ブライダル・ラプソディー

葉月凛

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(ケーキ、まだかな……)

 奈津は、腕時計をちらりと見た。
 披露宴が始まってから、ちょうど2時間半が過ぎていた。本来ならお開きを迎える時刻だ。

 このあと、ブライダルサロンで来月挙式の新郎新婦と打ち合わせが入っているのだが、念のため時間に余裕を持たせておいて良かった。

 メルローズから車で20分といっても、大きくてかつ繊細なウェディングケーキを運ぶとなると、かなり慎重に運転しなければならない筈だから時間を要するに違いない。

 でも、この思い掛けない歓談タイムを、会場ゲストの皆が楽しんでいる風なのは救いだった。これもひとえに新郎新婦の人柄に他ならない。

 友人たちは代わる代わるメイン席の2人に話し掛けに行き、楽しそうに笑い合った。両家の親族もお互いのテーブルを行き来して、積極的に親睦を深めているように見える。これが、しんと静まり返っていたのなら、居たたまれなかっただろう。

 そんなことを考えていると、音響台に近い扉からふいに成瀬が顔を覗かせた。そっと中の様子を窺うと、そのまま会場内に入って音響台へと近付き、するりと内側に入って来る。

 いつものタキシード風の制服ではなくダークグレーのスーツ姿にドキリとしながら、奈津は成瀬に場所を譲った。

「成瀬さん、お疲れ様です。ホテルの会議は終わったんですか?」
「ああ。その会議中に、こっちから信じられない連絡を受けたんだよ」

 成瀬の眉間に、皺が寄った。

「全く……入刀前のケーキを切り刻むバカがどこにいるんだ。……ああ、あそこにいたな」

 バックヤードの入口に立っていた大野は成瀬の視線に気付くと、そそくさと奥へ消えて行った。

「あいつ、俺の顔見て持ってたケーキナイフ、スタンドごと落としやがった」
「あー……」

 さっきのものすごい音は、それだったのか。入刀用のセレモニーナイフはかなり大きく、ずしりと重厚に出来ている。それを支えるナイフスタンドも然りだ。

 成瀬は連絡があったことを受け、終わり掛けていた会議を早々に退席してケーキの運搬を手伝い、ホテルのスタッフと共にこちらへ来たのだという。

 ケーキの到着を今か今かと待ち侘びていた大野は、披露宴会場と同じく2階にある厨房側のエレベーター近くで、そわそわしながら待っていた。ホテルを出発したという連絡をスタッフが受けてから、40分近くが経っていた。

 やがて、上へと上がってくるエレベーターを見て『これに違いない』と待ち構えていた大野は、エレベーター到着のチンという軽やかな音と共に駆け寄った。そして、扉が開いた瞬間、中にケーキを乗せたワゴンの横に立つ無表情の成瀬の姿を見て仰天し、

『ひぃっ……!』

 と声にならない悲鳴を上げて、持っていた入刀用の大きなセレモニーナイフをスタンドごと取り落としてしまったのだ。

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