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◇
「良かった、元気そうだな」
「この前、会っただろ」
「だって、さっき電話で元気なかったから」
2人でよく来ていた居酒屋で、久しぶりに向き合って座る。
少し遅れて到着した薫に、英司が奥の席から立ち上がり満面の笑みで両手を広げた時は、呆れを通り越して恥ずかしくなった。
『おっ、感動の再会か?』と面白がる馴染みの店主に、『そうなんだよ! シャンパン出して、シャンパン』と英司が乗っかり、『ねーよ』と店主が面白そうに笑った。
席に着くと、早速薫の前に料理が並ぶ。焼き鳥に、揚げ出し豆腐、だし巻き卵。薫の好きなメニューばかりを先に頼んでおいたと無邪気に笑う英司に、薫は苦笑いを零して箸を取った。
こんな風に英司が機嫌がいいと、薫も水が差せないことを、彼はよく知っている。懐かしい空間に、他愛のない話が続いた。
心の隅にある抜けない棘にさえ目をつぶれば、まるで以前と変わらない。英司とまたこんな風に話せるなんて、正直思っていなかった。
「お前が抜けた穴はでかいよ。仕事がやりにくくてしょうがない」
「何言ってんだ。主任になるんだろ? 良かったな」
「……お前、誰と繋がってんの? こえーんだけど」
左利きの、英司のグラスを持つ手の薬指に、指輪はない。何度目かの薫の視線に気付いた英司は、グラスを置いて自身の手を撫でた。
「何見てんの」
「……指輪。しないんだな」
「俺、そーいうの苦手なんだよ。知ってるだろ?」
「知らねぇよ」
「そういや、お前も俺がやったネックレス、全然つけてくれなかったな」
「は? つけてただろ」
「いーや、つけてないね。あげたその日に一度だけだ」
するりと指輪から話を変えられたが、薫も進んでしたい話ではなかったので構わない。心の隅が、ちくりと痛む。
「そうか? 覚えてねぇ」
「でもネクタイピンは、ずっとつけてたな」
「……それしか持ってなかったんだよ」
「嬉しかった」
口端を緩やかに上げる英司は、目を細めて薫を見る。そのネクタイピンは今、段ボールに入れて押し入れの隅だ。
「それで、今は何の仕事してるんだ?」
「……音楽事務所で働いてる」
「音楽事務所? どこの?」
「どこって……個人の、小さな事務所だよ」
「お前、音楽好きだっけ?」
「いや、別に……」
英司が不思議そうに薫を見て、ため息をついた。
「お前さ、戻って来いよ。俺が口きいてやるから」
「いいよ、戻るつもりはない」
「意地張んなって。てかさ。俺が、またお前と組みたいんだよ」
眉を下げる英司に、薫も口だけで笑う。以前と同じように見えて、全く同じという訳には、やはりいかないのだ。
出された料理が全てなくなり、英司が2度目のトイレから戻ってくると、いつの間にか増えていた客に気が付き店を出た。
「あと1軒だけ! 飲みに行こうぜ、な。いいだろ?」
頷く薫の肩を抱いて、英司がタクシーを止める。
後部座席に並んで座りながら、櫻井はあれからどうしただろうか、とぼんやり思った。
「良かった、元気そうだな」
「この前、会っただろ」
「だって、さっき電話で元気なかったから」
2人でよく来ていた居酒屋で、久しぶりに向き合って座る。
少し遅れて到着した薫に、英司が奥の席から立ち上がり満面の笑みで両手を広げた時は、呆れを通り越して恥ずかしくなった。
『おっ、感動の再会か?』と面白がる馴染みの店主に、『そうなんだよ! シャンパン出して、シャンパン』と英司が乗っかり、『ねーよ』と店主が面白そうに笑った。
席に着くと、早速薫の前に料理が並ぶ。焼き鳥に、揚げ出し豆腐、だし巻き卵。薫の好きなメニューばかりを先に頼んでおいたと無邪気に笑う英司に、薫は苦笑いを零して箸を取った。
こんな風に英司が機嫌がいいと、薫も水が差せないことを、彼はよく知っている。懐かしい空間に、他愛のない話が続いた。
心の隅にある抜けない棘にさえ目をつぶれば、まるで以前と変わらない。英司とまたこんな風に話せるなんて、正直思っていなかった。
「お前が抜けた穴はでかいよ。仕事がやりにくくてしょうがない」
「何言ってんだ。主任になるんだろ? 良かったな」
「……お前、誰と繋がってんの? こえーんだけど」
左利きの、英司のグラスを持つ手の薬指に、指輪はない。何度目かの薫の視線に気付いた英司は、グラスを置いて自身の手を撫でた。
「何見てんの」
「……指輪。しないんだな」
「俺、そーいうの苦手なんだよ。知ってるだろ?」
「知らねぇよ」
「そういや、お前も俺がやったネックレス、全然つけてくれなかったな」
「は? つけてただろ」
「いーや、つけてないね。あげたその日に一度だけだ」
するりと指輪から話を変えられたが、薫も進んでしたい話ではなかったので構わない。心の隅が、ちくりと痛む。
「そうか? 覚えてねぇ」
「でもネクタイピンは、ずっとつけてたな」
「……それしか持ってなかったんだよ」
「嬉しかった」
口端を緩やかに上げる英司は、目を細めて薫を見る。そのネクタイピンは今、段ボールに入れて押し入れの隅だ。
「それで、今は何の仕事してるんだ?」
「……音楽事務所で働いてる」
「音楽事務所? どこの?」
「どこって……個人の、小さな事務所だよ」
「お前、音楽好きだっけ?」
「いや、別に……」
英司が不思議そうに薫を見て、ため息をついた。
「お前さ、戻って来いよ。俺が口きいてやるから」
「いいよ、戻るつもりはない」
「意地張んなって。てかさ。俺が、またお前と組みたいんだよ」
眉を下げる英司に、薫も口だけで笑う。以前と同じように見えて、全く同じという訳には、やはりいかないのだ。
出された料理が全てなくなり、英司が2度目のトイレから戻ってくると、いつの間にか増えていた客に気が付き店を出た。
「あと1軒だけ! 飲みに行こうぜ、な。いいだろ?」
頷く薫の肩を抱いて、英司がタクシーを止める。
後部座席に並んで座りながら、櫻井はあれからどうしただろうか、とぼんやり思った。
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