コントレイルとちぎれ雲

葉月凛

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          ◇ 

 櫻井音楽事務所での仕事は、薫にとっては知らない事の連続で、とても新鮮だった。

 事務所では毎日のようにレッスンがあり、美奈子自身が行う時もあればピアノの講師が来て行ったりもしている。趣味の習い事とは違って仕事に結びつくレッスンなので、なかなか厳しい様子も伝わってきた。

 ビオラは、何か分かった。
 バイオリンによく似た楽器で、バイオリンより少し大きく、音は少し低いらしい。まだ実際にその音色を聴いたことはないが。

 薫は、普段あまり音楽を聴かない。
 嫌いという訳ではないが、これまで特に気に入るようなアーティストもなく、クラシックに至っては学校で習う曲くらいしか知らない。いや、習った曲ですら怪しかった。

 そんな薫だから、事務所には楽譜専用の大きい書棚が2つ並んでいるのだが、見たところでさっぱりだった。

 事務所を訪れる奏者は必要な楽譜は自分で探してくれるのだが、たまに訳の分からないことを聞かれる。

『あの、この曲、2段譜ありますか?』
『FじゃなくてB♭の譜面がいるんだけど』

 ……さっぱり、分からない。

 美奈子がいればさくさくと答えてあれば楽譜を引っ張り出すのだが、薫はなかなかそうはいかず、逆に皆に教えてもらう日々だった。

 ホームページは、変に手直しするより1から作った方が良さそうだったので、じっくり取り組んでいる。

 デザインをもう少しポップにして、会社概要やサービス内容、現場の演奏の雰囲気など掲載する内容を吟味している。
 営業時に持参するという紙媒体の会社概要のファイルも同時進行で作成していて、ホームページの内容と同じにならないよう精査中だ。

 こういった分野は、前の広告代理店で培ったノウハウを活かせそうだった。

 櫻井音楽事務所は創業11年目で、取引企業も多い。資本金も中小企業にしてはそこそこの額で、しっかりとした会社なのだと改めて知った。

 そんな中、櫻井は週に2、3度、事務所に顔を出した。

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