コントレイルとちぎれ雲

葉月凛

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          ◇

「いらっしゃい」

 カウンターの中、人好きのするマスターはわずかに目を細めた。英司と並んでカウンター席に腰かける薫は、居心地悪く頭を下げる。

 マスターがコースターを2つ滑らせ、おしぼりを差し出した。

「仲直りしたの?」
「え? 元々喧嘩なんてしてねーよ。な?」

 にこにこと答える英司に、軽く肩を叩かれる。この店に来るのは会社を辞めたあの日以来だ。

 あの日の薫の深酒など知らない英司が、機嫌良くおしぼりで手を拭いた。

「でもまぁ、久しぶりは久しぶり」
「へえ。いつものでいい?」
「うん、俺はジントニック。薫はシャーリーだな?」

 シャーリーテンプルは本来ノンアルコールのカクテルだが、マスターは薫用にカシスリキュールをグレープフルーツとトニックウォーターで割って作ってくれる。爽やかな口当たりで、薫のお気に入りだった。

 あの日はロックなど慣れない酒を飲んだせいで、大醜態を晒してしまった。いや、醜態を晒したのは店を出たあとで、ここにいる間はそうでもなかった筈……と、思いたい。

 マスターが最後にくるりとバースプーンでロンググラスの底を撫で、薫に差し出す。目が合うと、ふい、とカウンターの端を見て、もう一度薫を見た。

「?」

 薫は英司の肩越しに、誰もいないカウンターの端を見て不思議に思った。いや、飲みかけらしいグラスが1つ置いてあるから、客はいるのだろう。席を外しているらしい。

「再会を祝して。乾杯」

 英司にグラスをカチリと当てられ、薫もカクテルに口をつけた。久しぶりに飲むシャーリーテンプルは、グレープフルーツが少し多いように思った。

「なぁ、お前と一緒に営業に行った会社あっただろ、ビル最上階の、眺めが最高な」
「うん」
「来月、プレゼンだ。それで──」

 話す英司の肩の向こうで、カウンターの端、男性客が戻って来た。席に着く男性にマスターがおしぼりを渡しながら、ちらりと薫を見た。

 おしぼりを受け取った黒っぽいスーツ姿の、最近見慣れた横顔が、促されてこちらを向く。

「それでさ、お前の1年下の、……薫?」

 英司が薫の視線を辿って、カウンターの端を振り返る。

 櫻井だった。

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