32 / 113
32
しおりを挟む
環のリハーサルでようやくひと区切りついた会場は、皆それぞれの最終チェックに散って行った。
環が、息を弾ませて音響ブースにやって来る。
「島崎君、初めのとこ、音楽流すのは司会のコメントがきっちり終わってからにしてちょうだい。さっきちょっとかぶってたわ。チェイサーのフェードアウトも、もうちょっとゆっくりめでお願いね。音量はちょうど良かったわ」
薫が慌ててメモを取ると、環がひょいと顔を覗き込んだ。
「ねぇ、薫君。私のルンバ、どうだった?」
「え?」
顔を上げると、環が期待に満ちた目で自分を見ている。
「ええと、あの……俺、社交ダンスってあまり分からなくて」
テーブルの下で、島崎がちょん、と薫の靴を蹴った。何か褒めろ、の合図だろう。
「でも、あの……環先生のダンスは、その、ストーリーが見えるっていうか。心変わりした女性を環先生が引き止めてるように見えたっていうか、その、何か切ない感じが」
これは、素直な感想だ。
すると、環がみるみる笑顔になった。
「やだ! そうなのよ、これはね、悲恋の物語なの。ちゃんと分かってるじゃない!」
そして、側にいた美奈子をにこにこと振り返る。
「ねぇ美奈ちゃん、この子もらっていい? うちに欲しいわぁ」
昨日環が『男が少ない』と言っていたのは本当のようで、ペアで踊る社交ダンスの男性パートナー役に、各教室の男の先生は何度も登場していた。
「大丈夫よ、私がしっかり面倒みるわ!」
どこまで本気か分からない環に薫が曖昧に笑っていると、教室の生徒が呼びに来て、一緒に控え室へと戻って行った。
「本城君、グッジョブ」
環を見送った島崎が笑いを堪えながら親指を立てると、美奈子も感心したように頷いた。
「環先生、あれで人の好き嫌い、はっきりしてるのよ。初対面でここまで好かれるのも珍しいわ」
「そうだよー。俺なんて、ようやく名前覚えてもらえたんだから。もう何年も一緒にやってるのに」
すると、美奈子がケラケラ笑った。
「島崎君はね、一番初めにやっぱり環先生に感想聞かれて『昔踊ったフォークダンスを思い出しました』なんて言っちゃったのよ。そしたら環先生、ふくれちゃって」
当時を思い出した島崎が、率直な感想だったんだけどな、と頭を掻いた。
「ま、環先生の機嫌が良くて助かるわ」
環が、息を弾ませて音響ブースにやって来る。
「島崎君、初めのとこ、音楽流すのは司会のコメントがきっちり終わってからにしてちょうだい。さっきちょっとかぶってたわ。チェイサーのフェードアウトも、もうちょっとゆっくりめでお願いね。音量はちょうど良かったわ」
薫が慌ててメモを取ると、環がひょいと顔を覗き込んだ。
「ねぇ、薫君。私のルンバ、どうだった?」
「え?」
顔を上げると、環が期待に満ちた目で自分を見ている。
「ええと、あの……俺、社交ダンスってあまり分からなくて」
テーブルの下で、島崎がちょん、と薫の靴を蹴った。何か褒めろ、の合図だろう。
「でも、あの……環先生のダンスは、その、ストーリーが見えるっていうか。心変わりした女性を環先生が引き止めてるように見えたっていうか、その、何か切ない感じが」
これは、素直な感想だ。
すると、環がみるみる笑顔になった。
「やだ! そうなのよ、これはね、悲恋の物語なの。ちゃんと分かってるじゃない!」
そして、側にいた美奈子をにこにこと振り返る。
「ねぇ美奈ちゃん、この子もらっていい? うちに欲しいわぁ」
昨日環が『男が少ない』と言っていたのは本当のようで、ペアで踊る社交ダンスの男性パートナー役に、各教室の男の先生は何度も登場していた。
「大丈夫よ、私がしっかり面倒みるわ!」
どこまで本気か分からない環に薫が曖昧に笑っていると、教室の生徒が呼びに来て、一緒に控え室へと戻って行った。
「本城君、グッジョブ」
環を見送った島崎が笑いを堪えながら親指を立てると、美奈子も感心したように頷いた。
「環先生、あれで人の好き嫌い、はっきりしてるのよ。初対面でここまで好かれるのも珍しいわ」
「そうだよー。俺なんて、ようやく名前覚えてもらえたんだから。もう何年も一緒にやってるのに」
すると、美奈子がケラケラ笑った。
「島崎君はね、一番初めにやっぱり環先生に感想聞かれて『昔踊ったフォークダンスを思い出しました』なんて言っちゃったのよ。そしたら環先生、ふくれちゃって」
当時を思い出した島崎が、率直な感想だったんだけどな、と頭を掻いた。
「ま、環先生の機嫌が良くて助かるわ」
0
あなたにおすすめの小説
僕と教授の秘密の遊び (終)
325号室の住人
BL
10年前、魔法学園の卒業式でやらかした元第二王子は、父親の魔法で二度と女遊びができない身体にされてしまった。
学生達が校内にいる時間帯には加齢魔法で老人姿の教授に、終業時間から翌朝の始業時間までは本来の容姿で居られるけれど陰茎は短く子種は出せない。
そんな教授の元に通うのは、教授がそんな魔法を掛けられる原因となった《過去のやらかし》である…
婚約破棄→王位継承権剥奪→新しい婚約発表と破局→王立学園(共学)に勤めて生徒の保護者である未亡人と致したのがバレて子種の出せない体にされる→美人局に引っかかって破産→加齢魔法で生徒を相手にしている時間帯のみ老人になり、貴族向けの魔法学院(全寮制男子校)に教授として勤める←今ここ を、全て見てきたと豪語する男爵子息。
卒業後も彼は自分が仕える伯爵家子息に付き添っては教授の元を訪れていた。
そんな彼と教授とのとある午後の話。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる