ブライダル・ラプソディー

12

　　　　　　　　　　◆

（──ああ、気が重い。……重すぎる）

　相川奈津は、のろのろと駅の自動改札を通り過ぎた。
　駅建物から一歩踏み出し、頬に触れた爽やかな外気にふと顔を上げると、そこには雲ひとつない青空が広がっていた。奈津の心とはまるで正反対の清々しさに、眉をひそめる。

「今って、梅雨じゃなかったっけ」

　小さくため息をついて、思わず呟く。

　ジューンブライド。
　６月の花嫁は幸せになれる、なんてどこの国の言い伝えだろう。実際、日本の６月は雨が多くじめじめしていて、そのため挙式件数は減りがちだ。何とか売上を保つために、ブライダル業界がことさら口にするのではないのか。

『雨降って地固まるって言いますからね。雨は、結婚式にはいいんですよ』

　誰かの、そんな言葉を思い出す。

「うまいこと言うもんだよな」

　ともすればやさぐれていく自分の心にまたため息をついて、奈津はのろのろと目的地であるメルマリーへの歩みを進めた。

　あれから、１週間──

　今日は、ゲストハウス・メルマリーのブライダルフェアの日だ。
　会場では婚礼料理の試食会や、ドレスの試着、引き出物や招待状といった各相談ブースが並び、そして模擬挙式や模擬披露宴も行われる。既にメルマリーで挙式の予定があるカップルはもちろん、まだ決めかねているカップルも多数来訪するので、大切なプレゼンの場と言えるだろう。

　メルマリーの母体は大手ホテルチェーン・メルローズで、そちらでもブライダルは行っており、相当数をこなしている。だが、『誰にも気兼ねせずに、貸し切りでゆっくり過ごせるゲストハウス』として売り出したメルマリーは、ホテルからの紹介で流れてくる人も多く高い人気を博していた。

　まだ２年目なので、建物も新しい。
　成瀬も、元々はホテルのブライダル部門に在籍していたのを、メルマリー設立と同時に異動してきたと聞く。メルマリーの歴史としてはまだ浅いが、成瀬のブライダルのキャリアは、そこそこに長かった。

　奈津が足取りも重くメルマリーへ向かっていると、後ろから軽快な足音が近づいてきた。