52 / 113
52
しおりを挟む
思いがけない再会に、一瞬息が止まりそうになった。薫はポケットの中の鍵を、ぎゅっと握る。
英司に部屋の鍵は渡していない。
常に共に行動していたから合鍵なんて必要なかったのだが、今となっては渡さなくて良かったと思う。
「何してるの」
努めて平静を装ったが、少し声が上ずった。
「酷いね、久しぶりに会ったっていうのに。他に言うことないの?」
「……ないよ。何か用?」
「つれないなぁ、中に入れてくれよ。ほら、土産もあるからさ」
英司は、提げていた紙袋を軽く上げて見せた。
「無理。悪いけど、帰って」
「何だよそれ。ああ、さっきの男? あれってお前の新しい男か?」
「っ、何、言って」
「見てたぞ。さっき、そこで車から降りただろ。健気に車見送っちゃってさ、泣けるねー」
「は?」
そこ、と言った英司が廊下の縁から体を離して、下を指差して振り返った。鼻の上に皺を寄せて、口だけで笑う。……怒っている。
「そんなんじゃねーよ」
「へえ? ならいいだろ? 入れてくれよ」
「だから」
言い合う向こうで、エレベーターの開く音がした。住民の女性が、こちらに向かって歩いて来る。
薫に軽く会釈をすると、目を伏せるようにして足早に2人の側を通って行った。
「ほら。早く部屋に入れた方がいいんじゃね?」
「っ、……」
こんなところで男同士の痴話喧嘩など見られた日には、近所でどんな噂を立てられるか分からない。
薫は、観念したようにポケットから鍵を出して差し込み、ガチャリと捻った。
英司は後ろから、開いたドアの縁を掴んでぐいと開けると、薫を押しのけて先に部屋に入ってしまった。
勝手知ったる様子で部屋の電気をつけ、ぐるりと周りを見渡す。台所や洗面所までずかずかと見てきた英司は、ソファーに荷物を放り投げ、どさりと腰かけた。
「ここには来てないみたいだな。てか、俺の歯ブラシなくなってんだけど」
薫は、黙って冷蔵庫から麦茶を出し、グラスに入れた。
「……ほら。これ飲んだら、帰ってくれ」
テーブルにグラスを置いたその腕を、英司が掴んで引き寄せる。
「座れ」
薫はため息をついて、英司から少し距離を取って腰を下ろした。
「どういうつもりだ」
「……何が」
「何で会社辞めたんだ?」
「……別に」
「俺のせいか。今、何やってんだ? どこで働いてる」
英司は、薫の格好をじろりと見た。今日は島崎と現場に入っていたので、黒っぽいスーツ姿だ。
「どこだっていいだろ、英司に関係ない」
「関係なくないだろ」
「関係ないよ……もう、別れた」
「俺は別れたつもりないけどな」
英司が、じっと薫を見る。この目に、見つめられるのが好きだった。
でも今は、居心地の悪さしか感じない。
英司に部屋の鍵は渡していない。
常に共に行動していたから合鍵なんて必要なかったのだが、今となっては渡さなくて良かったと思う。
「何してるの」
努めて平静を装ったが、少し声が上ずった。
「酷いね、久しぶりに会ったっていうのに。他に言うことないの?」
「……ないよ。何か用?」
「つれないなぁ、中に入れてくれよ。ほら、土産もあるからさ」
英司は、提げていた紙袋を軽く上げて見せた。
「無理。悪いけど、帰って」
「何だよそれ。ああ、さっきの男? あれってお前の新しい男か?」
「っ、何、言って」
「見てたぞ。さっき、そこで車から降りただろ。健気に車見送っちゃってさ、泣けるねー」
「は?」
そこ、と言った英司が廊下の縁から体を離して、下を指差して振り返った。鼻の上に皺を寄せて、口だけで笑う。……怒っている。
「そんなんじゃねーよ」
「へえ? ならいいだろ? 入れてくれよ」
「だから」
言い合う向こうで、エレベーターの開く音がした。住民の女性が、こちらに向かって歩いて来る。
薫に軽く会釈をすると、目を伏せるようにして足早に2人の側を通って行った。
「ほら。早く部屋に入れた方がいいんじゃね?」
「っ、……」
こんなところで男同士の痴話喧嘩など見られた日には、近所でどんな噂を立てられるか分からない。
薫は、観念したようにポケットから鍵を出して差し込み、ガチャリと捻った。
英司は後ろから、開いたドアの縁を掴んでぐいと開けると、薫を押しのけて先に部屋に入ってしまった。
勝手知ったる様子で部屋の電気をつけ、ぐるりと周りを見渡す。台所や洗面所までずかずかと見てきた英司は、ソファーに荷物を放り投げ、どさりと腰かけた。
「ここには来てないみたいだな。てか、俺の歯ブラシなくなってんだけど」
薫は、黙って冷蔵庫から麦茶を出し、グラスに入れた。
「……ほら。これ飲んだら、帰ってくれ」
テーブルにグラスを置いたその腕を、英司が掴んで引き寄せる。
「座れ」
薫はため息をついて、英司から少し距離を取って腰を下ろした。
「どういうつもりだ」
「……何が」
「何で会社辞めたんだ?」
「……別に」
「俺のせいか。今、何やってんだ? どこで働いてる」
英司は、薫の格好をじろりと見た。今日は島崎と現場に入っていたので、黒っぽいスーツ姿だ。
「どこだっていいだろ、英司に関係ない」
「関係なくないだろ」
「関係ないよ……もう、別れた」
「俺は別れたつもりないけどな」
英司が、じっと薫を見る。この目に、見つめられるのが好きだった。
でも今は、居心地の悪さしか感じない。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
11
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる