ブライダル・ラプソディー

葉月凛

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          ◇

泰藍タイラン先生に、君を貸して欲しいって言われたよ。今の君を是非、描きたいそうだ」

 泰藍先生は、香港では有名な画家だ。
 それと同時に、彼は極端な小児愛者だった。

 その対象は、幼い男児に限る。彼の描く絵は年端のゆかぬ男児ばかりで、その倒錯した世界観は一般には受け入れられなかったが、一部に狂信的な支持者を持った。

 この邸の踊り場に飾られている『湯浴み』のモデルは、私だ。

「断っておいたよ」

 外に出た途端、夜風に震えた私の肩を抱いた雅巳さんの手に、きゅ、と力が籠った。

 土をならしただけの駐車場には、来た時と同じく黒塗りの車が等間隔で停まっていた。

 その中の1台だけ、窓が開いている。
 中から、5、6歳くらいの男の子が2人、顔を寄せ合って好奇の目でこちらを見ていた。あれは先生の車だ。先生は外出する時、数人の子供たちを連れてゆく。

 用向きに共をするのはせいぜい2人か3人で、残りは車で待たされる。それでも、邸の外に出られる貴重な時間には違いなかった。私は大抵、用向きの共をしたので車に残ることはなかったが、中で待つ子供には甘い菓子が沢山置かれていて羨ましかったのを覚えている。

 先生は決して、冷酷ではなかった。

 私の『玉蘭』という中国名は、先生がつけた。彼が好きな白木蓮のことで、花言葉は気高さと慈悲、だったか。

 男の子らに口元だけで笑い掛けると、驚いたように首が引っ込み、窓が閉まった。

 雅巳さんの車の助手席に滑り込む。エンジンが掛かると、車内の空気が徐々に暖まる。

 雅巳さんは私を見て、少し首を傾げた。

「反省したかい? 忍」
「──はい」

 雅巳さんの目を真っ直ぐに見て、私は頷く。
 私の躰は金輪際、真一のことなど欠片も思い出さないと、心に誓う。

「うん。じゃあ、帰ろうか」

 雅巳さんは穏やかに微笑んで私の頬を撫でると、ゆっくりと車を発進させた。

              (おわり)



☆お知らせ☆
『ブライダル・ラプソディー』に出てくる本城薫のお話を、2022年8月中にスタートする予定です。またお目に止まりましたら、覗いていただけると嬉しいです。
お読みいただき、ありがとうございました!

☆追記☆
2022年8月22日、本城薫のお話『コントレイルとちぎれ雲』を公開しました。どうぞよろしくお願いします。

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みんなの感想(1件)

花雨
2021.08.10 花雨

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葉月凛
2021.08.10 葉月凛

花雨さま
ありがとうございます!
どうぞよろしくお願いします。

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