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同じ立場でも……
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祝寛隆、と書かれた名刺を受け取った郁はふと首を傾げる。田舎の会社でも聞いた事のある大企業の社長が祝、という苗字ではなかったか。芸能関係から一般家庭向けの家電、不動産関連に印刷業といったアナログからIT関連といった分野まで幅広く展開している大企業だ。
しかし寛隆の差し出した名刺の社名は、聞いた事はあるけれど祝グループとは比べものにならない。それでも郁にとっては門扉を叩く事すら出来ないだろう会社だけれど。
まあ彼には彼なりの何かがあるのだろう。同じ社長令息に当たるものの、跡継ぎではない郁には遠い世界の話だ。
「オムライスは好き?」
βにしては体格の良い憲太郎の服を難なく着こなして、少し居心地が悪そうにカウンター席に座った寛隆は軽く頷く。
「あの、ここはご夫夫で……?」
先ほどの涙が気まずいのか遠慮がちに尋ねてくる彼に思わず郁は噴き出してしまった。憲太郎はいつも通り不愛想な顔をしながらコーヒーをドリップしている。香り立つコーヒーの粉が湯気と共にフィルターの中でぽわりと膨らみ、少し蒸らしてから湯を注いでいく。コーヒーは憲太郎の仕事だ。
「笑ってごめんね。彼は従兄弟だよ。顔、似てるでしょ?従兄弟の中では結構似てる方なんだよ」
「そうなんですね。ごめんなさい。夫夫も長年一緒にいると似てくるって聞くので……」
前に勤めていた喫茶店の味と、祖父が長年愛してきた味をミックスさせたような郁独自のオムライス。常連客からは少し味は変わったけれど、これはこれで美味しいと評判のそれを寛隆の前に出す。食欲をそそる香りと空腹のトッピングが、先程までの気まずさを押し流したか、すぐにスプーンを握って一口。
「美味しい……!」
「そう?口に合って良かった」
「こんなに美味しいご飯は久しぶりです!」
「そんな大げさな……」
苦笑いで答える郁に、口にオムライスを含んだまま寛隆はブンブンと首を横に振る。
「この所忙し過ぎて、食べられたら何でも良いと思って……」
コンビニのオニギリとゼリー飲料、コーヒーだけの生活が続いていたらしい。
「あ~、だからあれが強くなっちゃったのかも……」
あれ、とはもういなくなったあのドロドロとした塊の事だ。
疲れる、と憑かれる、は同じような物であると聞いた事がある。人はあまりに疲れると幻覚や幻聴が起こり、それが憑かれたと感じてしまう事もあるし、実際弱っている所を狙うモノがいるのも確かだ。それは本当に幽霊と呼ばれる存在であったり、あまりに強い人の念であったりするのだが。
本人も気付いたのか微かに顔が強張る。
「あの、貴方はそういう……お祓いとか、される……?」
「違うよ。遠い先祖にそういう人がいたらしいんだけど、俺はお祓いなんて大層な事は出来ないんだ。ただちょっとだけ近寄れないように出来るくらいかな?」
「郁兄さんのお守りはよく効くっすよ」
コーヒーを出しながら言われた寛隆は自分の手首に巻かれた組み紐を見た。
「綺麗な色ですね。青系の色、好きなんです」
「じゃあちょうどよかった。今日は青系の糸を使ったのが多いから何本か予備に持って帰って。切れたらすぐ新しいのと交換出来るように外用と家用と渡すね」
あの強さの生霊なら絶対また来るだろう。郁の組み紐はそう簡単には切られたりしないけれど、この寛隆という青年はいろんな人からいろんな思いも抱かれているだろうから。それだけ強いαの香りだ。あまりフェロモンに敏感ではない郁でも少しそわつく程に。
「そんな……悪いです」
「そう思うなら、たまにでよいからご飯食べに来てくれる?栄養状態も心配だし、お店に貢献してくれたら嬉しいな」
冗談めかして言うとようやくホッと笑った寛隆が、意地でも残業せずに食事に来ます、などと真面目に言うから郁も笑ってしまった。真面目なくらい真面目な寛隆が本当に来られる日は毎日通う常連客になるとは、その時は思いもよらなかった。
しかし寛隆の差し出した名刺の社名は、聞いた事はあるけれど祝グループとは比べものにならない。それでも郁にとっては門扉を叩く事すら出来ないだろう会社だけれど。
まあ彼には彼なりの何かがあるのだろう。同じ社長令息に当たるものの、跡継ぎではない郁には遠い世界の話だ。
「オムライスは好き?」
βにしては体格の良い憲太郎の服を難なく着こなして、少し居心地が悪そうにカウンター席に座った寛隆は軽く頷く。
「あの、ここはご夫夫で……?」
先ほどの涙が気まずいのか遠慮がちに尋ねてくる彼に思わず郁は噴き出してしまった。憲太郎はいつも通り不愛想な顔をしながらコーヒーをドリップしている。香り立つコーヒーの粉が湯気と共にフィルターの中でぽわりと膨らみ、少し蒸らしてから湯を注いでいく。コーヒーは憲太郎の仕事だ。
「笑ってごめんね。彼は従兄弟だよ。顔、似てるでしょ?従兄弟の中では結構似てる方なんだよ」
「そうなんですね。ごめんなさい。夫夫も長年一緒にいると似てくるって聞くので……」
前に勤めていた喫茶店の味と、祖父が長年愛してきた味をミックスさせたような郁独自のオムライス。常連客からは少し味は変わったけれど、これはこれで美味しいと評判のそれを寛隆の前に出す。食欲をそそる香りと空腹のトッピングが、先程までの気まずさを押し流したか、すぐにスプーンを握って一口。
「美味しい……!」
「そう?口に合って良かった」
「こんなに美味しいご飯は久しぶりです!」
「そんな大げさな……」
苦笑いで答える郁に、口にオムライスを含んだまま寛隆はブンブンと首を横に振る。
「この所忙し過ぎて、食べられたら何でも良いと思って……」
コンビニのオニギリとゼリー飲料、コーヒーだけの生活が続いていたらしい。
「あ~、だからあれが強くなっちゃったのかも……」
あれ、とはもういなくなったあのドロドロとした塊の事だ。
疲れる、と憑かれる、は同じような物であると聞いた事がある。人はあまりに疲れると幻覚や幻聴が起こり、それが憑かれたと感じてしまう事もあるし、実際弱っている所を狙うモノがいるのも確かだ。それは本当に幽霊と呼ばれる存在であったり、あまりに強い人の念であったりするのだが。
本人も気付いたのか微かに顔が強張る。
「あの、貴方はそういう……お祓いとか、される……?」
「違うよ。遠い先祖にそういう人がいたらしいんだけど、俺はお祓いなんて大層な事は出来ないんだ。ただちょっとだけ近寄れないように出来るくらいかな?」
「郁兄さんのお守りはよく効くっすよ」
コーヒーを出しながら言われた寛隆は自分の手首に巻かれた組み紐を見た。
「綺麗な色ですね。青系の色、好きなんです」
「じゃあちょうどよかった。今日は青系の糸を使ったのが多いから何本か予備に持って帰って。切れたらすぐ新しいのと交換出来るように外用と家用と渡すね」
あの強さの生霊なら絶対また来るだろう。郁の組み紐はそう簡単には切られたりしないけれど、この寛隆という青年はいろんな人からいろんな思いも抱かれているだろうから。それだけ強いαの香りだ。あまりフェロモンに敏感ではない郁でも少しそわつく程に。
「そんな……悪いです」
「そう思うなら、たまにでよいからご飯食べに来てくれる?栄養状態も心配だし、お店に貢献してくれたら嬉しいな」
冗談めかして言うとようやくホッと笑った寛隆が、意地でも残業せずに食事に来ます、などと真面目に言うから郁も笑ってしまった。真面目なくらい真面目な寛隆が本当に来られる日は毎日通う常連客になるとは、その時は思いもよらなかった。
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