダルマは静かに王の言葉を待つ。
しばしの沈黙。
「ダルマ、高原から正面の森までの距離は?」
「距離…ですか。およそ…七百メートルといったところでしょう。」
「弓兵が一斉に矢を放ったとして、どこまでなら届く?」
「風が無いので、殺せるとしたら四百メートル。…届くだけなら八百メートル。」
カルダン王はまた不敵な笑みを浮かべた。
「なめた作戦を立てられたものだ。いかにも古臭い老王が考えそうな事だな。」
「…?」
「伝達班、先鋒隊全兵にこう伝えよ。」
カルダン王は近くの兵に何やら命じると、その兵は馬の速度を上げ、伝令を先鋒隊に伝えに行った。
「どういう事ですか?今のは。」
「ははっ今にわかるさ。若造と思って舐め腐りおって。」
ディークとバーダは二人で高原の様子を窺っていた。
先程から聴こえてくる足音は徐々に大きくなってきた。
しかし、バーダは何かしらの違和感を覚えたようだった。
「…おかしい。」
「どうした?」
「足音にばらつきがある。足音の速度がばらばらだ。普通なら全兵が全力で登って来ても良いのに。」
「なぜだ?」
「この高原はナハルザームにとって不利な地形だ。戦場では、どんな作戦にしたって高所にいる方が有利になるものだ。相手は敵の作戦に怯えて恐る恐る登る。だがあと少しの距離まで登り詰めると、今度は気持ちが急いで早足になる。そして、敵が登りきって警戒している時に真横を突いて動揺させてやるというのが今回の戦法だ。だが、妙に奴らの行動にばらつきがありすぎる。先鋒隊に突撃させる気だろうか…。」
「兵士長!先鋒隊が現れました!」
二人は木の影に隠れて前方を見やる。
確かに敵兵の頭が小さく見えてきた。
「全員、弓の用意をしろ。絶対に気付かれるなよ。ディーク、用意は出来ているか。」
「まあ、どうやって何を用意すりゃいいか分からんが、出来てるということにするよ。」
「兵士長、あれは一体…?」
近くの兵が遠くを指さす。
そこには敵の姿があるはずだが、何故か人影が見えなくなっていた。
しかしよく見てみると、人が居なくなったのではなく、何百もの光がその姿を見えづらくさせているのだった。
「あれは…炎?」
ディークが呟く。
「…まずいことになった。」
「は?」
「全兵撤退!直ぐに…」
バーダが言い終わらないうちに、悲鳴が上がった。
ひゅうと風を切る音が重なり、一つの轟音となって、火の粉とともに兵達に降り注いだ。
あちこちで火の手が上がり、火達磨になった兵が転がり回る。
「おい!どうなってんだ!」
「火炎矢だ!計画を見破られた。いや、ここに兵が隠れていることに賭けたのだろう。これでは突撃もできん。森の奥に下がるぞ!」
炎に包まれた兵が森の外に手脚をばたつかせながら出ていき、胸を矢で射抜かれ、倒れた。
見ると、もう既に先鋒隊は高原の中ほどまで迫ってきていて、後陣も一気に駆け上って来た。
その更に後方では、ゆっくりと高原に足を踏み入れたナハルザーム国カルダン王の姿があった。
「やはり兵を隠していたか。だが、この季節は木々が乾燥している。一度火を放てばたちまち燃え上がり、兵の退路に立ちふさがる。我々の裏をかきたいが故の過ちだな。」
カルダン王はそう呟くと、森から視線を外し、辺りを見回した。
仮陣を見つけると、カルダン王は直ぐに、その中心で自分を厳しい顔で見つめる、ルーフ国ブロウ王を認めた。
「ルーフ国王ステッド・スターレット。…いや、その血を受け継ぐブロウ・スターレット。さあ、どうする?お前の作戦は全てお見通しだぞ?」
その時、風が吹いた。
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